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第四話:JZS161 アリスト前編

廣樹と諒が部屋を出てからの話になります。

 廣樹は諒の部屋に向かう為、のんびりと身支度をしていた。

「大袈裟にデートなんて言ったけど、アイツと初めて出会った……と思われる、あの公園に行こうと思っただけなんだよな」

 今日、着けていく腕時計を選びながらそんな独り言を呟いていた。

「普段からあんまり女と遊んだりしないからなぁ……こんな時になんて言って誘えば良いかわからなくて、ついデートなんて言っちゃったんだよな……それにガキじゃあるまいし、ただ公園に行ってそのまま帰ってくるっていうのもアレだよな」

 たまには自動巻きでも着けるかと時計を見たが、どれもバラバラな時間で止まっていた。結局、巻き直して正確な時間に合わせるのが面倒に思えてきて普段から着けている電波ソーラーを着けて行く事に決めた。廣樹は腕時計が好きで十個程を持っているが、止まる度に行う自動巻きの時刻合わせが段々と面倒になり、最近は電波時計をばかりを着けていた。

「ま、帰りは首都高あたりをドライブして、適当に旨い飯でも食って帰るか。ん? 車って……」

 その時、廣樹はある重大なことに気付いた。そう、愛車(スープラ)は轟木のガレージに預けている。普段の足に使っている燃費だけが取り柄のエコカーも、タイミングが悪いことに車に困っていた知人に売ってしまったばかりだ。時間を確認する為、壁の時計を見ると、約束の時間までに残された猶予は一時間程。きっと轟木なら快く代車を出してくれるが、代車を借りて諒の部屋に行くには全然時間が足りなかった。今から駅に向かい、電車を使って行くにも同じく時間が全然足りない。それに今更になって、やはり迎えに来て欲しいとは到底言えない。

「予想外の事は起こるもの……って、全部俺が招いた事じゃんか! どうする廣樹、お前は今までの人生を運と勘と閃きで生き抜いてきた男だろう?」

 変な焦りから自分でもわからない自問自答をしていた。そんな時にテーブルに置かれた廣樹の携帯電話が鳴った。手に取り、確認したディスプレイには見慣れた男の名前が表示されていた。

「――はい、もしもし?」


 廣樹は待ち合わせの約十分前、諒が住むマンションになんとか辿り着いたが、追い打ちの如くエレベーターが整備中で使用できない不運に遭遇していた。

「おいおい、いくらなんでもさ……このタイミングでエレベーターが整備中は無しだろ? 今日は諺を身をもって学ぶ日か?」

 一難去ってまた一難という言葉がふと頭に浮かび、くだらない独り言を呟いた。ふと、マンションを見上げたが、諒の住む階までは結構ある。足早に非常階段に向かい、目指す階へと黙々と階段を登り始めた。

 やっと長い階段を登り切り、部屋がある階に着いた頃には肩で息をしていた。嫌でも学生時代わかいころに比べて体力の衰えを実感した。呼吸を整えてからドアフォンのチャイムを鳴らすと、ドアフォンから諒の声が聞こえてくる。

「あ、すぐ行くから……ちょっとだけ待ってね」

 少し待つとガチャリという鍵を解錠する音をたてドアが開いた。廣樹は普段からカジュアルな格好の諒ばかり見ていた為、スリットが入ったロングスカートに黒いシャツの普段と違い女性らしい服装がとても新鮮に思えた。

「ん、廣樹? ……どうしたの?」黙って立ち尽くしている廣樹に訊いた。

「いや、諒の女らしい服装って……見たことが無かったから……なんか、新鮮だなぁって思ってさ」廣樹は失礼とは思いながらも、思わず口にしてしまった。

 私は「新鮮」と言われて柄にもなく照れてしまった。

「そっか、廣樹とは車関係の付き合いばっかりだったからね」

 よく考えたら、廣樹と私が一緒に行動するのは首都高を走る事が殆どで、買い物と行ってもカーショップ程度で食事もその帰りにたまに牛丼屋に行くくらいだ。

「そう言えば、私達って外で一緒にお酒を飲んだり、何処かに遊びに行ったりしなかったもんね?」

 これからはもっと一緒にお酒を飲んだり、アトラクションに行ってみよう。ふと、そんな事を思った。

「流石にさ、こんな服で車には乗れないから普段は着ないけれど、私だって一応……オシャレもするんだよ? これからはさ、お酒とか飲みに行こうね」

 廣樹にはこんな風に言ったが、見慣れていないのは当たり前だ。本当は廣樹とデートするのが楽しみで普段穿かないロングスカートを選んだのだから。

「そうだよな、俺が知らない諒の一面が当たり前にあるんだよな」

 廣樹は諒と男女の関係を持ったせいか、諒がいつもと違う雰囲気に感じられた。そして一緒に住んでる恋人じゃあるまいし、自分が知らない諒も当たり前にいる。そんな事さえも今まで気にしなかった自分が恥ずかしく思えた。

