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ファンタジア・コンプレックス  作者: 恵戸せとら
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1. 噂

 (まこと)しやかに語られる噂や都市伝説。夏になるときまって特番が組まれる怪談。そういった話は、最初から誰も信じていないものだ。嘘だと分かっていながら怖がってワイワイ騒ぐ、そういう類のものだと思っていた。

 

 あれは新学期が始まってしばらく経ち、夏休みも近づいた7月はじめのことだった。突然とある噂が生徒たちの間で広がりはじめ、学校中がその話題でもちきりになった。

 

 「三倉(みくら)中学校知ってるだろ?隣町の。あそこの生徒がさ、うちの学校の裏山で行方不明になったんだって」


 そんな風に加賀見麓矢(かがみろくや)に教えてくれたのは、同級生のマサルだった。フルネームは斎藤勝(さいとうまさる)、ちょっと色黒でまだ声変わりしていない、麓矢と同じ中学1年生だ。

 

 「マサルもそういう話、好きなんだ?」

 「ミロは嫌いなのかよ」

 ミロというのは、麓矢のあだ名だ。かが【みろ】くやの真ん中を取ってミロ。別段かっこいいというわけではなかったが、麓矢はこのニックネームが気に入っていた。

 

 「そんなことないけど」

 「みんなこの話ばっかしてるぜ。しかもさ、行方不明になったっていう三倉中の子、《本当に消えちゃった》とかでさ」

 

「《本当に消えちゃった》って?」

 

 麓矢は興味のない素振りをしていたが、つい食いついてしまった。やはり、彼もそういう話が気になるお年頃ということだろう。

 

 「みんな忘れちゃってたんだよ、その子のこと。親ですら記憶がなかったらしい」

 マサルは荒い鼻息で話を続ける。こういうとき彼の目はとてもキラキラしていて、それだけ彼が興奮しているということが、親友の麓矢にはよく分かる。


 「それで次の日の朝、出欠確認のときに気づいたんだって。学級名簿に載ってるその子がいないってことに」

 「つまり、それまでみんなソイツのこと忘れてたって訳?」

 「そう!」

 

 おかしな話だ。みんなの記憶から消えていたというのに、名簿には名前が残っていた?

 

 「じゃあさ、名簿に名前が残ってなかったらこの噂話も生まれないよな。誰も覚えてないんだから、話題になるはずないし」

 「・・・」

 麓矢の言葉にマサルはハッとしたが、心底不満そうだった。それから深いため息をついて、面白そうな話だと思ったのになぁと呟いた。

 

 「行方不明者がいるというのに、フキンシンだな」

 と麓矢が冗談めかして言うと、マサルは

 「お前、信じてないんじゃなかったのかよ」

 と突っ込んだ。二人とも楽しそうに笑い合って、それからは噂の話はしなかった。


 放課後になっても、学校は例の噂を語り合う生徒で溢れていた。噂にはどんどん尾ひれがつき、行方不明者は今も増えつつあるだとか、実は神隠しに見せかけた殺人事件だとか―――噂を広めた人間が聞いたら、さぞや嬉しさのあまり小躍りするだろう―――そんな話に仕上がっていた。そんな様子を教師たちも(いささ)か問題視していたようで、いつまでも教室に残って雑談をしている生徒たちに「そんな事件は無い」などと言い聞かせつつ、帰宅を促していた。

 

 それは麓矢も例外ではなく―――とはいっても彼は雑談をしていた訳ではなく、図書室で読書をしていただけなのだが―――生徒たちの流れにあわせ、家路についたのだった。

 

 静まり返った家の、自分の部屋へ階段を上がる。二階へ上がってつきあたりのドアを開ければ麓矢の部屋だ。麓矢は部屋に入ると、すぐさまベッドへ仰向けに倒れこんだ。ふぅーっと深く息を吐き、目を閉じて一日を振り返る。そうやって麓矢は、その日誰とどんな会話をしたか思い出したり、失敗をしたらそれを反省したりする。これはいわば、彼の日課のようなものだった。

 

 麓矢はというと、この行為を自分への戒めのように自覚していた。幼い頃、麓矢の父と母が亡くなってからというもの、麓矢は毎日毎日父や母との思い出を喚び起こしては、涙も枯れるほどにわんわん泣いていた。そんな彼を救ってくれたのは、父の兄にあたる加賀見信一(かがみしんいち)とその妻である幸子(さちこ)であった。


 この夫妻は麓矢の父母の死後、彼の憔悴しきった様子に居ても立ってもいられなかったようだ。

 葬式に参列した親戚一同の前で、信一が言い放った

 「良いか!この子はうちで面倒見るから!」

 という言葉は、今や加賀見家の伝説になっている。


 幸子は「そのときの信一さんったら、ほんっとうにかっこよくって!惚れ直しちゃったわ」と、たまに話のネタにしては、見ている麓矢が恥ずかしくなるくらいに夫婦でイチャイチャするのだった。


 夫妻には子供がいなかったし、共働きの上に子育てとなると、それはもう大変だっただろうと麓矢は想像する。それでも、夫妻はわが子同然のように麓矢に愛を注いでくれた。頻繁に夫婦一緒に休みをとっては、麓矢を色んな場所へ連れて行ってくれた。


