第二十四話 いざ、戦争へ
二〇一七年五月二十八日時刻1500、
異世界、魔界、魔王城、広間
X+二十六日
魔王はくつろいでいた。サビナの用意した簡易玉座に座って広間の床で遊ぶカダヴェラとシェリーを見守っていた。
「カダヴェラ! 見てー! これカダヴェラを描いたのー!」
床にそのまま置かれた画用紙に黒くて長い絵が描かれている。
シェリーの描いたカダヴェラの全身画だ。
カダヴェラは嬉しくなってシェリーを長くて手のひらの広がった大きな手で抱えると、高い高いをしてあげる。
もちろん、「高い高ーい」などと口には出さない。
その瞬間シェリーは死んでしまうだろうから。
「うははー! すっごーい!こんなに高いの初めてー!」
カダヴェラは嬉しかった。初めて「お人形さん」以外のお友達ができたのだから。
「よかったな、カダヴェラ」
魔王の優しげな言葉にカダヴェラは頭をブンブンと目一杯縦に振るのだ。
「ねーねー! カダヴェラのお部屋見せてよ! 私カダヴェラのお部屋が見たーい! お人形さんとかなーいー? 私大好きなの!」
お人形、との言葉にカダヴェラが花の咲いたような笑みを浮かべる。
しかし魔王が遮る。
「いや、ダメだ。カダヴェラのお人形さんは、ほら、あー……。ユニークだから……」
「えー! 魔王様! なんでダメなのー?」
その時、魔王の傍からチリチリと肌を焼くような殺気が。
「気安く魔王様を呼ぶんじゃありませんよ、ガキが」
サビナだった。
静かに激昂する彼女だったがシェリーは鈍いのかなんなのか気にしなかった。
「ふむ。ますます面白い子だ」
魔王はそれを見てさらにこの人間の娘を気にいるのだった。
それを影から見ているダルマがいた。
ふと、インプが一匹、広間に入ってくる。
緊急の要件のようで、魔王に礼節を示すのも忘れ、サビナに耳打ちをする。
話を聞いたサビナはなんでもない風に、
「魔王様。向こうの世界の軍隊、大規模な部隊がスクウェアを越えました」
とだけ言った。
魔王はすぐさま手をあげる。
「よし、サビナとカダヴェラ以外の幹部たちはワイバーンベイビー召喚地点に陣取りこれを守れ。しかし放棄はいつでもして良い。肝心なのはその場所で戦闘に引き込むことだということを忘れるな」
「はっ! その旨伝えます! 魔王様!」
サビナは小気味良い返事をすると姿を消した。
魔王は残ったカダヴェラに諭すように言う。
「カダヴェラ。遊びたいのはよーくわかるが、仕事の時間だ」
カダヴェラは大口を尖らせてふくれっ面をしてみせる。
が、魔王様の命とあらば仕方ない。
カダヴェラは長い手を振ってシェリーにバイバイをする。そして長い髪に隠れた背中を見せると玉座の間に向かった。
残ったのはシェリーと魔王だけだ。
「みんないなくなっちゃったね、魔王様。お仕事なの? つまんなーい」
「これから君の国の軍隊をやっつけるんだよ」
シェリーの顔の曇り空がパーっと晴れ渡った。
「本当に!? やった! みんなありがとう! 意地悪軍隊を懲らしめてね!」
ふう、と魔王は心中ため息をついた。
この子をどこかに隠さなくてはならない。
彼の予測が正しければここにもまた、お客さんが来るだろうから。
二〇一七年五月二十八日時刻1000、
米国、ネヴァダ州、グルーム・レイク空軍基地から数キロ、スクウェア地球側入口
X+二十六日
苦労して設置されたワイヤーネットが取り払われ、いよいよスクウェアを部隊が超える。
リーヴィス少将以下12000名の殴り込み陸軍部隊。
彼らは興奮していた。
仇が取れる嬉しさに……ワイバーンベイビー襲撃の犠牲者の縁者も部隊にはいたのだ。
そしてまだ見ぬ異世界の冒険に夢を見ていた。
スクウェアが軍用車両をどんどん飲み込んでいく。
スクウェア脇に立ち、それを尻目にする博士と勇者パーティとブロウズだった。
メーリル博士が口を開く。
「ちょっとだけ戦ってみて相手の程度を知るのが威力偵察なんでしょ? でもなんだか、そのままなし崩し的に本格戦闘に入りそうな勢いね」
答えるのはブロウズ。
「だがそれでいい気がするな。あれだけの威容だ。あんな、鎧を着た小鬼ごときの軍隊が相手なら、もう戦争は終わっちまうかもしれねえぞ?」
