第十五話:BNR32VSP
自分が好きな車を題材にしました。自分の小説は基本同じ時間軸の同じ登場人物になります。
誰かが私の体を優しく揺すっている。だが、心地良い眠りから醒めたくない私がいる。
「――諒、着いたぞ? おい、大丈夫か? ……仕方ないな、一服して少し様子をみるか」
全く起きそうにない助手席の諒を寝かせたまま、翔馬はパワーウインドウを下げると煙草に火を点けた。日産の名機RB26DETT、世界最強の名を欲しいままにしたエンジンの原動機型式だ。全く乱れもなくアイドリンク音が静かな住宅街に心地良い音を奏でる。翔馬もこの音に酔いしれ煙草を美味しく感じていた。
私は目が覚めると昨日の服を着たまま自分のベットに倒れ込んでいた。
「今日は……仕事にならないな……全く記憶が無いし……飲み過ぎた……かも」
スマホを取ろうと鞄を漁った。見るとバッテリーが半分ほどになっていた。画面を見るとメールが二件来ていた。一件は翔馬さん、もう一件は廣樹だった。開くのが怖い私は翔馬さんのメールから開いた。
「昨日は、諒を送って良かったよ。本当にありがとうな」
送って良かった? まったく意味が解らない。スマホをフリックすると恐る恐る廣樹のメールを開いた。見るのが怖いが画面を注視して見ると……
「オマエさ、酔って翔馬さんタクシーに使うくらいまで飲むなよな。呼び出されるさ、こっちの身にもなれよ……ま、結果オーライみたいだったから良いけどさ。お大事に。追伸:アリストの慣らしの日決まったら教えてくれな」
廣樹は廣樹でまったく意味がわからない。もう、どうでも良いや……とりあえずまだ寝たいからパジャマに着替えよう。
オフィスで通帳の入金された返済額をパソコンに入力していると電話が鳴った。
「はい、もしもし? ――え! 終わった? 車の修理終わったんですか? え? だって預けたばっかりですよ? ……わかりました。取りに伺いますね」
純也は驚きの余りしばらく固まったあと、廣樹に電話した。
「轟木さんだっけ? 驚きなんだけど……」
「……純也……何寒いギャグを言ってるんだ?」廣樹が呆れ気味にいった。
「俺の愛車の修理……終わったってさ」
「――早くね? いくらなんでも早すぎだろ……原因不明で入庫した車なんだぞ?」廣樹は驚いて声が裏返ってしまっていた。
「……とりあえず、純也の事務所まで三十分くらいで迎えに行くから出れる準備しておけよ。それから諒と飲んでたんだって? 翔馬さんから聞いたよ。……いろいろとありがとうな」
それから三十分経たないで廣樹は純也のオフィスがあるマンション前に到着した。
「……あの……廣樹くん? なんでスープラじゃなくてFDで来るのかな? これって京子の車だよね?」
「ああ、ちょっと運転したくなって借りてきた」笑顔で答えた。
「か、借りてきたじゃねえよ! これ絶対に禁煙だろ! お前だって煙草を吸えないのに……こんなので迎えに来るんじゃねえよ!」
「あ、それは大丈夫。俺は少しなら吸ったって良いってさ。煙草の匂いでわかるから純也が吸ったら殺すって言っていたけどな」満面の笑みでいった。
「このガキ……チェーンスモーカー相手に自分だけ煙草を吸える車で来やがって……」
「大丈夫だって。俺の煙草を吸えばシートや助手席に灰を落とさない限りバレないって」
「……おまえさ、俺がメンソール駄目なの知っててワザと言ってるだろ?」
「――え! そうだっけ?」明らかな確信犯的な顔で答えた。
「……良いよ。轟木さんの店に着くまで煙草を買い忘れたと思って我慢するよ」肩を落として元気なくいった」
「じゃあ、俺も我慢するか。ここに来るときも吸わなかったし、京子の大切な愛車だから俺も我慢するよ」廣樹は屈託のない笑顔で純也に話しかけた。
轟木モータースに着いた二人は車を駐車スペースに停めると二人して事務所に向かい歩き出した。
「こんにちは。……翔馬さん、本当にコイツのM3の修理終わったの? だってさ、原因不明だったんじゃないの?」
「ああ、ちょっと用事が入ったから外注でやったんだよ」翔馬が自信有り気に答えた。
「……いや、外注って……大丈夫なの? だってM3だよ? あとで症状をぶり返してもさ」廣樹が不安そうに訊いた。
純也も不安そうな表情で翔馬を見ていた。
「大丈夫だって。ビーエムでレースやってる後輩のメカニックに徹夜しても完璧に直せって言ったからよ。俺が直す以上にしっかり直ってるから心配すんな」
二人は驚きのあまりお互いの顔を見た。それから三人で純也の愛車に向かい、シートに座った純也が恐る恐るエンジンをかけた。キュル! ボンッ!
