1・本店への異動
初投稿です。よろしくおねがいします。
「全然終わんねえよ……」
ダンボールの壁が広くもない部屋を圧迫している。
日曜に同期に誘われて飲みに行ったのがいけなかったのか。
引っ越しの荷解きは遅々として進まず、月曜の今日は引っ越しに伴う手続きで日中はバタバタとしていた。
初めての転勤だった。
内示を受けたのは九月二十日。
十月一日には新しい赴任先で仕事をすることになる。
銀行員には当たり前の日程だ。むしろ今回は連休があったので少し早い内示だった。
でも初めてのことで要領を掴めず、後手にまわってしまった。
今回の異動は期末だった。
ただでさえ忙しいのに、引き継ぎやらお客様まわりで仕事中は息をつく暇もなく。仕事終わりには送別会と称しての飲み会。
初任店だったのでお世話になった人も多く、声のかかるまま参加していたら先輩方に「森山お前なあ……」と呆れられてしまった。
普通は引っ越しの為の時間を作るもんらしい。お酒には強かったから次の日に残るということもなかったけれど、連日の深夜帰宅で寝不足でヘロヘロだった。
それでも荷物を無事に出せたのは、実家に住んでいたというアドバンテージがあったからだ。
初任店が地元と決まったとき、大学で独り暮らしをしていた俺は、当然独り暮らしをするつもりだった。
しかし独り暮らしするくらいなら実家にお金を入れなさい!という母の鶴の一声で実家暮らしとなった。
すぐ下の弟が東京で独り暮らしをしていたので、仕送りも大変なんだろう。
自由さと引き換えに渋々実家に戻ったが、衣食住が安定しているので仕事には良い方に働いたようだった。
先輩方に鍛えられながら、休日には地元の友達と遊んでストレスを発散。資格試験にも集中できた。
彼女を作れなかったことは後悔の念があるが、充実した三年半だった。
そして今回の本店への栄転となった。
引っ越しの梱包も、連日午前様になる俺に文句を言いながら、大半母がやってくれていた。本当に感謝しかない。
だが、実家の俺の部屋は一番下の弟の部屋になるらしく、塵ひとつ残らない勢いで片付けられてしまった。
なので考えていた以上の荷物になり、そびえ立つダンボールの壁になってしまっている。
とりあえず明日からの出勤に必要なものは揃っているので、後は追々……と現実から目を背け、夕食の買い出しに行くことにした。
新生活の住まいは駅近で、スーパーが近く利便がいい。
料理をする気力も残っていないので、割引になっている弁当を物色しに行くことにした。
好き嫌いはないのだが、今日の気分で候補にしていたハンバーグ弁当が別の人のかごに入った。
ハンバーグ弁当は残り一点だったのだ。
先に確保しなかった自分を呪いながら、俺は第二候補だった塩さば弁当を買ってとぼとぼと帰路についた。
ダンボールだらけで落ち着かないが、明日に備えて早めに休むことにして眠りにつく。
夢の中で俺はハンバーグを食べていた。
起きてから、我ながらしつこいなと苦笑いした。
「おはようございます。よろしくお願いします!」
初日は会う人会う人に努めて大きな声を出して挨拶をした。
というのも、声を出していないと緊張にのまれてしまいそうだったからだ。
直属の上司になる工藤課長からは「元気だなあ。俺にもそんな時期があったなあ」なんて笑われた。
既に本店で働いている同期には「工藤課長は仏だから安心しろ」と聞いていたが、実際に話してみても穏やかそうで安心した。課の違う同期は上司と反りがあわずかなり愚痴っていたから、俺は運がよかったんだろう。
新しい環境で緊張続きではあったし、本店の規模の大きさに戸惑うことはあったけど、慣れていくのに時間はかからなかった。
そんな中、初任店でお世話になった飯田先輩から飲み会のお誘いをいただいた。
「平成二十二年度入行の森山康太です。よろしくおねがいします。」
「森山くんって一個下なんだ~!」
飯田先輩が集めてくれた若手の飲み会で、左隣に座っていたのが窓口担当の高谷葉月さんだった。
高谷さんは淡い色のニットのワンピースを着ていて、窓口にいる時にはアップにしている髪を下ろしているもんだから、高谷さんの目の前に座っている俺の同期の小林が鼻を伸ばしながら彼女を見ていた。
窓口に座っているときの高谷さんは清楚な感じだが、飲み会での高谷さんは色気ムンムンだ。
特に今日はけしからんくらい大きいバストがテーブルの上で主張していて、おいそれと横に向けない感じがする。
まあ、小林はガン見しているが。
「じゃあ小林と同期なんだね~」
「今日のメンバーでいけば、岩井と関と伊藤もそうですし、年は違うけど櫻澤さんも同期ですね。」
「いいな~、そんなにいて。私なんかこんな大きな店なのに美奈しか同期いないもんな~」
美奈と呼ばれたのは小林の隣に座る生田さんのことだ。高谷さんの同期らしい。ほんわかしていてかわいい顔をしている。
「葉月が来る前までは何人かいたんだけど、みんな転勤しちゃったもんね。」
「そうなんだよね~。前の店が小さい店舗だったから同じ店の同期の集まり楽しみだったのに、美奈だけなんだもん。」
だからさ、と高谷さんは上目遣いでこちらを見ながら腕を絡ませ、あのけしからん胸を俺に押し付けて言った。
「森山くんの同期の集まりに私たちも入れてよ~」
「え、あ、あの」
俺が困っていると、右隣に座っていた飯田先輩が俺にだけ聞こえるように囁いてきた。
「お前、狙われてるぞ。よかったな。」
三年半の地元生活で彼女が出来なかったことを知っている飯田先輩は、俺と目が合うとニヤリと笑った。