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第三十一話 揺れる米国

二〇一七年五月二十八日時刻1900、

米国、ネヴァダ州、グルーム・レイク空軍基(エリア51)地から数キロ、スクウェア地球側入口

X+二十六日


 スクウェア異世界側末端に司令部を構えて指揮をしていたリーヴィス少将は、一報を聞くや拳銃自殺した。


 無人機からの報告による、部隊全滅の報はあまりにショッキングだったらしい。


 彼なりに責任も感じただろう。


 誰もがそうだ。


 スクウェアが出現して以来、誰も彼もがみな大なり小なりショックを受ける出来事を経験している。


 そしてここにもショックを受けた人間が一人。


「ハァ、ハァ、ハァ、う、嘘だろ……嘘だと……ぁ……あ……あ……」


 ブロウズはあてがわれたテントのベッドに戦闘服のままうずくまり、受け止めきれぬ現実と戦っていた。


「アンナ、シェリー……あああああああ!!!」


 暴れる。


 壊す。


 手当たり次第に。


 官給品の扱いには人一倍神経を使っていた男が樹脂製のコーヒーカップを割り、目覚まし時計を壊すに至り、やっと我に帰った。


 荒い息。


 まだまだ頭の中はグルグルしている。


 自分がその場にいれば救ってあげられたのに。


 何が国民を守るだ、何が国を守るだ!


 俺は自分の家族一つ守れないじゃないか!


 背負った自責の念に耐えかねて這いつくばったブロウズは、拳で何度も地面を叩きながらそう思うのだった。


「なんの騒ぎかな?」


 ブロウズは四つん這いのまま顔を上げない。


 何事かとやってきたアルゥールが声を掛けても。


 アルゥールはテントの中に入ると、コーヒーで湿ったベッドに腰掛けた。


「気持ちはわかる。ブロウズ君。こちらの世界で何があったかはメーリルさんに聞いた。魔王軍の所業、向こうの、我々の世界でも繰り返されたことじゃ。多くの血と、涙が流れた。ここでもそうだとはな……」


 ブロウズは立ち上がるとパンパンと膝の土埃を払った。


 故郷を思い出そうとした。


 カリフォルニアの田舎の町を。


 しかし思い出せない。


 今心にあるのは引き金を引く自分の姿だけだ。


「なあ、勇者さんよぉ」


 ブロウズはアルゥールの方を向いた。


「復讐に生きるというのは、どうおもう?」




二〇一七年五月二十九日時刻1000

米国、ワシントン、ナショナルモール

X+二十七日


 ワシントン記念塔の細長く突き立った威容を望む公園の一角に、モアランド国防長官はいた。


 ネクタイも外し、他に誰も伴わず、ただぼーっと人のいる公園の雰囲気に身を浸している。


 鳩に餌をやる老婆。


 愛を語り合う若者たち。


 走り回る子供。


 平和そのものだった。


 あの報告が嘘のようにすら思えた。


 そう、国防長官であるモアランドは異世界威力偵察特別任務部隊全滅の報を聞くや、SPも伴わずにこんな場所へ車を走らせたのだった。


 逃げか?


 現実逃避か?


 いや、そういう言葉で呼ぶべきではない。


 人間誰しも、ショックを受け止めるにはある種の手続きが必要なのだ。


「もし? もしかして、スコット・モアランド国防長官ではありませんこと?」


 声の方を向くモアランド。


 声を掛けてきたのは花柄のワンピースを着た初老の婦人であった。


「ええ、そうですが……」


 正直鬱陶しかった。


 一人にして欲しかった。


 ミーハーなオバさんだ。


 モアランドはそう思ったが、次の一言で体を電撃が走り抜けることになる。


「息子がスクウェア? ですの? その向こうに行ってるんですわよ。大統領がテレビで言ってましたもんねえ」


 国防長官の顔は凍りついた。


 なんと反応したらいいんだろう。


 今日の夜には記者会見がある。


 何をしても、それを知ることは避けられないのだ!


「どうか息子たちを無事に返してください。毎日息子たちのために神にお祈りしています。あなたにも、神のご加護を」


 モアランドはただ呆然と突っ立っていた。


 自分が彼女と握手をしたかどうかすら覚えていなかった。


 ましてや、どんな表情を浮かべてしまったかもわからない。


 もう、私に安息の場所などないのではないか?


