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第一話:首都高

 ここからいろいろな人物が登場します。

 私は静岡にある知り合いの車屋に買い付けの下見に行った帰路にいた。少し前に東名高速を降りて横浜市付近を走っていた。停まった信号で何気なくメーターを見ると、レッドサンズと私達の間で呼んでいるガソリンメーターのエンプティーを表すランプが光っていた。レッドサンズつまり赤い太陽とは日が昇り太陽が出るまで走るとガソリンも無くなるというトコロからきているのだ。

「……やっぱり光った。でも、どうせ給油をするなら……やっぱり、あの店舗スタンドだよね」

 このランプが光ったという事は、燃料の残りは約十リットル程度という事になる。カーナビの広域地図を見ても、規制も渋滞も表示されていない。今の時間帯ならば、私が常連のスタンドまでならば充分に走ることは可能だろう。

 HDDハードディスクドライブナビに入れたお気に入り曲を聴いていると、急に画面が切り替わった。見ると見慣れた男の名前が出ている。液晶画面を軽く触れると、ブルートゥースによる通話が始まった。最新機器の性能を知ると、世の中は本当に便利になったものだと実感する。スマートフォンを鞄に入れたまま通話は出来るし、一度ハードディスクに楽曲を入れてしまえば、面倒なCDの入れ替えからも解放される。人間という生き物は一度、便利に慣れると中々元には戻れなくなる。今の私が良い例で、昔は当たり前だった電話をする為、何処かに駐車する事。聴きたい曲の為、CDの入れ替えをする作業さえも面倒に感じる様になっている。

「――おう! 頼んだ車は見つかりそうか? そろそろ諒に借りた代車にも飽きちまってよ。俺はやっぱりSUVはダメだわ。立体駐車場は入らないし……行けないトコロもあるしよ」

 車内に男の大きな声が、ブルートゥースによる通話で鮮明に響いた。

「うーん、頼まれた車なんだけど……やっぱ人気車だからさ、中々予算内で希望に沿う車が見つからないんだよね。それにアンタがハリアーに乗ってみたいって言ったんじゃない! だから、流す前に代車で出してあげたのよ? ……ところで行けない店って何よ? ハリアーで入れない店なんて、そうそう無いでしょ? 立体駐車場はキツイかもしれないけどさ……」

 私は気になり、電話先の男にその入れない店とやらを訊いた。

「――まぁ、なんつーかよ……男女で休憩するような場所だよ。……お前だって廣樹ヒロあたりと何度か行ったことあるんだろ?」

 電話先から察してくれ、とでも言うようにオブラートな表現で説明された。

「……はいはい。廣樹とはね……そういう関係なかじゃないの! 車が見つかったら、すぐに連絡するから! じゃあね!」

 私は思わず強い口調で言った。画面の赤い電話ボタンに触れると、ピッという電子音と共に通話が強制終了した。

「まったくっ! エロオヤジが! セクハラだってわかってるかしら!」

 通話が切れると同時に電話が再び鳴り出した。

「もうっ! しつこいなっ!」

 そう言いつつも、ナビの画面に再び視線を落とし、確認をすると表示されている名前は母親だった。

「あれ? いったいなんだろう?」

 画面を触ると、再びブルートゥースによる通話が始まった。

「もしもし、どうしたの?」

「――諒ちゃん、今は電話しても平気かしら?」

 母が電話先から遠慮した口調で訊いてきた。

「うん。運転中だけど、ハンズフリーだから大丈夫!」

「――あのね。お母さんの車、あと一月ひとつきくらいで車検切れちゃうから、諒ちゃんに車検をお願いしたいの」

「あれ? もう、そんな時期だっけ? だったらさ、乗り換えたら? 希望の新しい車を用意するよ? もちろん、代金おかねだって要らないし……」

 今まで散々迷惑をかけた恩返し。と、いう訳では無いが、母親からはイマイチ代金を貰う気になれなかった。私なりの親孝行というやつだ。

「――ありがとう。でもね、母さんはその気持ちだけで充分。諒が初めてプレゼントしてくれた車だから……お母さんは乗れる限りはこの車に乗っていたいの。もちろん、車検代だってちゃんと払うわ」 