「……何これ? なんか……買った時より凄いんだけど……まるでレーシングカーじゃん」
純也は自分の愛車の変わりように驚いていた。
「……翔馬さん、結局は原因なんだったの?」廣樹が翔馬に質問した。
「――知らん! 後輩に全部任せて直したから俺は弄ってないしな」
「……弄ってないから知らんって……そんな無責任な」廣樹は呆れて肩を落としていた。
「あの……金額の方は……」純也が心配そうに訊いてきた。
ここまで別物モノの車になっていると金額が心配になるのも無理は無い。しかも、作業が外注ときたもんだ。
「あ、諒からの仕事だからアイツに聞いてくれ。これの金額は俺の決めることじゃないから何とも言えないが……多分、そんなに高くは無いと思うぞ?」
「……わかりました。ありがとうございました。それじゃあ、仕事もあるので自分はそろそろ失礼しますね」
純也はそういって軽く会釈すると車に乗り込みゆっくりと走り出した。廣樹はそれを見送って車が見えなくなると翔馬に話しかけた。
「ま、確かに金額は諒が決めることか……じゃあ、翔馬さん……俺もそろそろ行くとするよ」
「廣樹、時間があるなら……ちょっと事務所で話せないか?」
「え? 別に良いよ」
二人は事務所に向かって歩き出した。
「あのFD……お前の車じゃないだろ?」
翔馬は何とも言えない表情で話しかけてきた。
「……ああ、これね。昔、当時の彼女にプレゼントした車なんだ」
それを聞くとテーブルを見ながら翔馬は煙草に火を灯し、視線だけ廣樹を見て口を開いた。
「当時の彼女ね……それって諒の親友の女じゃないのか?」
真似るように廣樹も煙草に火を点けてゆっくりと吸い込み、壁と天井の境目を見上げるように紫煙を吐き、翔馬を見るとゆっくりと口を開いた。
「翔馬さん……京子の事……知ってるの?」
「いいや、会ったことはない。……だが、諒からどんな女かや車の仕様とか履いているホイールとかは聞いていたからな。見た瞬間に直感でピンときたよ」
「……そっか……翔馬さんだもんな。車を見たらわかるか」
翔馬は黙ってゆっくりと頷くと廣樹を優しい目で見ながらいった。
「廣樹、諒とその彼女と三人の話だから俺が口を出す内容じゃないのは……よくわかってる。だがが、息子や娘みたいに俺が想うお前らの事だ……だから、言わしてくれ。廣樹は俺から見ても羨ましいくらいの良い男だ。誰にでも優しく、金もあり、外見だって悪くないし博識だ。お前が女にだらしない男なら悪い男に惚れたなって諒とその彼女を笑い飛ばしただろう。だが、お前は多分……とことん責任を感じてしまうタイプだと俺は思う。……廣樹、お前の人生なんだ。お前が選んだ日々の積み重ねなんだ。例え、諒をお前が選ばなかったとしても俺はお前を息子のようにこれからも可愛がってやりたい。だから……自分の気持ちと話し合って決めろ。お前なら最初からズルズルいく方が彼女たちを傷つけることはわかっているだろう? 今の気持ちに正直なって選べば良いんだ。誰かを傷つけたくないと思った分だけ、違う誰かなんだや自分を傷つけてしまうものなんだ」
廣樹は翔馬の話を黙って聞いていたが、吸っていた煙草をゆっくりと消すと口を開いた。
「ありがとう翔馬さん。少し……いや、かなり気持ちが楽になったよ。翔馬さんは俺にとって親父っていうよりは……なんか、兄貴って感じかな」笑いながらいった。
「……兄貴か。随分と歳の離れた弟が出来たもんだ」翔馬もつられて笑いながらいった。
それから二人は話題を変え、ロータリーエンジンについて数時間語り合った。
廣樹は自宅へと帰る途中、コンビニに寄った。FDの前のガードパイプに腰掛けるとポケットから携帯電話を取り出すと諒に電話した。
「もしもし? アリストの件なんだけどさ……アウトレットじゃなくて箱根に行かないか?」
「――箱根? 箱根って温泉とか箱根峠がある……あの箱根?」
「そう、その箱根。慣らし運転なら……どうせ走るのが楽しい箱根が良いかなって」
箱根と聞いてふと母親が「ゆっくり温泉にでも行きたいわ」と言っていた話を思い出し、箱根温泉が安易に浮かんだ。
「……それってさ……泊まりで行くってこと?」小さな声で訊いてみた。
