第三十三話 魔王軍対空戦闘
魔王は、いや、田中祐一は知っていた。
この世界では核が使えないことを。
彼の元世界での報道の記憶によって。
だからこそ戦略爆撃は怖くない……ということは全くないのだ。
通常爆弾が雨あられと降る状況……悪夢である。
魔王軍は手も足も出ずに敗北するだろう。
魔王たる彼が最も苦心したのがそういった空軍の脅威への対策である。
何せ雲海の上、高度10000メートルを飛ばれたら最上位ドラゴンでも追いすがるのは難しい。
そこで彼が五年の間、心血を注いだのが魔族の新種の生産である。
飛行する航空機を阻止するのにもっとも向いた魔物は何か?
彼が苦心した結果は……。
「なんだぁ? あれは」
スクウェアを通過してからすぐに高度をとり、10000メートルまで上昇したデリカット少佐のB2以下十機は、不思議なものを目にした。
さらに上の高度にデタラメに並ぶ風船のような存在である。
いや、ただの風船ではない。
数キロ離れていてもその姿がハッキリ確認できるのだから相当な大きさの、風船もとい気球だ。
膨張した巨大な不定形。
今世代の魔王がこの魔界に転生してから新たに作られた魔物である。
発想の大元は第二次世界大戦時にも使われた阻塞気球である。
しかしそれよりもはるかに大規模だ。
「無人機からの報告にはなかったなあ」
「どうします!? 少佐! 戻りますか!?」
膨張した巨大な不定形は細く伸ばした粘液をいくつもの同族と繋げあっている。
繋がった粘液は地表まで垂れて、粘液でぬらぬらと光る長大な網目状のカーテンを成している。
魔王城を中心に輪になった彼らの形作るそれは円周千キロ単位の巨大な生簀網のようなネットになっていた。
航空機が潜れる密度ではない。
そして、最も高い場所に浮かぶ個体は、航空機の実用上昇限度のさらに上、30000mの超高高度にいる故、飛び越すこともできない。
敵策源地への空中ルートは封鎖されているのだ。
「仕方ないねえ」
と、デリカット少佐。
「こんなものを前回の偵察から今までの間に出現させられるならどうしようもない。とりあえず、あの網の外のフライングクロコダイルの巣を爆撃して帰るとするかねえ」
マッコイ大尉はうなづくのだった。
真っ先に敵策源地に向かう航路を変更し、インプットされたマップから新たなルートを選び取る。
僚機のB2も、護衛のラプターも、それに倣った。
数十キロ、大して離れてはいないフライングクロコダイル発生地点に到着、はるか上空からそれを見下ろす。
「とーかじゅんびー」
核兵器投下。
緊張の一瞬をデリカット少佐はボケた声でほぐそうとする。
しかしそういう彼のやり口が心底気に食わないマッコイ大尉はいやらしいものを見る目で彼のことを見た。
見返し、ニヤッと笑って、投下ボタンを押す。
開いたウェポンベイから重い核搭載バンカーバスターが切り離される振動が伝わってきた。
「着弾まで、10、9、8、7……」
デリカット少佐以外の、マッコイ大尉もラプターのパイロットも、その瞬間を今か今かと緊張した面持ちで待つ。
「3、2、1、ショウタイム!」
デリカット少佐が言った。
しかし……。
予想された光も衝撃もなかった。
「不発か、一発目からついていないなあ」
デリカット少佐はそう言うと、マッコイ大尉に旋回してもう一度爆撃コースに着くように言う。
従う大尉。
「もう一度だ、投下。10、9、8……2、1、着弾! ドカーン!」
しかし、今度も何も起こらない。
デリカット少佐とマッコイ大尉は顔を見合わせた。
ありえない。
二発連続で不発とは。
整備員が核の安全装置を解除し忘れた、その可能性が一番高かった。
「あーあ、ヒューマンエラーか……」
デリカット少佐はそう言う結論で納得すると、もう一度だけ核爆弾を投下した。
何も起こらない。
仕方なく、帰投するのだった。
しかし帰り道は容易なものではなかった。
「こちらレッドジャケット1」
前衛としてB2の前を飛ぶラプターからの通信。
「スクウェア付近でレーダーに感あり。敵影多数。これよりレッドジャケット1からレッドジャケット4まで、前方に進出してこれを斬りはらう」
「オールライト。健闘を祈るよぉ〜」
デリカット少佐は緊張感なくそう言った。
しばらく、無線からは何も聞こえない時間が続く。
「大丈夫ですかね」
マッコイ大尉がボソッと、不安そうに言った。
デリカット少佐は、信じるしかないさ、とだけ言った。
F/A-22ラプター、コールサインレッドジャケット1を駆るコネリー空軍大尉。
彼は冷や汗が酸素マスクの中を流れるのを感じていた。
前進した四機、全機が二発ずつ中距離対空ミサイルを撃っても敵影が減らないのだ。
レーダーの敵影は二十ほど。
八発のミサイルを喰らえばそれが十二になるはずだった。
しかし二十のまま……。
撃墜を示す信号など全くない。
(ミサイルが迎撃された?)