「…………」

 私は、その言葉が涙ぐむ程に嬉しくて、一瞬だが思わず無言になり、言葉が出てこなかった。

「……わかった。適当な代車持って近いうちに取りに行くね?」

 私は母に悟られぬようワザと明るい声で言った。

「――ええ、待ってるわ。ところで……廣樹君とは上手くいってるの? あんな青年なかなか居ないわよ?」

 その台詞に、母親とは娘が結婚適齢期に入ると皆こうなるものなのだろうか? と思えた。

「……母さん? 昔さ! 廣樹に「アンタみたいな男と諒が付き合うなんて絶対に認めないからね」って言ってなかったっけ?」

 私は今でも、廣樹と初めて出会ったあの夜の状況を鮮明に覚えている。正確にはその言葉を根に持っているという方が正しい。

「――意外と諒ちゃんもしつこいわね? 廣樹君が諒をこんな良い子にしてくれるとは思わなかったって何度も何度も話しているじゃない?」

「ふーん。……そうですか」

 私は冷めた口調で答えた。そんな軽い口調の言葉を聞いた程度では、あの事件を全く許す気にはなれなかった。

「――お母さんもそうだけど、諒は廣樹君の事が大好きだもんね?」

「す、好きって……そりゃあ、廣樹は良いヤツだし、彼氏にしてあげても良いかなぁって思うけど……さ」

 私は母に急に廣樹の事を言われて動揺した。私が飛び出した数日後、廣樹は嫌がる私を問いただし、実家の住所を聞くと謝罪する為に一人で実家に向かったそうだ。まったく聞く耳を持たなかった母の元に、何度も通った廣樹の態度に最後は母が折れて話を聞いたと後日知った。それ以来、母は廣樹をえらく気に入っている。だが、母は廣樹と話した内容は今も私には教えてくれない。廣樹に訊いてもいつも覚えていないと誤魔化される。父と別れ、女手一つで私のような娘を育てた母からすれば、廣樹のような青年はさぞ好印象を持てたのだろう。

「――私もそうだったし……いっそ、廣樹君との既成事実を作っちゃったら?」

 母は明るい口調でサラッと話したが、私は三十年近く知らなかった母親のいきなりのカミングアウトに、絶句して頭が真っ白になってしまった。

「――諒? 諒ちゃん? もしもーし……」

 母の声だけが車内に独り言の様に響いていた。

 

 車が流れている街道をしばらく走ると、私がよく利用する常連のスタンドに到着した。敷地に入ると直ぐに店員が大きな声で大きなジェスチャーで給油機へと誘導してきた。車を停車すると窓を開け油種を指定した。

「ハイオク満タン、支払いは現金で!」

 そう店員に伝えると、運転席の足元にあるレバーを引き、給油口を開けて車から降りた。キーレスでドアをロックすると、バッグを持って休憩所へ煙草を吸う為に向かった。ここは今のご時世では珍しいフルサービス型のスタンドで、多少は他スタンドに比べて割高な価格設定だが、愛車をサービスで丁寧に水洗いしてくれる。その為、私はこのスタンドを気にいっていた。自販機前の喫煙スペースでテーブルに置かれたマッチで煙草に火をつけると一服を始めた。同じ筈なのに何故かマッチで吸う煙草は美味しく感じてしまうのが不思議だ。ちなみに私の中で車のシガーで吸う煙草は間違いなく不味い。

 ふと、レジにいた店長と目が合った。笑顔で私に歩み寄りながら話しかけてきた。

「芹沢さんこんばんは。シルビアでこんな時間にスタンドに来るなんて珍しいね? あ、そのバッグオシャレだね?」

 店長は私のバッグを見ると褒めてくれた。

「あ、これ? ありがとう。でも、私が自分で買った物では無いんだよね……アハハ」

 私はバッグを持ち上げながら店長に言った。

「芹沢さんが買った物じゃないって事は……誰かからのプレゼントって事?」

 店長はバッグを見ながら自信無さ気に訊いてきた。

「まぁ……そんなところかな?」

 このバッグは廣樹からのプレゼントだが、私の心境は複雑だった。普通に廣樹から誕生日か何かにプレゼントされたのなら、間違いなく心から喜んだと思う。

 あれは、廣樹に付き合ってもらい売れた車を届けに行った帰り道だった。廣樹の小銭入れが壊れて、新しい物を買うのに付き合ってくれと頼まれ、付き合ってもらった手前断れず、このバッグのブランドを扱う路面店に入った。小銭入れを選んでいる間、暇だった私がバッグを見ているとピンっときたこのバッグを手に取って見ていると店員が執拗に勧めてきた。

「良いバッグですけど……ちょっと値段が高いんで……」

 この手の店に慣れてない私が困惑していると、ちょうど会計を済ませた廣樹がタイミングよく戻ってきて、私の使い古したバッグを見ると訊いてきた。

「そのバッグってさ、会った時からずっと使ってるけれど、何か思い入れとかあるの?」

「ううん。リサイクルショップで中古で買ったヤツだし、別に思い入れとかは無いんだけれど……まだ使えるから、買い替えるのは勿体無いかなって思うとね」

 私はちょっと恥ずかしいなと思いながらそう答えた。

「そっか。じゃあ、俺がそのバッグプレゼントしてやるよ。ブローカーってさ、時には客を安心させる為にハッタリも大事だろ?」

 廣樹はそう言って店員にバッグを差し出した。値段もかなり高いし、本当に悪いから要らないと遠慮をしたのだが、廣樹は普段儲けさせてもらってるから気にするなと言って、さっさと会計を済ませてしまった。きっと廣樹は、こうゆう事を平気で異性にさえするから、いつも勘違いされるんだと思った。私も廣樹の性格や人間性をよく知らなかったら、間違いなく勘違いしたと思う。

「……もしかして、彼氏からのプレゼントとか?」

 店長は私を見ながら、遠慮気味に訊いてきた。

「アハハ……彼氏か……彼氏だったら良いんだけどね」

 私は店長に誤魔化すように答えた。彼は少し年上で私には良くしてくれる。これは自惚れかもしれないが、店長は私に好意があると思う。恋愛は対象外だが、人としては好きな部類だ。

