34食目、東坡肉その2
一見見た目は、ただ肉を煮込んだけの料理に見える。肉の一切れをフォークで刺すと、すんなり抵抗もなく突き刺さった。
「なんという柔らかさ」
いつも屋敷で食べるステーキは、もっと硬くナイフで切るのも一苦労。噛んでる間に顎が痛くなるのも屡々ある。
「これは!」
はむっ
肉の脂身がゼラチン状に蕩け、ネットリとした肌触りと旨味が凝縮され、口に入れた瞬間に溶ける。これが本当に肉なのか!
今まで食べたどの肉料理よりも柔らかい。成る程、1時間も掛かる訳だ。こんなに煮込まれては柔らかくなるのは当然。しかし、そこまで煮込まれたにも関わらず煮崩れがしていない。
余程、料理人の腕が良いと見て取れる。それにちゃんと中まで味が染み込んでおり、いくらでも食べられそうだ。
ただ庶民の手には届かない値段設定となっていた。手間暇を惜しまないからの強気な値段なのだろう。
「むぅ、無くなってしもうた」
これだけでは足りぬ。それに最近、米という穀物が貴族の間でも流行りだして来てる。その米とやらに東坡肉と合うような気がしてならない。
それに酒が無性に飲みたくなってきた。領主になってから飲まないのだが、この時だけ解禁しても構わないだろう。
チリーン
「はーい、ただいまぁ」
「この東坡肉とご飯に生ビールを頼む」
「生ビールはジョッキにしますか?グラスにしますか?」
「ジョッキで」
「かしこまりました」
物凄く待ち遠しい。1時間掛かったのだ。待ってる時間が物凄く長く感じて仕方ない。
「お待たせ致しました」
なにっ!もう来たのか?いや、お酒か。先にお酒が来たのか!一緒に食べたいのに、お酒を先に出されても困る。
「東坡肉とご飯に生ビールのジョッキとなります」
なにっ!東坡肉が、もう出来たともうすのか?まだ、数分と経っていないぞ?
「も、もう出来たのか!」
「またご注文をなされるかと既に調理に掛かっていました」
「なっ!」
未来予知か!
「料理人たる者、お客様の満足行く様に料理を出すのだそうです。追加注文をされそうなお客様は見れば分かるのだと、店長が仰言っておりました」
「なんと!後で店長にアイサツをさせてくれまいか」
「かしこまりました」
さてと、冷めない内にたべようか。
「ご飯の上に乗せて食べる」
うん、思った通りだ。本来、貴族である俺が食べるには行儀が悪いが美味しい。たまには良いだろう。
「そして、こちらの生ビールとやらというエールはどうだ?」
ゴクゴク
これは冷えていて、味が濃厚でいてスッキリとした味わい深く感じる。今まで飲んできた葡萄酒やエールと比べるもなく、こちらの生ビールの方が美味しい。
それに、透き通るようなジョッキというグラス。これを作ったのは名が知れたガラス職人が作った作品なのか?この店には気になる事がいっぱいあり過ぎる。
「冷やすと、こんなに上手いものなのか」
葡萄酒やエールは、味というより水に近い感覚で酔う事を楽しむ。味は二の次になってしまっている。
「ただ冷やしただけでは、ここまで美味しくはなるまい。材料や作り方が違うやもしれぬな」
それに東坡肉を食べて生ビールで流し込むと美味さが倍増する。これぞ、志向な食べ方に違いない。
成る程、兄上が勧めるはずだ。東坡肉の他にも食した事はないのに目を引く料理がたくさんあった。
領主館でも再現出来ないか思考するが、直ぐに無理だと悟った。食通だと自負してた自分の舌でも分からない調味料や食材がある。
「1回、専属料理人を連れて来るか」
自分の舌がダメでも料理人なら分かるかもしれない。でも、今は東坡肉を、もっと食べたい。
「同じ物を頼む」
「はーい、ただいま」
東坡肉を鱈腹食べて、馬車で帰るのであった。