コネリーはそう思った。
しかし、実態は違うのだ……。
四枚羽根のドラゴン。
彼らの持つ鱗は魔法の武器でなければそうそう傷などつけられない。
破片効果に期待する対空ミサイルなど、一発食らっただけでは翼が一、二枚裂けて飛行能力が落ちる程度。
そんなものがスクウェアの異世界側末端に群がっているのだ。
おそらく、ラプターがミサイルを全弾撃ち尽くしても全ての四枚羽根のドラゴンを撃墜することはできないだろう。
そういった詳細までは知らないまでも、コネリー大尉はこう判断する。
接近戦だ、と。
少なくとも近づいて何故ミサイルが効かなかったのかたしかめねばならない。
勇気の発揮しどきだった。
「こちらレッドジャケット1、短距離対空ミサイルの距離か、さもなくば機関砲の距離まで近づく。我に続け」
そう言うと無限段階調整のエンジンノズルを一杯に、速度を上げた。
遅れれば恥と感じた僚機三機は慌ててその後を追った。
「クソッ! トロいドラゴンなのに!」
「ファック! 機関砲もミサイルも効かねえ!」
「うおおおおおお!!」
戦闘無線チャンネルは叫ぶ男たちの声で埋まった。
コネリー大尉がドッグファイトを始めたのを皮切りに、全員が四枚羽根のドラゴンの群れの周りを旋回しつつ、巴戦に入る。
「クソッ」
コネリー大尉は自分の判断ミスを呪った。
ドッグファイトは敵の領域だ!
あのドラゴンどもは格闘戦では部類の強さを発揮しやがる!
口から炎のような、光線のような、正体不明の奔流を吐くが、それの射程はたかだか二百メートルほど。
近づかなければなんと言うこともなかったのだ。
(だがそれがわかっただけでも収穫だ……。一撃離脱に移る!)
コネリー大尉は手近な一匹に機関砲弾を浴びせかける。
背中の最も硬い部位に当たっても、効果なし。
ならば、と、もっと接近して羽根を狙い撃った。
今度は効果があったようだ。
錐揉みして落ちていった。
潮時。
アフターバーナーを点火すると四機が一度に高度と速度を上げ、ドラゴンの群れから距離をとった。
(あとはゆっくりと時間をかけて削っていけば全部落とせる!)
しかし、近代航空戦を知る魔王が用意した戦力がこの程度のわけがなかったのだ……。
四枚羽根のドラゴン達は敵の、あまりの超高速に自分たちではとても追いつけない機械が昇っていくのを見ると、ある準備を開始した。
これこそが対現代航空機用の秘策だった。
ドラゴン達は吐息を吐いた。
何もない空中に。
それは、結晶化吐息だった。
「レッドジャケット1、こちらレッドジャケット2。目標の群れをキラキラしたものが包んでいる。対応はどうする?」
四枚羽根のドラゴン達の群れを虹色のハレーションを纏うキラキラとした雲が覆った。
「正体不明だな。このまま突っ込んでいいものか……」
「レッドジャケット1、俺が試しに突っ込んでみる」
コネリー大尉は声の主、レッドジャケット3、ホワイト中尉の駆るラプターの遠い影に目をやる。
命知らずめ、まあいいだろう。
コネリー大尉はそう思うと、ゴーサインを出した。
逆落としに高度3000メートルまで降下し、ドラゴン達に攻撃を加えようとするレッドジャケット3。
しかし……
「なっ!? エンジン停止! エンジン停止!脱出する!」
「おい! ホワイト!」
彼の乗るラプターは逆落としのままに引き起こされることなく地面へ向けて落ちていった。
脱出するホワイト、しかし、落下傘降下する操縦士が餌以外の何物にも見えないドラゴン達にとっては……。
「食い、やがった……っ!」
ホワイト大佐は空中でドラゴン達に食いちぎられた。
「クソッ!」
どうやらなんらかの理由であの虹色のキラキラにはエンジンを停止させる効果があるらしかった。
結晶化吐息で撒かれた微結晶は航空機のジェットエンジンに吸い込まれることで凝集し、大きな結晶となり、タービンをズタズタにする。
魔王の意図通りだった。
ドラゴン達は結晶粉末をスクウェアの近傍に撒き続けている。
これで、航空機が飛ぶことのできない空間が出来上がる。
空軍パイロット達の命運は尽きた。
彼らは魔界の虜となった。
スクウェアが封鎖され、決して元の世界に戻ることのできない、哀れな存在に。
デリカット少佐は報告を聞いて肩を落とす。
「そうかあー。出られなくなっちゃったか。ベイルアウトもダメ? 食べられちゃう? 弱ったねえ」
マッコイ大尉は死にそうなまでに不安そうな顔でデリカット少佐を見る。
しかし彼は大尉の方を見なかった。
そのまま飛び続け、数時間。
突破口はなく、どの機体も、燃料はわずかだった。
「胴体着陸して徒歩で戻るしかないねえ」
「そんな、こんな、一機の値段だけで駆逐艦が建造できるような高価な機体を捨てるのですか?」
「仕方ないねえ……」
そう決断したデリカット少佐はできるだけ平らな場所を選ぶとB2の高度を限界まで落とす。
ラプター達もそれに倣う。
どの機体も、濛々たる土煙を上げて、胴体着陸に成功した。
「よいしょっと! さてさてここからがコワイのよね……」
デリカット少佐達が降りた平地は丘に囲まれていた。
丘の影からは……軍勢が顔を出した。
アーマード・ゴブリンだった。
「ありゃあ……」
それはパイロット達がズタズタに引き裂かれる五分前の出来事だった。




