レシピ7 皮が焼けたらひっくり返して中までじっくり火を通します
家に立ち寄り、自分の所持金をひっつかんだイエーガーは早足で隣町に向かった。
武器を買うためだ。
(くっそ、マジでムカつくあのピッペリー。絶対に仕留めて丸焼きにして獣の餌にやる……!)
そう思ってはいるのだが、どう考えても今のイエーガーに勝ち目はなかった。
その辺のピッペリー程度であれば棍棒で殴り倒すくらいの自信があった。
しかしあのピッペリーは相手が悪すぎる。
自分が全力で殴りつけても、致命傷を負わせる自信はなかった。それどころか、もし噛みつかれでもすれば致命傷どころか――……。
変な寒気が背中を走った。
もっと強い武器を手に入れなくては。
棍棒なんて生ぬるい打撃系の武器ではなく、もっと殺傷能力の高い武器が――。
(ナイフか? 斧か? 槍か? 弓矢か?
接近戦は危険だ。罠を仕掛けるか? ……いや、ダメだな。無駄に頭がいいなら、罠なんか無駄か……)
やるからには確実に仕留めなくては。
焦燥感がイエーガーを突き動かしていた。
ただの獣なら、村の人間が力を合わせれば駆除は可能だ。今だって人里に獣が降りて来ないように罠もかけているし、境界も作れている。山にさえ不用意に近づかなければ、襲われる心配はない。
なにかの拍子に獣が誤って里に下りてくるようなときは、大人たちが撃退して追い払っていた。
だがその獣の中に知性が高い上に、人の言葉まで理解している存在がいるのなら――。
賢さの種だが実だか知らないが、そんな厄介なものを口にして、他のピッペリーたちまでが同じレベルで繁殖してしまったら――いずれ人間を脅かす存在になってしまう。
この危険性をシャルトリューズが認識していないなんて、思ってもいなかった。
(あのクソバカ女! 何がぴぺたんだよ! あんな鼻息の荒いオス相手にへらへらしやがって!)
シャルトリューズの顔が浮かんだ。
妙に気を許したような、柔らかい表情をしたシャルトリューズの表情が。
自分といるときには見たことのない表情だった。
――悔しい……。
昨日、この道を二人で歩いたばかりだ。
少しずつだが、着実に距離は縮まっていると思っていた。
なのに。
突如現れた獣のオスにあっという間に割り込みされて距離を詰められてしまうとは思わなかった。
(あんな短足4足歩行のケダモノに求婚されて照れてんじゃねえよ! あんのクソバカ女め! 尻軽女! 子供なんか産めるわけねえだろ!
つーかどうやって子づくりする気だよ! バカじゃねえの! 自分の発言のヤバさを自覚しろよクソバカ女! クソバカクソバカクソバカ……!)
昨日の帰り道、初めてちょっとは可愛い顔したシャルトリューズが見れるかと思ったのに、相変わらずの鉄仮面で驚愕したばかりだった。
てっきり照れて赤くなってるのかと思ってたのに――。
ピッペリーのおもちゃで顔を隠す仕草が妙に幼くて、思い出すとなぜか胸の奥がかゆいような変な感覚になる。
大切そうにおもちゃを抱えて歩くシャルトリューズを眺めながら、悪くない投資だったと思いながら帰った。しかし今は激しく後悔している。
背中に縞模様のある、幼少期のピッペリーのおもちゃ――。
(……あいつだったんだな……)
むしゃくしゃした気持ちが沸き上がってくる。
「ちっ! 買ってやるんじゃなかった……!」
「え? 何を?」
「おわあぁぁっ! ……な……! なんだよ、フィズか。おどかすなよ」
イエーガーの背後には、楽しそうに笑う少女がいた。その顔の青痣は比較的新しいものだ。
そのことにイエーガーはすぐに気づいたが、あえてそこには触れなかった。
「そうでーす! フィズちゃんですよー! 今日イエーガーひとり? 隣町に用? ねえねえ暇ならデートしようよー!」
フィズがイエーガーの腕をとり、体を密着させてくる。
「はあ? 暇じゃねえし。悪いけど俺は俺で欲しいのがあっから、ねだられても奢らねえよ」
「別にねだったりなんかしませんよーっだ! あたし今日はちょっとリッチなんだ~! なんだったらイエーガーの欲しいもの、あたしが買ってあげてもいいけど~?」
「はは! そりゃいいや。じゃあ俺の金が足りなかったら頼む。……ま、フィズに借り作っちまうと後が怖そうだけどな」
「なによそれー!」
フィズの口調からそこまで機嫌が悪くないことは分かった。
しかし羽振りがいいのと、顏にできた傷は無関係ではないのだろう。
イエーガーは適当にフィズと会話を続けながら、頭の中で別のことを考える。
フィズがまた厄介ごとに首を突っ込んでる。
カルーアあたりに任せておけば喜んで探ってくれるはずだ。
最近は大きなトラブルもなかったせいで、カルーアは欲求不満気味だ。
多少の気晴らしイベントで気を紛らわせておかないと、自分とシャルトリューズの関係に興味を持ち始めてしまう可能性がある。
今まで散々シャルトリューズの悪口を言っていた手前、仲間たちにシャルトリューズとのことを茶化されるのだけは阻止したいイエーガーなのであった。