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12 戦闘訓練

「なんでそんな面倒くさい事を俺がやらなきゃならないんだ!」


「私がこれだけ頭を下げて頼んでいるのに断るのか!」 


 ニルヴァーナのとある一室、一人の男の前でジャンヌが会釈程度に下げた頭を上げて憤っていた。


「おまっ! その下げ方でよくもまぁ頼んでいるといえたな」


「これ以上下げるとお前に頭を踏まれかねんではないか」


「お前、俺を何だと思っているんだ……」


 ジャンヌの前には短髪無精髭の男が脚を投げ出して椅子にともたれかかっていた。短髪であるが少しウェーブがかかっており、やや日に焼けたような小麦色の肌と高い鼻が目につく。その男は長い脚を組むと細い目を一層細く、鋭い目つきにし、眉間に皺を寄せて忌々しげにジャンヌを睨みつけた。

 そんな目線を気にする事なくジャンヌは軍服の裾を直し、皺ひとつない状態に整えると姿勢を改め正式な敬礼を取る。


「改めてミゲール・インドゥライン大尉、鋼鉄機人(タロス)計画の成功の為にご尽力いただけないでしょうか」  

鋼鉄機人(タロス)計画って噂のサイボーグか。さっき新人のガキって話だっただろうが」


 ミゲールと呼ばれた男は椅子から身を起こしジャンヌに問いかける。


「確かに、戦闘経験ゼロの新人で子供だけど間違いなく鋼鉄機人(タロス)計画の唯一の成功例よ」 


「断片的にしかしらないが、マジであれを子供に施したのかよ。支部長は何を考えているんだ」


 天を仰ぐように背もたれにどっかりともたれかかると額に手を当て考えるかのように目を閉じる。

 しばらくして、ミゲールはゆっくりと立ち上がり、ジャンヌの目を真剣に見つめた。その表情は複雑で、少し疲れたようにみえた。


「ジャンヌ、俺はこの仕事が重要だとは分かっているつもりだ。だが、俺がやるとなるとその子供の安全は保証できん。なぜ俺に頼んだ?他に頼める奴はいないのか?」


 ミゲールの声には少し疑問が混じっていた。ミゲールは自身の能力に自信を持っていたが、この仕事に対する責任やリスクを考えると、迷いが生じていた。いや、単に面倒くさいだけなのかもしれない。


「この任務を頼んだ理由は他でもない。ミゲール大尉、お前にしかできないと思ったからだ。この仕事の成功に必要なのはミゲール、お前しかいない!」


 その言葉にミゲールは一瞬驚いた。こんな事をいうような奴とは思っていなかった事もあるが、思いのほか自分を買ってくれていると分かったからだ。


「何より、子供ではあるが()()の戦闘訓練となると並の兵士では対応できんしな」


「そこまでか?」


「まぁ、金の卵以上にはなるわね。熊蟷螂(ベアマンティス)を単独で撃破してるし」


「マジか?」


「マジよ。大マジ。だから困ってるの」


 そこまで聞いたミゲールは組んでいた左足をしばらくみつめながら顎に手をやる。


「それで先の話しなんだけど」


「訓練の話だろ、そういう事なら話は別だ。受けざるを得ないだろ。支部長許可済みなんだな」


「大いに期待してアル、だそうよ」


「ぬかせ!」


 椅子から勢いよく跳ね上がるとジャンヌの肩を軽く叩く。意味深な笑みを浮かべたその顔で横をすり抜け部屋を出て行く。


「どちらへ?」


「訓練室だ、すぐ連れて来い。間違いなく鋼鉄機人(タロス)計画の被験者なんだろ。そう簡単に壊れたりはしないよな」


 敬礼し見送るジャンヌにミゲールは手をヒラヒラ振って応えた。


 部屋の主が居なくなった部屋でジャンヌは安堵していた。最悪断られる可能性も考えていたからだ。それでも長年の付き合いの経験上、断られる事はないだろうと思っていたが。


「相変わらず単純な奴だな。期待されたり頼まれれば断る事が出来ない所は変わってない。まさかあんかアホみたいな直球の要請を受けるとは。何だかんだと甘いしチョロいぞ、ミゲール」


 ミゲールはあんな対応をするが基本は面倒見がいい奴だと彼女は知っていた。自分も直上的な人間だという自覚はあるが、まだ多少は計算高く動く自分にとっては眩しいぐらい、真っ直ぐなタイプ。そのおかげで彼も軋轢が多いが。

