第十話:孤高のスピリッツ
自分が好きな車を題材にしました。自分の小説は基本同じ時間軸の同じ登場人物になります。
「同棲していて……廣樹がRX-7を買った頃だよ」
それを聞いた廣樹はあの頃を思い出していた。
廣樹は夕暮れの渋滞した街道を駅に向かって走っていた。視界に入る街は家路に向かう人に溢れていた。渋滞に痺れを切らし、真新しいシートを少し下げて、少しだけ倒すと軽く伸びをした。ふと、視線を向けた先には、家族が待つマイホームに向かうのだろうか、ありふれたスーツに身を包んだ一人の中年男性がドーナツの箱を持ち、軽い笑みを浮かべて軽快に歩いていた。
「家族の待つ……家に帰るのかな? ……俺もいつかは京子と結婚して……あんな風になる日が来るのかな。ま、自営だし……あんなスーツは着ないだろうけどさ」
思わず微笑が口角に浮かんだ。ドアのエアコン吹き出し口に取り付けられた真新しいドリンクホルダーから、缶入りの珈琲を取ると口に運んだ。
「それにしても、スポーツカーってなんでこうもドリンクホルダーが付いてないんだ? R32もそうだけど、このFDにしてもいくらなんでもスパルタン過ぎだろ! 毎回ドリフト走行するわけじゃあるまいし……メーカーもジュース置く場所くらい付けて欲しいよな」
今、廣樹が運転しているRX-7FD3Sは、マツダが誇る日本を代表するスポーツカーである。世界で唯一ロータリーエンジンの量産化に成功したマツダが、ツインターボのロータリーエンジンを積んで前後バランスに拘り抜いて作ったスポーツカーがこのFDである。他に流されず、しっかりとした指針の元に作られたRX-7。この車には他のスポーツカーとは一線を引いた、独特の魅力がある。
「FDはやっぱり狭いな。だいたい何? リアシートなんて座面がべっこり凹んで本当に物置スペースじゃん。絶対に4人なんて乗れないよ。此処まで狭いなら2シーターモデルだけで良いじゃないの? どうせ後ろに人を乗せないなら、二人分の保険料を余計に払うわけだし……」
渋滞で暇を持て余した廣樹は、そんな独り言を誰もいない車内で呟いていた。
渋滞を抜け目的の駅に着いた廣樹は、車を駅近くのコインパーキングに車を停めた。笑いを噛み殺しながら足早に駅の改札口に向かった。
駅の改札が見えて来るとポケットから出した携帯電話で京子に電話をした。
「……あ、もしもし? 駅に着いたけど……何処にいるの? ……わかった、コンビニ前だな」
人を避けながら小走りで京子が待つコンビニへと向かった。コンビニに入ると京子が書籍コーナーで立ち読みをしていた。
「お待たせ。ん、何を見てるの?」
「ううん、大して待ってないよ。これ、RX-7のスピリットRの記事を見ていたんだ」
「京子はずっとFD欲しいって言ってたもんな」
「うん。でも、流石にこれは買えないよ。維持は出来ても、中古でも車の値段が高すぎるもん」
それを聞いた廣樹は必死に笑いを堪えていた。
「……はぁ。廣樹はお金持ってるから良いよね? ……私の気持ちなんて解らないよね」
「どうだろね? さ、飯食いに行こうぜ」
京子は笑顔で頷くと、読んでいた雑誌を元に戻して廣樹と共に歩き出した。
コンビニから出た二人は、手を繋ぎ人混みを流れに乗るように街場に向かって歩いていた。
「廣樹が迎えに来てくれるなんて珍しいね? いつもは私の方が早く帰るのに……」
「うん。だって今日は京子の誕生日イヴだろ? 偶然とはいえ、京子が明日は休みなんだし、やっぱり少しでも一緒に居たいじゃん?」
「うふふ、ありがとう」
そんな事を言っている間にコインパーキングに着いてしまった。
「あれ? 廣樹どの車で来たの? 廣樹の車……停まってないけど。何、ニヤついてるのよ?」
京子は駐車場の真ん中辺りに停まっている車に目を奪われると囁くようにいった。
