12食目、麻辣火鍋辛さ星10その3
そろそろ具材が煮詰まった頃合いだ。部下が誰もよそいたがらないため、隊長自ら麻辣火鍋にお玉を投入し、それぞれの呑水によそり部下の前へ置いた。
スープを1/3程度にし、肉・魚・野菜をバランス良く呑水に盛り付けてある。
これだけ見れば、実に美味しそうに見える。だが、問題は色だ。あんなに真っ赤なのは辛い証拠であろう。見てるだけで汗が出て来る。
それに匂いにも刺激があり、いくら鍛練を積まれた騎士であろうとも噎せてしまう。
「ほら、食わず嫌いはいかんぞ。冷めてしまう前に食わんか」
「そ、それでは頂きます」
「「「い、頂きます」」」
パクっ
辛ぁぁぁぁぁぁぁい!
隊長は平気そうにムシャムシャモグモグと食べるが、他の部下四人は火龍のブレスのように口から炎を吐き出した。
顔は真っ赤かで汗が止まらない。鎧の下に着てた上着を脱ぎ捨て薄着となる。
「どうだ、旨いだろ?水は厳禁だ。余計に辛さが広がるからな」
今だに口の中が火傷を負ったみたいにヒリヒリしてるが、この辛さの後から濃厚なコクや旨味・酸味・甘味が追ってくる。
この不思議な感触に部下四人は、自らお玉を手に取り、呑水に鍋のスープと具材を盛り付けた。
「がっははははっ、俺も負けてたまるか」
隊長も部下に続き、呑水に盛り付け食べていく。こうして、ものの数分で鍋の中身は、ほぼ空っぽとなった。
「まだ食べれるか?」
「「「「……………はい」」」」
部下四人は、口元を押さえながらも食欲の方が勝ち具材とスープの追加を頼んだ。
「お待たせ致しました」
カナリアが運んで来た。スープを鍋に注ぎ、具材が乗った大皿をテーブルに置くとお辞儀をし部屋を出ていく。
スープを追加したので、数分スープが沸騰するのを待ち具材を投入する。
何回見ても血のように真っ赤で恐怖を感じるが、一回食べて見れば辛さも癖になってくる。
「ハフハフ、隊長の言った通りに美味しいです」
「早く教えてくれれば良かったのに」
「辛いけど美味しい」
「ただ辛いだけではなく、クセになる辛さだ」
「ぐっわはははは、こんな美味なもの簡単に教えてたまるか。ここは、そんなに高くはない。今度は、お前達だけでくれば良かろう」
パクっ
うん、この辛さが病み付きになる。
他の店では絶対に味わえない料理。具材だけなら真似を出来そうだが、スープは真似は出来ないと確信している。
こんな辛くする食材を隊長は見た事も聞いた事もない。それに値段設定がリーズナブル。
この火鍋を例に挙げても毎日とはいかないが、隊長の給料で週に4回くらいは食いに来れそうな値段設定だ。
「ほれ、ここを見てみろ。これならお前達でも食いに来れるだろう」
隊長は、部下にメニューを見せ値段を指す。その値段を見たら四人の表情が固まっていた。
新人の騎士の収入でも休みの日には食いに来れそうな値段だったからだ。
「こんなに安いんですか?!」
「何かの間違いじゃないですかい」
「一人だけでも食いに来れる」
「個室に……………いや、この匂いでは個室でないとダメか」
「お前ら、麻辣火鍋だけじゃないんだぞ。他にもここでしか食べられない美味しいものがたくさんある」
メニューのページを進めると見た事聞いた事のない料理の名前と写真が目に焼き付く。
それもどれもが簡単に手が届きそうな値段設定だ。もちろん例外はあるにはある。が、大抵は一般民衆向けと言っても過言ではない程に安い。
「俺も娘と来る内に、どれがどんな料理なのか覚えちまった」
「また隊長の娘の自慢話が始まった」
部下の言葉は耳に入らず、娘であるラピスの自慢話を耳にタコが出来るくらいまで続けられた。
部下もラピスみたいな娘がいたら自分らも自慢してしまうだろうと半ば諦めている。それ程に優秀な娘さんなのだ。
「そうた、最後の〆を忘れておった」
「〆ですか?」
「一体何の事だ?」
「さぁ分からん」
鍋の醍醐味は、ただ単に自分らで具材を煮込むだけではない。余ったスープで、〆と呼ばれる具材を放り込んで新たな料理を作る。
隊長は、店員を呼ぶベルを鳴らし〆を頼んだ。そうすると、数秒しない内にザルに乗った白い何かが運ばれて来た。
「今日の〆は、うどんとなります。入れても構いませんか?」
「あぁ、頼む」
カナリアが、うどんを鍋に投入した。グツグツと残り少なくなった赤いスープは、うどんと絡み合い赤く染めていく。
赤いスープが、完璧にうどんに吸われ汁一滴失くなった。
「はい、出来上がりました」
「ありがとう。これを食べないと食べた気がしないな」
隊長は慣れた様子だが、部下は細長い虫のような物が本当に食べれるのか疑っていた。
だが、隊長が食べてる中で自分らが食べないと失礼に当たる。それで勇気を持って食べてみると、モチモチとした食感に噛み堪えがあるコシが、何とも言えない刺激が口の中を通り脳へ伝わってくる。
〆のうどんを食べ終わる頃には、隊長と部下は満足感でいっぱいになり、天井を見上げながらドラゴンでも討伐したような達成感に似た余韻に浸っていた。