22食目、月餅
チャランチャラン
「いらっしゃいませ」
「ハァハァ、す、すみません。お、お持ち帰り出来ますか?」
息を切らせながら入って来る12〜13歳程の男の子がテークアウトを出来るか聞いて来た。
中華大衆食堂「悠」は、他の飲食店(屋台は除く)と違い、料理によるがお持ち帰りが出来る仕様となっている。
「こちら、お水です。これを飲んで落ち着いて下さいませ」
ゴクゴクぷはぁーとカナリアが用意した水を一気飲みをし、呼吸が大分落ち着いて来たようだ。
「それで何をご注文でしょうか?」
「あっ、済まない。母さんが病気で焦っていた」
詳しく聞くと、男の子の名前はユーリ。ユーリの母親がここ何日か前に寝たきりとなり、食事も中々喉を通らないでいる。
何人かの医者に見せても原因不明で匙を投げられた。ポーションを買おうにも、お金がなく何の病気か判明しない事には飲ませられない。
そこで、中華大衆食堂「悠」の話を聞いた。あそこには何でも病気に効く料理があるらしいと。藁の縋る思いで、その話を信じ来たというのだ。
「それなら粥がピッタリのようです」
「粥?母さんが治るなら何だって良い!」
「もっと顔を見せて。【読心】」
カナリアには機械人らしく色々な機能が付いている。その1つに心を読む【《読心》】がある。これは、相手の心を読むという今の魔法でも再現不可能らしい技術だ。
この【読心】によりユーリの心を読み、母親の容態を読み取ろうとしている訳だ。
「店長、小米粥をお持ち帰りでございます」
「はいよ」
「お粥という料理は時間が掛かります。こちらで、お待ちをして下さいませ」
粥は、普通にご飯を炊くと同じく1時間程掛かる。それに小米粥は米じゃない穀物を使う。
粟という米よりも小さく丸々として可愛らしい穀物だ。これを粥にすると甘く栄養価が高くなる。
「お待ちしてる間、こちらをお召し上がり下さいませ。月餅という菓子でございます」
「でも、お金が」
「当店のサービスでございます」
「サービス?」
「タダという事でございます」
月餅とは、日本で言うところの饅頭に近い甘いお菓子だ。生地に入れる物によって味や食感にバリエーションが豊富にある。
一番ポピュラーなのは小豆餡の月餅だ。他にハスの実を入れた蓮餡、ナツメ餡も一般的である。
パクっ
「う、旨ぇ!こんなの食べた事ねぇ」
ユーリが食べた月餅はシンプルに小豆餡だ。砂糖が高価な分、こんなに贅沢に砂糖を使った菓子は中華大衆食堂「悠」以外だと、先ず見られない。
「うっ…………ゴクゴクぷはぁー。死ぬかと思った」
余りの美味しさに小皿に盛り付けてあった2個の月餅を完食した。元気になったら母さんにも食べさせてやりたいと心の奥底から思う程に美味しかった。
だけど、贅沢する余裕は家にはない。その日暮らしで、食べれない日もざらにある。
「あっ…………つい、2個も食べてしまった。妹のユナに持って帰る積りだったのに」
ユーリには妹が一人いる。まだ3歳程で母親に甘えたい年頃だ。その妹のユナは、現在家で病気の母親と一緒にいる。
母は、ベッドで寝込んではいるが意識はあり、お話をする程度は出来る。ユナも家事の手伝いをしてくれる可愛い妹だ。
そんな可愛い妹にも月餅を土産として持って帰ってやりたい。きっと笑顔になるに違いない。
「宜しかったら、妹さんの分もご用意致しますが?」
「えっ?良いのか?でも、お金が」
「心配ご無用でございます。この度は、お店のサービスにしときますので」
「な、何でオレらのために?」
意味が分からない。タダで提供しては、お店に何の利益もならないではないか。
飲食店だけではなく、商人という生き物は客から金を巻き上げて生きてる。それなのに、タダで提供するなんて裏があるのかと変な勘繰りをしてしまう。
「うーん、そうですね」
やっぱり裏があるんだ。裏がなけりゃぁ、こんな貧乏くさいオレに優しくする訳がない。
「将来への投資だと思って下さいませ」
やっぱり意味が分からない?オレが頭が悪いだけなのか、それとも目の前のお姉さんが能天気なだけなのか。それは分からないが、ユナにも食べさせてあげられる事だけは確かだ。