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「ねえ、答えてよ、答えて!」

「今更 私を捨てる気?そんなのひどいよ!」

女性の怒鳴り声が聞こえる。この罵声は自分に向けられているものだと男はすぐには気づくことができなかった。彼女が出来たことのない男にとって、男女の別れ際の喧嘩話なんて経験がない。捨てる?捨てないよ。


周囲を見渡しても他に誰もいない。彼女の目線は男の方だ。間違えなく彼女は男に対して言っている。

「ねえ、聞こえてるの? あなたに言ってるの!」

「私が今まで どれだけあなたに尽くしてきたと思っているの?」

感情的になると、言いたいことを言いたいだけ全て相手にぶつける。疲れてくると涙を流して訴える。こうなった女性は聞く耳を持たない。


「ちょっと待って!俺が何をしたっていうんだ?君が怒っている理由を教えてくれ!」

心当たりがない。女性のことも見覚えがない。黒髪ショートでどんぐり目の美人だから男のタイプの女性ではある。こんな子が彼女なら飛んで喜ぶ。


「とぼけないでよ!私 知ってるんだからね。あなたが春奈と一緒に遊園地に行ったこと!」

「恵里が一番って言ってくれたの嘘だったの?嬉しかったのにあの言葉!嘘だったの?」

今の彼女の言葉で男は何となく理解することができた。彼女の名前は恵里で、この世界では俺と恵里は付き合っている。付き合っているにも関わらず、春奈という女と浮気をしていた。それがバレて、咎められている最中だと。


「嘘じゃない。お前が一番 好きだ」


「お前とか言わないで!」

「お前じゃ誰のこと言ってるか分からない!」


「ごめん、恵里が一番 好きだ」

春奈という女性がどのような人か分からないか、恵里で全然いい。彼女のいない男にとっては勿体ないくらいのいい女だと思う。性格は置いといて顔で判断した場合。


「嘘だ、嘘だ、嘘だ、そんな言葉信用ならない。じゃあ 私の好きな所を4つ言って!」


「え~~~っ……」

実に難しい質問だ。普通に付き合って4年のカップルに質問しても答えられるか難しい質問なのに、初対面の女性の好きな所を4つもなんて。やさしいとか 雑だったり中途半端なことを答えるとかえって怒られることもある。ちゃんと考えてその人にしか言えないようや言葉を言わないといけない。


「待てよ、恵里から言ってくれよ。俺の好きな所を4つ、言えるの?恵里も俺のことが好きなら答えられるだろ?」

時間稼ぐ、時間を稼ぎつつ、相手の出方を見る。


「時間を守るところ、独特な世界観を持っているところ、こだわりが強いところ、物を大切に扱うところ」

恵里の口から自動改札機から出てくる切符くらい早く男の好きなところが4つ出てきた。現実の男には当てはまらないものもあるが、夢の中の男には当てはまるのか、もしくは恵里がお世辞で誉めているのか。


恵里のターンは終わり男のターンはすぐに回ってきた。4つ、絞り出してなるべく早く、時には嘘も踏まえつつ答えなければならない。だが、みえみえの嘘はいけない。


「顔、声、胸、スタイル」

パッと思い付いたのはその4つだったが、頬を叩かれている自分の姿が想像できるので口に出すのはやめた。絶対に怒られるのは分かってる。


「声が可愛いところ」

「女優さんのような綺麗な顔立ち」

男は、左の人指し指を立て、1つ1つ彼女の顔を見て、正解かどうかを確認しながらゆっくりと話す。


「ファッションセンスがあるところ」

「情熱的なところ」

なんとか4つ、今見た中で判断した。料理が上手なんていって彼女が料理が出来ない人だった場合、怒りを買うことになる。


「夢の中だ……」

何をしても大丈夫だと思った男は恵里のことを自分なりの方法で抱き締めてみた。現実で経験はなくとも夢というものはいいもので、ドラマのような絵になる抱きしめ方が出来た。


「ご、合格……」

浮気をしてことに関しては何も解決していないように見えるが合格をもらった。

いつの間にか彼女の機嫌も直ってる。きれいに4つ言い切ったからから、ギュっと抱き締めたからか。


「不合格だったら、どうされてたの俺は?」


「刺し殺してた。春奈と一緒にいられないように5回は刺してたと思う」


「こ、怖っ……恵里は可愛いんだから、物騒なことは言わないで欲しいな」


「えっ何?もう一度言って!」


「物騒なことは言わないで欲しいなで、合ってる?」


「違~う~そっちじゃない~」


「ああ、恵里は可愛いんだから」


罵声を浴びせられていたときは、命の危機すら感じたが、今はなんだかいい雰囲気だ。恵里が男の方に撫でてほしいといわんばかりに頭を膝に乗せて、生まれたての子犬のように甘えてくる。


「今、いける感じじゃね?」

経験のない男でも分かる。今、いける。逆に今を逃したら他にチャンスはあるのか。


「ねぇ、恵里。キスしていい?」

恵里は小さく首を縦に1度ふる。


「じゃあ……」

男はゆっくりと唇と唇を合わせようとしたが……

恵里の顔が段々、幼き頃に連れていってもらった動物園のイメージキャラクター「トロ君」というトラの着ぐるみの顔に変化していく。



「お前じゃない お前じゃない お前じゃな~い」

着ぐるみにもキスすることなく、目を覚ますことになった。男はこうなることは分かっていた。夢とはそういうものだから。




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