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(未完)大魔界大戦 米軍VS魔王軍  作者: 北條カズマレ
第一章 魔界に入りし者
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第十話 魔界調査、出発(引用アリ)

引用あり

日本聖書協会『聖書 新共同訳』 詩編023編004節

 愛するシェリーへ。


 いつもあんまり帰れなくてごめんよ。


 君の9歳の誕生日に家にいなかったこと、今でも許してくれないのかい?


 もうすぐ君は10歳になるね。


 お父さん、また君の誕生パーティには出席できそうにないよ、それでも



 破る。丸める。放り投げる。




 愛するシェリーへ。


 あまり君と一緒の時間を過ごせなくて、ダメなお父さんだったね。


 それでも君を愛していることだけは本当なんだ。


 信じて欲し



 破る。丸める。放り投げる。


 ああ、と、ブロウズ曹長は頭を抱えた。


「くそったれ」


 ぼそりと呟く。


 手紙で何を言っても自分勝手な自己正当化に思えて来る。


 そう、自分はダメな父親だ。


 娘から「いつも見守ってくれるパパ」という存在を奪って軍隊に捧げてしまった親失格の男だ。


「この電子の時代に残すのが紙の手紙だなんてな」


「少尉……」


 いつの間に自分のテントに入ってきたのか、そこにはヨン少尉がいた。


 ブロウズにとってはいつになく優しい印象を得る眼差しで、彼は見ていた。


 いつもいつもイタズラや軽口ばかりのブロウズをヨン少尉は「仕方のない奴め」という目線で見てきたが、今日は違っていた。


「お前もいっぱしの父親だったんだな。ガキよりもガキみたいだから、意外だぜ」


「へへ、軍隊入って間もないころに作っちまった娘なんです、あんまり見てやれなくて……」


「ほう」


 狭い共同使用のテントの中で、ヨンはブロウズの座るベッドにどっかり腰を下ろす。


「今回はやはり、ちょっとばかし無茶な命令だな。あんな奴らばかりがいるかもしれんしな。だが、誰かがやらなきゃいけない。俺たちの合衆国ステイツに、あんな奴らが押し寄せて来るかもしれないんだからな。情報を得る者が必要だ」


「そうですね……」


「納得いかんのか?」


 ヨン少尉としばし目を合わせるブロウズ。


 沈黙の中にくすぐったい喜びがあった。


 この人とは実戦も訓練もずっと一緒にやってきた。


 世界一信頼できる相手だ。


 そういう確信をブロウズは抱くことができている。


 自分の感ずる恐怖も、不満も、全部わかってくれているのだ。


「いえ、俺らは命じられたことをやるだけですわ」


 立ち上がる。


 娘への手紙は後回しだ。


 絶対生きて家族の元に帰る。


 誕生日には間に合わなくても。


 必ず。




 二人でテントの外に出る。


 せわしなく準備が進んでいる。


 あと一時間でこの荒涼とした世界の奥地へ向けて出発の運び。


(どうよ?ワクワクするじゃないの。前人未到の地を冒険する。今の人類には味わえそうもない特権を楽しもうじゃねえか)


 それがブロウズの心の半分であった。


 もう半分は、家族の元にあった。




二〇一七年五月九日時刻2100

地球、米国、カリフォルニア州、某都市郊外、ブロウズ邸

X+七日


 シェリーはお人形さん遊びが大好きだった。


 クリスマスにパパから買ってもらった人気アニメのぬいぐるみや、ママがお洋服を作ってくれた着せ替え人形。


 たくさんの「お友達」を用意しておままごとの用意をする。


 他に誰もいない家で一人黙々と人形を並べる。


 小さな丸テーブルを囲むように。


 用意ができると、自分もその輪の中に加わるのだ。


 人形がぎゅうぎゅうに並んだテーブルの向かいにちょこんと座る。


 束ねたウェーブのかかった長い金色の髪を弄りながら見渡す。


 これで寂しくないはずなんだけどな。


(シェリー、もう大きいんだから、シッターさんはいらないでしょう?)


(うん、わたし、もう大人だもん。一人で大丈夫だよ)


 じっと黙る。


 その時、玄関が開く音がした。


 本当は駆け寄って行きたかったが、ここはあえて控えめに、何テンポか置いてから母アンナを迎えに行く。


「シェリー、ちゃんとお留守番できた?」


「はい、ママ」


 おきまりのやりとり。


 シェリーは甘えん坊の自分を抑え込み、抱きつきたい衝動をこらえて、聞き分けのいい、いい子を演じる。


 これから夕食の準備があるのだ。


 邪魔しちゃいけない。


 夕食の席で、母に聞く。


 ダディはいつ戻って来るのか、と。


「そうねえ、ごめんなさい、マミーにもわからないわ」


「私の誕生日には間に合うかな?」


「間に合うといいわねえ」


 マーティンが帰ってこないことなどもう慣れっこだ。


 いない方が普通になってしまった。


 アンナはもう諦めていた。


 このまま永遠に帰ってこなくても、それは仕方ない、と。


 しかしシェリーはそうではない。


 大好きな大好きなお父さん。


 今どこにいるの?


