18食目、全鴨席その2
「この度はご来店ありがとうございます」
「ずっと来てみたいと思っていたのだがな。何せ王という肩書きのせいで、中々城から外へ抜け出せないのだ」
「左様で、直ぐにお料理をお持ち致しますのでお待ちくださいませ」
先ずは前菜として〝皮蛋〟を扇状に切ったものを出した。
一緒にスープと飲み物を。スープは、家鴨の舌スープ、飲み物は中国でもオーソドックスなお茶で〝涼茶〟を並べた。
「これは卵か?」
「黒い卵なんて聞いた事ないわ」
「でも、キレイ」
「白身じゃなくて黒身?何かキラキラ星空みたいでキレイ」
本来なら白身部分は真っ黒で何も模様は存在しない。しかし、白身の表面にアミノ酸の結晶が松の枝みたく模様を作る事がある。
その模様が付いた皮蛋を松花蛋という高級品となる。
「皮蛋と言いまして家鴨という鳥の卵を発酵させた珍味となります。星みたく見えますのは高級品の証となります」
「問題は味だ」
国王陛下は器用に箸を使いこなし、皮蛋を口に運ぶ。国王陛下だけではない。王妃様や二人の王女殿下までも箸を使ってる。
一応、フォークを用意したが無駄になってしまった。
「これは!一般の卵よりも濃厚かつコクがあって、匂いが気になるが美味しいぞ」
殻を剥いたばかりだとアンモニア臭が結構する。だけど、切ったりし時間を置けば、いくらか匂いが和らぐ。
それでも匂いがキツいなら別の料理に加工すれば良い。悠真がオススメなのは皮蛋豆腐だ。
「城のコックに作れないかしら」
「秘伝の方法でして、定期的にお城の方へ配達させますが」
「おぉ、そうか!」
この世界では発酵は厳しいだろう。微生物を説明しても笑われるだけだ。
配達には配達ギルドにお願いすれば良い。【収納魔法】の容量が極端に多く魔物や盗賊に見つかり難くする隠密系の魔法や技能か固有武装を所有してる者が多く所属している。
「こちらのスープは……………この味は魔物か?しかし、これ程に純粋に透き通ってるのに味は濃厚で、まるで肉を噛んでると錯覚する程だ」
「唯一入ってるこの食材は何かしら?コリコリとしてて食感が楽しいわ」
「ゴクゴク………プハァ。す、すみません。美味しくて、つい」
そりゃぁ、北京ダックと同時進行でずっと家鴨のガラを煮込んで面倒を見ていたのだから美味しいはずだ。
それも一番出汁で新しいガラを煮込み、それを二重三重と繰り返していた。
「こんな美味しいスープ初めてだ」
「城でもこんなスープ飲んだ事はないわ」
「こんな美味なら少しは濁りそうなものだ。だが、一片の欠片も濁ってはいない。ただ美味しいだけではない、これは最早芸術品だ」
それは言い過ぎだと思うが、なんだか照れてしまう。頑張って面倒を見た甲斐があるというものである。
「お父様、こちらの方が芸術品に相応しいと思います。ねぇ、これの切る前はありませんの?」
「ただいま、お持ち致します」
殻を剥いた状態で松花蛋を提供する。殻を剥いた直後だとアンモニア臭がキツいと思いつつ殻無しで提供したのだが、それでも慣れないと鼻にツンと来てしまう。
「これは中々だな」
「そうですか?お父様、リリは良い香りだと思いますわ。アテナはどう?」
「リリお姉様、アテナも良い匂いだと思います」
「アナタ人それぞれです」
「そ、そうか」
王妃様の迫力に一瞬ガタッと席を立とうとする国王だが、そこは一国の王である。
恐怖を己の奥底へ押し込め何とか立だずに済んだ。どんな世界でも夫よりも妻の方が強いものである。
「それに言うではありませんか?」
「んっ?」
「匂いが強いもの程に美味だと聞いた事があります」
「それは誠か!」
いや、それはグロテスクな程に美味じゃなかろうか?まぁ下手に指摘して不敬になったらしょうがない。
「匂いがキツいなら、こちらをどうぞ。皮蛋豆腐で御座います。豆腐の上に皮蛋や生姜、ゴマに長ネギで食べやすくしてあります」
「これなら余でも匂いは気にならない」
悠真自身も皮蛋を単体で食べるよりも他の料理に加えた方が好きだ。だけど、この香りが堪らない人には堪らない。