「あ、FDが停まってる。いいなぁ、私も欲しいなぁ」
廣樹はポケットから鍵を出すと京子に差し出した。
「はい、あげる。俺からの誕生日プレゼント」
京子は驚いて廣樹の顔を見た。
「え、どうゆう……事? ちょっと意味が解らないんだけど……って、この鍵のデザイン……」
廣樹から受け取った鍵と、廣樹の顔を交互に何度も見た。
「京子、ずっとFDを欲しがっていただろ? 流石にさ、R34は手放せないから。生産終わっちゃうし……マツダ行って買ってきたんだ」
「……廣樹……ありがとう……本当にありがとう」
京子は涙を浮かべながら廣樹に抱き着いた。
「泣くなよ! だって、最近、京子が俺にR34を乗り換えないのって言ったのだって……FDに乗りたかったからだろ?」京子の頭を優しく撫でながら言った。
「……うん。だって、自分では買えないし……。廣樹がFDを買ったら貸してもらえるかなって」
「彼女なんだからさ、素直に買ってって言えば良いじゃんか」
「――なっ! そんな事、言えるわけ無いでしょ! どんな悪女なのよ!」
廣樹はクスりと笑うと、優しく京子の頭を撫でながらいった。
「別に京子にならFDくらい買ってやるよ。別にフェラーリとかスーパーカーじゃないんだしさ」
「……本当にありがとう」
今の廣樹には大した金額では無かった。数年前に病気で療養した父親の会社を立て直した。親孝行でやった事だが、我が子が孫を大学中退させた責任を感じた祖父から、今の廣樹には祖父からその見返りに投資不動産を格安で売ってもらい、働かなくても月に七十万程度の収入があるのだ。その余裕から廣樹は不動産管理とブローカーを生業にしていた。金は若くして手に入れた者が勝つ。余命一年の老人が十億手に入れるより、二十代の若者が一億持った方が成功する。それは廣樹の持論でもあったし、祖父からの教えでもあった。
「はら、早く乗りなよ。京子が喜ぶと思って、自分では買わない新車を買ったんだからさ。今日の夕飯は京子が食べたい物で良いし、長く運転したいなら、足を延ばして横浜の中華街辺りまで行っても良いからさ」
「うんっ!」
京子は頷くとドアノブに手をかけた。FDは特殊なドアノブでドア本体ではなく、ガラスの横にドアノブが付いている。初めて乗る人間なら開け方に戸惑うことだろう。だが、京子は迷いも無く開けた。廣樹はそれを見て余程欲しくて色々調べたのだろうなと思った。廣樹は始め開け方が解らなくてディーラーの営業マンに教えてもらったのだ。
街道に出て少し走ると京子が突然訊いてきた。
「ねぇ廣樹? この内装とか装備って……全部廣樹が選んだの?」
「当たり前だろ、今日のお迎えに間に合うようにナビもセキュリティも前もって準備していたんだからさ。京子が部屋を出てからディーラー行って、それからカーショップに行ってナビとかを取り付けてもらって大変だったよ。譲渡書類は部屋にあるし、駐車場はマンションの隣に借りておいたけど、心配だったら……バイク停めてあるガレージに停めたら?」
「……そっか、ありがとう。でも、私の好み……よくここまでわかったね?」
「ん? うん、当たり前だろ」
廣樹はそう言ったが、本当は京子が取った見積書をコピーしてその通りに買ったとは言えなかった。総額五百万ちょい二十代半ばの者が買うには確かに高過ぎる。
「今年の帰省……渋滞にハマっても車で帰ろうかな……廣樹も一緒に帰る?」
「いや、俺は帰らないから遠慮しておくよ。渋滞中に煙草を吸えないのは辛いし……それに今の住んでるマンションの件と、他の不動産の件に納得してない伯父さん達に会いたくないしさ」
「……そっか。そうだよね」
