5食目、醤油ラーメン餃子セットB
「醤油Bセット1入りました」
種族が関係あるか不明だが、森精族であるカパネラの声は良く通る。
透き通るような声色で、この世界に歌手やアイドルという職業があったなら、おそらく引く手あまただろう。
その証拠に、カパネラが通る度に男どもの視線を独り占めしている。
男どもから遊びに誘われても、ヒラリとかわす。というより、かわし方が慣れてるようで断れた男どもと遺恨は残していない。
「はいよ、醤油B1」
一回だけ聞いた事がある。何故、ウチの店に来たのかと。そしたら、カパネラだけでなく、他の従業員全員が揃って同じ答えであった。
『神様のお告げがあった』と、みんなが雁首揃えて同じ答えである。これを聞いた時に神様リオウの仕業だといち早く考えた。
俺1人では、店を回せないので助かるのだけれどお告げがあった者の意思は無視してしまってるのではないかと罪悪感が、およそ開店してから2ヶ月程あった。
だけど、この世界はそういうモノだと知った後は心が軽くなった。この世界の住人は一生に一回は『神様のお告げ』があるらしい。
それで仕事を決めたり逆に雇ったりとするらしい。それと何を鍛えたら良いとか、誰と結婚したら良いとか全部が全部そうじゃないが、大半はお告げで判断するらしい。
だから、神様リオウ━━━━いや、リオウ様には感謝しかない。何時でも良いから店に来て欲しいものだ。
リオウ様の事を考えてる内に麺が茹で上がった。ウチのラーメンに使う麺は味が絡むようにストレート麺にしてる。
パンパンと麺の湯切りをしている途中で開店当初の事を思い出していた。
この辺りには麺料理なんて皆無らしく、ラーメンは開店当初は中々頼まれなかった。麺がまるで虫のように見えたようだ。
たまに頼まれても何かの罰ゲームや面白い話のネタとして頼まれる事が多かった。が、今は違う。今は、美味しいと美味だと分かった上で頼んでくれる。
スープのベースは鶏ガラと豚骨を使用している。今回は、鶏ガラスープだ。
前準備として鶏ガラを掃除しなければならない。湯引きで余分な油や臭みを取り除き、流水で内臓や血合いを取り除く。この手間が美味しいスープに繋がる。
寸胴鍋に鶏ガラ丸々3羽、ネギの青い部分2本分、生姜薄切り3枚を入れ水を注ぎ、およそ三時間煮込む。
最初は強火でアクが浮いて来たら、中火にしてアクを取り除きながら煮込み続ける。白く濁ったら失敗だ。
透明に近い黄金色に出来上がったら完璧だ。そこは料理人の経験と勘に掛かってる。
時間が掛かる上に作り起きは、この世界ではほぼ不可能。足が早くほんの2日程で使い物にはならなくなってしまう。
だけど、長時間持たせる裏技がある。こちらの世界にあって俺がいた元の世界にあった物。それは食材を冷やし長時間新鮮に持たせる機械、冷蔵庫・冷凍庫を使う方法だ。
こちらの世界では、魔道具と呼ばれる部類だそうだが、リオウ様が態々店と共に用意してくださった。
それを使いスープを冷凍させる。使う時に解凍すれば良い。物凄く時間の短縮になり助かってる。
ラーメン専用どんぶり鉢にフェイフェイが調合した醤油タレを3滴垂らし解凍したスープを注ぎ込むと日本人の血が騒ぐ程に醤油の香ばしい薫りが鼻から脳に届く。
「フェイフェイの配合はいつも完璧だな。自然と笑みが零れてしまう」
「うふふふっ、褒めても何も出ないね」
どうやら聞こえていたようだ。特に褒めた訳ではない。自然と口に出てしまっただけだ。
スープを注いだどんぶり鉢に悠真が細心の注意で茹でた中華麺を湯切りし菜箸で盛り付ける。
麺の上にメンマ三片、ナルト二枚、薄切りしたネギ一摘まみ、「悠」特製チャーシュー二枚を盛り付け出来上がりだ。
セットBという事は、更に餃子とご飯に中華スープが追加される。
「醤油、スープにご飯だ。餃子は?」
「はい、今出来たね」
「持って行くのよ」
一緒のトレーに載せ、スンメイが運ぶ。端から見たら小柄なスンメイには重いように見えるが、難なく足腰軽く運んでいる。
それも片腕手の平の上へ器用にバランス良く載せて運んでいる。
「お待たせしたのよ、醤油ラーメンBセットなのよ」
「おっ、待ってました」
醤油ラーメンBセットを頼んだのは、ほぼ毎日のように来てる常連客だ。
種族は人間で少々小太りな体型をしている。だけど、何処か職人染みた威厳を放ってる。が、その傍ら優しいお爺さんだ。
「いつもお手伝いをして偉い子だね」
「ここのご飯は、何でも美味しいから頑張れるのよ」
「ほほほほほ、スンメイちゃんの笑顔を見てると、こちらまで笑顔になるのぉ」
「お爺ちゃん、早く食べないと麺が伸びるのよ」
「おっそうじゃったそうじゃった」
お年を召してる割には、ちゃんと麺を啜られており、そこら辺の若い男よりも啜る力がある。
ズゥゥゥゥズゥゥゥゥゥ
「ゴクン、プハァ」
麺を食べ慣れてないと、そもそも啜るという行為が出来ない者が多い。なのに、この常連客のお爺さんは、ちゃんと啜ってラーメンを食べている。
「「悠」のラーメンが儂の生き甲斐じゃて」
「ありがとうございます。ジャンクさんにお褒め頂き光栄です」
「おぉ悠真殿、そなたがいなかったらラーメンの味を一生知らないままであった。この街に店を開いて感謝しかない」
「いえいえ、ジャンクさんの食器も良い品ばかりです」
ジャンクという好好爺は、この街だけでなく、八大国の一つエーブルヘイムで一位二位を争うガラスから陶器までを扱う食器全般の職人なのだ。