13 なんであんたが
黄金に輝く長い髪は二つに束ねられ、その目は美しい宝石のような瑠璃色をしており幼さなさと、ふとした時に垣間見る大人じみた顔はとても美しく整っていた。
彼女の名前はコレット。ニルヴァーナ唯一の召喚士はいつも一人で過ごしていた。
八歳の誕生日にニルヴァーナに保護されてから、多くの時間をこの部屋で過ごしてきた。
地下深くにあるというこの施設には窓はなく、ある程度の自由があるとは言え好き勝手に外出できる事はなかった。
とある理由で家族や多くの知り合いと離れ離れになり行く当てもなく彷徨っていた所、ニルヴァーナの機関員に保護される事になった彼女は幼い事もあり強い不安の中、泣いて暮らす日々ばかりであった。
そんな彼女の心を唯一支えたのが、召喚術であった。
召喚術はコレットにとっては物心ついた頃から親しんでいたスキルで決して物珍しいものではなかった。煌めく蒼い光の中から現れる様々な召喚獣、コレットはまだ小さく力の弱いものしか喚べなかったがそれでも、両親は喜んでくれた。
ニルヴァーナで召喚術を発動させた時の事は今でも覚えている。きっと誉めて貰える。そう思い、請われてその力を大人の前で見せた時の奇異の目と怖れ。忌むべきものとして自分を見る人間が多いと分かるのにそれ程時間はかからなかった。
それ以降、この場所は保護される場所というより抑圧と制約の場所に変わっていった。無機質な部屋での繰り返される実験の日々。
泣き続ける事が日常となり、深い悲しみが胸を締め付けていた。もちろん、気遣う大人は多くいたがそれでも幼いコレットが独りで過ごすには、この無機質な環境は傷ついた心に取って余りにも厳しい試練でしかなかった。
自分のこの力は自分の願いを叶える為の力、手に入れなければならないものを掴むための技。
ニルヴァーナの大人たちが自分の力を調べる日々の中、自ら実験に協力する事にした。一つの条件を約束させて。
自分の力は未熟だと痛い程理解していたコレットは願いを叶えるため、力をつけるため、やるべき事を始めたのだった。
それからは多くの時間をこの部屋で過ごしている。召喚術を科学的に解明する為の実験と言われて大人たちが持ってくる様々な機械に繋がれては召喚を繰り返す。危険があったときに外からも分かる為に必要な措置だと説明されていたが四方を囲むのは特殊なガラスらしく中からは壁に見えるが外からは透明なガラスであった。配慮はされているようだが、ガラス張りの部屋ではまるで見せ物だった。
皆が悪い人ではない事は分かっていたし、体感もしていた。しかし、その環境では更なる人に奇異と恐れを伴った目で見られる事に慣れるのにはそれ程、時間はかかる事はなかった。
時々、車椅子の男の子がこちらを見ているのは知っていた。機械の腕が特徴的なその子は同い年か少し下か、いずれにせよここに連れてこられてる時点で真っ当な生き方はできないだろうとコレットは思っていた。悪い大人たちばかりでない事は分かっていてもそうなるのがオチだ、と。
……あれから何ヶ月経ったのか、いつもの男の子が歩いて来る様になっていた。相変わらず召喚しているところをみてはキラキラした目でコレットを見てくる少年には大人のような忌避感はなかった。
バカな奴、ぐらいの認識だったが不思議と悪い気はしなかった。
しかし、度重なる実験は徐々にコレットの精神を蝕んでいった。
召喚は澄んだ心でおこなわないと邪なモノを喚びよせる危険がある、と以前両親から聞いていたコレットだったがこの時はそんな事を思い出す余裕がなかった。
ある日、いつものように召喚を行なっていたがその日は朝から研究員といざこぞがあり気分が滅入っていた。疲れもあったのか召喚を行ったときに明らかな違和感を感じていた。
指定したモノではない別のモノ。自分の力を根こそぎ奪う勢いで紅く渦巻く光の柱から人型の何かが現れた。
光が薄れる中、その姿が露わになる。
一見、真っ黒な体色をした人のようだが顔の部分はワニになっていた。更に手足には鋭い爪が長めに伸びており明らかに人とは異なる。何より異様だったのはその全身が鋭い棘に覆われていた。
「すごい!初めてのタイプですよ。クラス2以上はありそうです」
研究員たちは初めてみる召喚獣に目の色を変えてデーターを取ろうとしていたが、コレットは全身を包む悪寒と恐怖を感じていた。
「みんなー、逃げてー!」
