37食目、佛跳牆その2
豚足と鶏もも肉をお湯に潜らせ血抜きを行い、ぶつ切りにする。
壺に豚足・鶏もも肉に水で乾物らを入れ、乾物の戻し汁を入れ巨大な蒸し器に投入し、1時間程蒸せば出来上がりだ。
蒸してる時点で匂いがヤバい。
ゴクンと作ってる俺でさえ、あまりの香ばしい匂いに次から次へとヨダレが溢れて来る。やはり断食してる僧侶が屏を飛び越えて食いに来ると言われるだけはある。
モワモワと湯気が立ち昇る中、この香りにヤラれてるのは、どうやら俺だけではないらしい。
俺と一緒に厨房にいるガウンとフェイフェイもこの香りにヤラれてるようでチラッチラッと盗み見ている。
「これは、お前らの料理じゃないからな」
「分かっている。だが………」
「この香りは反則なのよ」
その気持ちは分かるが、これを1回飲んだら美味し過ぎて腰が立たなくなるに違いない。俺も美味し過ぎるのと高級過ぎて自分から作ろうとは思わない。自分から作って食べたら破滅する。
「よし、もう良いか」
蒸し器の蓋を取ると、一層香りが際立つ。いかんいかん、思わず頬が、あまりの香りでニヤけてしまった。
「スンメイ、レンメイ運んでくれ。重いから気をつけろよ」
「はーい、よいっしょ」
「気をつけるのよ」
小柄なのに5人分のスープが入った壺を軽々しく運べるのは、犬人族だからだろう。
「お待たせしたのよ」
「佛跳牆なのよ」
「残ったらお持ち帰り出来るのよ」
スンメイが皿を用意し、レンメイが壺の蓋を取りスープと具材をよそう。あまりの何とも言えない良い香りにスンメイとレンメイの頬を緩む。
「どうぞなのよ」
「ごゆっくりなのよ」
「これがスープの香りなのかい?!」
産まれてこのかた、こんな良い香りを放つスープなんて嗅いだ事ない。具材も見た事のないものばかりで味の想像がつかない。
そもそも【鑑定】で判別しようにも聞いた事のない単語ばかりで理解出来やしない。
「まさか、この年で知らない事があるとはの」
ゴクンとスプーンで一口すくい飲んだ。あまりの美味しさに頬が緩むのが止まらない。
どうやったら、ここまでの美味しさになるのか錬金術師の好奇心から気になって仕方ない。
「こんな上手いスープは始めてじゃわい」
それに身体の心から力が漲って来るような錯覚…………いや、錯覚ではない。血流が早くなって来るのを感じる。
「力が漲って来るようじゃ。それに………肌にプルンプルンとツヤが戻って来てるような」
鏡がないから自分では分からないが、頬を触った感触が枯れた地面から水分を含んだスライムみたいに若返ったような…………そんな信じられない感触が指先に伝わる。
頬だけじゃない。手の甲も皺くちゃだった枯れ木のような肌が、みるみる内に豊穣の女神が宿ったように水分が含まれモチモチ肌に変化している。
「うほぉ、これがスープの効力なのか!」
声も幾分か高くなり、自分で自分の声に驚く。聞き間違いでなければ、五十年前の声だと再び声を出して確認する。
いつもよりも甲高い声が出せた気がする。昔の自分の声みたいだ。
「あーあー、らららら」
本当に若返ったのか?錬金術師ギルドに確か銅鏡があったはずだ。それで確かめれば良い。それよりも、もっとこのスープを味わいたい。
「スープだけではない。使われてる食材も一つ一つ丁寧に処理されて、旨味が十二分に引き出されておる」
庶民が行く料理屋ならいざ知らず、貴族や王族が通う優雅な格式を重要視する店でも飲めるかどうか怪しい。
今なら曲がった腰を伸ばし杖が無くとも歩けるような気がする。だけども、今はスープを飲みたい気持ちの方が勝ってる。
「確かお持ち帰りが出来ると言っていたねぇ」
壺の中身を覗くと、確かに普通なら1人で食べ切れない量が入っている。だが、スープの効力で若々しさを取り戻した今なら全部を飲み干せる気がする。
それに、飲めば飲む程・食べれば食べる程に食欲が湧いて来て手と口が止まらない。いつの間にか皿は空になっていた。
「でも、まだ壺の中身はある」
犬人族の姉妹を真似してよそってみる。もうこのまま、壺に入ったまま飲みたい衝動に駆られるが我慢。錬金術師ギルドの上に立つ者として、そんな端ない真似は出来ない。
「おっとと、溢れるとこであった。何度嗅いても素晴らしい香りじゃ」
ゴクゴク
「ウマっ。これは誰にも渡せんのぉ。ギルドの連中には秘密じゃ」
カイトに感謝しかない。こんな素晴らしい店を紹介してくれるとは。カイトがいなきゃ来る気はなく、このスープにも出会う事はなかったのだから。
壺の中身を全部飲み干すには時間は掛からなかった。何処に老婆の身体に入るのか?壺の中身は空になっていた。




