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(未完)大魔界大戦 米軍VS魔王軍  作者: 北條カズマレ
第五章 異世界侵攻作戦
29/42

第二十九話 魔王と大統領(引用アリ)

引用あり

日本聖書協会『聖書 新共同訳』 箴言016章018節

 シチュエーションルームにいる皆にはわかっている。


 メーリル・アッカーソン博士からもたらされた最新の情報。


 スクウェアの向こう、異世界の人間とは言語にかかわりなく会話が通じるということ。


 不思議な、「かるまぷらずむ」とやらによって。


 しかしこちらがそれを知っていることを相手に知らせる必要はない。


 相手に対しそれを提供するメリットがあるとき以外、極力、情報は開示しない。


 交渉の基本ではあるが……向こうも向こうで、どうも首長チーフたちが見ているという事実に気づいている節がある。


 お互い、手の内を徐々に明かしていく形で行きたいな。


 イーグルバーグ大統領はそう思った。


「どうか、何故あなたが英語を喋れるのか、聞かせてはもらえまいか?」


 ガーフィールド少佐が無線機を予め用意していた拡声器につなぎ、大統領の声を現場に届ける。


 返答が来る。


「ふむ、いいだろう。答えてしんぜよう。これはだね……」


 もともと田中祐一は英語を操れた。


 だからこそ、英語で発話している。


 目の前のガーフィールド少佐には魔素カルマプラズムの作用でどんな言語で喋っても意味が通じるが、カメラ越しの相手はそうではないからだ。


「研究させてもらったからだよ。君たちのことをね……」


 そう言うと、魔王はカダヴェラにレンジャーの死体を持って来させる。


 人形のように両腕を掴まれてぶらんとつりあげられたその体は、腐り、捻れて腐敗液が垂れていた。


「うっ!?」


 ガーフィールド少佐が吐き気を催す。


 カメラ越しにそれを見ていた閣僚たちもまた、えづく者多数。


「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」


 金鎧が高笑いする。


 それはまさに邪悪そのもの。


 魔王ディアボロ、と言う単語がシチュエーションルームの誰ともなく、皆の心の中に灯った。


 気色悪くなりそうな笑い声響く中、イーグルバーグ大統領の額を汗が一筋。


 これが全国配信であれば、ソマリアでの事件のような影響を与えていただろうか?


 いや、米国人はやわじゃない。


 きっと怒りを爆発させ、あの魔王討つべしとなったに違いない!


 そうだ、自分は国民の怒りの代弁者だ!


 何を恐れることがあろう!


 イーグルバーグは闘志をみなぎらせる。


「……お互いに、名前を確認していなかったな。どうも君は我々の存在に気づいているようで話が早いよ。私は君の世界と直接繋がった国の首長チーフをしている、ジョン・イーグルバーグ大統領だ。よろしく。君は? 名前を聞かせて欲しいな」


 ふと、魔王は重大なことを忘れていたことに気づく。


 自分の名前だ。


 そういえば魔王、魔王とだけ呼ばれていて自分の魔王としての存在につけられた名前を知らなかった。


 サビナの方を見る。


 遠隔魔素通信テレで言葉が伝わってきた。


 なるほどこれが……。


(今まで教えてくれなかったなあ、サビナ)


(お名前を直接お呼びするなど、あまりに畏れ多いので……)


 傍のカダヴェラは二人が魔素通信しているのを見て羨ましくなる。


 彼女は魔王含む他者とチャンネルが通じたことなどないのだから。


 いつかそれができる友人を得ることが夢であった。


「余の名か? 余は……」


 魔王は三人の兵士たちの方に向き直ると、重々しく口を開く。


「ゼナビリアス・オムニポーテンスだ」


全能なる(ゼナビリアス)ゼナビリアス(オムニポーテンス)だと?」


 語学に達者なマウラー国務長官が思わず零した。


 その名にはラテン語が含まれていた。


「余なりにそちらの言語を研究した結果の翻訳だ。なかなか気に入っているのだがな」


 大統領たちは何も言わない。


 初めて名乗って悦に入っている魔王ゼナビリアス。


 --ふざけているのか?


 シチュエーションルームを怒りが覆い始める。


 だがこれが奴のやり方かもしれない。


 先程から煽ってばかりだ。


 乗せられてはまずい。


 大統領は事前の取り決め通りの質問を拡声器に載せる。


「お会いできて光栄だよ、ゼナビリアス。気安くこう呼ばせてもらうよ。こちらのことはジョンと呼んでくれてもいい。さて、本題だが……」


 魔王は立ち住まいを正した。


「……君は本当に我々に対する宣戦布告の意思があるのかね? あの翼竜……我々はフライングクロコダイルと呼んでいるが、あれが君のメッセージを口にしていたね。あれが君の意思だと、本当に捉えていいのかい?」


「無論だ」


 米国側重鎮たちには軽い衝撃を受けるやりとりだった。


 魔王は続ける。


「我々は、我々魔王軍はずっと執り行ってきた。人類に対する絶滅政策だ。そのために強大な力をもつ魔物たちを作り上げ、使役し、戦争を起こし、殺戮した。今やこの世界の人間は数える程だ。だからこそ、今回のスクウェア、と君らが呼んでいる『転移門』の出現は僥倖なのだ。我々は歓喜に打ち震えているのだよ。まだまだ殺戮ができる、と」


 こんなやつと交渉ができるのか……。


 望みは殺戮だと!? いい加減にしろ!


