第二十八話 魔王城突入部隊
クスクスクス……。
敵本拠地(と米軍側が推定している城への)突入部隊指揮官、エリック・ガーフィールド少佐は訝しんでいた。
この特別仕様のヘリに乗り込んでからずっと、部下の特殊部隊員たちが笑いをこらえているのだ。
どの顔を見てもそうだった。
お調子者のブルックといたずら好きのジョネス筆頭に、おとなしいはずのケントまでもがニヤニヤしている。
ガーフィールド少佐はこの部隊一素直なマルコに訊ねる。
「なあ、教えてくれないか? なんでみんなホームパーティのティーンエイジャーみたいにハイなんだ?」
マルコが吹きだした。
「だってボスぅ! 基地を出発してからずーーーーーーっと何時間も背中に『僕のお尻を犯して!ズボズボして!』って書いた張り紙が貼ってあるんすもん!! そりゃやべえですって!!」
「だははははははははははは」
ヘリの中が笑いに包まれた。
ジョネスが隣のヘリへ窓越しにサムズアップをしようとして、光学迷彩ゆえに見えないことを思い出す。
「なるほどな」
ガーフィールド少佐が苦笑しつつため息を吐く。
「こんなに笑ってくれるんだったらどうやら本当に貼ってあるようだな。全く、度し難い。いつものことだ」
海軍特殊戦開発グループ。
ただの訓練部隊を思わせる名前をつけられたこの部隊。
テロリストのボスを暗殺した場面を前の代の大統領に実況中継した部隊でもある。
経験豊富。
特殊戦専門。
暗殺、爆破、拉致、なんでもござれ。
米軍最強の特殊部隊と思ってもらっていい。
しかし、実態はこのようなおちゃらけっぷりである。
楽しい奴らなのだ。
「背中ダーツ」と称してお互いの背中に書いた的にダーツを投げあったり、仲間のロッカーの中をポルノまみれにしたり、いたずら好きなデカイガキども。
それがこの凄腕集団の本性だった。
ブルックとジョネスが早速次のいたずらについて相談している。
今回の作戦への緊張感をほぐしすぎなほどほぐしている。
固くなっても仕方ないと知っているからだ。
「ナァ! この作戦が映画化する時のキャストを予想しようぜ! オレ役は有名イケメン俳優かナァ!?」
とブルック。
「おめえの顔だと個性派俳優が関の山だろ」
とジョネス。
ガーフィールド少佐が割って入る。
「まあ、映画級の歴史的な作戦だな。敵のボスは死ぬし、俺たちの上司は出世するし、大統領は再選する。俺らはまさに英雄ってわけだ。しかしだ。世の中そう上手くはできてない。成功しようが失敗しようが、俺らの一生ってやつがテレビ放映されることもない。前回の最重要任務の時がそうであったようにな」
みな、前回のこのメンバーでの任務を思い出す。
テロリスト討伐。
それに向けての何ヶ月にも渡る訓練。
しかし今回はそれが無い。
ワシントンDCが決断するのにこんなに時間がかからないなんて、初めてのことだった。
時間がかからない方が変。
政治的決断の迅速さはそのまま焦りを現している。
よく言えば、そこには官僚主義のかの字もない、果断な作戦決行と言える。
しかしいかんせん、時間が足りなさすぎた。
全くなかったと言ってもいい。
実物大の模型での訓練をする時間はなかったし、そもそも規模的に不可能だった。
超巨大な中世風の城、それが建つ丘の内部に広がるであろう地下構造。
内部が全く不明な上、想像することすらできなかった。
これまでの経験も生かせないだろう。
まさに死地。
死地へ突入するのだ。
外形だけを再現した模型の前に隊員みんなでかじりついてシミュレーションをするだけの訓練で。
それはさておき、メンバーはほとんどがあの時のままだ。
あの時の作戦、つまり、テロリスト暗殺時のまま……。
懐かしいじゃないか。
ガーフィールド少佐はそう思った。
全てが不測の事態である以上、せめてメンバーだけは気心知れた仲に、ということらしい。
実際に建物に突入してみる訓練でチームメンバーの間の歯車の噛み合わせをよくする時間もほとんどなかった。
しかし、実戦で即、チームワークを発揮する自信はあった。
出撃前のことを思い出す。
まず、雲の上の存在である国防総省の統合作戦本部議長の大将が謁見してくれた。
「あの時のように『無抵抗なら拘束』と口を酸っぱくして言う法律家のセンセイもいないぞ、何せ相手は人間じゃないだろうからな! 見つけ次第即射殺で構わん。そして褒美の話をしよう……。お前らに褒美がある。この決死作戦に参加できると言う栄誉だ」
そうだ! 俺たちは他に何もいらない! 金などいらない! 俺たちは国家への貢献が欲しいのだ!
