第十四話 魔王軍幹部たち
二〇一七年五月十七日時刻2000、
魔界、魔王城、玉座の間
X+八日
(お人形さん、お人形さん……)
魔王城の一角、カダヴェラの部屋(気密処理済みの隔離施設でもある)、その部屋の主が鼻歌交じりに踊っていた。
一人でか? いや、彼女の手駒、人形たちと一緒に。
彼女が長い長い腕を挙げれば、人形達も手を挙げた。
彼女が小さなお尻を振れば、人形も達も尻を振った。
字面だけ見れば可愛らしいかもしれない。
しかし実態は違う。
この人形達、米軍レンジャー隊員の成れの果てである。
動く死体。
彼女の魔法、寝た子は起き出すで新たな生命を吹き込まれた動く「人形」。
カダヴェラはそんな残酷な真似をして喜べる無邪気さがあった。
(お人形さん! もっと踊ろうよ……ほら、楽しいね! みんな一緒だから寂しくないよ……)
踊る、
踊る。
子供のように。
ピエロのように。
狂人のように。
首を右に左に激しく動かすカダヴェラオリジナルの振り付けを踊った時、痛み始めた「人形」の首がぶちぶちと音を立ててちぎれかけた。
彼女は踊るのをやめる。
(お人形さん達、すぐにダメになっちゃうな。魔王様が帰ってきたらお人形さん達に時間停止の魔法をかけてもらえないか頼んでみよ。そしたらずーっと一緒に遊べるもんね!)
ひとしきり遊んだ頃、部屋のドアがノックされた。
四回。
魔王の帰還を告げる合図だった。
「はー……い……今、行きま、す……」
死の瘴気を垂れ流しつつ、カダヴェラは答えた。
ゴブリンがカールグスタフを担いでいる。
サラサラとした砂の中庭。
中央には空気を揺らめかせる熱を放つオグンマカーハ。
「撃て」
オグンはそう命ずる。
ゴブリンはあまりの恐れ多さに震える。
初めて使う武器ということもあり、引き金を引くこともできない。
「やるのだ」
有無を言わせぬ声にゴブリンはカールグスタフの弾頭を発射する。
奇跡的に、HEAT弾頭を備えたロケット弾はオグンにまっすぐ向かった。
しかし、目標である彼にぶつかる前に爆発。
試算する破片がオグンに横殴りのシャワーのように当たるがこの程度ではダメージにはならない。
熱の鎧。
数千度の熱の防壁で自分を包む魔法であった。
「これで同じ轍は踏まぬ」
ゴブリンは魔法の熱の影響で全身火傷を負い、絶命した。
「むう〜〜〜!!」
キューピディダシアは倉庫の一角で力んでいた。
目の前には前衛芸術のように色々な部分が千切られたRSOV。
キューピは車両の部品や鉄板の一部分を強大な握力で千切ってはおにぎりのように丸めていた。
「なんだ、こんなもの。別に……うんしょ、どうってこと……」
彼女独特のトレーニング。
圧延鋼板や溶接部分、複雑なエンジンブロックなど見たこともない機械をバラしているのは構造理解のためではない。
単に今度相手をするときにはタダではおかないという心理的印象づけである。
彼女にできるにはその程度だった。
「えへへ。こんなおもちゃ、どうってことないんだからね……」
「やっぱ魔素がねえと飛べねえか」
鎖の寄り集まった体のデメンサヴァリテータは召喚したドラゴンを前にそう呟いた。
場所は魔王城の外縁、城壁の上である。
一時的に強大で魔素消費量の極端に多い魔法を連続して用い、周囲の空間浮遊魔素をゼロにしてある。
つまり、地球の環境の再現だ。
ドラゴンは羽ばたこうとするが、巨体を持ち上げることはできず、無様にも城壁にどっしり体を這わせたまま風を起こすだけだ。
それもそのはず。
本来空力学的にはこのような巨体が羽ばたきの反作用だけで飛べるはずはない。
大気中の魔素を捉えてその作用で空中を舞うのだ。
つまり、今の状態では飛ぶことはできない。
そして、火や氷や魔法属性のブレスを吐くことも。
「やっぱダルマの研究を待つしかねえか。これじゃあ向こうの世界に侵攻するどころじゃねえや」
デメンは鎖が何本も寄り集まってできた腕で頭に相当する部分をジャラジャラと掻きむしった。
ダルマグルンブルンは脂肪で膨れ上がった体を狭苦しい研究室に押し込んでいた。
なんとかしなければならぬ。
異世界--彼らのとっての、という意味で、地球のことだ--に侵攻するためには魔素の調達が不可欠。
どうする? こちらから持っていく? そのような手段は確立されていないし、仮にできたとしても魔法を乱れ撃つほどには確保できそうにない。
現地で生成する。
不可能。
魔素は何物をもってしても作り出せない。
スクウェアを通じて魔素が自然と流れ込むのを待つ。
これしかなかった。
ダルマはその可能性を模索し、計算した。
魔素圧があるからスクウェアがある限り自動的に魔素は地球側に流れ込んでやがて全体を満たすはず。
そのためにかかる時間は……百年単位だった。
はあ、とため息を吐く。
これではどうしようもない。
魔王の寿命が尽きる方が何倍も早い。
無論次の魔王や次の次の魔王にこの戦いを引き継がせてもいいのだが、都合よく現代軍隊の知識を持つ田中祐一のような人間の魂をランダムな時空から引き当てられるとは思わなかった。
まさに田中祐一の知識は千載一遇なのである。
だからこそ、今代で人間抹殺の悲願を達成せねばならぬ。
彼ら魔族の存在意義であるそれを……。
ダルマは方策を探り続けた。
「魔王様ご帰還! 魔王様ご帰還!」
先ぶれのインプが魔王城内を飛び回る。
その後ろを鎧のガシャリという音を立てて歩く魔王と、ツカツカと靴音を響かせて付き随う執事サビナアルナ。
周りにはこうべを垂れる魔王軍の雑兵たち。
ゴブリン、アーマード・ゴブリン、コボルト、オーク、インプ、デーモン。
異形の者たちに君臨する魔王には見慣れた光景。
田中祐一の残滓をまとって転生した彼であったが、この光景を初めて見たときも驚くことはなかった。
ついに夢見ていたシチュエーションが来た。
それだけだった。
彼は夢を見ているようなものなのだろうか?