「そう言えば、今日は東名に乗って知り合いの買取屋みせがある静岡まで行ったんだけど、残念ながら空振りだったんだよね」

 私はこれ以上バッグの事を訊かれても面倒なので、ワザと話題を変えてバッグの話は終わらせた。

「それにさ、帰りは事故渋滞で凄く混んでたから、車を飛ばせなくて欲求不満フラストレーションが溜りっぱなし。今夜は首都高に行こうかな」

 せっかく久しぶりの愛車シルビアでの遠出が満たされず、色々な意味で納得がいかなかった。

「うーん。でも、長距離運転した状態で、芹沢さんが今夜首都高を走るのは俺も心配だしなぁ」

 店長はいきなり手を叩くと私を見ながら提案してきた。

「そうだ! 俺の助手席に乗らない? 今日は友達ツレと走る予定だったし、ちょっと電話して構わないか聞いてみるよ」

 だが、店長の話をよく聞いていなかった私は、廣樹の助手席に乗せてもらうという発想が浮かんだ。

「……助手席で走る? そう……かな? じゃあ、私も電話してみようかなぁ……」

 私はスマートフォンを取り出すと、画面をフリック操作して早速廣樹に電話をかけた。

「もしもし、廣樹? 諒だけど……今電話大丈夫? ……あのさ、今夜も走るんでしょ? 走る時に廣樹の助手席に乗せてもらって良いかな?」

 私は電話が終わると、廣樹に快諾された嬉しさから顔が明るくなっていた。

「ありがとう店長。じゃあ、私はそろそろ行くね!」

 笑顔で店長にそう伝えると、会計をさっさと済ませシルビアに小走りで向かった。

「店長、俺より年上だけど美人だし、車好きだし、やっぱり諒さんって良いっすよね? 俺……今度デートに誘ってみようかなぁ……なんて」

 諒が去った後、休憩所にきたバイトらしき学生が笑いながら店長に話しかけた。

「はぁ? あの人はお前みたいなガキが装備出来おとせる女じゃねーよ! 仕事サボってねーでさっさと持ち場に戻れ!」

 諒に自分の誘いをスルーされた店長は、走り去るシルビアを横目にバイトに八つ当たりしていた。

 

 首都高とは皆が呼ぶ通称で、環状線や湾岸線と呼ばれる都心を血管の如く走る首都高速道路の総称である。平日の昼間は信号のない渋滞道路だが、金曜や土曜など週末や旗日前日の深夜になれば、芝浦、辰巳、箱崎などのPAパーキングエリアを起点に周回するルーレット族や、湾岸線で限界速度を競い合う最高速ランナーと呼ばれる走り屋が、まるでサーキットの如く疾走する。都心環状線では、法定速度で走ると二十分程度を要するルートを、ルーレット族は一周を四分から六分程度で走り切る。瞬間的には市販車のメーターでは計測が出来ない速度域にまで到達し走行している。そして湾岸線では、飛行機の離陸速度に迫る速度で走行する。それはまるで都心の違法サーキットだ。


 少し前の都内池袋付近

 廣樹は親友の小岩陽平こいわ ようへいと二人で夕飯を済ませ、環状線の上り口近くにあるコンビニ前にいた。シチズンの腕時計に視線を移すと午後九時十一分だった。

 エンジンをかけたままハザードを点灯させ停まっているスープラは、心臓とも言える直列六気筒エンジンから美しいアイドリングを奏でていた。

 廣樹は昔から愛煙するマルメンライトメンソールに、純銀製スターリングシルバーの愛用ZIPPOで火をつけると、夜空を見上げて紫煙を吐き出した。

「殆ど星も見えないような都会の夜空って……街の灯りに照らされてこんなにも明るいんだなぁ」

 飲み終わった珈琲の空き缶を灰皿の代わりにして煙草を消すと、まるで独り言のように呟いた。

「廣樹? 何、詩人みたいな事を言ってるんだ?」

 陽平はそんな廣樹を鼻で笑うような口調で話しかけた。

 二人がそんな何気ない会話をしていると、ポケットで廣樹の携帯電話が鳴った。

「はい、もしもし? ……今? 今は親友とコンビニで今夜走るまでの時間を潰してた。環状が流れ始めるまではまだまだ時間があるからさ。……ああ、別に良いよ。……わかった、じゃあな」

 陽平は電話が終わると、廣樹の方を見ながら通る声で訊いてきた。

「ん? 廣樹、知り合いからの電話か?」

「んー。まぁ、そんな関係とこかな?」

 廣樹は少し考えたような口調で答えた。

「なんだよ、それ?」

 廣樹を見ると、微笑しながら小馬鹿にした口調で陽平が言った。

「アハハ、なんだろね?」

 廣樹は自分でもわからないと、両手を上げてジェスチャーしながら答えると話題を変えてきた。

「さてと陽平ちゃん、今夜は何時くらいから走ろうか? そうだ。そのツレが俺の助手席に乗りたいって言うからさ、今日はインテRと二台で構わない? 本当は久々に陽平の隣に乗りたかったんだけどさ」