廣樹の祖父が廣樹に売った不動産は時価で軽く億はつく物件だった。相続を期待していた身内は廣樹が買ったと言った時に身内とは思えない程に噛みついてきた。今、住んでいるマンションにしても、貸せばそれなりの収入になるが学生時代に廣樹が居る為に貸せないでいた。祖父が他界した時に残る資産が少なくなる為、親戚一同は必死だった。祖父が言うには、帰る帰ると帰郷しない息子や娘より、廣樹は地元に戻った時に週に一度は遊びに行っては昔話を聞いたりした。時間が有れば連れ回してくれた孫の方が、百倍可愛いそうだ。そんな祖父も今は病院のベッドの上で長い人生に終わりを迎えようとしていた。
……爺さん、俺の子供の顔、つまり曾孫の顔が見たかったって言ってたな。そればっかりは叶えてあげられないかもしれないな。愛する京子の夢を奪うなんて……俺には絶対に出来ないことだもんな。結婚して……もし、妊娠したら最悪は警官辞める事になるかもしれないし、職務規定は知らないけれど、子供がいる婦人警官は白バイを多分……降ろされるもんな。廣樹はそんな事を思いながら、京子の運転する横顔を見ていたが、京子は目が合うと話しかけてきた。
「どうしたの? なんか……凄い顔してるよ?」
「ごめん、ちょっと考え事してただけ。身内の事だから気にしないで」
誕生日イヴに余計な心配をさせたくないと、とっさに顔に作り笑いを浮かべた。
「それよりどう? やっぱりセブンは良い?」
「最高! 道が混んでて飛ばせないのが残念」口尻に笑窪を作ると頷きながら答えた。
「……おいおい。それは現役の交通機動隊が言う台詞じゃないだろ」
「だって――あっ」
京子が言葉を発した瞬間、混んでいる原因が判明した。京子の言葉に反応するように廣樹も助手席から身を起こして前方を見た。渋滞の原因は交差点でのバイクと大型車輌の事故。バイク好きな京子でさえも、すぐにはバイクの車種が判別できないくらいに原型を留めおらず、路面には体液を含め色々な液体が染みついていた。本業の京子には、その事故の全てが手に取るようにわかった。走らないままサイレンを回して止まっている救急車、それは乗っている者が既に死亡した事を表す。凍り付いたような顔で、手錠をかけられたまま実況見分をしている大型トラックのドライバーと思われる若い男性には……業務上過失致死罪が成立したのだろう。先程までの空気が嘘のように、二人は事故現場を通過した後もしばらくの間、お互い何も話さなかった。先に口を開いたのはコンビニの駐車場に車を停め、考えるような表情で深呼吸した京子だった。
「バイクの楽しさを教えた私が……言えた事じゃないんだけどさ……出来たら、廣樹にはもう一人でバイクに乗って欲しくないな。……そして、もし……私が殉職しても……相手とか私を白バイに乗せた自分を責めないで欲しいな。そして……こんな私を許して欲しい」
切ない声で話す京子は、触れたら壊れてしまいそうと思える程に弱々しかった。それを聞いた廣樹は無理やり笑顔を作っていった。
「……約束する。もう、京子の許可無しでバイクには乗らないし、ガレージとバイクの鍵も京子に預けるよ」
それを聞いた京子は廣樹にしがみつくと泣きながらいった。
「……ありがとう。私も廣樹が望むなら警官辞めるし、バイクにも一生乗らない」
廣樹は京子を優しく撫でながら、自分なりに考えて頭を整理した。本音を言うなら……京子に白バイを降りて結婚して欲しい。そして、祖父の為にも自分の子供を産んでもらいたい。だが、高校時代から憧れた白バイ警官になり、毎日を活き活きと過ごしている京子の夢を摘む事なんて、今の自分には到底出来なかった。
「……辞めないで良いよ。白バイは京子の夢だろ? いつか……その夢に満足が出来たなら……その時に降りれば良いさ。逆に仕事以外で乗らないで感覚鈍って事故る方が俺は心配だよ」
それから二人はこの話は終わりと決め、中華街に向かい食事を楽しんだ。
翌日、早起きした二人は千葉県浦安市舞浜にある、開園して一年足らずのアトラクションに向かい京子の誕生日を満喫し、帰りの湾岸線の車内で、廣樹は運転する京子に話しかけた。
