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(未完)大魔界大戦 米軍VS魔王軍  作者: 北條カズマレ
第三章 米国の受難
18/42

第十八話 大統領という存在(引用アリ)

引用あり

日本聖書協会『聖書 新共同訳』 イザヤ書041編010節

二〇一七年五月十一日時刻1700、

米国、テレビ全国放送

X+九日


 スマートフォンによる映像。


「いや……何あれ、何あれ!?飛んでる……こっちへ来る!!いやああ!!」


 音声のみに切り替わる。


「お父さん、お母さん。今あいつがビルのフロアをのしのし歩きまわってる……。このロッカーの中も見つかっちゃう……。ねえ、私、悪い子だったけど、でも、たくさん、愛してもらえて、だから……。(金属のひしゃげる音)いやっ、いやああああああ!!…………………我ハ魔王、我ガ威二屈セヨ! コレハ宣戦布告ダ!」




 動画投稿サイトアメリカ合衆国政府公式チャンネル。


 映像はホワイトハウス、ウェストウィング、ブリーフィングルーム。


 アメリカ国旗を背景に悲しみをたたえた顔でイーグルバーグ大統領がカメラに向かっている。


「みなさん。こんばんわ。私は今、多くの国民と同じように悲しみとショックに沈んでいます。一部の当事者の方と比べればまだ軽い方なのでしょう。しかし我らのアメリカが、愛すべき日常が傷つけられたことへの深い悲哀と憤りは、かつての大統領が、真珠湾の時に、ベトナムの時に、911の時に感じたものよりもはるかに深いのです。それだけのことが起きました。起きてしまいました。今日、『何者かの意図の下に』未知の生物がアメリカの都市を襲い、たくさんの人々にたくさんの恐怖を、苦痛を、そして悲劇をもたらしました。我々はこの事態に対し、人々を救助し、傷を癒してあげることしかできないのでしょうか? いいえ、我らには力があります。世界最強の軍隊です。今世紀初頭、我々の軍隊の使命は違ったものになりました。そして今また、違ったものになるのです。どうか、これがすぐにやむ雨だと思わないでください。とても長い間続く冬だと思っていただきたいのです。しかし安心してください。明けない夜はない、やってこない春はないのです。奪われた自由フリーダムを取り返しましょう。その自由とは、我々がアメリカ人らしく生活できる毎日のことです。親子がなんの心配もなく外出でき、子供たちをなんの後ろぐらい気持ちもなく抱き締められる、あの毎日を。我々が再びアメリカ人としての生活を取り戻せる日を一日でも早めましょう。しかし、そのためには代償が必要です。ひどいことがあった日にひどいことを言うかもしれませんが、私は大統領として国民に覚悟を強いなければなりません。これから我々が歩む道は、辛いものとなるかもしれないと言うことです。善と悪の対立し合う、これまでアメリカが、人類が経験したことのない戦いになるでしょう。しかし、我々は善です。必ず、最後には必ず、勝ちます。"恐れることはない、わたしはあなたと共にいる神。たじろぐな、わたしはあなたの神。勢いを与えてあなたを助け/わたしの救いの右の手であなたを支える。"(日本聖書協会『聖書 新共同訳』 イザヤ書041編010節)アメリカと、アメリカの自由と正義を信じる全ての人に、神のご加護がありますよう」




