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0 死の実験

 真っ暗な空間には、深淵のような静寂がただよっていた。暗闇が全てを包み込み、視覚を奪いさっている。一切の光が遠ざかり、辺りは漆黒に染まっていた。

 そこは床から天井まで、暗黒の迷宮が広がっているかのような雰囲気があり、見えない影の存在が浮かび上がり恐怖と不安を煽ってくる。まるで、どんなに足掻いても逃れることのできない闇の世界に立ち入ってしまったような錯覚を感じさせた。

 そこは鳴り響くような静寂が漂っている。時折、遠くから何かが聞こえるような気がしても、それはただの幻聴に過ぎない、そんな暗闇……,


「これより被検体の実験を開始する」


 その言葉と同時に真っ暗な空間に次々と明かりが灯されていく。間隔はあいているが天井から人工の光で照らされる空間はかなりの広さを有しているのが見て取れた。高さは三階建ての建物を優に超える程度はあり、奥行きは光が十分に当たっておらずはっきりしない。壁も天井も全て無機質な金属で作られており何も遮るものがない、ただただ広い空間が広がっていた。


 その中心にはなぜかベッドがひとつ置かれていた。ベッドといってもクッションの効いた柔らかな物ではなく、部屋と同じように無機質で金属パイプで出来ている。そこには緑色の術衣を着た一人の子供が寝かされていた。少年というにはまだ幼さの残るその姿とこの室内の殺風景さがあまりにも異質である。

 何よりこの室内には窓はおろか扉すら見当たらない。更にその子供の手足には拘束具によりベッドと固定されているとなるとその異様さは益々膨れ上がるというものだ。


「誰かいないの?!」


 少年の掠れた声が室内に響き渡るが誰も返事がない。その声を合図としたように手足に付けられていた拘束具が弾かれるような音を立てて外れていく。とその後は静けさが戻っていく。しばらくすると金属が軋むような音が室内に響きわたるとそれに続き床の上を何かが動く音が聞こえた。


 壁の一部が開き、静かな室内に不気味な光が差し込む。その開いた隙間から、恐ろしい光景が目に飛び込んでくる。目を疑うような姿がそこに広がっていた。

 光のカーテンの向こうより見える姿は何やら大きな生物が蠢いていた。その大きさは人間の背丈を遥かに超えているように見えた。その体の一部には蟷螂の特徴的な、しかし、薄黒い光沢のある大鎌と外殻が見え隠れしている。

 その恐るべき存在の頭部に注目すると、一変した姿が現れる。そこには、獰猛な獣である熊のような頭がそこにあった。


 呻き声とも唸り声ととつかない声を発したその異様な生き物が室内に入ると、匂いを嗅ぐように鼻を鳴らしながら室内を物色し始めた。すぐにでも逃げなければ子供はたちどころに襲われてしまうだろう。

 その怪物に気づいているのか、その子供は身動きひとつせず動く様子はみられなかった。


 臭いを嗅ぎつけたのか徐々に怪物は子供の寝かされているベットに近づいていく。子供の目にも異形の怪物の姿は映っているだろうか、恐怖のためか全く動く気配は見られなかった。怪物はベットの前までくると子供の臭いを嗅ぐように周りをうろつく。たが、子供を襲う様子もなくうろついているだけであった。

 

 その時、僅かに子供の頭が左右に動いた。


 刹那、耳を貫くような轟音が響き渡ると、細かなベットの破片が光の中に(きら)めきながらゆっくりと舞い散る。ベッドには鋭い鎌が突き立っておりその一部が破壊されていた。

 しかし、そこで寝ていた子供に運よく攻撃が当たらなかったのか傷ひとつついていないようだ。微動だにしないので生きているか死んでいるかは傍目には判断がつかない。


「ッぐぅ」


 恐怖に耐え切れず漏らしたであろう声に反応した怪物の腕がブレて見えた。砕け散ったベッドの破片が再び舞い散ると子供の体を支える役割を果たしていたベッドの機能は完全に失われた。

 子供の身体は宙を舞い、まるで人形のように手前の床に向かってゴロゴロと転がっていく。初撃は運良く当たらなかったのだろうがニ撃目は確かに彼の体を捉えたようだ。

 蟷螂の鎌による攻撃は人サイズにすれば優に三トンは越えるパワーがある。加えてこの生き物は戦闘用に特化されたタイプであった。この大きさとなれば人の体などひとたまりもなく原型を留めない肉の塊がそこには転がっている、はずだ。


「あぁぁぁぁぁぁぁ!」


 か細い子供の叫び声が室内に響き渡った。

 攻撃を受けたはずの子供は原型を留めたまま、しかも生きているようだった。その声に反応した怪物はカチャカチャと六本の脚で床を鳴らしながら近づいてくると立ち上がり巨大な鎌を振り上げる。そして、倒れている背にその鋭利な先端が勢いよく突き立てられた。


 床が凹むかのような衝撃音が室内に響き渡り彼の体が跳ね上がる。しかし、その背に穴が開くことも血が飛び散る事もなかった。

 怪物なりにおかしいと思ったのか頸を直角に傾けながら再度、叩きつける。


 再び響き渡る衝撃音と跳ねる身体。だが、その身体に傷がついた様子はみられない。


 二回、三回、四回と今度は連続して鎌が振り下ろされる。爆撃音のような音が鳴り響き彼の身体はその都度跳ね上がるが、裂けるのは術衣のみで何度やってもその身体に傷がつく様子はみられなかった。

 叩きつけられるその子供からは(かす)れた悲鳴ともつかない声が僅かにもれていたが、衝撃音が強く周りには全く聞き取られる事はなかった。例え助けを呼んでいたとして、この怪物達を相手に誰が助けてくれるのか。


 叩きつけてもムダと判断したのだろうかその小さく細い胴よりも大きな口が鋭い牙を突き立てると咥えたまま激しく振り回し始めた。人形のように振り回された子供は勢い余ったのか近くの壁に叩きつけられる。


 激しい音とともに壁に当たった子供は、今度こそ声ひとつあげる事なくズルズルと崩れ落ちる。

 ゆっくりと近づく怪物の姿がその子供を覆いつくしていった。


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