「ああ、先にインテR取りに付き合ってくれるなら構わないぜ。そうだな……でも、まだ混んでいるし……俺のインテRは取りに行かなくて良いかな」

 陽平は廣樹を見て少し考えると、曖昧な答えを返してきた。

 中学生の頃から人生の半分以上を過ごしてきた二人。他人からは言葉が少なくて解らないこんな会話でさえもお互いに理解できる程に仲が良い。

 二人の会話をまるで遮るように、少し離れた位置からバイクのクラクションが鳴った。「GSX1300R」ミラージュホワイトが基調の隼と呼ばれる大型バイクが、独特の排気音を鳴らして廣樹のスープラの後ろに停車した。ドライバーがフルフェイスのヘルメットを取ると、結わいた髪がふわりと垂れた。切れ長の目にシャープな顎、俗に美人と呼ばれる女性。彼女はよくナンパされるが、職業を聞くと殆どの男は去って行く。その職業とは白バイに跨る通称「交機」と呼ばれる警察官だ。一般人には不評でも職場では、この美貌のおかげで人気もあり、彼女のファンも多い。高校時代、そして廣樹の恋人だった彼女の名前は菅原京子すがわら きょうこ

「ちょっと、お二人さん? まーた悪い事をする御相談かしら?」

 京子はバイクを停めると、悪戯っぽい口調で二人に声をかけてきた。

「いや……俺らはこれからドライブでもしようかなって話していたんだよ」

 生理的に京子が苦手な陽平は、少しドモりながら答えた。別に大してやましい事があるわけでは無いが、廣樹の元カノとはいえ、陽平は警察官の京子がどうも苦手だった。

「――なっ! そうだよな廣樹?」

 陽平は肘で廣樹の脇腹を突いて同意を求めた。

「んー、どうだろな?」

 陽平の急な質問に、両手で伸びをしながら曖昧な態度で返した。

「って言うかさ、京子おまえこそ何してるんだよ?」

 廣樹は陽平の為、話題を変えようと京子に話を振った。近づくとバイクをマジマジと見ていた。

「私? 私は……これから帰宅して部屋のテレビでMOTOGPを見るのよ」

 不意の質問に対する質問返しに、京子は一瞬だが言葉が詰まってしまった。

「……そっか。今度さ、俺の部屋で酒でも飲みながら一緒にMOTOGPを見ようか?」

 そう言いながら廣樹は京子を見ると、自分の顔の前に空き缶を軽くかざした。

「え? 廣樹の部屋で? ……うん、考えておく……わね」

 元カレである廣樹からの不意な誘いに、気まずさと驚きを覚えた京子は答えをはぐらかした。足早にバイクに跨りヘルメットを被り直すと、エンジンに火を入れた。跨った隼のエンジンはキュルルルと鳴った後に咆哮をあげアイドリングが辺りに響いた。バイザーを上げるとフルフェイス特有の籠った口調で廣樹に話しかけた。

「廣樹……もし、気が向いたらで良いんだけど……二人でまたツーリングに行こうよ」

 元カノという足枷がある為か、京子の口調には、少し戸惑いが感じられた。

「あぁ、良いよ。今度、俺から誘うよ。ところで俺の預けたバイク売ってないよな?」

 廣樹が冗談交じりな笑顔で訊いた。

「も、もちろんじゃない! ちゃんと廣樹のZRX1200はガレージにあるわよ! 失礼ね!」

 京子は「売ってないよな?」と心外な事を言われて廣樹を睨みながら答えた。

「そっか、なら良かった。流石にこのGSX1300ハヤブサは俺の手に余るスペックだからさ」

 京子が跨るGSX1300Rのカールを撫でながら話した。

「そうね、このバイクは廣樹にはオーバースペックよね。ホント、世界一速いバイクって言葉に釣られて買ったまでは良いけど、持て余して乗れないからって買ってすぐにバイク好きな彼女にこんなモンスターマシンをプレゼントする男って……きっと、世界中で廣樹ぐらいよね?」

 クスクスと笑いながら廣樹に言った。その微笑みには優しさが感じられた。

「じゃあ、私はそろそろ行くわ。あ、それから陽平くん? 今日のお昼頃に通ったあそこの交差点……スピンターンどころかUターンさえ禁止だよ? 一応、職業がプロドライバーなんだから、標識を見て気をつけて運転してね? 毎回、運よく警察官がよそ見してるとは限らないわよ?」

 京子はフルフェイス特有の籠った口調で陽平に話しかけた。それを聞いて、クスクス笑いながら煙草を吸っている廣樹と目が合うと、京子は廣樹に片目でウインクした。そしてバイザーを下げウインカーを出しながら加速し、あっという間に見えなくなった。

 あっけにとられた陽平は、走り去ったバイクの方角を見ながら廣樹に話しかけた。

「……なぁ廣樹? いったいどこに隠れてたんだろう」

「さぁな、白バイだし警察が得意な伏兵戦術じゃないの? 見逃してもらって良かったじゃん」

 良かったなと言わんばかりに、陽平の肩をポンポンと軽く叩いた。

「ま、いざとなったら……やっぱ、逃げるのは無理だよな?」

 陽平が自信が無さげに、横で煙草を吸う廣樹に話かけた。

「アハハ、宅配トラックでそんなの無理に決まってるだろ。しかも相手は大型二輪キョウコだぞ? 免許無くなっちまうよ。それに俺の元カノは本当に速いぞ? 俺なんてバイクでは一度も勝ったことが無いしさ」