 まぁ、そんな事は今はどうでもいい。ミゲールが出て行った扉を眺めながら一人呟く。


「せいぜい搾られてこい、クソガキ」



 ******



「チッ、本当にガキかよ。しかも思った以上にガキだな、大丈夫かよ」


 ソータが急な呼び出しで連れてこられた先には三十代程度の体格の良い男が木剣を片手に待っていた。

 今日は戦闘訓練の日といわれて連れてこられたが大丈夫だろうか。戦闘はおろか格闘技とか全くやった事がないのに果たして自分が戦えるのだろうか。

 ソータは不安でソワソワしているが目の前の男は気にもしていないようだ。


「素手でベアマンティスを倒したって噂もあったしな。ほどほどに闘えるか。最悪壊れるだけだろうし」


 ブツブツと物騒な事を口にしているが緊張していたソータの耳には入ってこない。


「えーと、ソータです。よろしくお願いします」


 ペコリと頭を下げる。本来は敬礼で返す所だがまだ組織に慣れていないソータには無理な話である。


「そんな堅苦しい挨拶はいらん。ミゲール・インドゥライン大尉という。俺の仕事はお前を死なない程度に強くする事だ。こっちは仕事でやってんだから」


 ミゲールは横に置いてある短い剣を投げて渡すと自分は持っていた木剣を持ち上げる。


「とりあえず、どの程度出来るか見るからそれでかかってこい。どんなもんか見極めるから」


 大尉って偉い人だけどそんな人にこんな事してもらって大丈夫なんだろうか。そもそも剣なんて持ったことなんか一度もない。それ以前に戦闘訓練するなんてさっき聞いたとこだし、全くした事もないんだけど、とソータ思いながら見よう見真似で構える。ミゲールも木剣を構えるが逆手持ちの短剣であった。


「心配しなくてもその剣は刃を潰してある。ケガはしない、掠りもせんしな」


 ソータが戸惑っているのをケガをさせるのではと心配していると思ったのだろう。半笑いでミゲールが肩をすくめる。


 ソータは剣を持ち上げてみたが訓練用とはいえ重さはあるがさすが機械化した身体、筋力が補正されているからか十分振り回せそうだった。


「ヤアーー!」


 大上段から全力で振りかぶり一撃。も、振った反動でバランスを崩して前のめりに倒れそうになる。筋力云々ではなく、純粋な技術や技量の問題だった。

 ミゲールが眉を顰めるが、ソータは何事もなかったかのように笑顔を返すと改めて剣を構え直す。何しろ練習用とはいえ金属で出来た剣なんて初めて振り回す訳でどう扱っていいのかさっぱり分からない。


 その後、重さに慣れてきたソータは剣を闇雲にビュンビュン振り回す事が出来るようなった。しかも子供とは思えない速度で振り回している。鋼鉄機人(タロス)計画の被験者なら当然といった所だろう。いくら刃を潰してあるとはいえ鉄の塊は当たればさすがにタダではすまない。だがミゲールにはかする所かまともに打ち合いにすらならなかった。


 唐突に手首をバシン!と手刀で叩かれたソータは衝撃に驚き思わず剣を落としてしまう。


「基本もなんもなっちゃいないな。お前本当に生物兵器をやったのか?」


 ぶつぶつ文句をいいながら、ミゲールがソータの目線の高さまでしゃがみ込む。


「俺の目的はガイアの奴らを全員ぶっ殺すことだ。お前はそのために造られたようなもんだろ。俺の目的のためにも人並み程度には戦えるようになってもらうぞ」


 その目はソータをみているようだが、まるで別のものをみているような深く暗い目をしていた。


「機械化した奴ってのは存外、丈夫だったって聞くぞ。簡単に壊れてくれるなよ」


 木剣を構え直したミゲールは冷徹な顔で笑いかけた。


 それからどのくらいの時間、何合斬りかわしただろうか。時には蹴られ、背中から柄で叩き落され、袈裟斬りにされることもあった。最初は鈍い衝撃程度だったが、徐々にダメージが蓄積すると痛みを感じるようになってくる。また、容赦ない一撃が振り下ろされ衝撃で床に倒れ伏した。


「まだやれるだろ、休んでるんじゃねぇぞ」


 ソータの頭の上からミゲールの冷たい声がかけられる。どうにかしないと延々と続けられてしまいそうだ。ソータも男の子であり、ここまでやられっぱなしも癪に触る。ふと思いついた事があり内心でニヤリと笑った。この男に一泡吹かせてやる。


「ヤァァァァ!」


 近づいて振り回す。型もなにもないが、スピードだけは子供以上にはあると思っている。既に重さに慣れた今では剣先が見えない程度の速度がついている。

 が、余裕で躱され腹に重い一撃を叩き込まれた。普通なら痛みで動けないだろうがサイボーグの特性だからかガマンできる範囲なのは学習済みだった。そのまま更に懐に飛び込む。所謂、捨て身の攻撃だ。


