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(未完)大魔界大戦 米軍VS魔王軍  作者: 北條カズマレ
序章 残虐なる軍隊
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第一話 死亡、転生、開戦

 田中祐一が30歳になった頃、米国ネヴァダ州の砂漠に四角い「穴」が空いた。


 地面に空いたわけではない。


 何もない空間に穴が空いたのだ。


 地面に接する辺が500メートル、垂直に伸びる辺が700メートルもあるそれは、異世界、つまり、地球以外のどこかへとつながっていた。


 異世界からは来訪者がやって来た。


 魔王。


 そう呼ばれる存在が頂点に立つ、超常の力を持つ異形の軍隊。


 米国は戸惑いつつもそれを撃退、「穴」の出現から五年、ある程度の安定した管理を実現していた。


「死にたい」


 だがそんなことは田中祐一には関係なかった。


 彼は絶望していたのだ。


 この世の中の全てに。


 彼の人生は端的に言って最悪だった。


 親からは見捨てられ、級友からはいじめられ。


 誰からも愛されず、大きな喜びも知らず、ただあるものと言えば偏執的な軍事や政治の知識だけ。


 全くもって救いがない。


 死を願うのも当然だろう。

 


 ある日、コンビニからの帰り道、降りしきる雨の中傘もささずに歩く。


 彼は熱っぽい頭をもたげつつこう願った。


「ああ、どうでもいいや、こんな人生、こんな世界、滅びちまえ……でも、せめて、異世界とかいうのは一度、見てみたかったかな」


 世界よ滅べという大きな呪い。


 異世界を見たいという小さな思い。


 ずぶ濡れの彼は二つを同時に強く願った。


 純粋な願いだった。


 頭の中の血液がそれだけを宿すような、ずんとした感触があった。


 何か、冷たい手のようなものが彼の頭に入り込んでくる感覚。


 どさり、と倒れる。全身から抜ける力、だんだんと弱くなっていく拍動。


(なんだ?これ……)


 それは疑問の言葉のようでそうではなかった。


 彼には分かっていた。


 ついに日頃から口にしていた夢が叶うのだ。


 死にたい、その願いが。


 田中祐一は水溜りに突っ伏したまま静かに目を閉じた。雨の音が遠ざかっていった。




「……おーさま、まおーさま!」


「うっ!?」


 彼が目覚めたのは薄暗い空間だった。


 闇の中自分と周りだけがぼうっと照らされている。


 どうやら椅子に座っているようだが、手足の感覚に違和感がある。


 右手、目の前にかざしてみる。


「なんだ、これは?」


 死に際の言葉とほぼ同じセリフを口にする。


 そうだ、死んだのではなかったか? 自分は。


 田中祐一の頭の中をいっぱいの疑問符が支配するが、すぐに驚きの波に押し流される。


 彼の右手はよく知る華奢な痩せっぽちの腕ではなかった。


 丸太のようにたくましい太さで、金色の籠手に包まれていた。


 握る。


 確かに動く。


 自分の腕で間違い無いようだ。


「お目覚めのようですな」


 声のした方に目を向ける。


 明かりの中に進み出てきたのは、非人間的なまでに肥え太った老人。


 恵比寿様をふた回り大きくしたらこんな感じになるだろうか。


 しわがれた声で老人が喋る。


「ほっほっほ……さて、招魂の儀式は成功のようですな。魔王様、いや、見知らぬ世界の方よ。新しい体に転生したご気分はどうですかな?」


「新しい体、だと?」


 田中祐一は自分の体へと視線を落とす。


 同時に手で胸やら腹やら、座ったまま色々とまさぐってみる。


 どこも自分の記憶にある体とはまるで違っている。


 分厚い金色の鎧を身にまとってはいるが、その上からでも自分の体の肉の盛り上がりがわかった。


「どういうことなんだ!?」


 思わず口をついてでた言葉。


 それに周りを取り囲む異形たちが反応する。


「んーとね!まおーさまは別な世界からこの世界によびだされたんだよ!まおーさまにふさわしい、邪悪な波動を持った魂がね!」


 田中祐一はその言葉の主、頭に二本の角の生えた少女の方を見る。


 その少女はいわゆるゴスロリ服を着ていた。


「魔王?魂?」


 彼は問うともなく口に出す。


 本当に自分の置かれた状況がわからない。


 恐怖にも似た困惑が彼を支配していた。


 頭痛の幻覚、頭に手をやる。


「ここはどこなんだ?俺が意識を失ってから、というか、あれは明確な死だったか……あれからどれだけ時間が経ったんだ」


 その言葉に答えるのはかすれた太い男の声。


 喋るたびに聞こえるジャラジャラとした鎖の音がうるさい。


「その問いに答えるにはあんた様に現状を正しく認識してもらわねえとなりませんや、魔王様。あんた様は時空を超えて転生なすったんですから。新たなる魔王として」


 田中祐一は目をやる。


 そこには鎖の塊がいた。


 大まかな人の形、胴体から手足の形の突起が生えている、鎖だけの化け物だ。


「まあ、どんな世界、どんな時代からお越しになった魂でも、人間を憎む心だけは変わらないはずですわなあ。人間の残党を消し去ってくれるでしょう」


 それを聞いて頷くのは肥満体の老人。


「新たな魔王様は確実にその精神と素質に関して魔王たるにふさわしいお方ですが、こちらの世界の知識は持ち合わせてはいないはず。色々とお教えせねばなりますまい。ところで質問にお答えするなら、そうですなあ、魂の波動を見るに、あなた様は人間だけが群れて暮らすもう一つの世界からやってきなすったのでしょう。魂の年齢から推測するに、あなた様はあなた様が前の世界で死んだ時点より前の時点に転生なさったのですな。どの程度遡ったかと言うと、正確なところはわかりませんが、およそ10年ですかな」


