10 訓練
ソータのリハビリは順調進んでいき、既に日常生活にはなんら支障を来さないレベルにまで到達していた。そうなると、よりハイレベルの身体の使い方を学ぶ機会が多くなっていた。それには機械化した身体を使う特殊な訓練も含まれている。
今日は基本的な訓練の日だ。ソータの身体は普通の人間より出来る事が多く、視界に映し出されて拡がる多種多様な情報もそのうちのひとつだ。必要に応じて出し入れ出来るらしいが、まだうまくコントロールできていない。
「じゃー、ソータ君。始めるよー」
訓練室にやや間延びした声が響く。訓練室とはいってもただの広い倉庫ともいえる。基礎的な指導はエンジニアのソニアがおこなっている。彼女はソータの身体の設計、開発したスタッフの1人だし、専属技師なので当然の流れとなった。のんびりとした印象を受ける彼女だったが優秀なのは間違いないらしい。
「今から色々な物を見てもらったりしてー、視界に映っている情報が、邪魔にならないように慣れてもらうねぇ」
「よろしくお願いします」
メガネをかけ直したソニアが満面の笑みを浮かべてソータを見ている。
子供の頭ぐらいの鉄のボールが床で勝手に動き回っている。最初は勝手に動くボールが気持ち悪かったが今では見慣れてきていた。
「最初はそれを見てもらってー、それから動かしていくのを追いかけれるようになってー、最後は捕まえてもらうところまでねー」
まずは視る。意識したら視界にはボールの上に印がつけられるようになっていた。こごまでは既に練習済みである。頭の中でボタンを押すイメージだろうか。その後にボールがゆっくりと動き出した。
「マーカー付けれたかなぁ? そしたら動かすからー」
ゆっくりとボールが動き出すが縦、横にゆっくり動いているので特に苦労はしない。
「大丈夫ねー。じゃぁ、少し上げるよー」
唐突にボールが視界から消えた。かなりの高速移動で捕らえる事が難しい。
慌てて探すも見つけたと思ったらすぐに移動される。その場でグルグル回りながら探すこと数分。とても追いかける事が出来ない。
「ソニアー。速すぎるよー」
「じゃあー、ヒント。高速移動する物体を捕捉する方向だけどマーカー付けれたなら、移動した方向に点滅する光点が出てるからそっち見たらいいのよぉ」
そんなモノがあるの! と意識して見直すと光点が現れた。そのおかげで移動した方向は分かるが目で追う事も捕獲もできそうもない。
しばらく試していたがやがて肉体的限界より先に酷使した脳が耐えれなくなったようだ。
ドカッと座り込むとそのまま仰向けに倒れこむ。冷たい床の感覚が気持ち良い。以前はこんな感覚すら失われつつあったということを忘れそうになる。
「きゅーけーい。難易度高いよ」
「さすがのソータくんでも難しいかー。やっぱり”ネマ”の助けがいるかなぁ」
「”ネマ”? 誰?」
「あなたに繋がっているAIよぉ。師匠が造ったんだけど、そういう名前だって記録があったのぉ。ネマって」
「あー、ネマって言うんだ。彼女とは何回か話した事があるよ。最初は妖精さんが話しかけてきたかと思ったもん」
あの日、目覚めたソータに突然話しかけて来た、自称人工知能の"ネマ"。あの日以降、あれだけの話しをした事はない。大体は訓練の際、身体の補助機能として介入する時程度で積極的には関わってこなかった。ソータも自分だけに聞こえる声に戸惑いもあり声をかけていなかった。とはいえ、いつまでもそうはいかないのだろうとは思っている。
「フフフ」と面白そうにソニアは口元に手を当てて笑いながら椅子に腰をかける。子供の発想がおかしかったようだ。
「ただ、問題があってねぇ。"ネマ”ってかなりバレたらヤバめなのよぉ、最悪、壊されちゃうかもねぇ」
「そんなに危ないの?」
そういえば、ジャンヌから事あるごとにAIが存在する事は口にするなと言っていたな。
「ほら、"Ω"の自動人形達が事件の時に色々したでしょー。あれって、AIが暴走した結果おきた事だからぁ。古い人程ねー」
かつての大戦を引き起こした"Ωの叛乱"と言われる事件の事だ。確か数百年以上前の話だ。
もともと、通信やら流通、交通を含めた部分を完全にシステマチックにしようとスーパーAIを開発、運用した時代がらあった。
それがうまくいった為、統合AI"Ω"が作られ人の手を離れ犯罪やらの取り締まりにも使い始めるようになっていった。
しかし、そのうちに自我を獲得した"Ω" は平和にならないのは人間そのものが邪魔なのではないか、という発想になり人類に反旗を翻した事件といわれている。
その頃には家電製品ですらAIとネットワークに繋がっていた為、ほぼ全ての機械はハッキングされΩの支配下に入った。
当時の主力であった無人機械や無人兵器、自動人形と言われる戦闘用ロボットを使って電撃作戦で侵攻を開始すると1年足らずで当時、最も強大だった自分を作った国家を滅亡させ三年程でその大陸をほぼ無人にしてしまった。
当時、世界を滅ぼす事が出来るといわれた反応兵器を世界の国々が沢山持っていたのだが"Ω"が一度使用し、その報復で人間使用し世界は滅亡の危機に瀕した。その惨劇を目の当たりにした一部の技術者と環境保護団体が反応兵器に関する物質を使用出来なくする微生物を世界中にばらまいていたと言われており、それ以降、反応兵器やそれを利用したエネルギー精製は出来なくなっている。
Ω側も反応兵器が使えなかったためAI対人間の戦いはお互いに決定打に欠け長期に渡る戦争になった。その時に作られたのが生物兵器と言われる怪物達であった。
その後、各国に無人兵器をばら撒いたりしながら世界中を戦火に巻き込んでいったのだが、その"Ω"もその後、のちに問題となる"ガイア"や機士の活躍を含めた大攻勢で破壊されたと言われている。
大戦前にはあったといわれる世界を繋ぐ情報網や自動で物を作る機械類ですら"Ω"との繋がりを恐れて全て使用禁止とした結果、産業レベルはかなり低下をきたした。
結果的に"Ω”への対応の遅れに繋がり、ガイアの台頭を許すことになったのは皮肉な話とのちの歴史では語られている。
「あれがあるから、AIは信用出来ないっていうのよねぇ。AIなんかもはや存在していないし、そもそも自動的に動くものなんてもう、"Ω"の残党以外完全に見なくなってるしねー」
困ったもんだ、といった表情をしながら頬杖をつく。
「だから、絶対に他の人にネマの存在を知られてはいけないのぉ」
その反応は正常なものだろう。世界的に大打撃があったその中心的なものがそばにあると考えればどんな手を使っても消し去りたくなるはずだ。
それよりも。AIの存在がバレたら破壊されると言うなら、自分もろともという事になるのではないか。
チラリとソニアの顔を伺うと、ニコリと笑みを返してきた。
ソータは真顔で首を縦に強く振ると、ソニアは「お願いねー」と両手を合わせて拝むようにしつつも軽く答える。
「でもねー、AIに罪はないのよぉ。学習パターンやどこまで拡大させるかが問題なのよー。だーから師匠は”ネマ”でもう一度、世間にAIの素晴らしさを理解してもらうつもりなのぉ」
やおら、立ち上がると拳を振り上げて熱弁しだした。彼女ら技術者としては現在の技術後退は許しがたいものがあるのだろう。手を伸ばせばそこに禁断の果実があるのだから。