9 ポテトのおいしい食べ方
ようやく新キャラ算入です
机が一つに椅子か二脚。入る家具はこれが精一杯であろう。窓はなく、静寂を閉じ込めたような空気が漂っている。
前回、そんなにマジメに頑張らなくていいというアドバイスのもと、ソータはなるべく気負いしない様に気をつけてこの部屋で機能訓練に励んでいた。
マジメになり過ぎる事はなく、かつ集中できるもの。今日はそんな細い棒を掴むべく、大きく深呼吸をして作業に再び挑戦する。
目の前のトレイには黄色く長さも大きさも不揃いな黄色いスティック状の物体の小山がほのかに湯気をあげていた。
ソータの大好きなプライドポテトである。これを自分で摘んで食す事が、今日の目標であり課題となっている。
というか、出来なければ食事抜きも同然だ。
「食いたければまともに自分で食える様にならんとな」
ジャンヌの発案によりこのような状態となっている。今までは栄養剤のような物を飲んでいたり、食べる時はAIのネマの力をかりて自動制御してもらったりしていたが、いつまでもそういう訳にもいかない。
さすがに人目のひく食堂で、とはならず自習室のような別室で行われている。先程から口元まで運びかけては落としを繰り返しており皿から落ち、トレイに転がったポテトがそれなりの数になっていた。
何本目かになるポテトを力を入れ過ぎてマッシュポテトにすると、力なく机に突っ伏す。
「ムリだって、これー。どうしたってうまくいかなって」
いっそ、顔ごとトレイに突っ込んだら食べれるのではと思ったが、熱々のポテトに顔から突っ込む勇気はなく、冷めてきた今でも油でベタベタになるだろう。何よりバレた時の事を考えるとその一線を越える事は出来ない。ジャンヌはマジで怖いのだ。
唸りながら苦戦する事しばらく、突然、部屋の扉が開くと誰かが入ってきた。
「あら? ここは普段誰も使ってないはずなのに、なんであなたがいるのかしら」
そう言って入ってきたのは美しい金髪を頭の上で無造作に束ねた少女であった。透き通るような青緑色の双眸がこちらを見つめる。間違いなくガラス箱の中の少女だ。ソータはいつも通りすがりにみるガラス張りの部屋の中にいる少女の事をそうよんでいた。
こうやってまともに顔を合わせるのは始めてだが、彼女が多くの人には忌み嫌われている"召喚士"である事は何度も前を通るうちに気づいた。
寝たきり生活の長かったソータは今ひとつ世間の常識に疎く、なぜそこまで召喚士が嫌われているのか理解できていない。ただ、知っているのは普通は見る事がない能力だという事だけだった。
何度か彼女の召喚をみる事があったのだが、とても美しく神秘的な輝きを放っていた事をよく覚えている。
「なによ、ジロジロ見て。そんなに珍しい?」
「あっ、ゴメン。ここ誰も来ないって聞いてたからびっくりしただけ」
「わたしはよく来てたけどね。ちょっとどいてくれないかしら?」
顎で指す場所はポテトのトレイが置かれている机。よく見れば彼女もトレイを持っておりそれを置きたいようだ。
「こっちに押し込んでスペース作ってくれたらいいよ。見ての通り両手が不自由だから」
鈍く鋼鉄の輝きを放つ両腕を興味なさげに見た彼女はトレイを置くとぐいぐいと押し込み自分のトレイを机に置いた。自分のトレイが半分程、机からはみ出ているが落ちていないのでよしとする。
「ここ!」
「うん?」
「わたしが普段使ってる場所なんだけど」
「それはゴメン。でもさっきも言ったけど誰も使ってないって聞いたから、練習場所に借りてた。移動したいけど、難しいから相席で勘弁してね」
ソータの乗っている車椅子を一瞥すると彼女はため息とともに椅子に座り込んだ。この部屋から出て欲しいと伝えたつもりだったがどうやら伝わっていないようだ。
押し込まれたトレイの上には小さなドーナツが少しとストロー付きの紙コップだけがのっていた。昼食の時間帯にしては随分と少ないが女子の量はこんなものなのかもしれない。
彼女はストローを咥えるとゆっくり飲みながらソータをジッと見つめている。値踏みするかのような視線に若干怯みつつ、食事兼リハビリを再開する。
必死に指先を伸ばすも指先は思う様に動いてくれない。頑張れば頑張る程、余計にバラバラの動きになる指をなんとかなだめすかした。
ようやく、摘みあげた一本を顔を近づけて何とか口にする事に成功した。少し萎びていたが口の中に広がる柔らかな風味と塩味がなんともいえない。思わず表情も緩んでしまう。
この感覚が分かっているうち二本目に取り掛からないと。そんな決意を胸にポテトに手を伸ばす。
「ねぇアンタ」
不意に前の少女に声をかけられ集中が乱れ、ブレる指先がトレイに引っかかる。
「なに? 今、めっちゃ集中してポテトを食べるとこだけど」
「アンタ、私がここに居てイヤじゃないの?」
「なんで? なんか意地悪されるならイヤだけど、そうじゃないでしょ」
「私の事知ってるでしょ、なら……」
「召喚士の子でしょ。いつもキレイな光を出してる割に変なのが出てきてるけど」
指先に集中しているソータが少女に目線も向けずに答える。