「二日間で結構な距離を走ったから、だいぶ車にも慣れたんじゃない?」
「そうだね、だいぶ慣れたかな。……本当にありがとう。私ね、RX-7って自分みたいで好きなんだ。レシプロエンジンが主流の世の中で、孤高の如くロータリーエンジンに拘って開発された唯一のスポーツカー。白バイは男みたいな風潮があるけど、私はそれでも白バイ乗りになりたかった。廣樹が車を大好きなように、私もバイクが大好きだから……バイク事故が一件でも減って、バイクは楽しいモノだって思われるようにしたかったの。その為に例え微力でも良いから何かをしたかった。それには白バイが一番かなって単純に思っちゃったんだ」
それを聞いて助手席の廣樹はクスクスと笑った。
「京子らしいな。それでこそ、俺が愛する京子だ」
「……あ、ありがとう。……愛してる……とか改めて言われると……なんだか……照れるね」
京子は照れながらチラリと廣樹を見ると小声で言った。
「私も……廣樹を愛してる……よ」
「え? なんだって? もう一回言ってくれない?」笑みを浮かべながら廣樹はワザとらしく聞き返した。
「……もう言わない! バーカ!」
京子は指で下まぶたを引っ張り、ベロを出してあっかんべーをすると、プイっとした。
「ごめん、京子も俺を愛してるってちゃんと聞こえたよ。……あ、そうだ。今年の誕生日プレゼントはこの車の他に俺が買ったGSX1300Rも京子にやるよ」
「えぇ! ハヤブサって……この前買ったばかりじゃない。本当に良いの? ……あ、廣樹乗ってみたけど速過ぎて手に余ったんでしょ? だから、買う前に言ったのに……」
京子はそこまで言うと言葉を止めた。自分の手に余るバイクを彼氏に乗せて事故られるよりは、自分が貰ってしまい乗せない方が良いと思ったのだ。
「そうね、廣樹には他にバイクがあるし、ありがたくハヤブサは貰っておくね」
廣樹といるといつも素直な自分でいられる。高校時代に知り合って、そして付き合い始めて何度も喧嘩したりもしたけれど、廣樹と一緒にいるといつも心が温かい。自分が廣樹に黙って警視庁を受けた時に一度は別れて友達関係に戻ったが、今は恋人同士の関係に戻った。これから先も廣樹に横で笑っていて欲しい。そう思うと自然と笑顔になった。今日も帰ったら沢山廣樹を愛し、愛してもらおう、そんな事を思いながら運転するから、ついアクセルに力が入ってしまう。
始めは週一が三日に一度になり、気づいたら毎日のように泊まるようになり、いつしか同棲していた。廣樹は住所を移せばというが、結婚してないのに流石にそれは職場的にもマズいと思い、週に何度かは借りている部屋に郵便物を回収しに立ち寄る。だが、生活していないので引き落とされる公共料金はほぼ基本料金のままだ。事件は廣樹とそんな同棲を始めて半年が経った頃に起こった。生理が来ないと廣樹に言うか迷ったが、最近は廣樹も仕事がなにかと忙しいし、自分の取り越し苦労と決めつけて産婦人科に行くことを先延ばしにしていたら妊娠していた。
「……どうしよう結婚もしてないのにデキちゃった。廣樹はきっと産んでくれって言うだろうけど……職場にはなんて言おう。……白バイ降りたくないな」
廣樹にも職場にも言い出せないまま一ヶ月が過ぎ、再び産婦人科に行くと流産していると伝えられた。自分でもよく解らない安堵と流産したショックから重い足取りのまま、いつものように郵便物を持って廣樹と住んでいる部屋へと行くとトイレの中で廣樹が誰かと電話していた。邪魔しては悪いと思い、足早に自分の間借りしている部屋に向かった。聞こえてくる会話の内容から推測すると、どうやら電話の相手は純也らしい。
「確かに京子と同棲してから付き合い悪くなったかもな。確かに俺も京子に気を使うから、昔みたいに自由には生きられてはいないけれどさ、俺の夢が叶わなかったのは、別に京子のせいでは無いし、京子は何も悪くないからさ」