その叫びと同時に鈍い発射音が室内に木霊すると、室内に悲鳴が響く。何人もの研究員が腕や脚を鋭い棘に貫かれていた。強化ガラスが吹き飛び、周りの機器にはいくつもの棘が突き刺さり火花を散らしている。
「なんで、なんであんたが出てくるのよ。アイツの尖兵なのに」
コレットの呟きは周りの悲鳴や騒音にかき消され誰の耳にも入る事はなかった。
若い研究員がコレットのそばに転がり込むようにして近づいてくる。
「コレットさん、早くいうことをきかせて下さい!」
「アレはムリよ! 私の支配下に入るやつじゃないの。アンタ達の方がなんとか出来るでしょ」
「我々は非戦闘員ですよ!」
今まで召喚された異形のモノはコレットが全て支配下に置いていた為、召喚獣はどのようなモノであっても安全であった。ここ何年も安全に行えていた為、完全にそれに慣れ切っていた研究員たちは緊急時の対処に遅れが出ていた。おまけに緊急事の警報を知らせるスイッチは怪物の後ろにあり押す事が出来ない。
情けない顔で一人の研究員が緊急時の武器であるスタンロッドをなんとか手にするべくノロノロと動き出す。人間相手ならその電撃で昏倒させれる威力がある。
ここのスタッフは非戦闘員だがコレットは貴重な人間であり守らなければならない。震える手でなんとか非常用のケースの中にある武器を手に取ると、両手で構え怪物と対峙した。怪物が大きく咆哮を上げると一層腰の引けた若い研究員は奇声を上げながら闇雲に杖を振り回すも掠りもしない。
二度目の発射音が鳴り目の前の研究員の腕が貫かれて盛大な悲鳴が響く。そのうちの一本がコレットの頬を掠め一筋の血が流れた。
逃げなければならないが足は凍りついたように動かなかった。
化け物を見ると裂けるような音とともに全身から無くなった棘が再び生え始め、コレットに向け三度目の発射体制に入っていた。
思わず目を背け全身を貫かれる痛みに耐える。はずがいつまでも痛みが襲ってこない。
ゆっくりと目を開けると目の前にはナイフを片手にした男の子が立っていた。そばには斬り落とされたトゲが粒子となって消えていく。
いつも覗き込んでいた男の子だとはすぐ分かったが問題はそこではない。
「なんでココに? そんな事よりアンタも逃げなさい! アイツは危険よ」
「危ないのはお互い様でしょ。何とかしてみるけど出来たら手伝って」
「はぁ? ムリなんですけどぉ、アイツに対抗できるのはとても喚べないし」
コレットはあの怪物を意図せず喚び出したがその際に精神力をかなり持っていかれており正直なところ、すぐにでも休みたい気分であった。それでも、弱ってる姿を見せたくないので腕を組んで壁にもたれ掛かり懸命に虚勢を張ってみせた。
「そうは言ってもこのままだとみんなやられちゃうよ。幸いアイツは人型だからまだやりやすいと思うんだよね」
少年は周りを見渡しながらナイフを構え直す。
目の前にはワニ顔の化け物、周りには血だらけの研究員達。ほぼ戦力外の自分、「絶対絶命ね」とコレットはボヤく。せめて、警備隊が来るまで少しでも時間を稼がないとどうにもならない。
「今のわたしだと、精々おとりを出すのが精一杯よ、え〜と」
「ソータ」
「ソータね、わたしはコレット。ニルヴァーナに居るって事はアンタも普通じゃないんでしょ。なんかムカつくけど任せた」
ソータはたまたま訓練所に行く途中にこの部屋があっただけで駆けつけた訳ではなかった。大変な事になっていたので後先考えずに思わず踏み込んでしまった。あとでソニアやジャンヌに説教される事はとりあえず今は考えない事にする。
普段は機械に繋がれていた少女の顔をまともに見る事はなかったし話しかけるのも初めてになるが見た目の近寄り方さより、気さくな印象を受けた。
コレットはニルヴァーナにいる子供が普通の訳がない、なら任せてもなんとかなるかもしれない程度に考えていた。
信用する、しないではなく利用出来るならなんでも使うつもりだった。
何より他に方法がない。警備兵がいずれ到着するだろうが、それまで自分を含めてここにいる人間が無事とは限らない。ならば、なんかムカつく子供だろうが何だろうが利用できるものは最大限使わない理由はなかった。
「で、ソータ。わたしはどーしたらいいの」
「なんでもいい、ヤツの気をひいてくれる奴を喚んでくれたら助かるかな」