「キレイな光り……」
小さく呟く少女の声は集中しているソータには届かない。
少女は驚きの表情で固まっていた。この世界で召喚士などは多くの人に忌み嫌われる存在として認識されている。ごく一部ではかなり崇められても普通なら石を投げられるどころかリンチに合う可能性も否定できない。
召喚時に放たれる光はもはや凶兆の光りと言われても仕方ないものになる。
その光をキレイだというとは頭がおかしいか世間知らずか。
自分の事ながら呆れて物も言えないとはこの事だろう。それでも自分の召喚術を褒められて悪い気はしない。最後の"変なの"の部分は引っかかるので評価は相殺されてややマイナスだが。
「あんた、変わってるわね」
「そうだよねー、こんなナリしてるし」
ソータは自分の腕に一度だけ目線をやると、またポテトの山に意識を向ける。
少女は決して外見の話をした訳ではなくその考え方を指摘したつもりだが、どうにも伝わっていないようだ。腕同様に頭まで機械なのだろうか。鈍いにもほどがある。
「なんでこんな所で食べてるのよ。アンタだったら食堂に行けばいいじゃない」
「こんなんだから悪目立ちするんだよね。食べるのも遅いし。訓練っていってるけど半分以上はジャンヌの嫌がらせだよ。あっ、ジャンヌっていうのがね……」
そこからは聞いてもいないのに少女はジャンヌという女性がいかに凶悪で意地が悪いかの話しを延々と聞かされる事になる。最も少女もそのジャンヌが世話係になっているのだが、伝えるタイミングを完全に失ってしまっていた。
「――という事をされるんだよ。信じられないだろ。あれ? 聞いてた?」
「少しは聞いてたわよ。よくもまぁ、そんなに喋れるわね」
「だって、年の近い子ってここにはいないだろ?大人ばっかだからこんなバカな話ししにくいし」
「わたし相手でも困るんですけど」
ジト目で睨みつける少女だったが、目の前の少年はそんな事を気にする様子もなくポテトを摘んでは食べている。やっぱりコイツ、デリカシーないな、と少年の評価を更に下げた。
「っていうか、キミこそなんでこんな所でいつも食べてるの? 食堂行けばいいじゃない」
「はぁ? あんた分かって言ってるの? わたしは"召喚士"よ! ここでは実験対象みたいなもの。ただでさえ、ガラス越しの実験して目立ってるのにあんな人目に晒されるなんてゴメンよ」
「なら今度一緒に食堂に行こっか。こっちの方が目立つだろうからキミは注目されないかもね」
その言葉に呆れ半分、驚き半分で目が丸くなる。この少年は何を言っているのか分かっているのだろうか。目立つのが二人揃うという事はより注目を浴びる可能性の方が高いと思わないのだろうか。
やっぱりこの少年は腕だけでなく頭の中まで改造されてすっからかんなのではないか。さっき、若干でもいい奴かもと思ったのは完全になかった事にしよう。
本気でそんな事を考えていると目の前の少年が満面の笑みを少女に向けた。
「キミと話してるとなんかいい感じに集中できたのか今日はすごい調子がいいんだよね。また付き合ってよ」
ソータの手には何本ものポテトが摘まれている。そういえば少女が部屋に入ってから失敗する事なく食べていた様な気がする。しかもいつもよりおいしく感じた。基本、入院生活の長かったソータは食事は一人で食べる事が多かった。最も後半は食べる事すら出来なくなっていたが。他の人と食べる事、談笑しながら食べる事はどうやら食事がおいしく感じるようだと改めて思い出す。きっと目の前の少女も常に一人で食べているなら味気ない食事を摂っている事だろう。
ならば解決策は簡単だ。
「今度は食堂で会おう。美味しいポテトの食べ方教えるから」
そう笑ういながら本当に美味しそうに食べるのだった。
結局、その後はお互い食べるだけ食べて解散。そういえば名前を聞いていなかったと気付いたのはしばらくしてからだ。
この後、ガラス張りの少女とは直接会う事はできなかった。直接会えなくてもあの部屋で召喚術は行っている事が多いので時々姿はみていた。何度か彼女に手を振ったらしたが、全く反応がなく無視され続けたので嫌われたのかと思っていたが、一度だけすれ違った際(彼女には沢山の研究員がついていたが)軽く手を挙げて挨拶してくれたので、多分嫌われている訳ではないだろう。
そんな毎日を更に半年ほど繰り返した。一日の大半は体の動かし方を、あとは勉強だった。長い入院期間でする事がなかったソータは本を読む事が多く、色々と知っている事は多かったがそれでも指導があるとないとでは大きな差がある。
また、この半年で普通の人以上に身体を扱えるようになってきた。ここ最近は戦闘訓練が追加されるようになっている。もっぱらこの身体の使い方の延長線で実際に何かと戦う訳ではなかったが。
戦闘訓練は、剣術、格闘術、機械化した身体の独自の技術を覚えなくてはいけないらしく色々と叩き込まれていた。
読んでいただきありがとうございます。
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