 廣樹は同じ方角を見ながら笑って答えた。

「そうだよねぇ……って! 廣樹ってさ、単車バイクの免許を持ってたっけ? 単車の免許持ってるって……俺に言ってないよな?」

 振り向いた陽平は廣樹の両肩を掴むと問いただした。付き合いが長い親友とはいえ、この場で初めて知った事実に戸惑いを隠せなかったが、いつも我が道をいく廣樹らしいと思えば、何故か不思議と納得も出来た。

「あれ? 確か高校の頃に言ったよな? バイクの免許を取ったよって……」

 ポケットからマルメンを出し軽く咥えると、ポケットのライターを探しながら陽平を見ずに言った。

「はぁ? そんな台詞、一言も聞いてねーよ! 十五年以上の付き合いで、今さっき知ったんだけど! しかもさ! 大型って事はしれっと限定解除もしてるじゃんか!」

 興奮した面持ちで廣樹に文句を言った。免許を持っていたという内容はこの際どうでも良いことだが、それが言った、言っていないの水かけ論だったとしても、親友的には自分に話していないことが許せなかった。

「あれ、そうだっけ? ごめんな。俺は京子アイツに出会って単車の楽しさ知ったんだ」

 遠い目をした廣樹は、何処か懐かしそうな口調でそう話した。

「単車の中免を取った高校の時、てっきりお前にも言ったつもりでいたよ。陽平とは高校が違うし、取ったの高二だから……そう言えば、あの頃は京子と付き合ってすぐだからアイツとばかり遊んでたしな。ごめん、言ってなかったけ?」

 廣樹は誤魔化すような口調で笑って話した。

「……もう、いいよ」

 それを聞いた陽平が、諦めたような表情になる。悪気が無いこの少年のような態度が、陽平は好きだからつい許してしまうのだ。自分の方が先に自動車免許を取った筈なのに、助手席に座った廣樹がやけに交通ルールに詳しかったのは、コレが理由かと今更ながらに納得した。

 それから二人はそれからしばらくどうでもない話で盛り上がった。すると遠くからでも分かる、聴き入るような排気音エキゾーストを鳴らして一台の車が近づいてきた。


「いたいた、廣樹のスープラだ。あれ? 誰だろう? あの背が高い人」

 廣樹のスープラを見つけた私は、その後ろに停める事にした。今は横浜ナンバーになっている深紅のシルビアを、スープラの後ろにハザードを出して停めると車から降りた。

 ダークブラウンのセミストレート、切れ長なツリ目、美人だが誰が見ても気の強そう顔付き、今の諒は廣樹と出会った頃の面影はあるが、あの頃とは違い自分に自信を持っている事は、その顔を見れば誰もが理解できる。

「イイなぁ……やっぱり諒ちゃんは可愛いよな?」

 陽平は諒のことが好みらしく、廣樹の脇腹を突くと小声で話した。

「……陽平と諒ってさ、多分、まだ数えるくらいしか会ってないよな? ま、口説くならお好きにどうぞ」

 廣樹はそう思いながらも、陽平に軽く顎で合図し目で返した。親友だからこそ出来るアイコンタクトという高等な意思の疎通手段だ。

 廣樹はトイレに行きたかったのか、単に喉が渇いていたのか、コンビニの中へと消えていった。

「相変わらずカッコいいシルビアだよね? 今度さ、俺のインテRと一緒に走らない?」

 小岩くんは気さくな態度で私に話しかけてきた。それにしても改めて見ると背が高い。百八十センチはあるだろう。

「ありがとう、どっかでこのを見たことあるんだね? 廣樹に貸した時かなぁ? でも、私が運転してるシルビアを見るのは初めてだよね?」

 私の少し大きめな声が響いた。自分で言うのもなんだが、この少しハスキーで澄んだ涼しい声を結構気に入っている。コンビニから出てきた廣樹はビニール袋を下げスープラへ向かって歩き出した。パーキングで飲食する為に買ってきたモノを車に入れるのだろう。