簡単じゃないのよ、といいながら、コレットが両手を組んで祈るように目を閉じると床に蒼い光の柱が立ち上った。
光が薄れるとそこには二体の小鬼が現れていた。
二体は短剣を片手にウキャウキャ言いながら二手に分かれるとワニ顔の怪物に適度な距離を取って展開、それを見たソータがワニ頭に接敵していく。
棘を使いきったのか怪物から四度目の発射はなく唸り声をあげるとこちらに近寄ってくる。おとり役の小鬼が短剣を振り回して怪物を牽制している。
次の瞬間、爬虫類の姿から想像出来ない速さで動くと振り抜かれた鋭利な爪が小鬼を襲う。ボンっと光の粒子になって小鬼が消える。そのまま、二匹目の小鬼に向かって振り上げられた腕は更なる粒子を霧散させた。
「はやっ!」
「十分だ!」
コレットの焦りの声とソータの声が重なる。片手でスタンロッドを押し付けるとワニ人間の身体に電撃が迸る。しかし、電撃は体表を舐めるようにはしり効いているようにみえない。それでもなんとか胴体に振り下ろしたナイフが突き立った。しかし、鱗が硬く思った程の傷を与えれない。
「なによあんた、ぜんっぜん効いてないじゃない!」
「やば! スイッチ入れるの忘れてた」
慌てて離れたソータはナイフの柄に付いているスイッチを押し込む。すぐにナイフが赤黒く染まりあがった。
訝しげにコレットがナイフを覗き込む。
「なにそれ?」
「ヒートナイフ、試作版だけどね」
そういうとナイフを構えて怪物と向き合う。ソニアが技術班とともに造ったソータ用の試作兵器は身体の大きさと携行性を考慮してナイフとなっていたが、大きさ、重さはナイフの比ではない。エネルギーを通す事で高温を発生させ、切断力を上げる事を目的とした武器である。
ワニ顔が唸りながら鋭い爪を突き出してきた。二度三度と振り下ろされる、が普段のミゲールとの訓練に比べれば格段に遅いと感じるソータにとっては難なく避けれる範囲である。
鈍い紅に染まるナイフを鋭く突き出すと先程とは異なり難なく鱗を貫通し柄まで突き立つ。そのまま、真横に振り抜き胴を切り裂くと今度は袈裟がけに振り下ろした。幾つか残っていた棘が砕け足下に転がる。
バックステップで距離を取り構え直した時には、怪物は紅い粒子となって霧散していた。
「アイツを一撃で倒したの?!」
「二回切ったけどね。以外と遅かったし、あと援護のおかげで隙が出来た、ありがとね」
援護も何も結局は彼一人で倒していたので自分は何もできていない。このソータという子は一人であの召喚獣を撃退している。そんなソータはと見ると手にしたナイフの刀身が歪み煙が出ていた。試作機をいきなり壊した事に焦るソータを無視しコレットは考え込むかのように口元に手をやる。
ブツブツと何事か呟き思案し、しばらく考え込んでいたがポンと手を打つとソータの手をグイッと引っ張り無理やり振り向かせた。
「アンタなかなか強いわね。わたしと組まない?」
突然の言葉にコレットの方を見直したソータは壊したナイフの事など忘れてしまうぐらい驚いた。
「組むってなにを?」
「ナニってパートナーよ」
淡い蒼色をした大きな瞳がソータの目を覗き込む。
この少年はいずれはニルヴァーナの一員として戦う事になるだろう。それ自体は自分の目的ともある程度一致しているので構わない。だが、自分のような召喚士は接近を許せば戦える手段はない。近接戦を任せるバディは必須であるがその辺の機関員では信用が出来ない。その点、わざわざ危険に顔を出すお人好し、かつ子供ならば、裏はないんじゃないか。
そんなコレットの思惑が分からないソータはその言葉を聞いて何事かゴニョゴニョいいながら赤面する。
「ボク達まだ子供だし一緒になるにもまずはお付き合いからじゃないかなぁ」
「何バカな事言ってんの? 今後の任務の上でのパートナー、バディに決まってんでしょ」
「えっ?」
「えっ?って、アンタだってココにいるって事は今後、仕事するんでしょ。どうせ誰かと組むんだからわたしが組んであげるわ。感謝なさい!」
壮大な勘違いに気付き更に赤面するソータを他所にコレットはポンポンと話を進めていく。その頃には警備兵を始め誰かが鳴らした非常警報を聞いた周囲の人たちが集まってきていた。
おっそいのよ!と武装した兵士達に文句を言うコレットの元気な声が荒れた室内に響きわたっていた。
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