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(未完)大魔界大戦 米軍VS魔王軍  作者: 北條カズマレ
序章 残虐なる軍隊
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第二話 狂気の根源、ダルマグルンブルン

 第75レンジャー連隊。


 米陸軍で最も機動力が高く、いつでも世界中に出ていける即応部隊の名前である。


 それを構成する大隊いくつかのうち二つ、1200名が異世界側に出張っていた。


 スクウェアと呼ばれる、ネヴァダの砂漠に現れた四角い次元の穴を通って。


 赤茶けた草の生えない土の上に張られた無数のテント。


 その一つ、連隊前進本部の置かれた天幕。


 中で大佐の階級章をつけた男が司令所(HQ)の人員と共にコーヒーを啜っていた。


 緑がかったライトがぬるい空気に汗ばんだスキンヘッドを照らしている。


「全く、何で我々がこんな訳の分からない場所に前進基地など作らねばならんのだ」


 ポール・スミス大佐。


 46歳。


 イラク戦争に従軍経験あり。


 ベテランだった。


 迷彩の選択をするための時間的余裕と十分な情報がなかったので、彼のような将官も兵も淡緑デジタル迷彩(UCP)を着込んでいた。


 もっとも、赤を基調とするこの異世界に溶け込める迷彩など用意がないのだが。


 スミス大佐はコーヒー片手に立ち上がり、テントの外に出て血の色の空を見上げる。


 太陽光は赤い雲に阻まれて頼りないのに、熱ばかりが鬱陶しい。


 異世界。


 異世界としか言いようがなかった。


 視線を地表へと落とす。


 起伏に富んだ荒地のせいで地平線など見えもしない閑散たる眺望。


 そンな中、兵士たちが警戒線を引いた輪の中にこんもりと盛り上がったものがある。


 彼にはよく分からない分野の研究者が何人もそれに群がっていた。


「この世界へ通じる『スクウェア』が出来て十日。アレと同じものの襲撃を防ぐためとはいえ、この場にとどまる我々は何だ?生贄か?いつあの穴が閉じて永遠に孤立するかも分からないというのに」


 大佐の眼に映るものすべて、今回の任務に関わった人間すべて、憎たらしかった。


 振り返ってスクウェアを眺める。


 赤い空の一部から地面までを縦長長方形に切り取る四角形を。


 そこには一片が数百メートルの地球の青空が、広がるともいえない広がりを晒していた。


 異次元へと繋がる開け放たれたままの扉。


 自分たちが通ったそれはもはや、故郷の星に帰る唯一の手段であった。


「異世界ねえ」


 異世界、異星、異次元。


 統一されることがないまま米軍内部で極秘裏に乱用される「こちら側」の呼び名。


 実際、正体など皆目見当もつかない段階だった。


 違う星なのか?


 異次元なのか?


 何なのか?


 まったくわからなかった。


 唯一わかることは、天文学的事実。


 つまり、この世界もまた二十四時間周期で日が沈んだり昇ったりすることと、夜の満天の星空が示す星の位置だけ。


 そしてそれは、完璧に地球と同じだった。


 そのことが表す真実を解読する大仕事は大佐のような軍人ではなく、科学者達の仕事だ。


「ま、この世界が何だかは知らんが、聖書に載ってないことだけは確かだな」


 それだけ呟くとテントの中に戻ろうとする。


 その時だった。


「ウオオオオオオオオオオオオオオオオ」


「なんだ!?」


 何万もの「人間以外」のものの雄叫びが丘の向こうから聞こえてきたのは。


 何事かと将兵があらゆるテントから飛び出してくる。


「まさか、また襲撃か!?」


 スクウェアが出現して三日。


 無人機による十分な偵察の後、調査のために進出した軍属の科学者達。


 彼らを壊滅させ、自分たちが呼び寄せられる原因になった怪物。


 それと似たようなものが幾千幾万も丘の向こうに群居している光景。


 それがスミス大佐が思い浮かべたものだった。


「まさか、そんな……」


 スクウェアの向こう、我らが故郷地球に退避すべきか?