「そうだ諒ちゃん。もし、これから走り行くなら俺らと一緒に走らない?」

 小岩くんは社交辞令とか愛想笑いが解らないのだろうか? 私が絶対に脈ありと判断したようなニヤついた顔をしているが、私は彼みたいな異性に対し軽い人間は好きじゃない。

「三台で走るのがアレなら、俺の助手席に乗らない?」

「ごめんね、一緒に走った事無い人の助手席は基本的に乗らないんだ」

「じゃあ、俺を助手席に乗せてくれないかな?」

「えーと……つまり、それは……私の運転する車の助手席ってこと……かな?」

 自分がナンパされてると思うと揶揄いたいと思う悪い癖が騒ぎ、わざと先ほどより感情が少し入った声で聞いてみた。

「うんうん。そう助手席に!」

 気分の高鳴りがわかる顔で答える小岩くんは、すっかり私のペースだった。私は廣樹に近づくと、喫煙スペースで煙草を吸ってる廣樹に甘えるように腕を絡めてみた。

「ねぇ廣樹、スープラを貸してくれない? 小岩くんがさ、私の助手席乗りたいって言うんだけど……シルビアには他人を乗せないじゃん? ……ねぇ、良いでしょ?」

 今までの小岩くんに対する態度とは違い、甘えた声で廣樹にせがみ、廣樹の手から吸いかけの煙草を奪い取った。

「は? 他人は乗せない? 俺は数え切れないくらい乗ってるぞ?」

 廣樹と会話しながら紫煙を吐き出す諒には妖艶な魅力があった。陽平が見たのは煙草による廣樹との間接キスと言うヤツだった。

「廣樹? もしかして……諒ちゃんと……付き合ってる?」

 ドモりながら廣樹に訊いた。

「はっ? こんなのと付き合ってるわけねぇだろ! もし、付き合ってたら陽平に言うから!」

 廣樹は急に小岩くんを見ると軽く睨みつけた。「失礼な! そんなに私と付き合いたくないか」と思わず心で叫んでしまった。

「それとスープラをオマエに貸せだぁ? 貸すわけねぇだろ! 万が一貸したとしても、俺の愛車のエンジンを、いつかの買い付けた車みたいにぶん回してブローさせたらぶっ飛ばすからな!」

 今度は私を睨みつけてきた。

「はーい。この辺にしておきまーす」

 私は笑顔で廣樹にはしゃぎ過ぎた事を詫びた。

 諒の切れ長の目を細めた廣樹に向けられた笑顔。それは陽平が諒を諦めるのには充分だった。そして諒と目が合った瞬間、自分に向けられた視線から殺意に似た殺気を感じた。陽平の持つ第六感シックスセンスが言い知れぬ身の危険を感じた。警察に捕まったり、事故を起こさない走り屋はみんなこれを持っている。

 私は小岩陽平という名前を前に聞いたことがあるような気がしていたが、今ハッキリと彼が一体何者かをハッキリと思い出した。

「そういえば小岩くんってさ……廣樹といつか車の仕事をやりたいんだよね?」

 ハッキリ思い出した私は、まるで尋問するような口調で訊いた。コイツがいなければ廣樹が、自分と一緒に仕事をしてくれると思うと無性に腹立たしい。廣樹は沢山の太い客を持っている。たまにだが、土建屋流れの大型車などで右から左で太く儲けられる話を振ってくれたりもする。

「へぇ、廣樹がそんな事を人に言っていたなんて嬉しいね。二人でいつかは車屋やりたいなって話なんだけどさ」

 彼は初めのうち、凄く嬉しそうに語っていた。だが、私はその話を聞いている間に怒りが沸々と沸いてきた。気づくと彼を睨み付けていた。彼は私と目が合った瞬間、一気に気持ちが冷めたみたいで話をやめた。

「昔ね、店出して車屋をやるなら陽平とやるから……私とは出来ないってハッキリ言われたから!」

 いくら猫を被っても、ふとした時に出てしまう私の本性。自分でも嫌だが、頭にきた時くらいはしょうがない。煙草を深く吸い込み吐き出すと、力任せに灰皿へ強く押し付けた。

「…………」

 陽平は諒のあまりにインパクトある台詞と態度のせいで、なかなか次の言葉が出てこなかった。そしてこんな事を思った。綺麗な薔薇には棘があるってことか……かなり気が強いなこの子。

「……それってさ、それは俺に対する逆恨みって言うんじゃない?」

 彼にそう言われて、私は一気に冷静になった。確かに廣樹が私と店をやらないのは彼だけのせいでは無いだろう。

「そりゃあさ……確かに廣樹のお陰でブローカーやってるけど――」

 私は澄ました表情で自分の現状を説明をした。廣樹は新しい煙草に火を点けると灰皿に置いた。私はソレをまるで自分のモノだと言わんばかりに手を伸ばし吸った。私に奪われて煙草が無いことに気付いた廣樹は強く抗議してきた。

「オマエさ、いい加減に俺の吸ってる煙草を吸うのなんとかならないの? あとさ、陽平が要らない勘違いするから、紛らわしい言い回しするなよ!」

「別に良いじゃん! 廣樹が美味しそうに吸うから悪いんじゃん!」

 全くもって筋が通らない理由だが、当たり前のように言った。私は廣樹の前ではいつも素直な自分でいられる。それに甘えてついワガママになってしまう私に、廣樹はなんだかんだ言っても、優しく接してくれる。それを時に辛く思う事もあるが、冷たくされるよりは百倍マシだ。

 廣樹も、いつも自分に正直に生きてるそんな諒の生き方が嫌いではなかった。

 陽平は、あと三十分ズレて廣樹の元カノである京子と、好意を寄せる諒がもしも鉢合わせしていたら、聖戦ジハードだったと思ったが、諒の前で京子の事を話すわけにいかない為、その件を確認するメールを廣樹に送信した。