言った自分でも胸の鼓動が高くなるのがよくわかった。集中しているせいか、時間がすごくゆっくりと流れている気がする。
「やっぱり、泊まりが良い? 泊まりが良いなら……別に泊まりでも良いけどさ……諒は多忙なのに泊まりでも大丈夫なの?」まるで友人との会話のようなノリで話してきた。
「……大丈夫、なんとかする!」私はハッキリと即答した。
自分でもわからないが、頭で考える前に言葉が出ていた。
「いや……なんとかするくらいなら……箱根の往復なら結構な時間かかるし、充分に話せるから日帰りでも良いんだけど……なんか……悪いしさ」廣樹がバツが悪そうに言った。
それを聞いて私は少し考えた。こんな気持ちで仕事をしても身が入らない。ならば、いっそ仕事は忘れて廣樹との事を白黒つけた方が得策だ。このままズルズルと行った方が良くない事は火を見るより明らかだった。
「ううん、大丈夫。廣樹との事……ハッキリさせたいしさ」私は廣樹に悟られないよう精一杯明るく言って見せた。
「……そっか、わかった。……じゃあ、俺もちゃんと諒と向き合わないとな。都合悪い日とかあるなら、旅館の予約入れる時に外すから言ってくれ」
「ううん、大丈夫。例え明日だってなんとかして見せるから」私は少しふざけた口調で言った。
「アハハハ……わかった。じゃあ、旅館決まったら連絡するから……またな」
廣樹がそう言った直後に電話は切れ、ツーツーツーと電子音が鳴った。私は電話が無音になるまで耳に当て、余韻に浸るようにただ茫然としていた。
私は小声で呟いた。「……私と廣樹が歩む道は……いったい何処まで並んでいるんだろう? 一度、交差し離れてまた並んだ二人の道。私達の道が一本に交わることはあるのかな? ……それともまた……」
廣樹からの次の連絡はその日の夜八時くらいに突然前触れも無く訪れた。
「――って訳で前に俺が純也と行った温泉宿だから折り紙付きだ。誘ってのは俺だから金の事は心配しないで良いぞ」
「……うん。……でも、まさか……明後日とか言われるとは思わなかったよ」
心の準備が全く間に合っていなかった私は驚きのあまり頭が上手く回らない。廣樹がせっかく丁寧に説明してくれた温泉宿の紹介も半分以上は頭に入っていなかった。
約束の日の午前に廣樹の住むマンションに迎えに行くと、廣樹が小型のキャリーバッグを持ってマンション前にいた。ハザードを出し、路肩に停め、ステアリング下のレーバーを引いてトランクを開けると、廣樹はキャリーバッグをトランクに入れ、助手席に乗り込んできた。
「――お待たせ。じゃあ、行こうか。宿の住所はナビには俺が入れるから取りあえずは東名に向かって走ってくれよ」
廣樹は慣れた仕草でナビに住所を入力していく。その仕草はまるで自分の車のようにスムーズだった。
私は運転しながら廣樹に訊いた「……随分と慣れてるね」
「ん? ああ……だってこのシリーズの違うモデルが俺のスープラに付いているからさ。オンダッシュかインダッシュってだけで、操作方法は全く一緒だしな」廣樹が笑いながら答えた。
なるほど、そうゆう事なら納得できる。廣樹が最後に決定する為に液晶画面に触ると、少ししてナビが案内を始めた。到着予想時刻は約三時間後、色々と話すには運転の交代も含めて丁度良い時間だ。
東名高速道路に乗って今のところは快調に流れている。日常会話も尽きてきたし、そろそろ本題に入ろうと思った。
「……ねえ、廣樹。……やっぱり京子とは付き合うの?」迷っても仕方ないのでいきなり本題をぶつけてみた。緊張しているせいか車の挙動が不安定になる。まだブレーキのアタリがついていない為、安全運転していたが、それは助手席に座る廣樹には顕著に伝わったようだ。
「なんか、危ねえな……次のパーキングエリアで運転変われよ。こんなんじゃ怖くて話せないからさ。俺だって流石に日中の安全運転している助手席じゃ死にたくないしさ」
緊張している私を和ませる為か、安全運転している助手席なんて少しユーモアの感じられる良い方だった。私はわかったと軽く頷くと二キロ先のパーキングエリアまで沈黙を守った。
読んでくれている方ありがとうございます。自分でも読み返してちょくちょく誤字脱字内容直します。他の作品も読んでもらえたら嬉しいです。