廣樹の夢って何だろう? そんな話を聞かされたことは無いし、聞いても言われたことが無い。京子はそんなことを思った。聞き耳を立ててドア越しに盗み聞きをしたが、結局は分からなかった。電話が終わった事を確認すると部屋から静かに出た。
「あれ? 帰ってたの? 居たなら言ってくれたら良いのに」
廣樹はいつもと変わらない感じで話しかけてきた。
「……ねぇ、廣樹の夢って何? 聞くつもりは無かったんだけど聞こえちゃってさ」
廣樹は形容のできない妙な表情を浮かべるとゆっくりと口を開いた。
「……俺の中の話で、京子は悪くないから気にするなよ」
「ヤダよ! 教えてよ!」
流産を聞かされたせいか、精神的に不安定だった京子は声を荒げて答えを求めた。廣樹は少し困ったように唇を噛むと京子から顔を逸らして話し始めた。
「……ごめんな。こればっかりは相手が京子でも言えない」
「なんでよ! 恋人の私にも言えない事なの?」
そう言った直後に、京子も廣樹に妊娠した事を話さなかった罪悪感が生まれた。
「……わかった。もう聞かないよ」
京子はそのまま部屋に閉じこもり出て来なかった。廣樹は申し訳なさそうに京子がいる部屋のドアをただ見ていた。次の日、廣樹が起きた時には京子はシャワーを浴びて部屋を後にしていた。
それから約一週間ほど、腫物に触れるように会話が少ない日々が続いた木曜の夜だった。
「……あのさ、私よく……考えたんだけど……やっぱり……」
京子は目に涙を浮かべたまま話を続けた。
「廣樹の重荷になりたくないの。廣樹の事が本当に大好きだから……私が重荷になって夢を諦めて欲しくない」
鼻水を垂らし涙を堪えながら涙声になっていた。
「……だから……私達……」
京子はその先を言い出せずに肩で息をしていた。
「……わかったよ。言わなくていいよ」
廣樹は自分の不甲斐なさに怒りを感じながらも、優しい口調で話すと京子を強く抱きしめた。
「……ごめんな。こればかりは……今はまだ言う勇気が俺には無いんだ……」
「……いつか……いつか話せる時が来たら教えてね」
優しく京子を抱きしめなおすと、更に優しい口調で話しかけてきた。
「約束する。絶対にいつか京子にはすべてを話すよ」
「うん、待ってる。……もし、私達が二十七歳になって……もし、その時にお互いに恋人がいなくて……もし、今と変わらない関係でいられたなら……その時は……私達……結婚しない?」
その言葉を聞いた廣樹は問いかけるように訊いた。
「……二十七歳? なんで二十七歳なんだよ?」
「……私達が出会って……丁度十年だから」
「そっか……うん、わかった。その時は結婚しよう! その時にはすべてを話すよ」
「あ、言ったな! 約束だからね? ねぇ、最後にキスしようよ」京子は泣き笑いでそう言うと目を閉じた。
それから二人は友達に戻り、京子は間借りしていた部屋に置かれた私物を片付けた。廣樹にはまるで京子と同棲した事が全て幻だったように思えた。電話もに出るし、メールも普通に返信してくれる。違うのは「ただいま」と帰っても部屋に誰もいないだけ。京子は今までに付き合った彼女の中でも特別だった。どれだけ一緒にいても、まるで空気みたいに負担にならない。それ故に結婚という事が意識出来なかったのかもしれない。
「同棲が長いと結婚は難しい……それは嘘だな。京子と一緒に過ごした時間は半年だったけれど……俺に一歩を恐れて踏み出す勇気が無かっただけ……京子、ごめんよ」誰もいない部屋で煙草に火をつけるそんな独り言を呟いた。
二人の間にはまるで喧嘩など無かったかのような日々が二十七歳になるまで続いた。
読んでくれている方ありがとうございます。自分でも読み返してちょくちょく誤字脱字内容直します。