 廣樹の携帯ガラケから、私も懐かしいと思えるくらい昔に流行った曲の着メロが流れた。廣樹はおもむろに携帯電話の液晶を見ると彼に話しかけた。

「あぁ、京子は諒のこと知ってるよ。つーか、諒達こいつらは仲良いし……」

「え? もしかして京子がココに居たの? なんで私が来るのに呼び止めてくれなかったのよ!」

 私は廣樹に思わず軽いローキックを入れた。

「へぇ、意外。……走り屋なのに京子ちゃんと仲が良いんだ」

 陽平は益々この娘とは合わないと思った。気が強く、男に暴力をふるい、さらに警察官と仲が良いなんて絶対に自分とは合わない。

「ところで、このシルビアってスペックR?」

「アハハ、初めて会った時の廣樹と全く同じ反応なんて……流石、廣樹の親友だね? これはオーテックバージョンだからNAだよ」

 彼の質問が、廣樹と全く同じだった事が笑えた。親友とは気づかぬ内に価値観や感性が似て来るのかもしれないと思った。

「へぇ、NAなのに日産純正ブレンボを前後に移植してあるんだ」

 陽平はそう言うとシルビアを改めてまじまじと見た。パッと見は純正エアロっぽいノーマル車両だが、よく見ると日産純正ブレンボブレーキを移植、パンチングレザーの本革に張替られた前席のレカロシートとリアシート、前後にドライブレーコーダー、ホイールはグラムライツをツライチ、タイヤはネオバ、アライメントも取ってありキャンパーも正常、タイヤハウスは指一本程度……随分と金と愛情、それに手間が掛かったシルビアだ。

「NAのシルビアにこんなオーバークオリティなチューニングするのは、廣樹くらいしかいないと思っていたよ。諒ちゃんも廣樹に劣らないくらいに車の仕上がりに拘るんだね?」陽平は諒を見ると笑顔でそう言った。

「ウフフ、だってこのシルビアは廣樹から貰ったプレゼントだもん。廣樹色に染まっていても……別に不思議では無いでしょ?」

 私はクスクスと笑いながら、何も知らない彼を揶揄うように見た。廣樹は自分からのプレゼントと言う言い方が不満だっだらしく、すぐに私に抗議してきた。

「あ? 俺からのプレゼントだと? 元々、オマエが乗っていた車で、俺が所有権解除してやっただけだだろ。確かに足回りとかは俺が頼んで多少イジッたけど……他は殆ど……と言うより全て轟木とどろきさんが勝手にやったことじゃんか!」

「なるほど道理で……この車は、轟木のオッサンが手を入れた車か」

 彼は轟木さんの名前を聞くと納得した様子だった。

 轟木翔馬とどろき しょうまとは、廣樹と私が自分の車をイジってもらってる整備士チューナーだ。一見いちげんさんはお断りで、きっといくら積まれもチューニングは受けないだろう。彼の言葉は車好きなら頷ける内容が多い。

「愛車っていうのは、恋人と一緒で一度手放すと二度と戻っては来ない。車が認めたヤツ以外が乗ると愚図る、自分が愛するヤツしか乗せない車ってのがある。世の中には、車に心底愛される奴がいるんだ。不思議とそういうヤツが乗る車はまるで広報車やカタログ車みたいに調子もバランスも良くて、誰が乗っても驚くものだ。一度も降りずにスポーツカーに乗り続けたヤツにしか見えない絶景ってのがあるんだ」

 翔馬さんは、こんな事をまるで口癖みたいによく言う人だ。あれはシルビアの整備をしてもらったお礼を伝える為、廣樹と一緒に初めて店舗に行った日の事だ。私と話した翔馬さんは、車の会話に華が咲き三人でビールを飲みながら夜中遅くまで語らいあった。それ以来、翔馬さんは車好きな私を、まるで娘を溺愛する父親のように良くしてくれる。俺に任せておけと言わんばかりに、臨時休業までして妥協なく仕上げた車、それがこのシルビアという訳だ。翔馬さんが言うには、廣樹も車馬鹿だが、私も負けないくらいの車馬鹿らしい。翔馬さんは、そんなどうしようもない車馬鹿な私を気に入ってくれている。翔馬さんを第二の父親と思ってる私からすれば、それは本当に嬉しい限りだ。

 翔馬さんの名を聞いた廣樹が、まるで思い出したように言った。

「そういえば、そろそろスープラのオイル交換時期だな……近いうちに、轟木さんのガレージに持って行こうかな?」

「今夜は廣樹の助手席ナビシートで走るつもりだから、私もシルビアを預かってもらいたいし、今から翔馬さんのガレージに行こうよ!」

 環状に上るにはまだ早いということで、廣樹達に提案した。

「はい? 廣樹の助手席に積むツレって諒ちゃんの事だったの?」

 まるで鳩が豆鉄砲くらったみたいに陽平が驚いて二人を交互に見た。

「他に誰がいるんだよ? 俺らは陽平のインテRを取りに行ってから行くからさ、諒は先に轟木さんの所に行ってろよ。あ、あとさ、お土産のドーナツを買って行くから楽しみにしてって伝えておいて!」

「りょーかい。じゃあ、私は一足先に翔馬さんのトコに行ってるね」

 煙草を吸いだした廣樹達に手を振ってから、シルビアに乗り込むとエンジンをかけた。ギアをリバースに入れて少し下がり、ウインカーを出し合流しシルビアを流れに乗せた。今日もシルビアは素直で快調だ。


