レシピ1 まず余分な脂を取り除きます
この話はシャルトリューズのレシピⅢです。
レシピⅡの翌日からストーリーが開始されます。
全12話です。
村の広場――。
その広場の一角に、寄せ集めのガラクタをごちゃごちゃと積み上げた場所がある。
村の住人の大多数にとっては邪魔でしかないのだが、撤去するものは誰もいない。
そこは素行の良くない若者が屯する場所になっており、無断で荒らそうものなら頭に血が上った若者の報復を受けるらしいと村で噂になっていた。
そうと知って、その場所に近づくものはいない。
当の若者たちを除いては――。
・・・
「ねえねえ、ボクお腹減ったんだけどー。誰かなんか甘~いお菓子とか持ってなあい?」
小柄な少年――リッキーが寝転がったまま、誰に言うともなく問う。
彼が我が物顔で独占しているベッドは、本来なら仲間の一人であるフィズ専用なのだが本日彼女は不在であるため、誰も文句を言うやつはいない。
そして文句も言わない代わりに、大きなひとりごとに返事をしてやるような心遣いをするようなやつもいない。
仕方なくリッキーは一番かまってくれそうな相手に直接話しかけた。
「ねえモヒートぉ。なんか適当な女の子からさ~、美味しいお菓子とかもらってきてよぉ」
「そのうちな」
呼ばれたモヒートは鏡を見たまま返事をする。
リッキーよりも自分の前髪を整えることのほうが忙しいのだ。
そんな二人のやり取りを見てカルーアがため息をつく。
カルーアは仲間内でも一番に気性が激しく、争いごとを好む男だった。意見の相違が多発することからリッキーやモヒートとは相性が良くない。
「くそ、今日はハズレ面子か。菓子か女の話ばっかならおれは隣町にでも……お! やりぃ! イエーガーだ!」
カルーアが手を振ると、機嫌の悪そうな顔をしたイエーガーがまっすぐにこっちへ向かってきていた。
イエーガーの様子がいつもと違うことに気づいたのはリッキーだ。
「うわわわ。なんかイエーガーってば機嫌悪そー」
リッキーとは逆に、テンションが上がったのはカルーアだ。
「お! どっかのムカツクやつをみんなでシメようぜ的な展開だな? おれはそういうのを待ってた!」
たくましい肩と腕をぐるぐると回し、カルーアがケンカに向けてウォーミングアップを始める。
カルーアの腕がぶつからないようにリッキーはベッドの上で小さく丸まる。
「ケンカはカルーアに任せとくぅ。ボクの分までがんばってね~! そんでさー、そいつらがお菓子とかいっぱい持ってたらボクにも分けてよね?」
一方のモヒートはようやく前髪のセッティングが完成し、満足そうに鏡から離れた。
ちなみにその鏡も本日不在のフィズの戦利品であり、本来なら使用料を取られてしまうのである。本人に見つかればの話だが。
イエーガーは仲間たちに近づくや否や「おい」と声をかけた。
「モヒート、リッキー。
お前ら二人、俺に話してないことがあるだろ」
モヒートとリッキーの体が同時に硬直した。
リッキーの頭の中でイエーガーを怒らせた理由が緊急大捜索される。
(え? 嘘! イエーガーが怒ってるのってボクに? なんで?
この前のお菓子イエーガーの分まで食べちゃったこと? だってあれは皆がイエーガーならそんなことで怒らないから食っちまえって言うから食べたんであって、そんなに怒るんだったらボク絶対に食べたりしなかったよ! 悪いのはボクじゃなくて皆だって!
え、どうしよ、怖いんだけど。同じの買ってきたら許してくれるかな? あ、でもボクお金ない! どうしよう! 大ピンチ!)
同じくモヒートの頭の中でもイエーガーを怒らせた心当たりの大捜索が始まる。
(この前イエーガーのこといいなって言ってた女の子をつまみ食いしたのがバレたかな。
でもあの子、イエーガーのタイプじゃなさそうだったから別にオレがもらってもいいかなって思ったんだけどな、まあ別にオレとしてはもう2回目はないかなってくらいの子だったから別にいらないんだけど。
でも不本意だな。オレに手を出して欲しくないなら先に言っておいて欲しいんだけどな。
あーでも今のイエーガーにそのまま言うのはさすがにまずいな……適当に謝っとこうかな……不本意だけど)
「ごめんイエーガー! 次からイエーガーのお菓子ちゃんと残しとくから!」
「ごめんイエーガー。次から女の子に手を付けるときは一応声かけるようにするから」
イエーガーの目が冷たく細められる。
「俺が聞きたいのはそれじゃねえよ。まだごまかす気か?」
((え!? 違ったの!?))
リッキーとモヒートの心の声がハモった。
イエーガーの機嫌の悪さが一層増したことに仲間たちはすぐに気づいた。
空気が次第に張り詰めていく。唯一余裕の表情なのは、実害のないカルーアだけだ。
イエーガーが低い声で二人に迫る。
「俺はな、昨日どうしても納得いかねえことがあったんだよ。どうしても納得いかねえことがな……。
俺に隠し事したってお前ら何も得はしねえだろ? 素直に吐けよ、許してやるから。
別にお前らだけの秘密にするようなことじゃねえだろ? もったいぶんなって。情報は仲間でちゃんと共有しようぜ? な?」
「え? ちょっとイエーガーすごい怖いって!
別にボクたちイエーガーを困らせるようなことなんかしてないよ! ね? モヒート?」
「オレも遊ぶ女の子はちゃんと選んでる。変な男が後で出てきそうなやつはちゃんとよけてる。もし変なのに絡まれたんだとしたら原因はオレじゃない」
涙目で弁解するリッキー、かろうじて動揺を隠すモヒート、それをニヤニヤと見物するカルーア。
三者三様の表情をじっくりと観察すると、イエーガーの顔から笑みが完全に消えた。
「そうか、残念だ。どうしてもしらばっくれるつもりなんだな?」
恐怖のあまりリッキーが泣いてしまう寸前、何かに気づいたカルーアがイエーガーの肩を叩いた。