 麓矢自身彼らの存在がなかったら、自分は今頃自殺していたんじゃないか、と想像する。それほどに叔父夫婦には感謝しているし、本当の両親のようにも思っている。

 

 しかし父母が亡くなって7年経った今でも、麓矢は寂しさを感じずにいられない時がある。叔父夫婦の愛は十分すぎるほどだが、ふとした瞬間に実の両親を思い出してしまうのだ。そんな時はきまってベッドに寝転がって目を閉じ、その日あった出来事と共に回想するのだった。実の父と母を忘れない為に。あの時の失敗を繰り返さない為に。


 さて今日の麓矢が振り返る事といえば、やはりマサルと話したあの噂だった。麓矢に言わせれば、その行方不明事件とやらには怪しい部分がいくつかあった。

 

 そもそも問題の裏山というのは、正確には麓矢たちの通う舟橋(ふねばし)中学校の南側にある大羽山(おおばやま)のことだ。学校と大羽山の間には小滝川(こたきがわ)が流れ、学校の南西にある橋を渡ればすぐ、大羽山の麓の〝大羽(おおば)神社"だ。

 

 また大羽山の南側は切り立った崖になっており、崩落防止のためにコンクリートで補強され、落石を防止するためのネットと高いフェンスが張られている。このフェンスは大羽山を取り囲むようにぐるりと張られているが、大羽神社と石段周辺にはない。このことから行方不明者は、無理にフェンスを越えようとしない限り、大羽神社の石段を登って神社の境内を通り、大羽山に入ったのだと考えられる。しかし麓矢は、これはあり得ないだろうと推測する。

 

 これは幸子から聞いた話なのだが、近頃は全国の神社仏閣に落書きをされたり、火をつけられたりする事件が相次いでいるのだそうだ。そのため大羽神社に限らず多くの寺社で、監視カメラを設置したのだという。これが本当なのであれば、行方不明になっている子供はカメラに映っている可能性がある。


 それに、もしそんな事件があれば大きなニュースとして取り上げられているはずだった。学校からの帰り道、スマートフォンで大羽山や三倉中に関する事件がないか調べてみたが、まったく情報は得られなかった。


 (やっぱり、ただの噂話だったのかな)


 内心ガッカリしている自分に気づいて、麓矢は少し驚いた。自分もマサルのように、この噂に期待していたのだろうか。


 そうして(しばら)くこの不可解な気持ちについて考えてから、そうではないのだと麓矢は思い直す。麓矢が期待していたのは噂の内容ではない、もっと別のものだった。

 

 (なんでみんな、あんなに夢中になってたんだろう)


 そんな疑問が頭に浮かぶ。

 

 これまでも、噂や都市伝説といった手合いのものは麓矢のまわりでも流行ったことがある。でもそれはお菓子のガムのようなもので、味がなくなってしまえばつまらない、くだらない話に成り下がるのだ。さらに言えば、麓矢が嘘を見破った時のマサルのように、そのタネが明かされてしまえば途端に面白みがなくなってしまう。みんなが朝から放課後まで熱中するようなものでは、断じてない。


 ―――……そうだとしたら、なぜ?


 時計の長針が1周まわるほどの時間を費やしても、その答えは得られなかった。


 あれこれと考えているうちに、麓矢は頭が痛くなってしまった。ベッドの脇の目覚まし時計を見れば、午後5時をさしていた。叔母さんが帰ってくるまではまだ1時間ほどある、少し眠ろう。そう思って麓矢は、うとうとと眠りについたのだった。









 気がつくと麓矢は、舟橋中学校の校門の前に立っていた。

 麓矢はすぐに、自分が夢を見ているのだと自覚できた。以前本で読んだことがある。これは明晰夢(めいせきむ)というヤツだ。


 (明晰夢って、たしか好きなことを何でもできるんだったよな)


 と、麓矢は期待に胸を膨らませた。しかしどんなに頑張ってイメージをしても、好きな食べ物もゲームも、女の子も出てこなかった。麓矢は少しがっかりした。


 学校は、しんと静まり返っていた。それはいつもの校舎や校庭だったけれど、なんだか麓矢の知っている学校とは違う雰囲気を漂わせていた。


 玄関をくぐり、下駄箱の横を通り抜ける。普段なら土足のまま廊下に出れば先生に叱られるものだが、今は誰も見ていない。学校では一応優等生で通っている麓矢は、自らルールを破るという体験にどきどきした。

 

 誰もいない廊下をぶらぶらと歩く。どの教室を覗いてもあるのは机と椅子ばかりで、人の気配は感じられなかった。おもむろに教室に入って、自分のではない椅子に座ってみたけれど何も面白いことはなかった。


 「誰かいませんかー!」

 なんて叫んでみる。麓矢の声は、がらんとした空間に何度も反響してやがて消えた。麓矢は今更になって孤独を感じた。父母を失ったときほどではないけれど、心に隙間が出来たようで苦しかった。


 そんな暗い気持ちを振り払うかのように、「つまんねー」と呟いてみた。

 

 「そう?私は楽しいけど」

 突然、背後で誰かがそう言った。綺麗な、女の子の声だった。

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