 この前進仮設基地の最高責任者たる彼にはそれを決める権限があった。


 しかし1200人の兵と数十人の調査団を雄叫び一つでとって帰らせるわけにもいかない。


 天幕の中へと戻ると無線機を手に取り、無人観測機MQー9リーパーの管制官へと連絡を取る。


 いつもならCIA本部ラングレーに通じるはずのそれは異世界側に進出したトレーラー内部へと繋がる。


 スクウェアを通す限り衛星を介した遠隔操縦が効かなかったからである。


 スミス大佐はほとんど怒鳴るようにトランシーバーに声を浴びせた。


「おい!どうなってる!?偵察機はちゃんと俺たちの上を飛んでるんだろう!?雄叫びが聞こえる距離まで敵に接近されるとは何事だ!?なぜ気づかなかった!」


 無線の向こう側から声が帰ってくる。


 それが含んでいた色は、激しい動揺だった。


「し、しかしこちらでは今の今まで全く何の影も認められませんでした!大佐殿!突然ものすごい数の軍勢が現れて……」


「軍勢!確かに軍勢なんだな!?」


「はい、高度3000フィートから撮影している画面を埋め尽くすほどです!」


 スミス大佐は思わずトランシーバーをテーブルの上に置いた。


「何ということだ……」




「よくやったぞ、ダルマグルンブルン。丘の下の人間達から強い困惑と恐怖の波動を感じる」


 魔王は満足げにうなづいた。角付きの黄金の兜の内部の表情は外からは分からなかったが、彼はニヤリと不敵な笑みを浮かべていた。


「ありがたいお言葉」


 規格外のデブの老人が頭を下げた。


 狂気の根源、ダルマグルンブルン。


 彼は人間の精神に作用する幻術を司る魔族の長である。


 不可視化インビシビリア


 数万の軍勢に施していた魔法の名前だ。


 効果は魔法がかけられた範囲外からの観測の不可避的失敗。


 それはどんな方法を使って感知しようが、観測した人間の知覚には決してのぼらないというもの。


 つまり、可視光だろうが、赤外線だろうが、音響探知だろうが、何を使って探知しても、肝心の人間の精神が探知した、という事実を認識しないのだ。


 無人機の監視員達は慌てて観測された映像を巻き戻す。


 不可視化インビシビリアが解除された今、そこには確かに魔王の軍勢が写り込んでいることが確認できた。


 ただ単に、今までは彼らがそれに「気付かなかった」だけなのだ。


 魔王は丘の頂上から移動することもなく、ただ重さ200キロに達する大剣を指揮棒に使って指示を出す。役目の済んだダルマグルンブルンの次に繰り出す配下は……。


「カダヴェライルヴィーヴム」


 魔王の呼びかけに電信柱のように細長く、非常識に背の高い女が姿を見せる。


 死を司る屍姫、カダヴェライルヴィーヴムだ。


 ヌーッと丘の影から立ち現れて、兼ねてからの作戦通りの魔法を行使する手はず。


 しかし、その前にどうしても確認したいことがあったようだ。


 頭を下げて魔王と同じ高さまで顔を傾けると、問いかける。


「まお………さま………しゃべ………って……も……いい?」


 長身の割に蚊の鳴くような声だったが、魔王の鋭敏な聴覚は逃さず拾う。


「ああ、いいぞ。お前は喋ると、この余でさえ不快な気分になる瘴気を発するからな。しかし今こそその瘴気をあの人間どもに浴びせかける時。やるのだ」


 カダヴェラの顔が少女のようにほころんだ。


「や………った………!」


 喋るたびに耳まで裂けんばかりの口から黒くて濃い煙が漏れ出た。


 それを見て魔王はわずかに眉をひそめるが、すぐに視線を指呼の間の米軍二個大隊へと戻す。


 カダヴェラもそちらを向いて、大きく息を吸った後、こうつぶやいた。


「やっ………ちゃ………う……から…………『瘴気ミアズマ』!!」


 腹痛でも起こしたかのように折り曲げた体。


 限界まで開かれた大口。


 どこにそんなに入っていたのか。


 いや、絶対に物理的に不可能だ。


 そう思わせるほどの量の黒煙が奔流のように溢れ出た。


 嘔吐するよりもはるかに激しく。


 比較するなら、口から流水を吹き出すマーライオンの彫像だろうか。


 しかし量がはるか桁違いだった。


 視界いっぱいに広がる黒煙はみるみるうちに丘を下り、津波のように米軍へと襲い掛かった。




「マスク!マスク!」


 スミス大佐の決断は早かった。


 軍勢が確認された丘から黒いものがくだってくるのを目にした瞬間、反射的にそう叫んでいた。


 有能である。


 異世界の大気に毒性のある可能性を考慮して用意していた酸素供給型面体マスク


 しかしそれをすぐさま顔に装着することができた者は、数少なかった。


 スミス大佐は視界内に幾人も素面のままオロオロする兵士たちを見つけるも、心を鬼にして自分と将官のマスク装着を優先した。


(すまない……!)


 自分が死ねば、生き残って指揮をとった場合よりもはるかに多くの死者が出るとわかっての優先順位だった。


 黒煙が迫る。


 スミス大佐はイラクの砂嵐を思い出した。


 黒い壁となって襲ってくるそれを思わず手で顔を覆って受け止めた。


 黒煙は音を全く伴わなかったが、一旦それに包まれたなら、赤い空に弱々しく輝いていた太陽の光が全く遮られてしまう。


「これは……おい!大丈夫か!」


 かろうじて目が届く所にいたマスクをつけられなかった兵士。


 黒い煙に襲われた瞬間、彼が体をピンと直立させて固まるのが見えた。


 自分のマスクが完全に顔に密着しているのを確認しつつ、急いで彼の元に向かうスミス大佐。


 おそらく自分の半分くらいの歳だろう、この煙、無害なものであってくれ!


 心からそう思っていた。


 真っ暗でその若い兵以外誰も確認できない中、ガクガクと体を危険なほど震わせているのを肩を掴んで抑える。


 振り返らせたその顔は……白目をむいていた。


 ギョッとした大佐の目の前で、彼は口から黒い液体を大量に吐き出して倒れてしまう。


 スミス大佐は膝をついてその兵士の脈を見るも、停止していた。


 心臓マッサージ?


 ダメだ、指揮官の自分がそんなことをしている暇はない。


「クソ!」


 悪態は顔を覆う面体マスクの中で虚しく響いた。


 落ち着け、落ち着け。


 まずは状況の把握だ。


 スミス大佐は深呼吸をする。


 清潔で適切な配合の空気が背中に背負ったボンベから流れ込んでくる。


 スコー、スコーというマスクの排気の音に耳をすませていると、心が落ち着いてきた。


 よし!生きている者を集めねば……。


 煙でほとんど視界がない中、スミス大佐はテントから漏れる明かりを頼りに進んだ。

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