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「しゃんらしゃんしゃ しゃんらしゃんしゃ 踊れやどんどん、どんどん、どんどん」
「おいっしょ おいっしょ しゃららんしゃん 踊れ、踊れ、踊れや踊れ、どんどんどん」
古くさい木造建築の小さな居酒屋の真ん中の机の上に乗った男は、上半身裸になって愉快に踊っている。
「いいね、あんちゃん。さすが、億万長者は面白いね~羽振りもいいしさすがだわ」
「あれだろ?億万長者ってのは、おいらなんかとは、頭の作りが違うんだろうな。あんちゃんには緑色のものが赤色に見えるんだろ?丸のものを見たら六角のものも見たくなるんだろ?分からない世界だわ~」
やじる周りのおじさんたちには見覚えはないが、この小さな古びた居酒屋には見覚えがあった。
2~3年前に仙台に出張に来たときに何気なく立ち寄った居酒屋だと。同僚たちにハブられ、1人寂しく知らない町で、何気なく入った居酒屋だ。初めてきたよそ者の自分に優しく接してくれたのを覚えている。
「嬉しいね~億万長者になった今でもこんな店に顔を出してくれるんだから」
店主は男の方を向いて、涙粒を流した。1人が店に来たことだけで涙を流せる人がいる。
この世は、小さな感動で溢れている。
「あんた~良かったね~先月で閉めようなんて言ってたけど続けてよかったね~」
店主の女房が、彼に優しく声を掛ける。彼女の目には涙のあとはない。
「あんちゃん、ここの焼きそばは格別だから、1度は食べときな。味はおっちゃんが保証する」
躍り疲れて、カウンターの椅子に腰を掛けた男に、お客のおじさんが声を掛ける。
「いっちゃん、余計なこと言わないでいいのよ!」
「億万長者の方にうちの やす焼きそばなんかすすめて~~フォアグラやオマール海老とか高級なものを食べ慣れてるのに550円の焼きそばを食べたところで何の感動もないわよ、むしろ失望されて終わりよ 恥ずかしい」
「いえいえ、食べてみたいです、ぜひ」
「じゃあ、焼きそばを1つ。かつお節多めで」
「いいね~あんちゃん。かつお多めなんて分かってるね~かつお多めがいいんだよな、焼きそばは」
この店の焼きそばは、いたってシンプル。素材に媚びず、店主の腕だけで勝負している。
中太麺をこんがり焼いてソースで味付け、隠し味にバターを少々。具材は豚肉とキャベツのみ、トッピングにかつお節と紅しょうがを添える。かつお節多め、豚肉少なめが、通な食べ方である。
人の夢とは不思議なもので、次から次へと色々なことが起こったり様々な場面に移ったり。ラブ、シリアス、コメディ、ホラー、ジャンルも多様で映画業界もビックリ。
ただ、この夢というやつは迷惑なもんで、大概 いい所で新しい場面に移ってしまう。憧れの女性にキスをする直前で目が覚めてしまったり、刑事として凶悪犯を逮捕する直前で、突然 場面が変わりパンクバンドのボーカルとしてコンサートで歌っていたり、ヒーローとして世界を救う途中で、チーターになってカバと空中散歩を楽しんでいたり。
残念ながら男は、この店の焼きそばが食べられない……
何故なら、そう…… そろそろ場面が切り替わってしまうからだ。