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レシピ9 旨味の残った油で、つけ合わせの具材もソテーしてしまいましょう



 一方でシャルトリューズはというと。



「なんだか懐かしいわ。ぴぺたんとこうしてのんびり日向ぼっこするのなんて」


 ピペリタスの胴体に寄りかかりながら、シャルトリューズは暖かな日差しを浴びてくつろいでいた。


 小鳥のさえずりを聴きながら、とても穏やかな時間を過ごす一人と一匹。

 とても平和な時間を過ごしていた。


『ああ、あの頃の私は、よくシャルトリューズの膝の上で眠ったものだ』


 シャルトリューズ専用背もたれと化したピペリタスも、目を閉じ完全なリラックス状態だ。


「ふふふ、もう絶対に私の膝には乗らないわね。つぶれてしまうわ」


『私がシャルトリューズのことを潰すわけがないだろう。あの頃はまだ私の背に(しま)があった。あの頃の私は庇護(ひご)がなければ生きられない……弱い(オス)だった……』


「ぴぺたん、とってもちいさかったものね。

 あ、そうそう。背中の縞で思い出したわ。

 昨日隣町でね、小さい頃のぴぺたんそっくりのおもちゃを見つけたの。ほら見て見て。縞模様もそっくり」


 シャルトリューズがカバンからピッペリーのおもちゃを取り出した。


 薄目を開けたピペリタスに警戒の色が浮かぶ。


『シャルトリューズ。私は人間の道具に対してそこまでの知識はないが、それが玩具だということは理解している。

 幼少期の人間が愛玩対象として利用する物をなぜ君が今持ち歩いている? 私の知っているシャルトリューズは、そんな幼稚なものに興味を示さなかったように思うが……どのような経緯でそれを?』


 ピペリタスに指摘されたシャルトリューズは、少し困ったように視線を落とした。


「イエーガーが買ってくれたの。……別にね、頼んだわけじゃないんだけど……」


 それを聞いたピペリタスは鼻息荒く憤慨する。


『まったく、知性の低い(オス)はこれだから困る。

 (メス)が必要な貢物すらまともに選別できないとは。こんな何の役にも立たないもので気を引くなど……雄の風上にも置けないやつだ』


「ううん、違うのぴぺたん。

 私が欲しかったの……でもね、諦めるつもりだったの。

 そしたらイエーガーが代わりに買ってくれたの。こんな……全く何の役にも立たない、購入したところで何かに利用する価値もないおもちゃを……。

 私、父さんに物を買ってもらう時は、いつも購入することで得られるメリットを訴えて買ってもらっていたわ。研究の資料や資材とか……。

 だけど、ただ欲しいだけのものって誰かに要求したことなかったし、なんの利益ももたらさないものを人からもらうのも初めてで……。

 すごく驚いたの。……だけどねぴぺたん、私ね、すごくね、これをもらったとき、嬉しかったの」


 ピペリタスは困惑したような目でシャルトリューズを見つめた。


『……嬉しい……? シャルトリューズ……君はそんなことが嬉しかったのかい?』



・・・




 フィズと隣町で別れて一人で村に戻ってきたイエーガーは、シャルトリューズの父親に声をかけられた。


「あ! イエーガーくん! シャルトリューズ見なかったかい? てっきり山に行ったのかと思ったんだけど、イエーガーくんがここにいるってことは村のどこかにいるのかな?」


 山に入る時は、男女ペアが原則。


 その掟に背いてしまったことに、今更ながら思い当たり、イエーガーは背筋が冷たくなるのを感じた。


(あ、でもシャルトリューズは一応オスのピッペリーと一緒なわけだし、ギリギリ男女ペアか?)


 だがしかし、その雄はとんでもなくデカいバケモノ級のピッペリーであり、そんなやつの前にシャルトリューズを一人置いてきてしまったのだということに気づく。

 そしてそのピッペリーはシャルトリューズを(メス)として意識している。


 ……危険極まりなさすぎた。

 シャルトリューズの貞操が危ない。


「あ……えっと、俺……心当たりあるんで……探すの手伝います……」


 娘さんを(メス)として意識している無駄に知性の高いピッペリーのボスの前に置き去りにしたなんて口が裂けても言えない。殺されてピッペリーの餌にされてしまう。


「ほんと? ありがとう! 助かるよ! じゃあ僕はこっちの方探すね!」


「あ……! あの……!」


 去ろうとするシャルトリューズの父の背中に向かって、イエーガーは思わず呼び止めていた。


「あの……シャルトリューズが……その……」


「ん? シャルトリューズが、どうかしたのかい?」


「あの……キャロルの割引券を……誰と一緒に行ってもらったのか……心配してたみたいで……」


「ああ、あれラブ割の景品だもんね。

 ……ああ、そうか。それでなんとなく朝、様子がおかしかったのか」


「もしかして……新しい恋人とか……いたりするんすか……?」


(うおおおっ! しまった! やべえ! 俺ってば踏み込みすぎちまった!)


 後悔したがもう遅い。

 気まずくなって視線を泳がすイエーガーを見て、シャルトリューズの父は笑った。


「ははは、いるわけないよ。

 僕が愛してるのは後にも先にも奥さん一人だけさ。

 実は隣町にね、ちょっと悪い友人がいるんだよ。そいつが早く女を作れって言ってさ、しつこくこういうのを渡してくるんだよね。だいたい人にあげちゃってるんだけどさ」


「そ……そうなんすか……」


「ありがとね、イエーガーくん」


「へ? 何がっすか?」


「シャルトリューズの相談聞いてくれて。

 あの子、あんまり歳の近い友達がいないからさ……。仲良くしてくれて嬉しいよ。これからも仲良くしてあげてくれるかな?」


「……や……まあ……別に……そんな大したことじゃないっすよ……礼なんか別に……」


「じゃあシャルトリューズを見つけたら伝言頼んでいいかな? 『今日の晩ごはんはラーカスのソテーだよ。皮がパリパリのうちに食べたかったら早く帰っておいでー!』って」


(え? ラーカスってあのラーカスか!? 食えんの? うまいの!? てゆーか肉、売ってんの!?)


 目を丸くしているイエーガーを全く気にせず、シャルトリューズの父は気が済んだのか安心した表情で、足取りも軽く家の方角へと向かって行ってしまったのであった。

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