「……お洒落な服も……似合ってると思うよ。俺の知らない面だってあるよな?」少し照れながら褒めた。

 しばらく彼女がいない為、異性をこんな風に褒めたのは久しぶりだった。

「ウフフ、何を言ってるの? ……昨日、私の全てを見たじゃない?」

 本当は廣樹と男女の関係を持つことが何よりも怖かった。でも、実際はもっとずっと近い関係になれた気がする。少なくとも私にはそう思えた。

「そう言えば……翔馬さん言ってたっけ、私と廣樹が結婚して……子供でも生んでくれたらって」

 そんな事を思い出して、廣樹を見ながら自分の下腹部を無意識に触って撫でていた。

「な、ちょ、ちょっと待てよ! なんで腹なんか擦ってるんだよ? ……まさか、危険日で妊娠したかもしれないとか無いよな?」廣樹は私の腹部を見ながら、血の気が引いた表情で訊いてきた。

「ん? 私が妊娠したら駄目? 責任は取ってくれないの?」ワザと少しだけ意地悪な答えを返した。

 実際は安全日なんて存在しない。だが、月経痛でピルを処方されている為、絶対に妊娠をしていないという自信だけはあった。

「だ、駄目に決まってんだろ! プ、プロポーズもしないで出来ちゃった結婚しますなんて男の一生の恥だろ!」

 私から見た今の廣樹は、いつもの冷静沈着な面影は全く感じられなかった。「デキ婚は男の恥」なんていかにも廣樹らしくてなんだか笑える。

「……ウフフ、廣樹はいつもカッコいいねぇ。そっか、そっか、赤ちゃんデキたら結婚してくれるんだ。じゃあ……もしも、赤ちゃんが出来ていたら……ちゃんとママに会ってね?」廣樹を軽く叩き、ニヤニヤしながらそう話しかけた。

 それを聞いた廣樹は、真面目に受けたらしく顔から血の気が引いていた。あんまり虐めても可哀相なので答え合わせといこう。

「……残念だけど、まだ赤ちゃんはいないから大丈夫だよ?」

 あの姉御肌つよがりの京子が、廣樹に惚れた理由が少しだけわかった気がした。

「ま、まだ? ……そっか、ふーん、そう」

 廣樹は落ち着き平静を装って見せたが、安堵した表情から内心がバレバレだった。

 っていうか「まだ」って、いったいどういう意味? 廣樹は諒を見ながら答えのわからない事を真面目に考えていた。

「すぐに鞄を持って来るから、もう少しだけそこで待っていてね、ダーリン。……なんてね?」

 私は笑いながら、ワザとダーリンと言って玄関を閉めて部屋に戻った。

「な、なんだよ? 今のダーリンって……」

 廣樹は諒の予期せぬ言葉にドキッっとしていた。

 

 鞄を持って戻った諒は笑顔でウインクした。

「さーて、今から私をどこに連れて行ってくれるのかな?」

 私は廣樹の顔を覗き込むように訊いた。今から廣樹がどこに行くかは知らないが、自然と笑顔になってしまうほどにワクワクして心が躍った。

「えーと、場所の記憶がうる覚えだけどさ、神室公園に行こうかと思ってさ」

 そう言った廣樹は振り返り、マンションの廊下から下に見える街並みを見た。歩道を歩く高校生、道に並ぶ車、今日も街は常に動いている。地球の自転と同じでこの街の成長が止まる日はきっと来ないだろう。そして自分達の関係も動いているんだな。ふと、そんなくだらない事を考えていた。マンションの廊下から見える街は、自分達が知るここ数年でさえ驚くほどに変わっている。まるでゲームのように、壊されては新しく建っていくビル、古い家屋数棟が壊されて分譲マンションへと変わっていく、次から次へと変わる街並み、久しぶりに来たこの場所から見た感想は現代の浦島太郎だった。

「そっか、私も最近はもうあの公園に行ってなかった。もう、行かなくなってどれくらい経つのかな?」

 私は少し考えたが、すぐには思い出せないくらい前な気がする。

「私ね、嫌な事や悩み事があると決まってあの公園ばしょに行っていたんだ。……もう、しばらく行ってない。あ、それだけ悩みが減ったってことかな? エヘヘ」

 廣樹と出会った当時ころの私はあまり笑わなかった。毎日がつまらなくて、上手くいかない日常にイラついていたが、今は沢山笑うようにもなった。今の自分は心から素直に笑えていると思う。それはきっと良い事だと思う。「笑う門には福来る」という諺があるように、きっと人は笑っている方が自然に人生も良い方向に進むのだろう。

「笑顔が増えるのは良い方向に向かって生きているんだから、良いことなんじゃないの?」

 廣樹は彼女の言葉に対して、自分が思ったことを正直に伝えた。

 ひねくれた性格を形成する原因とは、大抵は貧困や妬みに劣等感など環境が原因だと言われている。学生時代に学級委員長をしていた廣樹は、それを嫌なほど見てきた。虐めや妬みはマイナスの結果しか生まない。他力本願な生き方は、自然と言い訳するようになり、失敗を人のせいにしたり、自己中心的な思考をするようになっていく。