緩んだ空気はヘリが降下し始めると、一瞬で戦闘モードへと変わった。
暗殺用にカールグスタフを持ち歩くだなんて初めての経験だった。
仕方ない。
敵のボスはこれでもないと受け付けないような化け物かもしれないのだから。
他の装備品は、四つ目の視野の広い暗視ゴーグル、H&K416、H&KHK45C装弾数8プラス1、M79グレネードランチャーを切り詰めたもの。
あの時と同じ装備だ。
四機のヘリのうちニ機は丘の上、地上に降り、城の中へ壁を爆破して強襲することになっていた。
ガーフィールド少佐たちは城の上、最も高い尖塔の根元にヘリを降ろして突入した。
電波中継装置以外荷物が空のヘリが一機、上空を旋回して警戒する。
スピードが勝負だ。
降りているヘリはそのままそこで待機。
未知の対空兵器を警戒して、だ。
もっとも、赤外線も可視光も電波も全てを遮断した特殊ヘリを落とせるものでも無いだろうが。
ガーフィールド少佐のヘルメットカメラの映像はヘリの特殊中継装備を経てホワイトハウスのシチュエーションルームに流されている。
ちょうどあの時のように、大統領向けの実況中継だ。
「失敗はできないなあ」
ガーフィールド少佐が暗い石造りの階段を下に降りつつ呟いた。
敵はどこだ?
なぜ誰にも出くわさない?
疑問だった。
第75レンジャー連隊を襲った黒い煙を警戒してつけているマスクの中で、疑問がこだました。
ただ闇雲に城内を探し回るしかない。
ふたてにわかれ、また二手に分かれ、11名いた隊員はガーフィールド少佐とジョネスとマルコの3名だけになった。
その3名が階段を降りた先に発見したのは、巨大な門扉だった。
両開きの、ファンタジー映画に出てくるダンジョンにあるような。
「爆破だ」
ガーフィールド少佐はジョネスにそう指示を出すと扉から離れた。
爆破のスペシャリストである彼は即座にプラスチック爆薬を用意する。
すかさず起爆。
倒れる扉。
その先には、大きな広間が……。
「ようこそ。我が城へ。勇敢なる兵士達よ」
ガーフィールド少佐は目を剥いた。
そこにいたのは、左側に燕尾服でメガネの絶世の美女を侍らせ、右側に4m以上ありそうな腕の長い電信柱のような化け物を立たせた金色鎧の大男だったからだ。
「何だ? こいつは……」
大統領がモニターを見つめながら言った。
それはシチュエーションルームにいる誰もが言いたい言葉で、訊きたい質問で、誰も答えを持っていない話だった。
「まあ、相手が化け物なのはわかっていましたし……」
と、ナッシュ大統領補佐官。
「しかし向かって左側の人物は正真正銘の人間に見える……」
と、モアランド国防長官。
「だが右側を見ろ! 身も凍りそうな怪物だ」
CIA長官。
「対話、出来そうですかな? 電波は幸い良好のようです……」
国務長官が言った。
外交こそ、この軍事作戦の場における彼の役割だ。
「どうした? 兵士くん。誰かの指示を待っているようだな?」
画面の中の鎧の男が言った。
金色の鎧、兜から生える二本のツノ。
確かに厳しいが、中身が人間であると言われれば納得もできなくはない。
「こちらガーフィールド少佐。対話は可能と思われる。指示を乞う」
モニターの管理をしている将校が振り返って国防長官を見、国務長官を見、最後に大統領を見た。
「ふむ……。さて」
イーグルバーグ大統領が立ち上がる。
「一世一代の、交渉が始まりそうだな」
居並ぶ閣僚達が、顔を引き締めた。




