第十一話 死の森突入
胴体の大きさや形態はワニが近いだろうか。
そんなものがリビングの床の広さほどもある翼を羽ばたかせて飛んでいる。
隊員たち全員が空をめがけ撃ちまくった。
大量の5.56mm弾が撃ち上がった。
大半は空気を貫いて遥か彼方へ飛んで行っただけだが、いくつかは正確に黒いコウモリトカゲの姿を捉えた。
「ピギィ!?」
豚のような鳴き声をあげて三匹のうち二匹が接近を諦めた。
しかし一匹はなおも向かってくる。
距離、30メートル、20メートル、10メートル……。
「うわあ!?どうなってんだ!?クソッ!」
隊員の一人が鋭い鉤爪にがっしり捕まれ、宙へと釣り上げられた。
弾が当たるのを恐れて誰も撃てない。
次の瞬間、哀れな彼の体は重力に従って落下していた。
どじゃっ、という音を立ててその体が地面に叩きつけられた。
即死だった。
「ファック!」
悪態のブロウズ曹長。
今しがた殺されたのは彼の友人だった。
いや、小隊で彼の友人でない人間などいない。
みな仲間なのだ。
その仲間が無残にも殺された。
頭に血が昇ろうというもの。
車両に走る。
とって来たのは携帯型地対空ミサイル。
頭上で旋回している仇に向けて放つ。
「これでも喰らえ!」
シュバッ、と音を立てて飛翔するミサイル。
正常に目標、空飛ぶ爬虫類を捉えると直撃、爆裂、対象を粉々にした。
(あと二匹--)
すぐに動いたのはブロウズ曹長だけではない。
仲間たちは素早く展開した。
ヨン少尉の指示のもと、組織立って小銃や重機関銃での対空射撃を行なった。
もう一匹撃墜! M2の弾が直撃したのだ。
しかし最後の一匹が向かってくる。
また誰かがさらわれた。
「うぉお!?」
間に合わなかった。
二つの鉤爪でがっちり掴まれた彼はどうしようもなく空中へと連れ去られる。
みな口々に彼の名を呼ぶ。
しかしもう手の出しようがない。
高度がぐんぐん上がっていく。
彼は覚悟を決め、手榴弾のピンを抜いた……。
爆音が響き、彼の体とワイバーン・ベイビーの体が錐揉みになって地面へと落下した。
「死者二人です、帰還しやしょう」
ブロウズはそう主張する。
大方の下士官も同意見だった。
ヨン少尉もやぶさかではない。
だがそのためには一旦連絡を取り許可を取らねば……。
「本部、本部。こちら縦深偵察小隊ジョセフ・ヨン少尉。戦死発生、戦死発生、帰還の可否を問う」
返答には時間がかかった。
何度も何度も同じ言葉を繰り返すヨン少尉。
ブロウズ曹長はじめ下士官らが固唾を呑んで見守る。
「こちら本部……」
ただならぬ雰囲気を察せさせる声だった。
「前進基地壊滅、前進基地壊滅。帰還は了承できない、まだ周囲に化け物がいるんだ……我々も何とかスクウェアの向こうへ脱出したいが、叶うかわからん。お前たちはダメだ、目立ちすぎる。別命があるまで待機せよ」
そこで無線が切れた。場の皆が絶句した。
「壊滅って……」
「一体何があったんだ……」
「大佐たちは無事なのか?」
口々に疑問を口にする。
疑問はやがて無根拠な憶測に変わるだろう。ヨン少尉はそれを危惧して、
「黙れ」
と言った。
「今すぐに解消できない疑問は抱くな。心配するのもわかる。だがあまり思い詰めるな。きっと大丈夫、家には帰れるさ。それよりも待機か……」
ヨン少尉は上を見上げる。どす黒い血色の空を。皆が真似する。
「いつまたあいつらに襲われても仕方ないな」
実際、その後五時間で二回、数匹のトビトカゲの襲撃を受け、一人が犠牲となった。
この場で待機していても消耗するだけだ。
そう判断したヨン少尉は暗くなる前に移動することにした。
より奥地へ。無人機の撮影した航空写真だけを頼りに。
目指したのは真っ黒な葉を付けた森である。
ここなら空からの襲撃はないだろうとの判断のもと、小隊は車を走らせる。
無舗装のようでいて、かつて人が通っていたようにも見える。
(やはりこの界隈は以前は人の土地だったのかもしれない)
ヨン少尉はそう思った。
ブロウズ曹長はRSOVを走らせつつ、注意深く周りに目をやる。
黒い塊のような森が近づいてくる。
まっすぐそこへ向かっている。
「少尉、本当に行くんですかい?」
「ああ、それしかないだろう。奴らがもし仮に本来夜行性だったりしたらどうする。数十匹の群れに一度に襲われたら終わりなんだぞ」
「そうですが……」
ブロウズは気が進まなかった。
いくら平野が空から無防備で危険とはいえ、森が安全とはとても思えなかったのだ。
しかし他に行き場所がないというのも本当で、納得するしかない。
ちらりと横のヨン少尉に目をやる。
重苦しい表情だった。
三人の部下を失って、冗談も言えない。
もともとクソ真面目な人だったが、重苦しいほどに思いつめている様子がブロウズにもありありとわかった。
「着いたな」
やがて森の端まで到着する一行。
近くに寄ってみると、まったくもってなんとも不気味な森ではないか。