「ところでさ、廣樹? 此処までは……どうやって来たの?」

 廣樹と並び非常階段をゆっくりと下る私は気になって廣樹に訊いた。スープラは修理中だから、たぶん車では来てないだろう。

「いや、エレベーターが使えなかったから、普通に今とは逆に非常階段を登ってきたけど……」

先程、妊娠疑惑で揶揄われた仕返しに解っていながらもワザとらしく答えた。

「違うってば! マンションの下から此処までじゃなくて、廣樹の部屋から私の部屋までの移動手段を聞いたの!」

 ワザとらしい廣樹の答えを聞きながら、ちゃんと聞き返してあげた。こうゆうところが廣樹と私はウマが合う。

「ここへ来る少し前に純也から電話があってさ。借金の担保カタにした車を持ってきたから買い取ってくれって頼まれてさ。だから買取車ソレで来たんだ。葉山純也はやま じゅんやって、いつだか俺の親友だと紹介したから覚えてるだろ?」

「うん。紹介されてから私も高額車を仕入れるときは何回かお世話になってるから知ってるよ」

 その後、廣樹は諒に更に解り易いように経緯と此処までの交通手段を説明してくれた。

「へぇ、純也くんからねぇ……。でも、どうせならブローカーやってる私に回してくれたら良いのにさ」

 本業でブローカーをやってる自分ではなく、副業で自動車販売ブローカーをやっている廣樹に回した事が、二人の友情を知っていても私としては少しだけ不満だった。

「だって、諒の場合……自分が興味ないクルマだと思いっきり買値きんがくを叩くだろ? 純也も赤字にならないように俺に回したんじゃないの?」

 廣樹なりの解釈を説明してくれたが、少し順也くんの肩を持っているように感じられた。

「当たり前じゃん! 興味ないクルマには、なるべくお金は出したくないじゃん? メンテナンスだって整備だってそれなりに掛かる訳だし、売れなければしばらくは自分で乗るわけだし……」

 勝気な私は、買取に金額を出したくない説明いいわけをした。

「でもさ、諒の販売する車が人気ある理由ひけつは、そのどんな車でも自分が納得いくまで整備して納車してる賜物けっかだろ?」

 諒は心から車が好きな為、ヘッドライトバルブ一個まで納得するまで整備する。諒は納車する車にエアコン照明の球切れやオイル漏れがあるなんて絶対に許せなかった。

「そ、そうかなぁ? あ、そうでもないよ。たまに翔馬さんにスライドで卸してるし……」

 予想外なタイミングで廣樹に褒められた為、恥ずかしさからうなじを掻いた。

「いやいや、アノ人は特別べつもんだろ? 整備するのが生き甲斐なんだし、翔馬オッサン的には弄り甲斐があるから、むしろウェルカムなんじゃねえの?」

 二人はそんな会話を続けながら心地よい風を感じ、地上に向かってマンションの階段をゆっくりとしたペースで下った。しばらくして、二人は先ほどマンションの廊下から見えた街並みに居た。歩道を歩く人、渋滞待ちの車、やはり街は常に動いている。マンション近くの時間極の駐車場に着くと、廣樹は自動精算機で駐車料金の精算を始めた。

「ねぇ? 乗ってきた車ってどの?」

 車を擬人化するほど車好きな私は、どんな車に乗ってきたのか気になって仕方なかった。

「あぁ、7番に停めてある二代目後期型の白いアリストだよ」

 廣樹がキーレスをかざすと電子音と連動してハザードが二回点滅した。

「これってパチストじゃん! これって純也くんからいくらで買ったの?」

 トヨタのアリストにレクサスのエンブレムを付けたカッコ良く言えばレクサス仕様、悪く言えば偽レクサス。私はこのタイプのアリストをパチモノのアリスト、略して「パチスト」と皮肉って呼んでいた。

「走行が五万弱、無事故、車検残り一か月くらい、税金とか全込三十五万だけど……なんで?」

 廣樹は私を見ながらそう答えたが、自分の値踏みにイマイチ自信が持てていないようだった。

「……三十五万かぁ。内装がブラックって事はベルテックスでしょ。これってベルのVとSのどっち?」

 Vが過給機ターボでSが自然吸気ナマのグレードだ。

「これはV300だからターボだけど……さっきからなんで?」

 廣樹は諒はこの手の高級車に殆ど興味が無いはずなのに、やけに詳しく聞いてくる意味をまったく理解出来ないまま素直に答えていたが理由が気になった。

 私は廣樹とアリストを交互に見ながらこのパチストをどうやって上手く譲り受けるかを考えていた。私と一緒でこの手の車には全く興味が無い廣樹。多分、自分の値踏みに自信が無いハズだ。これは頼まれて探していた車を安く手に入れる千載一遇のチャンスだ。焦らず、落ち着いて攻める事に決めた。