非現実的な状況が降りかかって来て、それに首尾よく順応した有能なる異形の主。
彼の本当の心根を探りたい、と思っているのは、魔王軍の中ではサビナぐらいのものだった。
他の者は、人類殲滅の悲願を実現してくれるならあえて立ち入らないという姿勢だ。
(私が一番後で、魔王様のお世話と守護をするために生み出された魔物だからだろうか)
遠い昔、まだこの異世界が緑に溢れ、魔王が生まれても簡単に、勇者すら存在しない人間たちの軍隊に討伐されていた頃。
魔界が非常に限定された領域でしかなかった頃。
転生者たる魔王は代々、少しずつ強大な力を持つ幹部を作り出したものだ。
そのいくつかは人間たちとの戦闘で失われたが、今生き残っている幹部たちはそうそうやられはしない一騎当千の者たちばかりだ。
だからこそここまで人間を追い詰めることができたのだ。
最後の仕上げ。
そう、最後の仕上げが残っているだけ。
サビナはこの代の魔王で全てが決まると信じて疑わなかった。
人間を滅ぼし、魔王という存在が消え、幹部たちも知性を失いただの魔物となり、魔界が真に世界を覆ってとこしえの安寧が訪れる日。
それが近いと確信していた。スクウェアが生じたのは僥倖だった。
どうやっても手が出せない場所、人間たちの本拠、転生者の故郷を滅ぼせるのだから。
異世界とこの世界をつなぐ方法を考えなくて済んだのだから。
「サビナ」
「ハッ」
歩きながら物思いに沈んでいたサビナは魔王の一声で意識焦点を内的世界から現実世界にフォーカスする。
「この戦い、早々に決着がつくと思うか?」
サビナは即答する。
「はい、魔王様のお力と才覚があれば!」
「余の能力は問題ではない。問題は魔素だ」
サビナは返答に窮する。
あちらの世界に魔素を送り込む方法など彼女に思いつくはずもない。
全軍の知恵を総動員して探るべきであった。
「これより評定を行う。まず報告を聞きたい」
魔王隣席の軍事作戦会議。
その場で魔王が開口一番そう言った。
幹部は全員出席。
各々発言する。
「魔王様。現時点では地球というあの世界への侵攻は不可能です。魔素が向こうに流入して安定するまでには時間がかかります」
とダルマ。
「魔素なしでは戦えませんからねえ」
とデメン。
「はーいはいはーい!キューピ思いついたんだけど、あいつらにこっちに来て貰えばいいんじゃない?」
オグンはこういう場では口を出さない、決定事項に黙って従うタイプだ。
文字通り空気を悪くしないため、カダヴェラももちろん黙っていた。
サビナはキューピの発言を拾った。
「白痴が、白痴の割には的を射た意見を言いました。魔王様。まずは敵をこちら側に引き込むしか戦争継続の道はないかと」
「ふむ」
魔王は田中祐一の知識で考える。
確かにそうだ。
魔王軍は向こうに攻め入れない、向こうはこちらに積極的介入をしないかもしれない、では、膠着するだけだ。
何か手を打つ必要があった。
イニシアチブを手にしなければならない。
サッカーでボールがダラダラと敵味方でやりとりされている時に、誰かが前に出てかっさらってゴールまで行かなければゲームは進まないのだ。
魔王は立ち上がった。
「魔素なしでも戦闘力を発揮できる魔族を使うしかないな。そういう軍勢を向こうに送り込み、戦闘に引きずり込む」
異論はなかった。
まあ、そもそも、魔王に対し異論を唱えるくらいならわざわざ他の世界から魂を呼び込んだりしないのだが。
作戦は単純で迅速だった。
魔物に時間の都合などないからだ。
即断即決。
魔王が攻撃を決めてから、地球が魔王軍の攻撃を受けるまで、ほんの少しの暇さえなかった。