3話
3歳の時に不慮の事故で両親を亡くした私は、領地にある屋敷で祖父母に育てられた。父が継いでいた公爵位は、一時的に祖父に戻されることになった。
これは遺された子供が女の子だったからである。
私が男子であれば、たとえ3歳の幼児であっても爵位は私が継いだはずだ。
しかし、このラメール王国では女子に爵位を継ぐ権利は認められていない。私がどこかの貴族の次男・三男を婿養子にとり、男児を出産すればその子に爵位は受け継がれる。もしも、別の貴族の家の嫡子の元に嫁いだ場合には、次男として生まれた子供がお爺様の養子となり跡を継ぐことができるのだ。
前世が日本人であった私にとっては、「はあぁ?何それ、面倒くさい……」レベルなのだが、この時代というか───この世界では、まだそんなことが当たり前の風習だったのだ。
でも、このアルメリア・ダンドゥリオンは、結婚して子供を持つ気は微塵もない。
元の世界に戻る気満々なのだ。
だってこの世界には当たり前だけれど、アニメやゲームや少女漫画が存在していないのよ!絵本すらないんだからっ!!
かろうじてあったのは、挿絵のちょっとだけ入った児童書?のようなもの。
この国の建国の王様とそのお妃様のお話。お妃様のコーラル様は、海から遣わされた人魚姫でした。という内容の、日本でいえば古事記みたいなものかしら?
とにかく恋愛要素が足りなさ過ぎるのよ!
などと言いつつ、私自身が恋愛体質な訳ではない。実際の男なんて、大きくて臭くて毛むくじゃらで───かなり偏った個人の意見であるけれど───夏冬年二回の海の近くでの即売会も、月に一度の定例即売会もいろいろ大変だったんだから!
まぁ……特に「───先生」の描く、「───」みたいな人がいれば別だけど。
そう、主人公と恋に落ちる王子様の側近、というか幼馴染みの「───様」。
続編では彼がメインの話のようでカラーイラストまで発表されていたけど、残念なことに先生が急逝されて発表はされなかったのよね。
兎に角、戻れるものなら今すぐにでも戻りたい。でもそれは不可能。
わかっていますとも!
だから、私はその時が訪れるまでこの場所で大人しく待つしかないのだ。
そうよ。私はこの世界が大嫌いなんだもの。
漫画やアニメのない───私の知っている現代からすれば、何百年も遅れている世界。
道路が整備されて街灯が立っている道がたくさんあれば、森の中から鹿が飛び出してくるなんてことはなかったかもしれない。
日本の高速道路でも鹿は飛び出してくるから、頑丈な自動車とエアバッグがあれば衝撃に耐えられたかもしれない。
救急車があれば、救命医療や医療器具が発達していれば───
例を挙げればキリがない。
だって……事故の時、お父様はお母様を庇っていたと聞いたわ。だからこそお母様は、即死ではなかったと。発見した人がそう証言してくれた。
だけど……運びこまれた先に医療施設はなかった。
もし、この事故が起きずに───いいえ。起きたとしても両親が存命でいてくれたのなら、私は前世を思い出してもこの世界で暮らしていくことを容認していたと思う。
でも、この世界は私に優しくなかった。
私には成人の日本人女性の記憶はあるけれど、3歳の幼児のアルメリアなのだ。突然に大好きな両親を事故で失った悲しみは、本物の痛みなのだ。
こんな世界にはもう居たくなかった。
だから、私は毎晩月に祈った。
「ヨウダ様、私を元の世界に帰してください」と。
あの初めて会ったときも、ヨウダ様からは確実な約束はもらえなかった。でも、拒否もされなかったのだからチャンスはあるはず。
* * * * *
月の見える晩は、必ず寝る前に寝室のバルコニーに出た。悪天候の日は、窓の内側からになるがヨウダ様に願った。
言ってしまえば、愚痴と催促の応酬である。
(早く帰して早く帰して早く帰して早く帰して早く帰して早く帰して早く帰して早く帰して早く帰して───まだなの?まだなの?まだなの?まだなの?まだなの?まだなの?まだなの?まだなの?)
文字で書けば、簡単にゲシュタルト崩壊おこしそうなレベルだ。
そして、何故か広まりました。
「月華の妖精」
何ですの?
エセ関西弁でお読みください。
アクセントは「で」ではなく、「す」です。
───毎晩、夜空に向かい月に祈りを捧げる花のように美しい少女。月光に照らされる銀糸の髪に白く透き通る肌は、伝説の中の「妖精」を具現化したかのようだ。
だ、誰のこと?
両親が亡くなった直後から、我が家には王都から警備の兵士が派遣されていた。
「老夫婦と幼児だけの住むこの屋敷に警備を」と言い出したのは、王妃様だったらしい。
王妃様は、お母様のことを年の離れた妹のように可愛がっていたのだと聞いた。
一人残された私を不憫には思ってくださっているのだが、そのご身分故に何も出来ないのが辛いと仰られていた。
初めはお爺様もお断りをしたらしいのだが、確かにこのダンドゥリオン公爵家は武力に劣る家系だった。
お父様も研究者だったらしいが───お爺様も、ひいお爺様もその前のご先祖様も何かの研究をされていた。所謂、学者一族らしい。
最終的には一人きりの孫の安全を考慮して、兵士の護衛任務を許可したらしい。
そして、庭の夜警で回っていた兵士が私の姿を見かけたらしいのだ。
噂に尾鰭がついた結果、大げさな二つ名が私に付いてしまった。
祖父母と共に領地の屋敷に籠ってから、すでに三年が経っていた。
私も6歳になり、背と髪が伸びた。
お爺様が、昔から馴染みのある絵師に亡くなった両親の肖像画を依頼した。まるで生きているかのようなその絵は、私の寝室に飾られている。嬉しいときも悲しいときも、私はその絵の両親に毎日報告を欠かさない。
私の白銀の髪はお母様に、紫水晶の瞳はお父様譲りのものだった。
「月光の聖女」───お母様はそのように呼ばれて、領民に慕われていたらしい。
私は優しく美しかったお母様に、少しでも近づけているのだろうか?