「え、高くない? あ、そうだ私が買うよこのコ! すぐに現金で買うから私に四十万で譲ってよ」

 私は甘えるように腕に絡めた。少し前の自分なら、廣樹を相手に絶対にこんな行動しぐさ出来なかっただろう。廣樹と一線を越えて、自分の中で何かが吹っ切れたのだと思う。

「……だって、諒はこの手の車には興味が無いだろ? なんか欲しい理由でもあるのかよ?」

 廣樹は横目で私を見ると疑ったような口調で訊いてきた。私は意外に鋭い返答に内心少し焦った。

「……べ、別に理由なんてなんだって良いじゃん!」

 まさか、探していた車がアリストだったなんて言えないし、このチャンスを逃したくない私は一生懸命に思いつく限りの理由を考えた。

「だ、代車が無くて困ってるから、間に合わせでちょっと必要なの! だからお願い、譲って!」

「代車だ? こんな燃費悪い代車を借りる奴いるのかよ? それにさ、このアリストを売ったらスープラが手元に戻るまで俺の足が何も無いんだけど……」

 明らかに廣樹は売ることを渋っていた。

「私がアッシーしてあげるからさ! ねっ? 良いじゃん!」

 アッシーをすれば廣樹と過ごせる時間が増える。もっと廣樹と過ごしたい気持ちもあって出た本音だった。

「……諒が? ホントかよ? ……なんか、すごく不安なんだけど……」廣樹は露骨に不安そうな表情になった。

「だ、大丈夫。大丈夫だってば!」

 あと一押しで落ちると、根拠の無い確信を感じた私はゴリ押しする。

 廣樹は少し間、考えるようにアリストと諒を交互に見ていた。

「わかった。お前に四十万で卸してやるよ。ほら、車検証と委任状に印鑑証明と譲渡書類一式」

 廣樹は後部座席に置かれたクラッチバッグから、クリアファイルを出すと私に差し出してきた。

「ありがとう! あのさ、公園に向かう前に寄り道しても良い? ね、良いでしょ?」

 半ば強引な提案だったが、廣樹なら許してくれるという確信が私にはあった。

「あぁ、別に少しくらい良いよ」

 やっぱりOKしてくれたと思った私は、催促して廣樹からアリストの鍵を受け取ると運転席に乗り込み、廣樹は助手席に座り座席を調整した。

「ホント……諒さんは運転が好きですね?」

 少し走ると廣樹が呆れ気味に話しかけてきた。

「はい、大好きですよ」

 私はいつも通りの明るい笑顔で答えた。ステアリング握り直すとアリストの運転を素直に楽しんだ。

「流石は当時のネッツ系最上級車種。RZスープラと同じ心臓を持つ国産最速セダンだけあって馬鹿みたいに速いし、クラウンマジェスタの血筋が入っているだけあって内装も高級感がある。……これはアイツが欲しがるのわかるなぁ。ナビもビーソニでちゃんと変換してHDDハードディスクのカロのサイバーナビ付いてるし、シートも本革で綺麗だし、文句無しのバリモンだね。まぁ、正確にはRZとV300の心臓は見た目は同じでもエンジンの中身が別物だけどね」

 私はパチストを運転した感想を素直に語った。

「ん? アイツが欲しがるのわかるって? もしかして……既に客がついてるから俺から買ったのか?」廣樹は私の方を勢いよく見ると驚いた表情で訊いてきた。

「タングニジ(当然でしょう)」

「……それ、何語だよ?」

 廣樹は不思議そうな表情で私に聞き返した。伝わると思って韓国語で話したのだが、どうやら廣樹には韓国語が伝わらなかったようだ。

「韓国語でーす!」

 なので、呆れ気味な廣樹にお道化て答えた。

「へぇ、韓国語解るんだ。諒ってもしかして……頭良かった?」廣樹は冗談交じりで話しかけた。

「失礼な! 今、絶対に私の事を馬鹿にしてるでしょ? あ、ちなみにこの韓国語はお客さんから教えてもらったんだよ」

 自慢げに話したが、自分でもあまり自慢になっていない気がした。

 

 しばらく走った産業道路で信号待ちしていると、少し前に並んだ大型バイクに跨った男が運転席のガラスを数回ノックしてきた。スイッチを弄り、電子音と共にパワーウィンドウが下がると外界の音が聞こえてきた。

「よう! 諒じゃん。噂だと最近は随分と羽振り良いみたいだな? こんなアリスト転がすなんて良い身分だよな? ちょっとさ、小遣い貸してくれない? 良いからそこに寄せろよ」

 よりによってこんな時にツイてない。見覚えがあるチンピラが窓越しに話しかけてきた。この男は前に友達に彼氏と紹介された。どうやらバイクから見た高低差で助手席を倒して座る廣樹には全く気付いていないようだった。

「おい、大丈夫か? 俺が話を付けてやろうか?」

 廣樹は微かに曇った私の表情を心配し話しかけてくれた。

「……うん、たぶん大丈夫。ごめんね、変なことに巻き込んじゃって。一応……この人は友達の彼氏なんだ」俯きながらも申し訳なさから元気なく答えた。

 廣樹もここまで元気が無い諒を見るのは久しぶりだった。やはり、お互いが知らない過去や関係というものは、どんなに親しくても存在するものだと改めて実感した。

 私が車を停めると同時に、廣樹は助手席のドアを開けて外に出た。廣樹は黙って青年を観察した。ナンバーを跳ね上げた大型バイクの横に、不良から抜けきれないまま大人になった。そんな表現がピッタリのやからに見える二十代半ばの名前も知らない男が立っていた。廣樹はこんな風な輩を高校時代から嫌なほど見てきたが、世の中は力が全てとはき違えているバカは、常識が無いので正直めんどくさいと思っていた。