 そう確信すると、ホワイトハウスへ向かった。


 


二〇一七年五月二十九日時刻2100

米国、ワシントン、ホワイトハウス

X+二十七日


 平和に満ち満ちていなければならない都市に爆音が響く。


 万が一ワシントンにまでフライングクロコダイルが飛んでこないとも限らないため、F-16戦闘機が戦闘空中哨戒しているのだ。


 ホワイトハウスのバルコニーでイーグルバーグ大統領はその音を聞く。


 夜空に音の主は見つからなかった。


「ジョン、国防長官スコットの記者会見以来、彼や私たち大統領一家への殺害予告の数が跳ね上がったわ。無能な人間は殺されて仕舞えばいいんですって」


 バルコニーに出てきたのはエリー・イーグルバーグ。


 大統領夫人ファースト・レディ


 寝間着姿で彼女の夫の仕事場に現れた。


「スコットには辛い役を担わせるなあ」


「あら、それが仕事ですもの。上に立つものは下の人間の愛情と憎悪を逃げずに受け止めなければならない。あなたの言葉よ」


 バルコニーの手すりから手を離さぬまま、イーグルバーグは愛する妻の顔を振り返った。


「そしてその家族にもその覚悟がなければならない、か? 全く君の強さには毎回感服させられるよ。君も大統領ができる」


「あら、私は無理よ。あんな選挙なんて、側で見てるだけでもうたくさん。今もそうだけど、嘘をたくさんつかなければならないもの。あなたの見立てをよくするためについた嘘の半分でも本当じゃないってバレたら暴動が起きるかもね」


 イーグルバーグは笑った。


 これだ。


 こういう時にこそこういう妻がいてくれると助かる。


 愛する妻の方に歩み寄ると、その肩を抱いた。


「部屋に戻ろう。ここは寒い。寒いんだ。たった一人で国の難事に立ち向かうための場所だから。わざわざ大統領家族のための区画からこんな政務の中心にまで来なくてもいいのに」


「夫が寒がっているなら、毛布をかけてやるのが妻の務めですわ」


「ありがとう」


 そして、大統領は新たな困難の日々を迎えるのだ。


 二大政党の議員から、それぞれ真反対の突き上げを食らうことになる。


 すなわちスクウェアに挑むか、逃げるか、だ。




二〇一七年六月一日時刻1200、

米国、ワシントン、ホワイトハウス、シチュエーションルーム

X+三十日


 スクウェアが出現して何度目の国家安全保障会議だろう。


 大統領以下、居並ぶ閣僚たちはスクリーンの映像を見つめていた。


 ニュース映像だ。


 それはワシントン含む各地で起きたデモの様子を映し出していた。


「イーグルバーグ大統領の異世界侵攻の方針に反対する市民らとそれに対抗する市民らの間で激しい衝突が起きており……」


「まるでベトナム戦争だな」


 マウラー国務長官が言った。


 誰も首肯しなかったが、思うことは同じだった。


「やはりスクウェアの存在を公にしたのは間違いだったのでは……?」


 イーグルバーグ大統領はスクリーンの対面に足を組んで座りながら何も言わない。


 ニュース映像は市民らの声を届ける。


「あのトビトカゲに家族を殺されたってのに報復しない気か!? 反対派は狂ってる!!」


「スクウェアを封鎖すればこれ以上の災厄はありません!! 封鎖して、手を出さないことです!! 大統領は間違ってます!!」


 そこで映像は途切れた。


 シチュエーションルームを沈黙が支配する。


 それを破ったのは大統領だった。


「やれやれ」


 いつもの口癖にみんなが彼の方を振り向いた。


「国家の分裂ディヴァイドが敵の戦略だとするなら大した策士じゃないかね?」


「大統領」


 声をかけたのはモアランド国防長官だ。


「私はもう兵士が傷ついていくことに耐えられない、信じられますか?大統領。わたしです、私の命令によってなんです。彼らが死んだのは」


 まるで辞任をほのめかすような言い方だったので、大統領は慌てて、


「君がずっと関わってきた料理なのだから、君が食べきらないのでは許されないぞ、スコット。最後まで、大統領である私の後ろや横にいる男であってくれ」


 モアランドはうなづいた。


「もちろんです。当然私は最後まで国家のために尽くす所存です。そして、私は政府の方針には従いますが、作戦立案はこちらの仕事です。我々はなるべく犠牲が出ない方法をとります。つまり……」


 大統領が先取りして言う。


「空軍だな。戦闘捜索救難(CSAR)を諦め、脱出ベイルアウトしても回収できない死地に突入させると言うのか。まあ、犠牲は確かに『最小』になるな」


「大統領、敵は所詮生物です。高度10000メートルを飛行する戦略爆撃機なら……」


「それで何を投下するんだ? スコット。核爆弾か?」


 モアランドはゆっくりとうなづいた。


 シチュエーションルームがざわついた。


 大統領はじーっとモアランドのことを見る。


 まっすぐな顔をしている。


 どうやら本気らしかった。


 ふう。


 イーグルバーグ大統領は足組をやめ、どさりと革の椅子に身を預けた。


「私に、核攻撃を下命する大統領になれと?」


 モアランドは答える。


「大統領、核攻撃と言っても、対象は地球ではありません。試算では、十分に奥地での起爆なら、スクウェアを超えて放射性物質が飛散してくることもありえないとのことです」


「そうか」


 イーグルバーグは天井を仰ぐ。


 じっと考えに耽る。


 みな、その様子を固唾を飲んで見守る。


 胸中では、みな、核攻撃に……。


「賛成だ。リスクは確かに少ない。やるしかないな。正義のために」


 誰も反対しなかった。


 核攻撃を行うことの事前通告はどこにもなされなかった。


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