 モニターを見つめる誰もがそう思った。


「では、ゼナビリアス」


 イーグルバーグが勤めて穏やかに訊ねる。


「私たちの間に戦争で血を流し合うという関係以外のものは存在しないのかね?」


「そうだ。もっとも、血を流すのは君らだけだろうがね……。血、血か。ククク、味あわせてもらったぞ。お前たちの血……」


「ふざけるな!!」


 モアランド国防長官だった。


 抑えきれなかったらしい。


「お前たちは悪魔か!? どうして人を、我々の国民や兵士たちを残虐に殺して平気でいられる!? 純粋なる悪だ! お前らは!」


 交渉相手に投げかけるにしてはあまりと言えばあまりの言葉だったが、このシチュエーションルームの誰もが抱いていたことでもあった。


 誰も、遮らなかった。


「ククククク」


 魔王は嗤った。


 不気味に。


 傲慢に。


 超然と。


「ほうほう。なるほどなるほど。我々は悪というわけか。ならお前らはなんだ? 正義の反対はそのまた別の正義という言葉がある。この世に悪はなく、幾つもの曲げられぬ信念があるという意味の言葉だ。なるほどそれはそれで一面正しいではないか。ならば純粋なる悪が出現した時、それに対するべきは純粋なる正義か、もう一つの純粋なる悪でなければならないのではないか? お前たちはどっちだ? あるいは、どちらでもあるのか……」


 妙な論理に誰も反論できなかった。


 ただ、大統領だけが答える。


「我々こそが純粋な善だ。自由を守る、清廉にして最強のイーグルだ」


「ほうほう、それはそれは……。吹いたものだな」


 魔王ゼナビリアスはカメラの向こうで玉座の肘掛に頬杖を突く。


 くだらない、そういう感情がにじみ出ていた。


 イーグルバーグは臆さない。


「さもなくば、お前は悪ですらない。ただの狂人だ」


 その言葉に対し答える魔王。


「我々は狂ってなどいないよ。極めて冷静で、理性的だ。そう、理性でもってこの事業、人類絶滅政策を執り行っている。それが目指すべきところだからな。世界を魔界に固定して安定させるための……」


「どういう意味かな? ゼナビリアス」


 大統領の問いかけも無視する魔王だった。


「そう、我ら魔王軍の目的はそれだ。しかし私は違う。そう、確かに君の言う通りかもしれない。少なくとも余は狂っているのかも……。何故なら余は人間が憎くて憎くて仕方ないからだ」


 画面越しにも、どす黒いオーラをこの金色の鎧が纏っていることがわかった。


 ヒヤリ、とする。


 そして皆確信するのだ。


 こんなやつと交渉など不可能だと。


「時に、ジョンよ」


 急に呼びかけられてイーグルバーグは少しうろたえるも、すぐに気をとりなおし、


「あ、ああ。何だい?」


 と、気さくに声を返した。


 もう交渉など不能であると判断してもいいのだから、そんな態度をとることもない、と皆おもっていたが、あえて口には出さなかった。


「我らは人類絶滅のために動いている、では君らはなんだ? なんのために生きる? 何を是としている?」


 根源的な質問だった。


 イーグルバーグ大統領はナッシュ大統領補佐官の方を見る。


 信頼する腹心はただうなづくだけだ。


 しばらくその忠義に溢れた顔を見つめ、モニターに向き直る。


「我々は……自由と民主主義の守護者だ」


 大統領は語り始める。


「この世に不義があるなら正しに行こう。融和が花咲けない場所があるなら自由の足音と共に平和をもたらそう。世界に自由をもたらすこと。それこそ我が国の国家大戦略だ、存在意義レゾンデートルだ」


 クックックックック……。


 また、魔王の笑い声が聞こえる。


 傲慢そうな、不快な声。


「なるほどなるほど。君たちの考えはよくわかった」


 魔王は続ける。


「では訊くが、ジョンよ。"痛手に先立つのは驕り。つまずきに先立つのは高慢な霊。"(箴言016章018節)という言葉を君はどう考える? 君たちのそれは傲慢なるプライドの罪ではないのかね?」


「私は、私たちは神の下僕だ。良き子羊だ。そしてまた、牧羊犬でもある。狼から羊たちを守る、ね」


「なるほど……。よくわかったよ。ジョン。誇り高き牧羊犬よ。君たちにはできるだけ神のみもとに行きやすくなるよう、苦痛の試練を与えてあげよう」


 魔王が金色の籠手に包まれた手を上げた、そして唱える。


「『時は待たない(アケレラティオ・イン・テンポーレ)』


 その途端、映像は途切れた。




「一体なんなんだやつは! 人を殺してなんとも思わないのか!?」


「国防長官、彼らは人間じゃないのだぞ? なんとも思わなくて当然かもしれん」


 マウラー国防長官は激昂するモアランド国防長官を諭す。


 シチュエーションルームのみながみな、口々に今の前代未聞の「交渉」のことを話した。


 異星人とのファーストコンタクトのようだというものもいれば、テロリストの犯行声明のようなものだと言うものもいた。


 その間、大統領はじっと立ったままテーブルに両手をついて黙っていた。


 ナッシュ大統領補佐官が、


「どうされましたか? 大統領?」


 と、訊く。


 議論に議論を重ねていた閣僚たちが、不思議そうに大統領の方を向いた。


 大統領はポツリと言った。


「何故、奴が聖書を知っているんだ?」


 皆、テーブルの上に置かれた、大統領のボロボロの聖書に目を移した。

 

引用あり

日本聖書協会『聖書 新共同訳』 箴言016章018節

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