「なんだ、諒にも男がいたんか。ま、ええわ。お前が代わりに金貸してくれるんか?」

 男はニヤニヤしながら近づくと、廣樹の目の前に開いた手の平を差し出した。

 鞄の中の電話を探しながら後ろで心配そうに見守る私を尻目に、こちらに振り返った廣樹は確かに微笑んでいた。

「俺に貧乏人にくれてやる金は無いなぁ。それからさ、本当に耳障りだから似非エセ関西弁は止めててくれないかな?」

 男は鋭い目つきに変わると廣樹の胸倉を掴んだ。

「なんだと! この俺にそんな態度取ってタダで済むと思って無いだろうな? 女の前だからってカッコつけると恥かくで!」

 喧嘩なら負けないという自負からくる自信だろう。ただ、今回だけは相手が悪かった。地元屈指の不良校で手を汚さずに奪い、己を傷つけずに相手を痛めつける方法を熟知した廣樹が相手なのだから。純也や廣樹は上手く生きる秘訣を下手なヤクザや半グレより熟知していた。恐喝罪、日本の刑法では十年以下の懲役に処される。少しでもワザと渡せばそれで簡単に成立だ。罰金など存在しない、あるのは未遂でも実刑判決のみだ。

「へぇ。俺に突っかかってくる奴なんて珍しいな。さて、暴力が可愛く思える世の中の厳しさを知った時にオマエがどんな……」

 廣樹が全ての言葉を告げる前に、サイドパネルに景虎かげとら運送と書かれたトラックが排気ブレーキを掛けて急停車した。助手席から薄めのサングラスをかけた体格がたいのいい男が飛び降りてきた。

「おう! お前は先に戻って積み荷おろしておけ」

 助手席から降りた男がドライバーにそう話しかけると、返事と共にドアが閉められたトラックはゆっくりと走り出した。

「なんだ? ここらじゃ見ないツラだな? オマエ、どこのモンだ?」

 男は胸ポケットから使い込んだ鰐皮の名刺入れを出すと一枚差し出した。

「俺は清野雅春せいの まさはるってモンだ。ま、運送屋コロガシの親玉ってとこだな」

 バイクの男は差し出された雅春の手を跳ね除けると罵声を浴びせた。

「黙れコラ! こいつ等の話にテメーは関係ねーだろがっ!」

 バイクの男は雅春にまで突っかかっていく。

「おう! こいつ等ってヒロちゃんと諒のことか? おめえよ、二人こいつらは俺のツレだぞ。そりゃあ、聞き捨てならねぇ台詞だな」

「あんだとテメエ! 俺は昔、武装聯隊ぶそうれんたい総長アタマやってたんだよ。最近じゃ暴走族ゾッキも少なくなったけどよ、ウチのチームは現役バリバリの爆弾坊主ワルガキばっかりだぜ? そしてこの業界は極道ヤクザと同じで先輩の命令は絶対だ! だから、なにをしでかすか解らねーぞコラ?」