葉は黒々として、もうすっかり暗くなりつつある周りと比べても数段色濃い闇をもたらしている。
森の中は真の闇だ。
怖気付く兵士たち。
曹長、本当にこの中に入るんですか? と訊かれるブロウズ。
それしかないだろう、と返す。
先頭をきったのはヨン少尉だった。
背の高い、十メートルはあろう木々が黒い葉を生い茂らせる中を歩いて行く。
下生えは少なく、歩くのに支障は全くなかった。
渋りつつも着いて行く隊員たち。
車両は万一にも狙われないよう、森の奥まった場所に入れて迷彩ネットで隠した。
これがなければ帰るにも帰れない。
ともかく、さっさとある程度森の奥まで入ることだ。
空からの脅威も、森の中の未知の脅威からも安全な場所が見つけられるといいのだが。
訓練通りの、索敵用の陣形の後方位置を歩きながらブロウズ曹長は思った。
周囲は暗く、あまり隊員同士距離を取るとはぐれてしまいそうだったので、周りのフラッシュライトの明かりの数を常に確認しつつ歩いた。
開けた場所に出た。
ここなら休めそうだ。
40マイナス3人--遺体はもちろん車両に安置してある。極秘任務ゆえ、星条旗に包まれて国防長官に出迎えられつつ故郷に帰される、ということはなさそうだ--は押し合いへし合い広場に腰を下ろす。
やっと落ち着けた気分だった。
持ち前のサバイバルスキルで焚き火なしで暗闇の中心理的安息を得る。
もちろんチームに分けて歩墻を立て、見張りながら。
ピクニックにきているのではないのだ。
ここは敵地よりも危険な、未知の世界なのであるし。
誰も何も言わない。
帰れるのだろうか? そんなセリフしか出てこないだろうし、それは誰にもわからないからだ。
ヨン少尉は警戒を解かない。
隊員には大の字になっていびきをかいている者すらいるが、彼の休息は後回しだ。
あたりが真っ暗になってまだそれほど経っていない。
新たな脅威の存在が想定された。
一時間ほど経って、光が近づいてくるのが見えた。
二歩の距離まで近づいてきてやっとわかったが、一番外側を警戒していたブロウズ曹長だった。
「闇の中で妙な音が聞こえやがります。ガシャン、ガシャン、と。明らかに意思のある感じです」
ヨン少尉の反応は素早かった。
すぐに休んでいる兵士たちの元へ行って戦闘準備の指示を出す。
彼らもさすがは特殊部隊、すぐに動く。
闇の中、一糸乱れぬ統率された動きで展開する。
あっという間に今しがたまでいた広場中心の輪形の陣を敷いた。
ブロウズ曹長も短い草生える地面に伏せ、銃を構える。
半身を立木で隠すのも忘れない。
相手はなんだ? 先ほど聞いたガシャンという音の正体は? 考えてもわからなかった。
真っ暗な闇の中、正体もわからぬ敵を待ち構える。
気が変になりそうだった。
暗視ゴーグルさえあれば。
そう思わずにはいられない。
五分、十分。
訓練された彼らは緊張を解かずに周りに気を配り続ける。
十五分が経ったある時だった。
ブロウズ曹長の耳に先ほども聞こえた音が聞こえてきた。
だんだんと。
忍び寄るように。
ヘルメットのインカムでヨン少尉の声が聞こえた。
「こっちでも音を聞いてる。どいつに連絡取っても聞こえるらしい。囲まれてるな」
ブロウズ曹長は背筋がぞわっとするのを感じる。
呼吸が荒くなる。
銃口がガタガタ揺らぎ始める。
暗闇に目を走らせる。
「いいか、引き付けろ。引き付けたら一斉にライト点灯、射撃開始だ。合図する」
音がどんどん大きく、重なって聞こえるようになってきた。
ガシャンガシャンガシャン……。
「ライト点灯! 撃て!」
ブロウズ曹長は考えることなく動いた。
フラッシュライトの電源をオンにし、引き金を……。
しかし、ライトは点かなかった。
慌てて何度もスイッチをいじる、しかし、反応はない。
参った。
こんな状況で故障だなんて。
ブロウズは辺りを見回す。
いや、正確には耳をすませたのだが。
ガガガっという発砲音。
人間の悲鳴。
これは、何が起こっているんだ。
何が、何が。
小声でインカムに声を流す。
「こちらブロウズ、誰か応答してくれ、状況を……」
「ファック!ファック!なんだこいつら、銃が効かね……うわあ!」
「ぐっ、撃て!撃て!撃ちまくれえ!」
ヨン少尉の焦った声。
ただならぬ状況だ。
どうしよう。
ブロウズ曹長は思考を巡らせる。
銃声が少なくなってくる。
パパパン、パパン、と、だんだんとまばらに……そしてついに聞こえなくなる。
よし、倒したのか、そうだ。そうに決まってる。
そう……。
インカムに話しかける。
暗闇の中で、これだけが頼りだ。
「こちらブロウズ曹長。誰か、誰か応答を……」
返事は、なかった。
ブロウズは一瞬で絶望に突き落とされた。
まさか、まさかまさかまさか、
全、
滅?
その時、気まぐれなフラッシュライトが生き返った。
その瞬間、闇の中に動く気配が。
恐怖に動けなくなったブロウズ曹長、その目の前、フラッシュライトに限定された視界の中に現れたのは……。
不思議な質感の鎧を着込んだ人間型の生物だった。