2話
なかなか涙の止まらないメリッサに抱かれて、私は応接間に連れていかれた。
「おとーしゃまは?おかーしゃまは?」
不安になって両親を呼ぶが、誰も応えてはくれなかった。
廊下には誰もおらず、屋敷の中は不自然なほどひっそりと静まり返っていた。
そのことが一層私の不安を煽った。
「いやぁ!おかーしゃま……おかーしゃま!!」
私はメリッサの腕の中で暴れた。メリッサの茶色い髪を引っ張ったり、彼女の頬を手で叩いたりの大暴れである。
「メリッサ、きらいっ!おかーしゃまのだっこがいいのっ!!」
でも、いくら泣こうが喚こうがお母様は姿を現してはくれなかった。
いつもならすぐに出てきてくださるのに───。
応接間には、お爺様とお婆様が待っていた。
お爺様は、気の抜けたような表情で天井を見つめソファに沈みこむようにして座っていた。お婆様はお爺様に縋りつき、肩を震わせていた。貴婦人として泣き顔を他人には見せたくなかったのだろう。
お二人しかいなかったので、おそらく悲しみを告げに来た使者はもう帰ったあとなのだろう。
そして、私はお爺様から両親の死を告げられた。
3歳の私には「死」を理解することは難しく、お爺様は「天の星になった」「二度と会えない」という言葉を私に繰り返したのだ。
* * * * *
「大人の言葉が信じられなくて、屋敷を抜け出した私は池の側で泣いていたわ。声が出なくなるまで泣いて、顔を上げたら水面に美少女が映っていたのよね。ショックが大きすぎて、前世の平凡な顔を思い出して───
情報過多で気を失ったところ、こんなところ連れてこられたわけだけど……」
今の私は3歳のアルメリアではない。中身は、れっきとした成人の日本人女性である。
本名も年齢も覚えていないけれどね。
あ、趣味は憶えているわ。
漫画とアニメと、ゲーム。この中でも一番好きなのは、少女漫画。
好きな漫画家は「壁メアリ」先生。すでにお亡くなりになっている先生だけど、今年は没後二十年ということでいろいろな特集が組まれていた。
全集として特装版が発売されたし、十年以上前にアニメ化されたものもデジタルリマスターされたDVDが発売───
そうよ!私このDVDを予約していて、買いに行く途中だったじゃない!!
「あなた、神様なんでしょ!」
【……のようなものだ】
「煮え切らないわねっ!」
突然の私の苛立ちに「神様のようなもの」───ああ、もう面倒くさい!「ヨウダ様」でいいわ!!
は、「うむ」とか「ああ……」とかの言葉を繰り返していた。
「ヨウダ様!私のDVDはどうなりました?」
【「形見」として、君の姉が引き継いだ】
ヨウダ様は、ある程度私の心の中を読んでいるのだろうか?
突然の「ヨウダ様」呼びにも対応してくれている。
それなら一安心。間違っても両親の手に渡っていたなら、おそらく不燃物の日に出されていたに違いない。
隠れオタクの姉の手元ならまず廃棄されることはない。───いずれ、中古屋に売られるかネット販売されるかも知れないけど。
【───不燃物って、いくらなんでも娘の遺品だぞ?】
「それをゴミと思うのが、うちの親ですよ」
そう思うと、アルメリアの両親がいかに娘を愛していてくれたかが身にしみて判るというものだ。
【───それで、ヨウダ様?前世の私はどうして死んだのですか?】
この謎の空間で、ヨウダ様と対峙した時からの疑問をぶつけてみた。
大体「転生物」の物語で、「神様的な存在」が出てくるときは「訳有り」なのはお約束なのよ。
伊達に少女漫画好きはやってないのよ。コミカライズされた漫画の原作を辿って、ネット小説も山ほど読んだのよ?こんな知識だけだったら負ける気がしないわ!
【───誰にだよ】
「いいから!こんな空間を作って私を呼んだのだから、何か条件的なものがあるんでしょ?」
そうよ。こんな異空間まで作って、3歳の幼児が大人と同じように喋れる空間なんておかしいじゃない。今の私の言葉は活舌の悪い幼児の口からの言葉じゃない。
話がスムーズにできるように、私の口を大人のものにしているんじゃないの?
【前世の君が亡くなったのは、間違いだった】
いきなり爆弾落とさないで下さいませんか?