 バイクの男は煙草に火をつけると、強気な態度で雅春に煙草を吹きかけた。

「ほう、先輩の命令は絶対の武装聯隊ねぇ。ちょっと待ってろ、面白い奴に会わせてやるからよ」

 そういうと作業着のポケットからスマートフォンを出し電話をかけた。雅春は暫く電話先の誰かと話すとバイクの男におもむろにスマートフォンを差し出した。

「俺のダチが、是が非でも電話はなしを代わって欲しいってよ」

 雅春は不気味にニヤけながらバイクの男を見ていた。

「はぁ? ダチだぁ?」

 バイクの男は渋々と雅春からスマートフォンを受け取ると耳に当てた。

「もしもし? おう誰だよテメーは!」

 先程までの威勢が消え、みるみる間に男の顔が血の気を失っていくのがわかった。まるで蛇に睨まれたカエルのようだった。

「ど、ど、どうもお久しぶりです、中山圭太ナカヤマ ケイタです。あの時はお世話になりました。あ、いや、そんな! そ、そんなつもりじゃ……」

 圭太は電話をしながら先程から何度も会釈をしてる。

「……ハイ! わかりました。ハイ! 代わります!」

 圭太は先程までとまるで別人のように、雅春に対し丁寧にスマートフォンを差し出した。

 雅春はスマートフォンを受け取ると耳に当て話を始めた。

「もしもし? ……りょーかい! じゃ、またな。……はーい、じゃ」

 電話を切った雅春が作業着にスマートフォンをしまったと同時に、男は大声で謝ってきた。

「す、すみ、スミマセンでした! あの矢崎優斗ヤザキ ユウトさんのお知り合いとは存じませんでした!」

 直立したまま何度も謝り、怯えたように雅春を何度も見る男に先程までの威勢の面影は無かった。

 雅春は顔の前でめんどくさそうに手を振った。

「矢崎と仲間? 違う違う、あんなの一緒にすんな! もう良いから。オマエ、中山だっけ? 俺の気が変わらない内に早くどっかに行けよ」

 雅春はシッシッと手でジェスチャーする。

 男は会釈して足早に移動し大型バイクに跨ると、深く一礼してヘルメットさえも被らず、エンジンを吹かし一気に彼方まで走り去っていった。

 それを見た廣樹は、この男が諒にはもう関わらないだろうと思い安堵した。取り出した煙草に火をつけると、都会特有の銀灰色ぎんかいしょくの空を見上げた。

「久しぶり、まー君。立派な社長さんになっちゃって俺も鼻が高いな。昔ならフルボッコだったんじゃないの? 矢崎っていつか話してた元暴走族やっていた刑事デカだっけ?」

「そう、その矢崎。おいおい、この年でフルボッコって……矢崎じゃあるまいし、そりゃねーべよ? ヒロちゃんさ、俺が来た時に何か悪い事考えたような顔してたぜ? あんまり若者を虐めたら可哀相だろ? それにさ、社長なんて照れるからやめてくれよ」頭を掻きながら雅春は答えた。

「よう! 諒も会うのは久しぶりだな。なんだ、やっぱりヒロちゃんと付き合ってるのか? 良かったな、後で後悔するから絶対に別れんなよ。別れてヤケ酒付き合えって言われても、俺が先に潰れるから付き合わないからな?」

 ハマっ子の雅春は、誰が見ても心地よいほど竹を割ったようなハッキリとした性格だった。廣樹と雅春は、廣樹が神奈川の幼稚園生だった頃からの付き合いだ。引っ越してどんなに距離が離れてもどれだけ時間が空いてもその友情が薄れる事は無かった。まるで前世から引き継がれるかのような、血よりも濃いモノが二人の間にはある。強気な私でさえ、この二人の間には決して入れないと理解していた。そして、雅春が男で本当に良かったと思っていた。もしも雅春が女だったなら、この世に廣樹を落とせる女性は存在しないだろうとさえ思っている。廣樹に雅春を紹介された時、二人の友情を聞いて絆の深さに絶句した程だった。十年間音信不通で、会って五分で当時の友情が復活したなんて、私からしたら信じられなかったが、京子に出会って時間じゃない本能的な友情があることを知ると、廣樹と雅春の友情を痛いほどに理解出来た。

「久しぶりね……廣樹とは付き合ってないよ。でも、近くにいて本当に良かった。雅春、助けてくれてありがとう」

 私は付き合っていると言われて不貞腐れ気味に答えたが、とっさにこの付近が仕事場の雅春に電話して良かったと思った。

「諒、そんなに気にすんなよ。俺ら友達だろ?」

 雅春は笑顔で答えた。見た目は厳ついが、とても面倒見も良く、頼りになる本当に良いヤツだ。

「まぁ、そうだよな。ヒロちゃんってマニアックな面食いだしな」

 雅春は廣樹に近づくと耳元で小声で話しかけた。

「でも、諒はこれで良い女だと思うぞ? ヒロちゃんも諒といい加減に付き合ってやれよ」

 雅春は廣樹の肩を叩いた後、両腕を組むと自分の言った意見に頷いていたが、アリストを見るなり私に食いついたように聞いてきた。

「つーかさ、このアリスト売りモノなん? 見つかったの? いくら? 俺が買いたいんだけど」

 雅春は捲し立てるように話すと、アリストを周回しながら舐めるように見ていた。

「雅春がアリスト欲しいって言っていたからさ、出物のバリモノだし、まずは雅春に見せようと思っていたんだ。どう? 乗り出し百万だけど試しに乗ってみる? ただ……なんちゃってレクサス仕様だけどね」

 あの時の電話の主が雅春で、探していた車というのがアリストだ。静岡のアリストで妥協しなくて本当に良かった。本人希望はレクサス仕様では無いから最悪はノーマル戻しも仕方ない。

「マジか! 乗る乗る! つーか、買う! 諒の車はウチの若いモンが何人か買ってるけど、みんな絶賛してるし、元々信用してるから細かい説明なんかいらねえし。レクサス仕様も綺麗に決まってるし、俺はこのままでも構わないぜ」

 雅春はとても乗り気だった。私からキーを受け取るとキーレスでトランクを開けた。まるでオモチャを目の前にした子供みたいだ。廣樹も雅春もこういう所はそっくりだ。

「これなら、ゴルフバッグも余裕だな」

 趣味がゴルフの雅春には絶対条件だった。トラックの広さはゴルフとは無縁でも魅力的だろう。

「いやぁ、内装も良いねぇ。本革も綺麗だし、ナビも社外だから使い勝手良いし。魅力的な車だわ」

 その後、雅春が運転し私が助手席に座り廣樹は後部座席に座った。運転を楽しんだ雅春は自分の会社に着くとアリストを駐車場の端に停めた。少し待ってくれと私達に伝えると足早に事務所へと向かった。しばらくすると二つの封筒を持って戻ってきた。

