41食目、猪血湯
ここはワタクシが行き付けのお店である中華大衆食堂「悠」。ワタクシ以外にも様々な種族が通い詰め、噂が客を呼び寄せ今では、ワタクシのような本来なら人間の害になる吸血鬼族の王たるウィッシュベル・ハーベストが大人しく食事を楽しんでいるのだから。
「ふっ、これもカイトが作った魔道具のお陰か」
本来なら王でも吸血鬼族が太陽が昇ってる昼間に外を出歩くなんて愚の骨頂。下級よりも太陽光によるダメージは、かなり低いが…………それでも嫌悪感を抱く。
肌がヒリヒリと痛むくらいにはダメージはあるが、とある件で職業:黄昏であるカイトと出会った。そこで太陽光を防ぐという腕輪を作って貰い、今に至る。その腕輪の効果で、全くヒリヒリした痛みも無くなった。
この店もカイトに教えて貰った。ここの店主はカイトと同胞ということらしい。中華という料理に詳しくないが、どうやら血を使った料理もあるとかで通ってる訳だ。
「お待たせ致しました。お決まりでしょうか?」
「猪血湯を頼もうか。それと持ち帰りで血豆腐を30丁頼む」
「畏まりました」
カパネラがお辞儀をして去っていく。ウィッシュベルトは、その背後をジッと見詰め、舌先で唇を軽く舐め回した。
ジュルリ
下級な吸血鬼族と違って、最高位な王であるワタクシは年に1滴の血を摂取出来れば問題ないが、やはり吸血鬼族の本能か習性か?
つい、若い女性に目が行ってしまう。美味しそうに見えてしまうが、カイトの約束で人間を襲わないと契約を結んだ。
(いけませんね。平常心平常心)
ウィッシュベルトが心を落ち着かせる中、厨房では刺身みたいに血豆腐を悠真が切っていた。
下準備として血豆腐は予め作って置いた。血豆腐を作るのは簡単だ。本来なら豚の血だが、アークグラウンドでは豚の魔物であるオークの血を使う。
家畜での豚よりオークの方が数倍の量が取れるし、カイトのお陰で安く仕入れられる。
オークの血に水と塩を混ぜて後は蒸せば血豆腐は完成。プルプルとしたチョコケーキみたいな見た目だ。だが実際は、味はほぼ無味で食感を楽しむ食材といえよう。
日本では馴染み薄く、余っ程な専門店じゃないと食べれない。
「スープは、トンコツに鰹節を入れて煮詰める」
スープを作ってる間にスライスした血豆腐を軽く茹でる。茹でたら一旦、皿に取り上げる。
「鰹節を取ってと」
トンコツベースのスープに刻んだ白菜の漬物を入れ、更に5分間煮詰め、オークの血豆腐とオーク肉の肉団子を入れ3分間煮詰める。
火から下ろすタイミングでニラを少し乗せて完成だ。
「お待たせ致しました。猪血湯で御座います。お熱いので、お気をつけて下さいませ」
ゴトッと置かれ、立ち上る湯気に自然と頬の筋肉が緩む。待ちに待った料理に思わず、ゴクンとノドがなる。
「いただこう」
レンゲを片手に先ずは白く白濁としたスープを1口啜る。あぁ、美味い。複雑甘美で濃厚でかつしつこくない。
スープを飲んだらお待ちかねの血豆腐だ。白いスープの中に赤い物体が異彩を放ってる。
レンゲで血豆腐をすくい、口の中に放り込む。
パクっ…………モグモグ…………ゴクン
これを初めて食べた時は驚いた。これが、あのオークの血で作られているとは今でも信じられない。
オーク独特な臭みは完全に無く、それでいて血の旨味を引き出されている。
これが食べれる店なんてここしかない。もし、これが食べれなくなったら気が狂いそうになる。
食感も実に良い。プリプリして触感も面白い。オークの血を、こうも加工するとは、ここの店主はユウマと言ったか?天才ではないだろうか?
「オークの血とはいえ、こんなに美味なものに変わるなんて、ただ飲む事が馬鹿らしくなってくるな」
だが、どうしても単体で血を飲みたくなってくる時がある。吸血鬼族の本能というべき呪いにより頭を支配される時期がある。
その時は、カイトから定期的に納品される輸血パックから血を飲む。いくら時間が経とうと固まらず新鮮なままで、これがまた格別に美味しいのだ。
まぁユウマの猪血湯とカイトの輸血パックのどちらが美味しいのかと聞かれると、どちらも美味しいと答えてしまうだろう。
「お待たせ致しました。血豆腐お持ち帰り30丁で御座います」
「うむ、そこに置いといてくれ。同じものをオカワリを頼む」
「畏まりました」
前言撤回。ユウマの猪血湯の方が美味しい。