第三十四話 勇者と大統領
二〇一七年六月二日時刻1800
米国、ワシントン州、ホワイトハウス、シチュエーションルームに向かう廊下
X+三十一日
「しかし、それにしても、随分着心地のいい服だな」
両脇にシークレットサービスを連れながら、勇者アルゥールは言った。
パーカーにジーパンと言う出で立ちで、どう見てもそこらへんにいそうな、白人元気じじいと言った風態。
「鎧もなし、剣もなし、相当軽いでしょう? アルゥールさん」
答えるはメーリル博士。
こっちはしっかりスーツを着込んでいる。
二人とも、大統領に謁見し、ゲストとして見識を披露する手はずなのだ。
アルゥールが英語を喋れるのはフリィシカの魔力のおかげ。
ある程度の魔素の塊を身に纏い、それを放出することによって一日だけなら会話が可能になっている。
こちらの世界に来てから急遽考案された魔法だった。
目的の部屋の前まで来ると、シークレットサービスがドアを開けてくれる。
開け放たれるや否や、声が聞こえてきた。
「暗殺もダメ、核攻撃もダメ、なら、もうどうしようもないではありませんか」
マウラー国務長官だった。
ふっと振り返る。
議論が、止まる。
静寂が襲う。
視線が全て、シチュエーションルームのドアに立つ二人に集中した。
「この白い宮殿、いや、神殿かな? 想像していたのは荘厳な王の謁見の間なのだが……。ずいぶん狭苦しいところに国のトップ達を詰め込むのだな」
アルゥールが言う。
シチュエーションルームの狭さに驚いているようだ。
入り口すぐそばに座っていた大統領が椅子を回してアルゥールの方を向く。
「見た目より効率だよ。まあこの部屋の狭さについては私もちょっとどうかと思っているのだが……。あー……、君が、勇者アルゥール氏かな?」
そう言って立ち上がり、握手の手を差し出す。
メーリルは初めて画面越しではなく目にする大統領に少し緊張を覚えた。
自分の方に一瞥をくれただけで無礼にも無視している、とは感じなかった。
所詮自分は学会の異端児。
敬意を払われなくても仕方ない。
女だからそうだと言うのなら激怒する準備があるが。
アルゥールの世界には握手という文化はあったようで、すんなり大統領と勇者は手をにぎり合う。
メーリルも遅れて同じ挨拶をすると、席に着くように大統領自身から促される。
シチュエーションルーム、これまで数多の大統領が国の難事を議論してきた部屋の末席に座る二人だった。
「さて、諸君」
と、大統領。
「二人の専門家の意見を聞いてから議論の続きをしよう。ええと、じゃあ、アルゥール氏でよかったかな? あなたの話を聞きたい」
老勇者は大統領の方に顔を向けた。
「つまり、勇者? としての、ゼナビリアス……魔王と呼べばいいのかな? あの存在との戦いの心得というものをお聞きしたい。まず第一に、奴らはなんなのだ? ……抽象的な質問で悪いが、答えていただけるかな?」
アルゥールは頬骨に手を当てる。
どう説明したものかと考えているのだ。
「まず第一に……」
暫く考えてから話し始める。
「異世界転生という概念は分かっていただけるかな?」
閣僚達は顔を見合わせる。
大統領がそれを見て取った後、答える。
「転生とは、死んだ人間が別の人間に生まれ変わることだろう? それが異世界という言葉とくっつくというのは……」
「別の世界で生まれ変わるということじゃ。前の世界の記憶を保ったまま」
「前の世界の記憶……」
そこまで聞いて、大統領はある気づきに達する。
そうか、そうなのかもしれない、と。
「まさか、あの魔王ゼナビリアスは……。もしかして我々の世界から!」
アルゥールはうなづいた。
「そうじゃ。魔王は代々、この世界の人間の転生者の魂が魔界の器に入れられることで生まれておる。強い、邪悪さに満ちた魂が」
「それで奴は聖書を……」
閣僚達も合点がいったようだった。
ざわつく室内。
大統領はざわめきが収まるのを待って、質問を続ける。
「あなた達は、行動を共にした我が軍のある兵士の報告によると、以前魔王を倒したことがあるようだね? どうやったんだい? 秘密の方法ではないんだろう?」
アルゥールはうなづく。
「確かに前代の魔王を倒したのはわしじゃ。 もう50年前のことになるが……。その時点で既に人類は数を大きく減らし、規模を大きく縮小した冒険者ギルドが保護するばかりじゃった。王国軍はとっくに壊滅していたしの。本当に前代の魔王はそれだけのことをする強い目的意識と実力を兼ね備えていた……」
「前代の魔王ねえ。そいつもまた我々の世界からの転生者なんだろ? 何者なんだ?」
「彼は自分を『語られざる風』と呼んでいた」
閣僚達が顔を見合わせる。
何のことだ?
