26食目、チャーシュー麺
「ここがユウマの店、中華大衆食堂「悠」か。仕事が片付いてやっと来れた。さてさて、ユウマくんはどうしてるかな?ボクが召喚したからには、来ない訳にはいかないよね。いざ出陣」
一見、十代前半に見える男の子は呟きながら中華大衆食堂「悠」の扉を開ける。
開けた瞬間、香ばしい匂いが男の子の鼻につく。自然とノドがゴクンと音を鳴らし早く食べたいと心の奥底から思ってしまった。
「料理神であるこのボクに早く食べたいと思わせるとは、やるではないか」
「いっらしゃいなのよ。ボクは1人なの?」
ボクの前に立ったのは、犬人族の女の子だ。確か、名前はシンメイだったか?ユウマを召喚して、神託によりユウマの店で働くように誘導した者の1人。
神界で見ていたから分かる。ちゃんとユウマのために働いている事を。
「うむ、1人なのだ」
「ご両親は何処なのよ?」
「仕事で忙しくてね。1人で来たんだ」
両親がいる事はウソ。神に親という存在はいない。いるとすれば、世界神ただ一柱のみ。全神女神の絶対的存在。
「お金は持ってるよ」
「案内するから着いて来るのよ」
「分かった」
ふぅ、危ない危ない。ウソも方便とは良く言ったものだ。例外はあるが、神がウソを言うのは固く神界の法律で禁じられている。ただし、下界の者に神だと知られる場合はその限りではない。
まぁ何ものでも抜け穴はあるものだ。
「こちらがメニューになるのよ」
ふむ、何にしようか?神界で見てはいたが、実物のメニューを見ると心躍るものがある。
これ程に色とりどりな料理なんて異世界には全く見ない。
でも例外はある。錬成神がいたく気に入ってる子が、錬金術の店の隣にに料理の店を出したそうだ。
ユウマの店が中華だとすれば、錬金術師の子の店は洋風な料理だ。神界から覗いたが、ハンバーグやビーフシチューが実に美味しそうであった。
だが、ボクはユウマ推しだ。僕が唯一最高位の加護を与えたのだから。料理神の加護を持たない錬金術師の子は、あくまで料理の真似事をしてるだけ。
錬金術師の子の料理は味や見た目に匂い等を引っ括めて、この異世界の住人には好評らしいが、ボクに舌鼓をうたせる領域までには達していない。
「お冷とオシボリになるのよ」
「ありがとう。お姉さん」
「お姉…………?!ゆっくりとして行くと良いのよ」
これがお冷とオシボリか。ゴクンと水を飲むと、それだけで美味しい。明らかに異世界で飲まれる川や井戸水とは一線を画すもの。
料理神であるボクが断言しよう。
それとオシボリ。神であるボクが病気にはならないが、ユウマがいた文化を体験する事にしよう。
温かくて両手が気持ち良い。神界にいたままだったら絶対に体験出来る事ではない。
「さて、何にしようかな?」
うーん、神界で見ていてどれも美味しそうであった。決めて来たはずなのに、迷ってしまう。
どれも美味しそうで、異世界にいては味わえないものばかり。
「よし、決めた!確か呼べば良いだよな。すみませーん」
「はーい、今行くのよ」
ボクを案内した犬人族の女の子が来る。ワシャワシャと毛深い尻尾が左右に揺れている。
「チャーシュー麺の醤油を麺大盛りで」
「やっぱり男の子なのよ。たくさん食べて大きくなるのよ」
「はーい、たくさん食べるね」
神だから成長する事はない。神なら誰でも好きな容姿に変えられる。ボクは、タダ単にこの姿が好きなだけだ。
神なら食事は必要としないのだが、ボクは料理神。その役目を仰せつかったからには全うするし、ボクの趣味でもある。
「お待たせ致しましたのよ。チャーシュー麺の醤油大盛りなのよ」
「待ってました」
来た来た。これがチャーシュー麺か。麺を隠す程に、ドデェーンと鎮座する肉々しいチャーシュー。
このインパクトのあるチャーシューを1枚持ち上げる。プルプルと震え、力加減を間違えたら千切れそうな程に軟かいのが見て取れる。
はぐっ
「えっ?今噛んだか?!」
噛むまでもなく、口に入れた途端に溶けた。何だ、この柔らかさは!まるで、肉のジュースではないか!
このチャーシュー噛まずに飲めてしまうぞ。この分厚さなのに信じられない。
それに内部までタレの味が染み込んでおり、齧り付くのを止められない。あっという間に1枚目を食べてしまった。
「うまっ」
思わず天に登る気持ちで口に出た。