 廣樹は陽平のインテRを取りに行く為、一般道の制限速度より速めにスープラを走らせていた。

「なぁ廣樹? あのさ……かのじょと寝たの?」

 陽平は運転している廣樹に、いきなりなんの前置きもなく下世話な質問をした。

「いいや、ヤってないよ。なんていうかさ……アイツはなんか特別なんだ……これが男女の友情っていうやつかな?」

 廣樹は片手でステアリングを握りながら、陽平を見ないで答えた。陽平が左手でスイッチを操作するとウィーンというパワーウィンドウの音と共に心地よい外気が車内に吹き込んできた。

「……男女の友情かぁ……俺は男女の間に友情なんてモノは無いと思うけどな」

 陽平は流れる街を見ながら、そう呟くように言った。ジーンズから取り出した煙草に火を点けると、一服し紫煙を吐き出した。手に持った空き缶を灰皿にして灰をポンポンと落とし、その煙草を廣樹に渡すと改めて次の煙草に火をつけた。

「あ、サンキュ。……俺はきっとあると思う。……ただ、もしかしたら……それは京子みたいなに元恋人関係限定なのかもしれないけどさ」

 誰に言うでもない独り言のような口調で陽平に言った。

「……ところでさ、廣樹は京子ちゃんと寄りを戻す気あるの?」

「どうかな? アイツの気持ちもあるからな……でも、男女って友達くらいの関係が一番長続きするんじゃないの?」

「ふーん。深いですねぇ……知ってると思うけど、諒はオマエが好きだぞ。廣樹は諒の事をどう思ってるんだ? 廣樹が付き合うつもり無いなら俺が奪っちまおうかな?」

 陽平は発破をかけようと珍しく真面目な口調で話した。だが、廣樹はクスクスと鼻で笑うと、ニヤけながら口を開いた。

「陽平ちゃん、諒はお前とは付き合わないと思うよ。だって、お前に彼女いるの知ってるもん」

 それを聞いた陽平は、驚きから廣樹を見たまましばらく言葉が出てこなかった。

「な、な、何で知ってるんだよ!」

 焦った口調の陽平にそう訊かれ、廣樹は笑いながら口を開いた。

「前に轟木のオッサンに頼まれてさ、諒とみなとみらいまでオッサンが仕上げた車の慣らしに行ったんだよ。そしたらさ、陽平ちゃんが彼女とイチャイチャしてるトコを偶然見つけたんだ」

 煙草を咥えた廣樹はニヤニヤしながら陽平を見た。

「で、俺が声かけようとしたら、諒に邪魔するの止めときなよって言われたんだよ」

「ったく、ついてねーな俺も……」

 陽平がバツ悪そうに答えた後、廣樹は急に真面目な顔になった。

「……陽平、女との一発の為に軽い気持ちで浮気なんてするな。その軽い気持ちが女を深く傷つけるだけだから」

「……わかったよ廣樹」

 陽平はまるで何かを悟ったように答えた。

 車を停車させた廣樹はハザードを出すと陽平の肩を軽く叩いた。

「さ、着いたぞ! 早くDC2に火入れて来なよ」

「クソっ! カッコよく〆やがって覚えておけよ廣樹!」

 陽平は車から降りると、勢いよく窓が開いたままのドアを閉めた。

「……知ってるよ。諒を傷つけたりしないから安心しなよ。俺は何年先も陽平を親友だと思ってる。だからさ、お互いに素直でいような」

 そう言うと廣樹は微笑んだ。

「ハンデに代わりにドーナツ買ってゆっくりと轟木さんのところに向かうから、陽平も早く追いついて来いよ?」

 廣樹が右手でパワーウィンドウのスイッチを押すと、ウィーンというモーターの音と共に外気が遮断された。シフトノブを握り、カコンっという軽快な音をさせギアをローに入れ、アクセルを優しく踏んだ。

「ったく、今更何を言ってるんだか……俺と廣樹おまえはずっと親友に決まってるだろ。……それにしてもホントかよ? 廣樹がゆっくりとか超が付く程に嘘臭いんだけど……」

 陽平はそんな独り言を言って背を向けると、愛車インテグラに向かい歩きながら煙草に火をつけた。振り返るとスープラがゆっくりと加速していた。その直後、スープラはタイヤを鳴らして一気に加速し、直ぐに視界から見なくなった。

「――ったく、どこがゆっくりだよ? さてと、俺もそろそろ行きますか」

 陽平は煙草を地面に落とすと、グリグリと踏み消してからインテグラに乗り込んだ。

廣樹アイツもあれで、色んな恋してんだな。背中を押すつもりが逆に手玉に取られたか」

 イグニッションを回しながら陽平はそう呟いた。

「でも、ありがとうな廣樹」

自分が好きな車を題材にしました。自分の小説は基本同じ時間軸の同じ登場人物になります。


JZA80スープラ:トヨタ車におけるスポーツフラッグシップ車。廣樹の愛車はNAのSZ-Rというグレード。


DC2インテグラ:陽平の愛車はインテグラタイプ95スペック:初期ロット500台の完全手組エンジンを積んだH7式のインテグラタイプR。コーナーで後輪が抜けてコンパスみたいな挙動をするので乗り手を選ぶ車でもある。

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