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レシピ4 それでは焼いていきましょう



 イエーガーたちが走り出し、三人は尾行を諦めた。これ以上の追跡はイエーガーを怒らせるだけなので潔く引き下がるしかない。


 カルーアが悔しそうに足を踏み鳴らした。


「くそ! よっぽど聞かれたくない話らしいな。 畜生! おれも混ぜてほしいのに!」


「リッキー、どこまで聞こえた?」


 モヒートが尋ねるとリッキーが、泣きそうな顔で答えた。


「なんかね、プレートメイルが僕たちに興味を示して振り返ったんだけど、イエーガーがボクたちのことを巻き込まないでくれって頼んでたっぽい……」


「くそ! なんだよイエーガーのやつ! おれたち仲間じゃねえのかよ!」


「山に入られてしまったらオレたちだけじゃ危険で入れないしな。仕方ない、明日改めてイエーガーに話をするしかないな」


 カルーアの代替案を採用し、三人は村の広場へと戻っていった。



・・・



「諦めて引き返していったみたいね」


 山道の途中で茂みに身を隠しながら、単眼鏡で様子を確認したシャルトリューズがイエーガーに報告する。


「お前、なかなかレアな道具持ってんだな。買ったのか?」


 単眼鏡は高価な品物だ。大人でもおいそれと買えるものではない。


「いえ、いただきものなの。以前研究の協力をしてくれたお金持ちの人がくださったのよ。

 フィネイルの樹木に寄生するフィネイル・デストロイヤー・ビットルの駆除に使用する散布用薬剤について、適正濃度と使用頻度についてレポートを送ったら興味深いと言って会いに来てくださってね、それから薬剤に使用する薬草の栽培で効率的かつ経済的で持久可能な……」


「ん、よーく分かった。そっかそっかーすげーすげー」


 イエーガーは適当な相槌でシャルトリューズの成果発表報告を無理やり終結させた。


 シャルトリューズはそのことについては気に障った様子もなく、軽く咳払いして当初の目的についての議題を再開した。


「それより本題よ。父さんが誰とキャロルでラブ割を出現させてデートしてるのか、どうやって聞き出すつもり?」


「いや……あのさ、なんつーか、すっげえお前に言いづらいんだけど……。

 あー……、親父さんって、ほら、再婚とかしねえだろ? なんていうか……その……恋人的な相手って……いたりしねえの?」


 シャルトリューズはわずかに考える素振りをした後、淡々と語りだした。


「前に聞いたときはいないって言ってたわ。愛しているのは母さんだけだからって。

 でも……基本的な本質的欲求の処理のためにときどきプロの方に報酬を払いに行くことはあるけど、それは愛じゃないから心配しないでねって言ってたわ」


 父親が娘に向けて話す内容ではない。

 息子なら良いかと言われれば、自分だったらやめてほしい。

 どちらにせよイエーガーは頭が痛くなった。


「ものすっごくストレートに言う親父だなお前の親父は」


 シャルトリューズは少しだけ眉を寄せ、深い思考に入る。


「でももしかしてその説が有効なのかしら。父さんに恋人……。

 どうしましょう、仮に再婚することになったら。……継母は往々にして娘を憎むって言うわよね。

 大変……。まだ私独り立ちできるほどの実力も信頼も実績もないわ。まだ尋ねないほうがいいかしら。

 現状そのことには触れずにいて、きちんと独立して父さんの稼ぎを当てにしなくても一人で生きていけるようになってから尋ねた方がいいかしら」


「お前……現実的というか話が飛躍しすぎっていうか……」


 呆れるイエーガーに対して、シャルトリューズは難しい表情を崩さない。


「父さんは気にするなって言うけど……母さんが死んでしまったのは、私を産んだせいだから……。

 だから私にできることって言ったら、早く独り立ちして、父さんを自由にしてあげること……。

 もし母さん以外に好きな人ができたんだとしたら、私は父さんに、その人と幸せになってもらいたい。そこに私が邪魔なら……私は別にいなくなったって……」


「おい。そんなこと言ったら親父さん泣くぞ」


 イエーガーが厳しい表情でシャルトリューズの言葉を遮った。


「お前の親父さんは、お前のことめちゃくちゃ大好きだぞ。絶対にお前が邪魔だなんて思うわけない。お前がそんなこと言ったらあの人、号泣し過ぎで干からびるぞ」


 シャルトリューズの脳裏に泣きすぎて干からびた父の姿が浮かぶ。

 カラカラに干からび、風に乗って飛んでいくペラペラな父の姿を想像し、シャルトリューズは思わず吹き出した。


「……お前、そこで笑うなよ。親父さんかわいそすぎだろ」


「ごめんなさい。なんか想像したらちょっとおかしくて……。

 なんか不思議……。私よりイエーガーの方が私のことに詳しいみたい」


 困ったように目を細めるシャルトリューズの表情に、イエーガーは胸が落ち着かなくなった。


「そ……! ……そんなことねえよ。

 これはほら、なんていうか……あれだ。自分のことは自分で見れねえだろ? 人の方が冷静な分、相手をよく見れるっていうか……そういうやつだ」


「客観性ってこと?」


「そう。そういうやつだ」


「そっか……。じゃあ私もいつかのイエーガーにお返し。イエーガー、前にお兄さんが優秀だから自分は邪魔者だって言ってたことあったじゃない?」


「……言ってたっけか?」


 もちろんイエーガーは覚えていたが、恥ずかしくてごまかした。


「言ってたわよ。でもきっとイエーガーは家族から邪魔者だなんて思われてないわ。

 なんていうのかしらね。……うん、イエーガーは愛されてると思う」


「やめろって。んなことねえって」


「んなことあるわよ。だってイエーガー優しいもの。父さんが言ってた。人に優しくできる人は、人から優しさをもらった人だって。

 人を傷つける人は、人から優しくしてもらったことがない人だって。だからイエーガーは……あら? 照れてるの? 顔が赤いわよ」


「うるさ……っ」


 ムキになって言い返そうとしたイエーガーが固まった。そのただならぬ様子にシャルトリューズも口を閉ざす。


 獣の気配。しかも複数。


 ゆっくりと。

 そっと振り返る。


 獣の息遣い。獣の臭い。


 二人は完全に囲まれてしまっていた。

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