38食目、八宝菜
「パパ、ここがママと2人で来た麻婆豆腐を食べたお店なの」
「エリン、この店なのか?」
父と娘らしい2人には、ピコピコと動く頭上にある白黒の縞模様が彩る獣耳が付いている。虎人族は、エリュン王国にある古都エバーハーゲン、その中にあるとある街に農作業と炭鉱をしてる種族。
野菜を定期的に中華大衆食堂「悠」に卸してる。その関係で食べに来てる訳だが、いつもはママと来てるエリン。
だが、いつもお持ち帰りで持ち帰る餃子や炒飯の味が美味しくてパパであるギラも来たくなった次第で、エリンに頼み込んで今来てる訳だ。
「うん、入るの」
「ちょっと待て。心の準備が」
「良いから入るの」
エリンに手を引かれ、ギラも中華大衆食堂「悠」に入る。入店した直後、香ばしい匂いが鼻につく。
「いらっしゃいませ。あら、エリンちゃん」
「カパネラのお姉ちゃん、これ」
「いつもありがとうね。そちらの方は」
「エリンの父で、ギラと言います」
思わず緊張してしまう。生まれてこの方、始めて森精族を見た。自分には愛する女房と愛しい娘がいるのに、ついあまりの美しさに見惚れてしまう。
いかんいかんと、首を振り雑念を追い出す。今日は、女房であるアイリの代わりにエリンと一緒に育てた新鮮な野菜を届けに来ただけだ。後は…………噂の中華とやらを食べに。
「席にご案内致します」
席に案内されると、お冷とメニューを渡された。アイリとエリンが自慢そうに言ってた通りに写真付きで説明がわかり易く、どんな料理なのか想像がしやすい。
それに、お冷として出された水にも驚きだ。冷えていて美味しい。エリンによると、これは無料だという。
「お代わりも自由だよ」
エリンの言葉に俺は驚く。水が無料!他の料理屋では、少なからず銅貨1枚は掛かる。水も無限にあるはずはない。水を運ぶにもお金が掛かる。
「パパ、何にする?」
「そうだな」
メニューを開くと、目の端に止まる料理があった。俺は、これにしよう。
「エリンは決まったか?」
「うん、私はこれ」
随分と辛そうなものを頼むんだな。
「呼ぶ時はね、これを押すんだよ」
エリンに言われ、ボタンを押すと数秒しない内にエリンより3つ程高い女の子が注文を聞きに来た。
「ご注文をお伺い致すのよ」
「私は、麻婆麺辛さ5」
「俺は、八宝菜を頼む。それと、お持ち帰りで餃子と炒飯を10人前を頼む」
「畏まりました」
アイリに頼まれていたお持ち帰りとして餃子と炒飯も注文する。もし、忘れた暁には恐ろしい事が待っている。
「パパ忘れなかったね」
「エリン、ママの事をパパが忘れるはずがないじゃないか」
「そういう事にしてあげる」
エリンがクスクスと笑う。ギラは、女房と娘には頭が上がらない。
〜厨房〜
「俺が麻婆豆腐作るから、ガウンが八宝菜を作れ」
「了解だ」
中華鍋を使う焼き物が複数入ったりした時はユウマが手伝う時がある。その逆で手伝って貰う時もある。
「八宝菜を作る」
白菜・豚肉・玉ねぎ・ニンジン・椎茸・シメジ・タケノコ・海老・イカ・木耳を食べ易い大きさに切る。
豚肉に塩コショウ・片栗粉で下味を付け、胡麻油を引いた中華鍋に入れて炒める。
炒めた豚肉を一旦取り出し、玉ねぎを飴色になるまで炒め、ニンジンをさっと入れ炒める。その後に木耳・椎茸・シメジ・タケノコを入れ強火で炒める。
次に白菜と取り出していた豚肉を入れ、全体がしなっとなるまで炒めたら豆板醤・甜麺醤・砂糖・醤油・酒・ウズラの卵を入れたら5分程炒める。
「水溶き片栗粉を回し掛ける」
トロミが出て来たら完成だ。
「八宝菜出来た」
「こちらも麻婆豆腐出来上がりだ」
同時に出来上がった。ガウンの調理する速度は、ユウマに匹敵する程に練度が上がってる。
中華は一部の高級料理を除き、大抵は速度重視だ。そうでなければ、炒飯なら米がベタつき、八宝菜や回鍋肉なら野菜の食感が悪くなる。
「お待たせ致しました。麻婆豆腐辛さ5と八宝菜で御座います」
「来たぁ」
「これが八宝菜とやらか」
野菜と肉に海のものまで入っている。こんな料理見た事ない。精々、肉の付け合せに野菜が付く事はあるが、どの食材もメインとして成り立っている。