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「ちょうど1週間前に、子どもが生まれてね、結婚したんだ 西園 郁実と」
「西園 郁実って?」
男は、少女漫画に出てきそうなその名前に聞き覚えがあった。
「そう、郁実とは、中学は一緒だったよ。覚えてない?その時はほとんど話したことなかったけどね。で、高校は違ったけど、大学生の時に運命的な出会いをして、気付いたら、できちゃった結婚 へへへ」
「まさか、僕が結婚できるとは、思っていなかったよ」
「へえー、結婚で、赤ちゃんか~いいね~」
「もしかして、子どもの名前って美香ちゃん?」
「えっ?違うよ。男の子だし!」
「名前は隆之介、郁実が好きな芸能人から付けさせてもらった」
そこは夢とは違ったようで、彼の子どもは男の子だった。夢と同じだったら、彼の職業は宇宙飛行士ということになる。そこまで当たっていたら正夢だといって笑えなくなる。それは予言という1つの才能だ。
「仕事は、何しているの?」
「僕は、印刷機の営業。小さな会社だけど、残業が無くて土日休みだし、小回りがきくから家族の時間を大切に出来るから満足してる」
彼の口からは会社のいいところばかり出てくる。自分には考えられない。男は、会社のことを聞かれれば、悪い所ばかり言っていた。
「君は?どうしてるの?」
「普通の いち サラリーマンだよ」
求職していると恥ずかしくて言えずに嘘をついた。男の場合、求職というより休職か。探していないから。結婚を考えている2年付き合っている彼女がいるという嘘もついた。完全勝利宣言されるのが嫌で、出来る人間をこの時だけは装った。少しどころか、大分と背伸びしている。
「へ~頑張ってるんだね よかったよ」
「でも君は、もっと大きなことをすると思ってた。それで君は、世界に名を轟かすような人になると」
「それは、買いかぶりすぎだよ」
「ただの凡人だよ、凡人」
男は、不器用で、何を覚えるにも人よりも遅い。
名を轟かす?それどころか凡人にすらなれそうもない。
「本当だよ。中学2年生の時、君の職業調査の研究発表を聞いて、僕はそう思ったんだけどな。着眼点が人とは違う。天才ってこういう人のことを指すのかもって思ったんだけどな」
職業調査……
自分が興味がある職業について調べ、まとめたものを1人1人が発表する授業があったことは何となく覚えている。ただ自分がどんな職業を選んだのかは覚えていない。母か父に相談して決めたか、適当にあみだくじか何かで決めたのだろう。
「ごめん、外回り中だった。また、電話ちょうだい」
「中学の時から、番号、変わってないから」
良くんはそう言うと、駆け足で去っていった。背負ってる多くのものを落とさないようにするためか、彼の背中は大きかった。で、おれは何か背負っているものってあったっけ?
「俺は、何をしているんだ」
頑張っている友人を見てると、頑張っていない自分がこうも情けなくみえるものか。会社を辞めた直後は、自分の決断力はすごいと誇らしく思っていた、ただ、逃げただけじゃないか……自分がいなくなって会社が困ればいいとも思っていたが、困るわけがない 会社にとって男のような存在の代わりはいくらでもいる。むしろ代わりの方が能力値がいいかもしれない。
「この転職は世界に大きな影響を与える」
自らが何も行動しなければ、世界はおろか小さな1つの町にさえも影響を与えることは出来ない。せいぜい、男がDVDを購入したことによって、出演している女優と監督が少しだけ喜ぶくらいか。1本売れた、1本売れたとその1本を大切にする人間が、1000本売ることに成功する。
「名を轟かすような人間になりたい」
どこかでそう思っている男だが、何をどう頑張っていいのか分からない。分かったところで頑張れる自信はないけれど。
久しぶりに、外へ出たが良くんに会えたこと以外の収穫はなく、逆に大きなものを失った気がした。それもそうか、そもそも男の外出にあてもなにもなかったのだから、米は苗を植えないと収穫できない。苗を植えても収穫できないこともあるが、苗を植えないで収穫することはできない。