 近づいてきた雅春は、運転席の前に立ってスマートフォンを弄る私にその二つの封筒を渡してきた。

「諒、これが代金の百十万だから確認してくれ、十万は希望より良いから追加として納めてくれよ。ナンバーは俺の誕生日にしてくれよ。あと……出来るだけ早く納車頼むよ。それまでは代車のハリアーで我慢するからよ!」

 雅春は小指を立てながらそう言ってきた。きっと、一日でも早く彼女とデートやゴルフに行ったりしたいのだろう。

「……もう、仕方ないなぁ。さっきのお礼に名義変更は後にして、希望ナンバーに変更したら週末には私名義の保険で先に納車してあげる。法人名義の必要書類その時に預かって車検証があがったらすぐに届けるから」

 まず、私名義で保険に加入する。次に希望ナンバーを申請して番号を変える。そのまま車検証と必要書類を預かって雅春に納車し、雅春名義の車検証が上がれば車検証を届けるだけだ。

 私は知り合いには借りをすぐに清算したいタイプだ。だから、雅春のワガママを快諾した。私からの提案を聞いて笑顔になると、雅春は手を軽くかざして事務所へと戻っていった。私はアリストの運転席に乗り込むと、雅春から貰った代金を十万円づつに束ね始め、四十万円を廣樹に渡した。

「はい、代金やくそくの四十万円ね」

 私は達成感と、アリストが売れた喜びで笑顔になった。

「毎度、ありがとうございました。……諒さんはぶっ太いお客さんをお持ちですね? しかも、よくもまぁ……俺の親友に吹っ掛けた値段を提示する事……僕、ビックリして声も出なかったよ」

 廣樹はクラッチバッグから取り出した長財布に、受け取った札束を入れながら少し嫌味を込めて言ってきた。

「いえいえ、いつも完璧な車を納車している賜物ですよ」

 上機嫌に答える私を見て、廣樹も微笑してくれた。運転席に座り、シリンダーにキーを刺す、電動のチルトテレスコピックが作動し、ステアリングが前回の設定位置まで移動した。ふと、あることを思い出し、スマートフォンを取ると弄り始めた。その直後に電子音が鳴り画面は真っ暗になってしまった。

「あ、ヤバっ! バッテリー切れちゃった。廣樹、携帯電話を貸してくれない?」

 廣樹はデニムのポケットから使い込んだ携帯電話ガラケを出すと、私に差し出し貸してくれた。

「ほら、携帯なんて何に使うんだよ?」

「そんなの電話するに決まってるじゃん!」

 私は廣樹の携帯だというのに遠慮なく電話帳の検索を始め、探していた番号を見つけると思わず笑顔になった。

「あったあった。パパに電話しようと思ったんだよね」

 ブルートゥース連動のハンズフリーから車内にプルルという呼び出し音が響いた。

「はぁ! パパだぁ? お前誰の親に電話する気してんだよ! お前……やっぱり妊娠したのか? 電話返せって言うか、そうなら普通は先に俺に言うべきじゃないのか!」

 廣樹は取り返そうとするが、アリストの幅がある肘置が邪魔をする。呼び出し音が止まり、ナビ画面で通話時間のカウントが始まった。廣樹は動きが止まり顔から血の気が引いていた。

「――もしもし? 廣樹か?」

 私達より先に電話の主が話し始めた。

「違うよパパ。廣樹じゃないよ」

「――あぁ、諒か。どうした? これは廣樹の携帯だろ?」

「スマホのバッテリー切れちゃったから借りたの。今から行きたいんだけど……大丈夫?」

「――わかった待ってる。あ、来るときに、セブンスターを何個か買ってきてくれ」

「了解です。じゃあ、あと三十分から一時間くらいでそっちに着くと思うからよろしくね」

 電話を切ると、私は携帯電話を廣樹に返そうとした。だが、廣樹は窓から外を見ていたのでシフト横のドリンクホルダーにそっと置いて車を走らせ始めた。

「廣樹ってさ、こういう設定だけはすぐやるクセに、ガラケが未だにメインって……機械疎いのか詳しいのか解らないね?」笑いながら廣樹に話しかけた。

「うるせーな。そんなのどうでも良い事だろ?」

 廣樹は思った。今さっきまではオレオレ詐欺に引っ掛かる奴は馬鹿だと。しかし、頭が混乱した状態では声なんて判断材料にならない。その証拠に自分も電話が繋がった瞬間には実の父親だと思い込んでいた。しかし、そんな事を諒に話せば、きっと馬鹿にすると決まっているので、自分の中だけに閉まっておくことにした。

「廣樹はさ、きっと良いパパになると思うな。私ね、自分に子供が出来て、もし男の子だったら……廣樹みたいな子に育てたいんだ。ねぇ、どうしたら廣樹みたいな子に育つのかな?」

 外を見ながら黙っている廣樹に対して、自分が思った事を素直に訊いてみた。子供を欲しいと思うなんて自分でも意外だった。廣樹に抱かれて芽生えた母性本能ってやつだろうか? 見ると廣樹は何かを考えているようだった。