勇者アルゥールたちは長い人生の中でも一度も見たことのない光景にただただ驚愕するばかりである。
馬のない馬車、というレベルではない巨大な鉄の乗り物たちが唸りを上げながら自分たちの世界に入っていくのだ。
気を取り直すと、アルゥールはこれだけは認識してほしいことを告げる。
「こちらの世界の人よ、君たちの力はよくわかった。確かにさっきアーマード・ゴブリンを掃討したセンシャとやらの威力は素晴らしい。しかしあの程度では幹部たちには勝てな……ゴホゴホ!」
言葉の途中で咳き込んでしまった。
ピクシアが心配そうに背中をさする。
メーリルが言うには、
「大分体調が悪いようね。医務室へ案内するわ。ねえ、大尉、お願いよ」
と、ギャレット大尉を呼びつけた。
大尉に伴われ、医務室へ向かうアルゥールと付き添うブロウズとピクシアだった。
スクウェアのそばに残ったのはメーリル、シーザー、フリィシカ。
シーザーがまず、頭を下げる。
「今回のご助力、避難民の保護、痛み入る。感謝の言葉もないが、何分初めての『異世界』ゆえまだまだ君たちを信用すること能わぬ。そこだけはどうかご容赦願いたい……」
メーリルは笑って、
「あら、私に言われても仕方ないわ。私はただの『半強制的に拉致された科学者』だもの。ふふ。お礼なら大統領にでも言ったらいいわ」
そんな軽口もそこそこに、メーリルはどうしても気になる点を挙げる。
「さて、異世界人さんに訊きたいことがあるわ。どうして言葉が通じるのか……」
フリィシカが答える。
「それは我々にはあまりにも常識的な、あまりにも明らかなことでありますから説明できるか難しいことなのですじゃ。まあ、突き詰めれば空中に魔素が満ちているから、ですな。強大な魔法を行使した後の相当な低濃度でもこの効果はなくなりません」
「フリィシカさん、では仮に魔素がまったくなかったらどうなりますか? (以下フランス語)"言葉はまったく通じないのではないでしょうか"」
「メーリルさん。確かにそうですじゃ。しかし我らはそんなことは一度も経験したことがない。なぜならほんの僅かでも魔素があれば言葉は通じますから」
メーリルは愕然とする。会話の中でまったく別の言語を混ぜても意味を読み取ってもらえた……。
メーリルはある気づきを得た。
近くの兵士に軍用車両を運転してもらい、シーザーもフリィシカも載せてとにかく遠くへ走った。
スクウェアから数キロ離れた頃、隣に座るフリィシカに話しかける(初めて乗る自動車に動揺していた)。
「じゃあ、今は私の言葉がどう聞こえますか?」
「メッサ・オルテゲーソ」
フリィシカの口から出てきたのはまったく訊き慣れ響きの言葉だった。
シーザーも口を開く。
「バスユ・シビチエ・オニ?」
対するフリィシカがまた二言三言、未知の言語を話した。
シーザーもフリィシカもよほど困惑しているらしい。
どうやら、二人の間ですら会話が成立していないようなのだから。
メーリルは確信する。
「魔素とやら、流れ込んできているのね。こちらの世界に……」
二〇一七年五月二十八日時刻1400、
異世界、魔界、米軍側散開予定地点
X+二十六日
すでに何度かフライングクロコダイル、つまりワイバーンベイビーの群れと出会っている。
大型トラックに運ばれたCIWSが無傷でそれらを撃ち落とした。
まったくの損害なし。
指揮車両の中のリーヴィス少将は、時計と地図を絶えず確認している。
何せ人類にとって初めての場所であるし、無人機の情報以外何の事前知識もなく、GPSの支援もないときている。
電子機器なしの地図一枚で麾下の部隊を山越えさせた訓練時代を思い返しつつ、この部隊の進路を確認していた。
リーヴィスは無線機の受話器を手に取る。
「これより再起する自由作戦を開始する!」
M1戦車を載せたトレーラー、補給車両、ストライカー装甲車、対空車両、それらが均等な数だけ四つの部隊に割り振られ、部隊編成を完了させる。
そして向かい始めるのだ。
魔王軍幹部たちが待つ、ワイバーンベイビー発生地点へ。
(いいな、本格的な戦闘は避け、威力偵察に徹するのだぞ)
リーヴィス少将はそう念じた。




