レシピ6 そうすることで皮が伸びてパリパリになるのです
「賢さの種ってなんだよ! なんでケモノが人語しゃべってんだよ! しかもなんで家族ぐるみで知り合いなんだよ! 俺を無視して親睦深めてんじゃねえよ!」
ブチ切れるイエーガーへ、シャルトリューズは素直に頭を下げた。
「ごめんなさいイエーガー。すごく久しぶりにぴぺたんに会えたから嬉しくて」
そこへピペリタスが威嚇するようにシャルトリューズとイエーガーの間に割って入った。
『シャルトリューズ、この人間の雄はずいぶんと荒々しく知性の欠片もないが、君とはどういう関係だ? 君がこんな雄を傍に置いておくことが理解できない。研究対象か何かか?』
「なんで人間の俺がケダモノのてめえに知性の心配されなきゃいけねーんだよ! 食用にすらならない害獣の分際で!」
「……イエーガーも賢さの種、食べる?」
「ケモノのエサなんざ誰が食うか――――っ! しかも哀れみを浮かべた目で俺を見んな――――っ!
なんだてめえ! 俺をあいつ以下だとでも思ってんのか? 思ってんだな! このやろう! あとで覚えてろよ!」
『すぐに吼えるのは弱い雄の証明だ。護衛にすらならないな。そして『野郎』とは雄への呼称であって雌であるシャルトリューズには不適切。あまりにも知性が低く愚かだ……。
シャルトリューズ、それは何のために連れている?』
「てめえはいちいち腹立つんだよ! ケダモノの分際で人間をそれ呼ばわりしやがって! 丸焼きにしてやろうか!」
イエーガーの挑発に、ピペリタスがわずかに毛を逆立てた。
『ほう……そんな細い身体で私に戦いを挑むとは無謀だな。私の牙の前では貴様の体など小枝も同然』
二人の間で高まっていく殺気を感じ、シャルトリューズが慌てて諫めた。
「やめて、二人ともケンカしないで」
『何も憂うことはないシャルトリューズ、雄は雌を取り合い、争うものだからな』
「俺とシャルトリューズをお前らケモノと一緒にすんじゃねえ!」
「……ぴぺたん……? まさか私を……雌として意識してくれてるの……?」
ほんのりと頬を染めたシャルトリューズに、イエーガーが思わず叫んだ。
「ちょっと待った――――っ! なんでお前ちょっと嬉しそうなの!? おかしいだろ! 獣から雌として意識されて喜ぶ人間の女なんて聞いたことねーぞ!」
イエーガーの叫びは一人と一匹の前では無力だった。完全にイエーガーを無視して話が進む。
『もちろんだ。その知性、その叡智、私の周りの雌にないものをシャルトリューズは持っている。叶うものなら、ずっと……私の傍にいて欲しい……』
恥ずかしさのためか、興奮気味に鼻息荒くピペリタスが愛の告白をする。
シャルトリューズは感極まり、自分の頬を手で押さえる。
「ぴ……ぴぺたん……!」
このままではマズイ!
イエーガーは悟った。
この女、雰囲気に流されて獣に嫁ぐかもしれない。人間としてあり得ない展開だが、シャルトリューズならやりかねない。
人間よりもピッペリー愛が勝る女だ。知的好奇心から異種族婚を強行する危険がある。
「感動してんじゃねえよバカ女! いいか? ケモノなんざなあ! 雌を孕ませてガキ作ることしか考えてねえんだよ! ちょっとしゃべり方が賢そうだからって騙されんじゃねえ!
たまたまこいつが人語をしゃべるからってなあ! 中身はそこらのケモノだろうが!」
「ぴぺたんと……私の子供……?」
シャルトリューズの反応を見てイエーガーはしまったと思った。
シャルトリューズの知的好奇心に火をつけてしまったらしい。
そしてピペリタスはその隙を見逃さなかった。
好機とばかりにシャルトリューズへ甘い言葉をささやく。
『私とシャルトリューズの子供なら、きっと賢い子になるに違いない。
ただし身体の構造や種族間の違いを考慮すると超えなければいけない障害が多々ありそうだ』
「少し文献を調べてみるわ。過去に異種族間での婚姻事例があったかどうかと、それに伴う生殖行動の結果について」
イエーガーは必死の反撃を試みた。
「前向きに検討してんじゃねえよっ! 産む気か? バカなのか? バカすぎるだろ! 無理だろこんなでかいケダモノ相手に!」
しかしピペリタスは余裕のカウンターだ。
『愚かな人間だな。シャルトリューズの知性を理解できないとは。シャルトリューズは未知を既知へと変えられる力を持った素晴らしい雌だ』
そして勝利の女神はピペリタスの手を取った。
「イエーガー、誰もが想定しえなかった可能性について思考することはとても有益なとこだと思うわ。
分かってほしいなんて言わないけど……バカ呼ばわりは……正直とても心外だわ……」
シャルトリューズが自分よりピッペリーの肩を持った。
今まで感じたことのない最大級の屈辱と怒りがイエーガーを支配した。
「もういいっ! お前なんかもう知るか!
ケモノの仲間にでもなっちまえっ! この……っケダモノ女――っ!」
イエーガーは捨て台詞を吐き、山から逃げるように走り去った。
・・・
山を駆け下りたイエーガーは、すぐに自分の家へと向かった。その途中でさっきまで自分たちを尾行していた仲間たちに遭遇する。
安堵の表情を浮かべた仲間たちがイエーガーに駆け寄ってきた。
「イエーガー! 良かった! 無事だったんだね!」
「なあ、プレートメイルと何話してたんだよ。その話おれにも教えてくれよ」
声をかけたリッキーとカルーアは、話しかけたままの表情で固まってしまった。
あまりにも恐ろしい殺気を向けるイエーガーを前に、それ以上何も言えなくなる。
「……俺の前で……二度とあいつの話をすんじゃねえよ……」
殺気を放ちまくりで通り過ぎて行くイエーガーの後ろ姿を見つめたまま、仲間たちは何も声をかけられないまま立ち尽くす。
「どうやらプレートメイルとの交渉は決裂したようだな」
モヒートがつぶやいた。
「相当な修羅場だったみたいだな……」
カルーアもかすれ声でつぶやく。本気でキレているイエーガーには、さすがのカルーアも馴れ馴れしく話しかけられない。
「イエーガーをあんなに怒らせるなんて……。
やっぱプレートメイルって相当にヤバい女なんだね……」
一同は顔を見合わせ、うなづくしかなかった。