 俺みたいな子供? それは俺が育てればこう育つだろうけど……俺みたいな男が父親だったら……子供はどうなんだろう? ……駄目だなんか答えに自信を持てない。ここは聞こえないフリしておくか。そもそも、そんな母性本能感じるような内容を聞くって……本当にコイツ妊娠してないんだろうな? 廣樹はそんな事を心で思ったが、ワザと聞こえないフリして、無言のまま窓から見える街並みや車を見た。正直、今まで自分が父親になるなんて一度も想像したことが無かった。

「……ったく、人が真面目に質問してるんだから……ちゃんと聞きなさいよ!」私は呆れた口調で独り言のように呟いた。


 しばらく続いたナビの音声とFMしか流れていなかった車内の静寂を、先に破ったのは廣樹だった。

「諒ってさ、俺の事をどう思ってるの?」

 前置きも無く、急に廣樹は私を見ながら訊いてきた。

「もうっ! 廣樹はなんでいきなりそんな事を聞くかな!」

 予期せぬ不意の質問に思わず心の中で叫んでしまった。有り触れた普通の質問の筈なのに、鼓動が自分でもわかる程に大きくなる。慌てて路肩に車を停めた。

「廣樹の事は……今はフレンドからナイトかなぁ?」

 そう言った直後、私は照れて両手で口を押えた。そして心でこんな事を思った。

「FRI、ENDで友達は金曜日まで……今は傍で守って欲しいなんて言えないよね?」

 諒の奴、大丈夫か? ニヤニヤし過ぎだろ? 笑顔を堪えきれない諒を見て廣樹はそんなことを思った。運転しながらにやける諒は誰が見ても喜びが隠せないと理解できた。

「ふーん。友達以上の週末の夜の走り仲間って感じ……そんなとこか」

 廣樹は何度か頷きながら、自分で勝手に納得しているようだった。私は路肩に車を停めるとハザードを出してエンジンを切った。

「あの……廣樹さん? アナタ、英語が苦手でしょ? 映画を字幕スーパーでなく、吹き替え版で見るタイプでしょ?」

 私は珍しく廣樹に車以外の事を訊いた気がする。いくら何でもこの回答は無い。自分も人の事を言えないが、廣樹は絶対に学生時代に英語が苦手だったと思う。

「……なんで知ってるんだ? あ、また京子のヤツか、自分が英語得意だったからって……」

 アイツが言ったんだなという顔をした。しかし、私は間髪入れずに言い返した。

「違うよ! 騎士のナイトだよ、夜のナイトじゃないってば! 私は……廣樹の事が大好きなの! もっと好きになっちゃったんだから……もう、どうしようもないでしょ!」熱くなった私は、つい気持ちがこもって声を荒げてしまう。

「京子は全く関係無いし、廣樹の事を自分から京子に訊いた事なんて殆ど無い! 誰だって好きになった相手の事は自分で全てを知りたいものじゃないの?」

 人から見た今の自分は、胸の内を全部言えてとてもスッキリした表情をしていることだろう。

「…………」

 いきなりの告白に廣樹は驚きのあまり言葉を失った。

「ありがとな。俺も……諒の事は好きだから」

 恋愛感情が人と違う廣樹は、気持ちが上手に伝えられなかった。諒を好きか嫌いなら好きだろう。愛しいとは違う好き、学生時代に京子に感じた気持ちとは、また少し違うモノを諒には不思議と感じていた。

「……じゃあさ、いっそ私達……付き合っちゃおうか?」

 私は少し照れながらも、自分の本音を素直に言った。これで付き合えたら言った甲斐がある。

「それは違うだろ? もう、ノリで付き合うような年齢としじゃないよ。俺たちってさ、今すごく良い関係だと思うんだ。……自分でも上手く言えないけど直6エンジンみたいな感じ? 今の俺達ってさ、まるでシルキーシックスみたいにお互いが良い感じの関係だろ?」

 直列六気筒エンジン、それは吸気と排気のカムシャフト、カウンターウエイトやバランスシャフトを用いずとも一次振動・二次振動および偶力振動を完全に打ち消すことができる構成。

 私に負けないくらいクルマ好きな廣樹は、私達をエンジンに例えて説明してくれた。こんな説明は車好きでなければ絶対に理解できないだろう。

「シルキーシックス? そうだね、私もこの心地良い関係は壊したくない」

 目を閉じると数回頷き、そして心で囁いた。やっぱり、私は自分を委ねるなら廣樹が良い。私には廣樹と車がすべてだから。

「さ、いざ轟木モータースへ向かいますか?」

 私が右手でイグニッションを回すと、アリストの心臓2JZ-GTEの独特なシルキーシックスのサウンドが車内に心地良く響いた。

自分が好きな車を題材にしました。自分の小説は基本同じ時間軸の同じ登場人物になります。


JZS161アリスト:スープラと同じ2JZ-GTEを積んだトヨタ最速セダン。

当時のネッツではフラグシップ車輌。

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