「お父さんは今、海の向こうで大事な仕事をしているわ。大勢の人の命を救うための、大事なお仕事よ。だから、ね?我慢なさい?」


 シェリーはそういうおきまりの言葉を聞くと、黙るしかないのであった。




二〇一七年五月十日時刻1130

異世界、魔界、ベリアル暴力公領内、スクウェア出現地点近傍、米軍前進基地

X+七日


「出発だ、手を振って見送れ」


 スミス大佐の計らいで、手の空いているものは全員ヨン少尉率いる縦深偵察小隊を見送った。


 M2を載せたRSOVが8両、トラックが2両、総勢40名。


 数日の遠征に耐えられる装備だった。


 先頭のRSOVに乗るヨン少尉が呟く。


「"死の陰の谷を行くときも/わたしは災いを恐れない。あなたがわたしと共にいてくださる。あなたの鞭、あなたの杖/それがわたしを力づける"(日本聖書協会『聖書 新共同訳』 詩編023編004節)」


 運転席のブロウズが笑みを浮かべた。


「へえ、詩篇23編4節ですか」


 ヨン少尉は意外そうに曹長の方を見た。


「ほう、すぐにわかるとは。祈りの章句を思い出すのにも苦労するタイプかと思っていたよ」


「へへ、妻が熱心でね。その部分、あいつを口説く時に使ったんすよ。戦争に行ったって俺は怖くねーよって」


「なるほどな」


 ブロウズはアクセルを踏む。車体が軋みつつ前へと進む。前人未到の荒野へ。


「少尉はどうだったんですか?その、奥さんとの馴れ初めは」


「ああ、妻か。あいつは病弱なやつでなあ……」




 高校まではスポーツに励み、卒業してからは軍隊。


 いいルートだ。尊敬され続けるルート。


 この国には正しい道を歩む人間を尊重する文化がよく根付いている。


 いい国だ。


 運転しながら、彼は心底そう思った。


 だからこそ、彼には責任が伴うのだ。


 命をかけるという責任が。


 それは物語だった。


 信仰だった。


 アメリカの光ある道に置かれた碑文から読み取れるものだった。


 それに沿って彼は英雄ヒーローの道を行く。


 いっぺんも曇りのない眼で。


「しっかし」


 ヨン少尉が久しぶりに口を開いた。


 もう出発して数時間、話題が尽きてだいぶ経つ。


「この世界はオハイオよりひどいな。殺風景だなんて言葉じゃ言い表せんぞ」


 彼のいう通り、ここ、魔界の風景はひどいものだ。


 枯れた立木が数本。あとは赤茶けた土と岩ばかり。


 血染めの空は不気味な印象しかもたらさない。


 ブロウズ曹長が助手席の方を向く。


「少尉ぃ、俺の祖父はオハイオ出身なんですよ」


「おお、こりゃ悪い。許してくれ。あそこのロードサイドで食ったミートローフは絶品だったぜ」


 そんな会話をしているうちに、どう見ても人間が作ったとしか思えない建物が見えてきた。


 事前のブリーフィングにあった、調査対象Aだ。


「大昔の民家に見えるが……」


 と、ヨン少尉。


 それは村だった。


 打ち捨てられ朽ち果てた、人間の村だった。


 隊員たちとともに車両を降り、いくつかの建物を調べる。


 小銃にマウントしたフラッシュライトが人気のない民家の中を照らす。


(中世欧州の農民の家みてえだ)


 ブロウズは小隊の仲間とともに探索しながら思った。


 様式は確かに中世ヨーロッパの農村のものだ。


 ひとしきり映像を頭部マウント式撮影機器ヘルメットカムに収め終わると、村の中心部に集合する。


「住民がいなくなって数年ってところか。どう思う?マーティン」


「テービルの上にはパンと食料の化石。数年は経ってる。逃げたとするならよほど慌てたんでしょうな」


「うーむ」


 隊員たちも口々に見解を述べたが、どれもイマイチしっくりこない。


 まあ、小隊の任務は情報の収集であって解釈ではないから別に構わないのだが。


「よし!」


 ヨン少尉が大きな声を出した。


「この場所の調査はもう十分だ! 楽しいピクニックの再開だ! 車に乗れ!」


 全員の顔を見てそう言ったヨン少尉の視界の隅に、何かが映った。


 空だ。


 赤い空をバックにひらりと何かが見えたのだ。


 よく目を凝らす。


 黒っぽい体、大きな羽。


 長い尾……。


「あれは何だ?」


 空の一点を指差すヨン少尉。


 ブロウズ含む隊員たちもそちらを見る。


 そこにいたのは……。


 ワイバーン・ベイビー。


 魔素カルマプラズムではなく、純粋に地球と同じ物理法則に従って飛ぶ魔物である。


 それが三匹。


 獲物を探して飛び回っていたのである。


 とりわけ、人間が彼らにとってのご馳走だった。


「こっちへ来やがる!」


 蛇のような首を小隊に向けて滑空してくるワイバーン・ベイビー。


 ブロウズ曹長が銃を構える。


 チラリと横のヨン少尉を見る。


 彼も銃を構えた。


「発砲許可! 撃て撃て撃て!」


「うおおおおおお!!」


 M4のセミオートの射撃音が村に響いた。

引用あり

日本聖書協会『聖書 新共同訳』 詩編023編004節

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