レシピ11 さあ、もうすぐできあがり
無事に山を降り、村の小道を踏みしめたイエーガーは、大きく息を吐いた。
安堵のため息である。
「そういやあ、今夜のお前んとこの夕飯はラーカスだってよ」
シャルトリューズの表情が明るくなった。
「そうなの? 大変、なら早く帰ってできたてを食べなくちゃ」
ピペリタスと別れてから、シャルトリューズがずっと浮かない顔で山を降りていたので、気を紛らわせるつもりでもう少し話題を続けてみた。
「あれだろ。ラーカスって、前に言ってた、目を狙ってくるっていうヤバい鳥だろ」
案の定、シャルトリューズが話題に食いついた。
「ええそうよ、あれもラーカスで間違いないわ。この山に生息しているラーカスはほぼラーカス科であることは間違いないの。でもね、ラーカスには多くの品種があってまだ明確に識別できていないラーカスもいるのよ。近縁も多種多様に渡るという報告もあってね、専門家たちの中でも活発な議論がされているところなの。
特に議論の焦点になっている項目に、食用にできるラーカスと向かないラーカスとの識別をどうするかということがあるの。外見的特徴で判別するのは非常に難しくて、実際に食用にされたラーカスを……」
「ん。分かった分かった。もう説明は腹いっぱいだ」
イエーガーは早々にラーカス分類学の講座から離脱した。
「……で? ところで約束のアレは?
まだ教えてくれないの?」
「ああ、アレな。
お前の親父さんが持ってたあの半額クーポンは悪友からのお裾分けらしいぜ。早く新しいカミさん作れっていうお節介の一環らしい」
「……じゃあ、父さんに恋人は……?」
「あとにも先にもお前のおふくろさん以上に愛してる人なんかいないんだとさ。お前が親父さんから聞いた話とおんなじだったよ」
「……そう……。ありがとうイエーガー、こんな聞きづらいこと聞いてくれて」
「おう。すげえ気まずかったぜ」
「今度なにかお礼しなくちゃ」
「なら、今度俺にもラーカス食わせてくれよ。うまいのか?」
「気になるの? 今晩、うちでごはん食べていく?」
まさかの提案にイエーガーは怯んだ。
まだそこまでの心の準備はできていない。
「いや……さすがにそりゃちょっと……遠慮しとく。
……あ、ほら、俺も家に帰れば自分の飯もあるし……!」
せっかく距離を詰められる貴重な機会を自分で壊すヘタレ具合に、情けなくなってくる。
「そう。ラーカスの肉は冷めるとすぐに固くなってしまうからできたてが一番おいしいの。
今度また仕入れることがあったら声をかけるわね」
「……おう」
「じゃあねイエーガー、今日はありがとう」
「俺は何もしてねえよ。お前は山でピッペリーとイチャつけて楽しかっただろうけどな」
シャルトリューズはゆっくり首を横に振った。
「この髪飾りと、昨日のおもちゃ。あと父さんと話をしてくれたこと。それに……ぴぺたんとも仲良くなってくれたこと」
最後のは微妙だな、と思いながらもイエーガーは返事をする。
「じゃあ、俺もありがとな」
シャルトリューズは意味が分からないと言わんばかりにきょとんと首をかしげた。
「何が? 私こそ今日は何もしてないと思うのだけれど……」
「親父さんと話す機会をくれたこと、かな。
あの人、かっこいい人だな」
「かっこいいの? どんなところが?」
イエーガーは穏やかな目をしたシャルトリューズの父のことを思い出しながら答えた。
「ずっと一人の相手を愛してるって、はっきり言い切れるところ。なんか……すげえかっこいいなって思った。
俺もあんなふうにはっきりと自分の考えてることを言える男になりたい」
照れもなく、ごまかすでもなく、自分の思いを堂々と口にしていたシャルトリューズの父。
あまり良い評判のない自分のことを、子供扱いするわけでもなく、避けるわけでもなく、ただただ対等に話をしてくれた。
仲間から冷やかされるのが嫌で、コソコソしている自分のことが急に恥ずかしくなった。
「……うーんと。つまり……ということは、そのためにはまずイエーガーには、好きな人を見つけることが必要ってこと?」
難しい顔でつぶやくシャルトリューズの言葉が、鋭くイエーガーの胸をえぐった。
「……うわー。なんかすげえ傷つくわそれー……。
お前、俺とピペリタスの会話ちゃんと聞いてた? 頼むよ、ちょっとは察してくれよ。俺、それなりに結構アピールしてるつもりだぜ? 鈍感すぎるにも程が……」
「……え!? イエーガー……今ぴぺたんのこと名前で呼んでくれたの!? 絶対にぴぺたん喜ぶわ。ぴぺたんにもイエーガーと名前で呼び合えるように教えてあげなくちゃ!」
自分に対してよりも、明らかにピッペリー愛の方が上回る自称人間の雌であるシャルトリューズは、やはりピッペリーのことになるとそれしか思考できなくなるらしい。
「俺の! 大事な話を! ちゃんと! 聞け――――――っ!!」
イエーガーがいくら叫んでも、シャルトリューズに叫びの意味を理解してはもらえないのであった。




