19食目、全鴨席その3
ガタガタと廊下から音が聞こえる。そして、この部屋の前で止まり、ドアからノックする音が聞こえる。どうやらメインが来たようだ。
「お待たせ致しました。この度のメインディッシュ」
ドアが開き、サービスワゴンに乗せられたひと際大きい皿が目立つ。その皿だけが乗るだけで他の料理は乗らない程に占領されてる。
「北京ダックでございます」
丸々と肥った家鴨を使って丹念込めて作った北京ダックだ。作った本人である悠真も内心ではヨダレが溢れて止まない。
それに異世界の家鴨は大きい。地球産の家鴨よりも1.5倍はあろうか。脂が乗って香ばしい薫りが部屋中に漂ってる。
「鶏の丸焼き?」
「これを我々に食べさせると申すのか!」
王族・貴族からしたら野蛮な料理と映るだろう。国王陛下は端から見ても怒り心頭のようで、今にでも立ち上がりそうな勢いで肩が震えてる。
「わぁ、鳥さんがまるごと。アテナ、これ食べたい」
「アテナ!」
「父様、我々は王族。その王族が食べず嫌いだと広まったら、どうします?」
「済まない。そうだな。娘に諭されるとは余も老いたものだな」
国王陛下を第一王女殿下が諭してる間に、北京ダックの皮を削ぎ落としていく。
お店によって別れるが、パリパリの皮のみとその内側の肉も一緒に削ぎ落とす二通りがある。
中華大衆食堂「悠」では、肉も一緒に削ぐ方法を取っている。その方が肉汁も堪能出来る。
「ほぉ上手いものだな」
「まるで魔法みたい」
「見た目だけで判断するのは、父様の悪いクセ」
「ぐっ…………」
「あなた、もうそろそろ出来そうよ」
第一王女殿下の説教と丸ごと齧り付く訳ではないと安心からか、第一王女殿下の言葉にグゥの音も出ないでいる。
「これが北京ダックでございます」
削ぎ落とした北京ダックの肉付の皮を薄餅に乗せ、細切りにしたキューリとネギに甜麺醤を掛け春巻きみたく包み込んだら出来上がり。
「ふむ、これなら食べやすいな」
「まぁこれはこれは」
「美味しい」
「ふぅ父様が怒らないで良かったわね」
こんな美味しいものを食べずに帰っていたら、一生後悔したいたかもしれない。
予想以上にジューシーで、一緒に巻かれてる野菜が余分な脂を吸い、全然脂ぽくない。
そして、極め付けは塗られてる調味料だ。甘く感じるがしつこく無く、砂糖とは違った甘味だ。コクがあり、噛み締める程に味わい深くなっていく。
「あんなにあったのに、もう無くなってしもうた」
山盛りに大皿に盛られた北京ダックが、ものの数分で無くなってしまった。
およそ40巻は巻いた記憶がある。一人に付き10巻の計算だ。
「そちらのお肉はどうしますの?」
王妃様が皮を削がれたお肉を指して訪ねて来た。他の三人も気になるようで、こちらに注目している。
「こちらは、一旦キッチンに回収しまして別の料理に致します」
「それは面白い。所謂、コース料理なのだな」
北京ダックは中華で最も有名な料理の一つだが、詳しい内容を知る者は現地でないと、そうそういないだろう。
国王陛下が仰有った通りに北京ダックそのものがコース料理となり得る。
皮だけではなく、本当の意味で丸ごと一匹を数品に分けて調理するのが本来の北京ダックのフルコース。それを全鴨席という。
「えぇ、その通りでございます。では、失礼致します」
ここまでなら中華料理店だったら、やってる店舗は多かろう。ただし、フルコースの全鴨席をする店は現地に行かないと少ない。
そして、ここからが腕の見せどころだ。店によって北京ダックに使用した残りを、どう調理するのか違うからだ。
「家鴨の水掻き、鴨掌を使うか」
一匹に取れる鴨掌は二本しかないので、普段捨てるしかない他の鴨掌も使う。鳥の足、主に水掻きを食べる食文化は、こちらにもないみたく注文が少ない。
「ユウマ、これを使うのか?」
「あぁ美味いぞ」
一回食べれば病み付きになる。お酒のツマミにも最適だ。自分用にも作っておこうかな。
下処理として水掻きの爪を取って置く。尖っており危ないからだ。
「ガウン、これを適当に切っておいてくれ」
「分かった」
ガウンに渡したのは、生姜・ニンニク・唐辛子・花椒だ。これを適当に切り皿に盛る。
俺は鴨掌を茹でる。中華鍋いっぱいに水を張り、そこに缶一本分のビールを注ぎ込む。20分程煮込めば大分柔らかくなる。
「ガウン、ここに入れてくれ」
中華鍋に油を引き、刻んだ香辛料を入れ炒める。香ばしい匂いが立ち昇ったら、茹でた鴨掌を入れ、全体に香辛料が行き渡るよう混ぜながら炒める。
ある程度、炒めたらビール・老抽・生抽・白砂糖を入れ、後数分炒めたら完成だ。
慣れない者には辛いと思うが、それが堪らない。