「ここ、転生前の世界の歴史に自分の名は残っていないだろうとも言っていたな。消滅間際の一言は『アメリカ・インディアンの魂に救いあれ!』じゃった。……お主の国の名はアメリカだろう? 何か知らないか? 憎しみだけに染め上げられるような魂じゃから、すぐにわかると思うのじゃが」
シチュエーションルームの誰も、何も言えなかった。
こういう時、みな話題を回避しようと努めるものだ。
沈黙の中大統領が口を開く。
「あー、そうだなあ。その魔王の正体についてはよく分かったよ。では、どうすればそんな強大な憎しみに満ちた敵を倒せるんだ?」
「聖剣しかない。わしの持つ聖剣じゃ。代々の魔王を滅ぼして来た、聖剣フィニエンドゥム。本当は肌身離さず持っておきたいんじゃが、この国では帯剣はあまり好まれないらしいからな。シーザーに預けてきた。あいつならば安心じゃ」
「なるほど。剣しかないか。やれやれだな」
大統領は顎を撫でる。
考える時のくせ。
閣僚皆が彼の言葉を待つ。
口を開いた。
「核兵器の次の矢、銀の銃弾としての役割を君に要求したい。協力してくれるかな? 次の侵攻作戦で重大な要を頼みたいんだ」
モアランド国防長官が立ち上がった。
「お言葉ですが大統領。大規模に陸軍を出すのであれば私は反対です。というか、もういいではありませんか。相手は対話不能で、核攻撃もダメ。もうこの際、スクウェアを超巨大石棺で覆えばいいではありませんか。多大な犠牲の下に、我々はこれ以上の犠牲が無価値であることを学んだのです。これ以上は侵攻計画を容認できません」
「スコット、私の『長期戦に備えよ』との演説の言葉を忘れたのかね?」
モアランドは答えない。義足に体重を預けたままじっと大統領を見下ろしている。
アルゥールは、「頭が高い」という言葉はこちらにはないのかと思った。
ナッシュ大統領補佐官が口を挟む。
「この前の海軍特殊戦開発グループがしたようにステルスヘリと小規模な部隊で魔王暗殺作戦を実行するというのはどうでしょう? 勇者殿を最精鋭の特殊部隊と共に敵本拠地、魔王城にヘリで降ろすのです」
アルゥールは首を横に振った。
「わしの魂の波動は既に奴らに完璧に記憶されておる。少人数の人間だけと共に近づけば簡単に識別され、最大の迎撃態勢を取られるじゃろう。幹部達一人二人なら魔王と同時に相手取ることもできるが……全盛期から五十年経った今はそれが限界じゃ。幹部全員で迎え討たれたらおしまいじゃ。じゃから……」
アルゥールは言い淀んだ。
少々無理な願いを言うことになるからだ。
大統領は察する。
「わかるぞ? 大部隊を用意しろと言うんだな?」
アルゥールはうなづいた。
「大統領!」
モアランド国防長官が大声を上げた。
「これ以上、兵士たちに、国旗に包まれた帰国すらできない場所で死ぬことを強要するのですか……?」
大統領はモアランドの方を見据える。
お互い、睨み合うような時間が続いた。
……ここで、メーリル博士が発言を求める挙手をした。
ずっと沈黙を守っていた彼女のアクションに全員が視線を集中する。
「一つ、いいでしょうか?」
大統領が促す。
「構いませんよ? 博士」
メーリルは語り始める。
「彼らの戦力を裏付けるものに魔素があります。そしてそれは『今の所』こちら側の世界には大量には存在せず、こちらに敵が大規模に進行することも不可能です」
「トカゲはくるではないか」
と、マウラー国務長官。
「それは心配ない」
と、アルゥール。
「聞くところによると、もう一万を超えるワイバーンベイビーが襲撃を行なったようだな? そして度重なる君たちの兵への対応……。魔素消費量は甚大のはず。もうそうそうこちらへの無茶な侵攻はできないはずじゃ」
それを聞き見るからに室内をホッとした空気が支配する。
大統領すらそうだった。
ではもう本当に無理に向こうに侵攻する必要はないのではないか?
石棺でいいではないか?
侵攻反対派が俄然、息を吹き返しつつあった。
「ですが一つ危険な予測が」
そう言うのはメーリル博士。
「魔素の流入です。このことはそれの持つ特異性、言語翻訳作用が以前はスクウェア付近に限定されていたのがエリア51にまで拡大していることから非常に憂慮すべきものとして持ち上がってきます」
「つまり?」
と、大統領。
まずアルゥールが答える。
「魔素がこちらの世界に入ってくるのは魔界という非常に濃い魔素量を持つ空間があるからなのじゃ。魔王を倒せば魔界は大きく縮小し、この世界は魔素で覆われる未来から救われるじゃろう。スクウェアを覆うのでもいいが、魔王軍は確実にそれを破ってくる」
「厚さ十メートル以上のコンクリで覆うのだぞ? 破れるものか」
とはマウラー国務長官の言葉だ。
しかし勇者は首を振った。
「破られるさ」
沈黙。
この老人の言葉は本当に信用なるのか?
その沈黙をメーリルが破る。
「まあ、まとめると、つまり、石棺を作るのも、魔王を倒すのも、そうするのでしたらお早めに、と言うことです。魔素が我々の世界を覆ってからでは遅いのです。……魔法が使える濃度でなくても、どんな影響があるかわかりませんから」
「やれやれ」
大統領がぼやいた。
方針が決定されるのはそのすぐ後だった。