「フレームカット!」


 ゆっくりとした風景の中、ちょっと訝しげな顔をしたミゲールに向かって全力で剣を振るう。自分の動きも遅い、動いてはいるけどまだ遅い。

 だが、それよりもゆっくり動いてるミゲールに当てるのは簡単だ。

 本来、このサイボーグ固有の技は動体視力を上げる程度の技であったが、そのスローな世界で自分だけが速く動けたらすごく速く動けるのではないか?と思いつき練習を重ねていた。その成果が出せる時が来た。


 スローな世界の中、勝利を確信したソータ。しかし、突然自分より遥かに速く動く木剣が模擬剣を弾き飛ばしていくのをゆっくりと見ることになる。


<フレームカット終了。リキャストタイムに入ります>


 ”ネマ”の声が聞こえる中、ソータは茫然とする。練習を繰り返し"フレームカット"使用時のほぼ止まっていた動きは全身をゴム膜で包み込まれているような、頑張ればゆっくり動ける程度のイメージにはなった。

 本当に瞬間程度ではあるが人の反応速度は十分に超えている自信はある。

 だが、ミゲールはそれ以上の速度で動いたのだ。動くのも異常だが、視て反応したとなるともはや人間とは思えない。


「お前面白い事するなぁ。ガキのくせに痛みを気にせず突っ込んで切り札とか。だが、もろに攻撃くらっちゃいかんだろうが」


 最初に会った時とは異なり、新しいおもちゃを見つけた子供のような楽しげな声でミゲールはソータを見下ろしながら笑顔で語る。


「最後に急に動きが速くなったのはよかったがな。まっ、30点ってとこか。だが俺に速さで勝とうってのは20年は早いな」


 驚愕するソータを見るわけでもなく木剣をほうりなげると今度は拳を構えてミゲールはニヤリと振り返る。


「素手で生物兵器を撃退しているらしいな。ステゴロの方が得意か」


「そんな訳ないでしょ!」


「謙遜とは子供らしくないな。隠す事はない。存分に本気を出してくれ」


「だから違うって言ってるでしょ!」


 全力で叫ぶソータを気にする事なくミゲールは拳を軽く突き出す。


「さぁ、続きをしようか!」



 ******



 ソータが痛む身体を引きずりつつ部屋に戻ってきたのはそれからしばらく後だ。

 時々、休憩はもらえたが、ひたすら模擬戦闘の繰り返しばかりだった。

 そもそもそんなに集中がもつ訳もなく、持久性があり継続した戦闘が可能なサイボーグとはいえ、慣れない組み手という特殊な身体のコントロールも合わせて子供のソータの限界を超えており、もはや後半の記憶がない。

 剣術だろうが、格闘技だろうがどっちも素人だというのに容赦なくやられた。

 ほぼ虐待レベルだと思うが教えてもらわないとどうにもならないし、痛みがあるってことは生きてるって事だと思って我慢している。

 

 アレ?何か教えてもらっただろうか。訓練って言ってたが、ただただ殴られてだけのような気もする。そんな纏まらない思考を引きずりながらなんとか部屋まで帰ってきた。


「随分派手にやられたな」


 部屋ではジャンヌが読みかけの書類から目を上げると苦笑いをして迎えてくれた。上から下まで目線を送ると、ほぉ、と声を漏らす。


「訓練って聞いたけど、あれじゃただのイジメだよ」


 ふくれっ面をしたソータだったがジャンヌの反応はドライなものだ。


「まぁそう言うな。アイツがこんなに長く指導したと言う事はそれなりに興味があるという事だ」


「壊れるまで叩いてみたって感じだけどね」


 ドサッと近くのソファに横たわって身体を休める。からだの疲れはないはずだが、ずっと集中していたからか頭が疲れている。


「しかし、こんな子供に何を期待してるのやら。世界の平和を守ろう! とかかな」


「自分が特別だという認識はあるか?」


 不意にジャンヌが真面目な顔して聞いてきた。


「特別って?機械化した身体を持ってるって事は自覚してるつもりだけど」


「普通の子供はいや、大人でさえミゲールとあれだけの時間、模擬戦はできんよ。ましてや、その身体をこの短期間で使いこなすという事もな」


 そう言われたらそんな気もしたが比べるものがないのでなんとも分からない。そんな顔をしたソータは興味なさげにソファーに深く体重を預けて崩れる。


「まぁいい、いずれ解るようになる、解らせてやる」


 不敵に笑うジャンヌの呟きはソータの耳には届いていなかった。

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