「なぜそうなったか詳しく説明しろ」


 素直に要求を口にする田中祐一。


 答えるのは肥満体の老人。


「あなた様は我々の執り行った儀式により、次元も時空も超えてその魂をこの世界に呼び出されたのです。汚れ切った、純粋な闇のごとき魂が。つまり、魔王として転生を果たしたのでございます」


 なるほど。


 なるほどなるほど。


 分かってきた。


 田中祐一の夢見がちで空想癖のある心は瞬時に状況へと追いつくことができた。


 つまりどうやら自分は例の異世界の魔王に時間を遡って転生したらしい……。


 米国に空いた「穴」で繋がった例の世界に。


 田中祐一が自分の置かれた状況に納得したその時、ツカツカと靴音を響かせて近づく影が一つ。


「新たな運命を受け入れてください、新たな魔王様」


 燕尾服のメガネの女。


 透き通るような、それでいて芯の通った強い声で語る。


「魔王様は最強の軍隊である魔王軍の総帥としてお生まれになるお方。生まれたその瞬間から究極の肉体と潜在能力のすべてを発揮する力をお持ちなのです。そして、人間を憎む邪悪な心も。どうか その力を使い、残った最後の目障りな……この世界に蔓延る最後の人間どもを滅ぼしてください」


「この世界、ねえ………。フッ、最強の軍隊?」


 田中祐一は思った。最強の軍隊ねえ……。


「フハハハハハハ!」


 笑う新しき魔王の姿に、皆がキョトンと困惑を見せる。


 笑い声の響く中、立木のような高く細長い影が闇の中から駆け出してきた。


 4メートルはあろうかという、枯れ木のように細く手足の異様に長い、黒い長髪の女だった。


 その女は狂ったように笑う田中祐一--いや、金色の鎧をまとった彼はもう魔王としか呼べないか--の元に走り寄ると、長い体を膝まづかせて彼の顔を覗き込んだ。


 それを見て取ってゴスロリ服の少女が、


「おい!間違っても喋るなよ!あんたが喋ると瘴気が漏れでるんだから!吐き気がしてどうしようもないんだからね!?」


 と、叩きつけるように言った。


 長身の女は彼女の方に不安そうな顔を向ける。


 しかしまた別の声がした。


「今はそんなことはどうでもいい」


 獣が唸るような声。


 魔王以外の全員がその主の方を振り返った。


 そこには真っ白な毛皮に炎をまとった、獅子の頭に大猿の体の怪物がいた。


 のしのしと拳を床に突き立てつつ四つん這いで歩み寄ってくる。


「魔王様の御哄笑の理由を察せよ。それが臣下の本分。サビナ、何かおかしなことを言ったのでは?」


 その獣は正論を唱えた。


 これで代々の魔王に仕えてきた側近たちは全員が揃ったことになる。


 全員の視線が魔王へと戻る。彼はまだ狂ったような哄笑の中にいた。


「フフフ、ククク、最強、最強ねえ」


 魔王は立ち上がると、居並ぶ側近たちへと王者然とした傲慢そうな足取りで歩み寄る。


 ざっ、と、異形の腹心たちは横手に下がり、真ん中に道を作った。


 ほとんどが人間の姿ではない、怪物としか呼べない者たち。


 彼らの間を通り過ぎると、魔王は一言こう言った。


「お前たちは、負ける」

 

 腹心たちが息を飲むのが分かった。


 肉塊のような老人が問い返してくる。


「それは、何に負けると? 未来の世界から来たということは、何か我々の知らないことをご存知なのですね? どうか、無知な我々にご教授願えませんか……?」


 魔王は上を向いた。


 闇に包まれた部屋の、鬼火のようなぼうっとした魔力の光で照らされたその中では、天井は見通すことができなかった。


「人間の残党ねえ。お前たちはこの世界の人間しか相手にしたことがないらしいな。負けるというのは、別の世界の人間にだ。ここではない世界の、私のいた世界の人間の軍隊に」


 絶句だった。側近たちは言葉を失った。


 想像だにしなかったのだ、そんなことなど。


 誰ともなく、


「まさか……」


 と呟く。


「だが案ずるな、魔物どもよ」


 ガシャリ、と鎧の重たい音がした。


 魔王は左手を掲げ、力を込めて宣言する。


「この俺を、いや、余を呼び出すことに成功したからには、断じてそんな結末にはさせん。おお、我が配下たちよ、余と共にその時に備え、軍備を整えるのだ!人間を滅ぼすために!」


 側近たちはひざまづいた。


 魔王の前に。


 応、の掛け声と共に。


 それを見て満足そうにうなづく魔王。


 堂に入っている。


 まさしく魔王そのものの振る舞い。


 果たして、彼は本当に田中祐一、ただの人間だった田中祐一なのだろうか?


 彼は夢見ていたのだ。


 こんなシチュエーションがやってくるのを。


 この状況は、まさに彼がずっと妄想していたそれであったのだ。


 彼は魔王としてそれらしく演じた。


 快感に打ち震えながら。




〜田中祐一の転生から五年後、「穴」が魔界と地球を繋いでから七日〜


 魔王は丘の上に立っていた。


 魔界の、草木も生えぬ荒涼とした丘の上に。


 どす黒く地に染まったような空の下、眼下に広がる光景へと剣を掲る。


 遠景、いくつかの車両と千人ほどの人間が群れるテントの数々へと。


 彼の後ろには六人の側近と万の魔物の軍勢。


「さあ、我が配下たちよ。『穴』のこちら側に小癪にも進出した奴らを駆逐し、さらにその向こうへと進撃するのだ!!」


 轟く雄叫び。


 戦闘の火蓋が切られた。

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