17食目、全鴨席
中華大衆食堂「悠」は、大人数や王族・大貴族が御忍びとして食べに来る時なんか等々予約を承っている。
オープン当初は手紙で予約のやり取りをしていたが、元の世界のように電話みたいな魔道具が開発され、あっという間に世界中に広まった。各国の王族・貴族だけではなく、各国の一般国民・様々な種族へと広まった。
その魔道具お陰様で予約が多くなった。そして、今日も予約が入った。
プッルルル、ガチャ
「はい、こちら中華大衆食堂「悠」でございます」
『予約を頼みたい』
「予約ですね。お名前をお伺いしても宜しいですか?」
『キャラメリーゼ王国、オリバー国王陛下に支えてるララバイという者だ。国王陛下、カノン王妃様、ラクシュミー第一王女殿下、アテナ第二王女殿下の四名の予約をお願い致します』
「か、畏まりました。予約を承りました」
ふぅー、緊張した。受話器を置いた手が微かに震えている。貴族からの予約はたまにある。慣れたと思いつつも相手は王族だ。
それも自分が店を出してる国の国王陛下一行が来るとなると緊張もしてしまう。何か不機嫌させたら不敬罪になる可能性もある。
「さて今から3日後だったな」
ちょうどアレを作るのに時間が足りるな。よし、久し振りに作るか。
「ガウン、家鴨丸ごと一匹あったよな」
「ある。そんなに何に使うか?」
家鴨丸ごと使うとなると、例外はあるが普通は十数品の料理を作れてしまう。
「国王陛下から予約があった」
「コクオウヘイカ?」
「この国の王様だ」
「王様?!」
やっと事の重大さが分かったようだ。だから、俺はインパクトが大きい料理を家鴨丸ごと一匹を使い作ろうと考えている。
「王様に何を作ろうと考えてる?」
「北京ダック、それが国王陛下に振る舞う料理の名だ」
北京ダックは、最低でも3日は掛かる料理である。内臓や血を抜き、舌、手羽先、足の部分を取り除く。
体内に空気を入れ膨らませ、フックを掛けて熱湯を掛け余分な油を洗い流す。
「ここに水に水飴を煮溶かした飴糖水を皮に十分に塗り1日乾燥させる」
乾燥させる工程で夏に腐り安く、春と冬に作られる事が多かった料理であった。だけど、技術の進歩により年がら年中作れるようになった。
1日経過
「よし、良い乾燥具合だ」
腐ってない。飴糖水でコーティングされてキレイだ。他の注文された料理も作らないといけないため、ずっと着きっきりとまでは行かないものの、たまに様子を見に来ていた。
「ガウン、持って来てるな」
「ここに材料全てあるよ」
「よし、全部腹の中へ詰め込め」
乾燥した家鴨の腹の中へ次から次へ香味野菜数種、フェイフェイが調合した調味料、悠真が丹念に煮て作った濁りがないスープを入れて行く。
「これを2日程、じっくりと釜で焼いて行けば出来上がりだ」
「簡単だな」
「あぁだが、根気が必要となるがな」
根気良く焦げないよう面倒を見る必要がある。だが、焼き上がると腹に詰めたスープが肉に染み込み何とも言えない食感と味わいになる。
「交代で面倒を見よう」
「分かった」
最後の客が帰り店を閉めた後も北京ダックの面倒をガウンと見る事、2日間。
良い焼け具合と香ばしい匂いが釜の中に漂っている。フックから外し大皿に乗せる。ヤバい、久し振りに作ってみたが、ヨダレが出てきそうだ。
「これが北京ダックなのか?」
「そうだ。だが、これで出来上がりではない」
これだけでは、タダ時間を掛けて焼いただけの鳥の丸焼きだと言われ兼ねない。だが、貴族や王族ならインパクトがあるだろう。
貴族や王族は小皿に盛り付けられた小綺麗な一品料理を数品、コースとして食べるのが主流だ。北京ダックみたいに丸々と出てきやしない。
「これで出来上がりでない?」
「それよりも下準備を頼みたい。これがリストだ」
北京ダックに供えるであろう野菜や調味料のリストを書いた紙をガウンに手渡した。
「分かった。任せろ」
「俺はスープを作る」
悠真は仕込み中のスープを仕上がりに掛かる。家鴨のガラで出汁を抽出し、具材は家鴨の舌で家鴨尽くし。
小皿に一口取り出し、味見をする。ゴクン、これはヤバい。北京ダックと比べても見劣りしない程に美味しい。
これでスープは準備万端だ。後はガウンの下準備が整えば、準備は完了する。
「ユウマ、こちらは準備出来た」
『お客様、四名様お入りになりました』
ちょうど国王陛下ご一行がご来店したようだ。ちゃんとVIPルームである個室に通された事を確認し、配膳する準備をする。