二〇一七年五月二十二日時刻1500、

米国、ネヴァダ州、ラスベガス

X+二十日


 都市の機能は復旧不能である。


 何せ人口の二割に当たる十万人が死傷者となったのだから。


 残った人間たちも平時の能力の半分も発揮できない状態。


 曲がりなりにも生活する環境を整えるのには軍隊が必要だった。


 血糊すら拭き取り終わっていない街角にぼうっと座り込んだ者が沢山いる。


 兵士や警察官、消防士が一人一人を覗き込み、声をかけている。


 多数の観光客を抜いた街の本来の住人たちは、今回の事件で地域の結束を感じているはずだ。


 誰も彼も打ちひしがれてはいるが、とても親切に「何か助けは要るか?」と聞いて回っている。


 本当に助けを必要としている人間はむしろ少なかった。


 職場や自宅の復旧に全力を傾けられるようになるのも、すぐだろう。



 そんな街の中を、物々しい車列が走る。


 真っ黒なリムジンが連なりその周りを警備車両が固めている。


 最も中心にある一台には国旗の旗が立っていた。


 視察。


 大統領が数千キロを旅してわざわざワシントンからやって来たのだ。


 ラスベガスのメインストリートを最重要人物を乗せた車列が通り抜ける。


 イーグルバーグと向かいに座るナッシュ大統領首席補佐官は車の窓から外を見ていた。


 痛々しい爪痕--割れた窓ガラス、残った血糊、生き残ったのに死んだような雰囲気の人々--を。


 ふと、彼の目に止まるものがあった。


 人々の集まりだ。


 こっちに向けて何度も何度も拳を突き上げている。


 見た感じはただの、大統領への不満集会にも見えた。


 こんな時になんだと思って大統領は窓を開ける。


 少しだけ。


「おらぁ! 大統領! この野郎! 今回のことは必ず報復するんだぞ!! 絶対にだ!! みんなお前に期待してるんだからな!! その気持ちを裏切るなよ!!」


 聞こえて来たのはそんな言葉だった。


 大統領は窓を閉めた。


 皆が口々に復讐を叫んでいたのだ。


 もう窓を閉めても聞こえる。


「U.S.A.!U.S.A.!U.S.A.!U.S.A.!」


「大統領!声を聞かせてくれ!」


 大統領はその言葉を正確に聞き取った。


 そして向かいの腹心の部下に言うのだ。


「フィル、降りよう」


 ナッシュ大統領補佐官は少し驚いた。


 全くの藪から棒だ。


 なんの準備もないのだ。


 しかし二度は言わせないのがナッシュである。


 車列に指示を出すと市庁舎の前あたりに車を止めさせる。


 そこには大勢の人々が何をするでもなく、デモも食糧配給の要求すらする事なく、ただ、ぼうっと集まっていた。


 大統領がリムジンから降りると、その登場に仰天したのは間違いあるまい。


「拡声器を用意してくれ!消防隊員のみんな!大統領がその消防車の上に上がるのを手伝ってくれ!」


 シークレットサービスの差配の下、即興の演説代が出来上がった。


 イーグルバーグは生の言葉で市民に語りかける。


 その言葉は素朴で平易でわかりやすくありきたりだったが、涙するもの多数だった。


 消防車から降りた時、一人の少年がイーグルバーグに近づいた。


 シークレットサービスが止めようとしたが、大統領の方が先に近づいた。


 膝をついて目線を合わせる。


「君は……」


「これ、僕のお父さんとお母さん。あの日、居なくなっちゃったの」


 少年が差し出したのは夫婦の写真だった。


 大統領は顔を上げる。


 少年の後ろにはハンカチで顔を抑えた女性がいた。


 写真に目を戻す。


 震えを必死で押し隠した手で写真に触れる。


 枠線をなぞった。


「どうか、写真の裏にサインをしてやってください……」


 保護者らしき女性の言葉に大統領はペンを取り出すと、少年の愛しい人の写真の裏に自分の名前を署名した。


 ジョン・イーグルバーグ。


 それを見て皆が我も我もと写真やら何やらを差し出した。


 シークレットサービスは止めたがったが、大統領が許さなかった。


 ジョン・イーグルバーグ、


 ジョン・イーグルバーグ、


 ジョン・イーグルバーグ。


 一つに一つに、丁寧にサインをした。




「名前を書くたびに魂の一部を削り渡しているような気がしたよ」


 ホワイトハウス内、ワークアウトルームで日課のトレーニングに取り掛かろうとして、できないでいる大統領。


 Tシャツに短パン姿でベンチに座ってぼんやり壁のシミを眺めたまま、言った。


 トレーニングに付き合っていたのはナッシュ大統領補佐官である。


 彼は大統領の横でベンチプレスに勤しんでいる。


 100kgを軽々と何度もあげる。


 大統領はちらりと横たわったナッシュの腕を見る。


 文官らしからぬそれは筋肉ではち切れんばかりであった。


 大統領は顔を戻す。


 自分の体を意識する。


 老いぼれとは言い難いが、若いとは絶対に言えない。


 力を入れても、中年の終盤の肉体の感覚が帰ってくるだけだった。


「なあ、フィルよ」


 大統領はナッシュに語りかける。彼は構わずバーベルを上げ続ける。


「選挙運動のドロドロした政治闘争をくぐり抜け、得た仕事がこれか。やれやれ。なんとも、大統領職というのはつくづく国家の奴隷だね。最近私には向いてないんじゃないかと思うようになったよ」


「大統領、弱音が過ぎます」


「ジョークさ。今日最後のね」


 ガシャンと音がした。


 ナッシュがムクリと起き上がり、イーグルバーグの隣に座る。


「いいですか、大統領?」


 イーグルバーグは答えることも、顔を向けることも、身じろぎすらしない。


「大統領なんていうのは練習があるわけではない、誰にも初めての仕事です。そりゃ前例はありますよ?しかしこの世のどこに前例だけで動く政治がありますか。確かに今回のは悲劇です。未曾有の悲劇です。しかしあなたはそのことで気落ちしていてはいけないのですよ。これから大戦争を戦い抜かなきゃいけないんでしょう?しっかりしてください。国と一緒に落ち込むことはないのです」


 イーグルバーグはこう言っても反応しなかった。


「わかりました」


 それだけ言うと立ち上がり、ナッシュはバーベルの重りを増やし始める。


「何をする気だ?」


 ガチャガチャと言う音に久しぶりに大統領が顔を向けてくれた。


「フィル、君……150キロは無理だろ」


 ナッシュは答えない。


 横たわるとバーベルに手を押し付ける。


 苦悶の顔。


 唸りとともに男性二人分の重さが上がった。


 一回だけではあったが。


 ナッシュはバーベルを降ろすと勝ち誇ったような顔をする。


 イーグルバーグはポカンとして訊いた。


「なんだっていうんだ?いや、賞賛には値するがね」


「大統領」


 赤くなった顔が言った。


「今まで言ってなかったんですが、弁護士時代のあなたに私は助けられてるんです」


「何だって?」


「あなたは知らないでしょうが、あなたが担当したある高校の銃乱射事件の犯人の友人の一人だったんですよ、私は。警察への信用をどんどん無くしていく私に対し、あなたは希望の光だった。ずっと周囲の無理解と戦ってくれた。『ただ友人だったというだけで、クラスメイトだったというだけで、未来を閉ざされようとしている子供がいる、こんなことは許されていいはずがない』とね。あなたも若かった。そして、あなたがいなかったら、私は絶対にこんなキャリアを積むことなんかできなかった」


 じっと聞き入っていたイーグルバーグであった。ナッシュが立ち上がる。


「では、次の国家安全保障会議の準備をします。大統領、正念場ですよ?ここで全てが決まります」


「ああ、どうやらそのようだ」


 イーグルバーグは体が熱くなるのを感じた。



引用あり

日本聖書協会『聖書 新共同訳』 イザヤ書041編010節

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