29食目、皮蛋粥その2
皮蛋粥に欠かせない皮蛋は、自作で作っており出なかった時なんか酒の肴として楽しんでいる。
先ず、アヒルの卵を石灰や木炭に包み、溢れないよう布を何重にも巻き土を敷き詰めたツボの中に入れ土を被せて2ヶ月〜3ヶ月発酵させる。
石灰によって、アルカリ性に変化し黒く変色。あの独特な匂いを発するようになる。苦手な人は苦手だが、中華が大好きな悠真にとっては、皮蛋の匂いもまた堪らない。
まぁ上には上はいるようで、皮蛋よりも強烈な匂いを発する食材はあるから、皮蛋の匂いなんか香しいと思えてしまう。
「お米はっと」
うるち米、もち米、押麦の三種の穀物をブレンドし土鍋へ入れる。そこにごま油を回し掛け、数分放置し油と米を馴染ませる。
こうする事で皮蛋とのコクと旨味が更に深まり何とも云えない美味さになる。
皮蛋と米を混ぜ合わせ、そこに水と干し貝柱を戻した戻し汁ごと入れる。更に鶏もも肉を入れ1時間程炊いたら完成だ。
「よし、蓋を閉めて」
火を着ける。
こっちの世界に来た時にリオウという神様に用意してもらった店舗の中に元々あったコンロ。
スイッチを捻れば簡単に火が着き強さも思いのまま。中世の時代でありながら魔法があるため成り立つ魔道具だろう。
悠真にとっては、タダのコンロしか見えないが料理が出来ればそれで良い。
蓋の空気穴から白い蒸気が立ち昇る頃になると、焦げないように火加減を調節しながらゴトゴトと目と耳で完成を見極める。蒸す方法もあるが、やはり日本人の血が米を炊く時の匂いに抗えない。
ゴトゴトと土鍋と蓋の縁が蒸気により擦り合う音が正に心地良い。香りも米と皮蛋に干し貝柱、鶏もも肉の様々な匂いが融合して何とも食欲の唆って仕方ない。
日本のお粥にはない中華のお粥だからこそ出せる匂いだ。
蓋を開けると、一気に蒸気が立ち昇り、それと同時に匂いが爆発したように鼻につく。
色合いは米の白色と皮蛋の黒色が混ざり合い灰色ぽくなっている。一見、食欲が無くなりそうな色だが、その匂いでついレンゲで掬ってしまうの間違いなし。
「最後にクコの実を乗せてと」
再び蓋を閉じ、側にレンゲと小皿をトレンチにセットしてサーブするだけ。
「お待たせ致しました。皮蛋粥でございます」
我先にとカナリアがトレンチを持ち、ユーリ一家のところへ笑顔を浮かべ運んで行った。この1週間、あの3人の家へ足を運んでいたのだ。
自動人形でも3人を愛おしく感じるかもしれない。それに違いないと勝手に悠真は思ってる。
「良い匂いです」
ユカリが蓋を開けると、香りが一気に部屋中に充満された。これはもしかしたら、小米粥よりも上かもしれない。
「「ゴクッ」」
「ユーリ、ユナも食べる?」
「それ母さんのだから良い」
「良い」
「ユーリ様とユナ様、我慢出来てお偉いです。もう少しのはずですので少々お待ちください」
申し訳なさそうにカナリアは頭を下げた。その様子にユーリとユナは席を立ち、カナリアの手を握った。
カナリアは自動人形のため体温は感じないが、この時だけ二人の手の温もりを感じたような気がした。
「カナリアお姉ちゃんは何も悪い事してないから謝る事はないんだぜ」
「お姉ちゃん良いこ良いこ」
「ユーリ様ユナ様」
「ふふっ、こう見ると3人姉弟のようね」
ユーリ様とユナ様を見ていますと、昔カナリアにも姉妹がいたような気がします。
「カナリアは、お仕事がございますので失礼致します。お料理がお出来次第お持ち致しますので」
「えぇ、行っちゃうの?」
ユナ様、そんな目で見ないでください。ここを立ち去り辛くなってしまいます。
「ユナ、カナリアお姉ちゃんに迷惑掛けたら嫌われちゃうよ」
「えっ?そんなのヤダ」
「なら、カナリアお姉ちゃんの手を離してあげような」
「う、うん。分かった」
カナリアがユナ様を嫌う事は有り得ません。でも、店主の店の仕事もしなければなりません。
お客様はユーリ様ユナ様ユカリ様だけではないのですから。カナリアも寂しいですけど、ここは我慢です。カナリアが立ち去るのと同時に二人は席に着いた。
「母さん、それ美味しいか?」
「えぇ、美味しいわよ」
灰色な粥からは想像出来ない程にコクと香りがあり、小米粥とは違う体が欲しがってる栄養素が染み渡るような気分にしてくれる。
それにここら辺では、手に入り難い魚介類ぽい何かが入ってる。昔、夫と二人で冒険者をやっていた頃に一回だけ食べた貝に似ている。
懐かしくて、つい涙がポロリと頬を伝い流れる。極めつけは、この鶏肉だ。久しく肉を食べてなく、ほんの3切れだが活力がみなぎるようだった。