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第十九話  『殺意』

 俺の頭の中にあるのは、もはや殺意だけだった。いかにして目の前の敵を殺すかということしか考えていない。必殺の瞳で俺はホブゴブリンをにらみつける。


 しかし、俺と相手の実力差は圧倒的だ。正攻法では勝てない。


 今までの俺ならば、全てを諦めていただろう。しかし、今の俺は違った。


 正攻法では勝てない?ならば、正攻法でなければいい。俺は頭をフル回転させて、目の前のホブゴブリンを殺すための手段を模索する。今まで使われなかった思考回路が、一気に稼働するような感じがする。まるで、脳がその役目を果たすことをずっと待っていたように。


 なんだ、あるじゃないか。


 今までは頭の中で無理だと決めつけていたことで見えなくなってしまっていた。


 しかし、確かにそこに道は開かれていたのだ。今度こそは選び間違えない。


 俺は、母さんから与えられていた武器「銃」を取り出す。


 先ほどはパニックのあまり、存在すら忘れていた。しかし、確かにここにある。銃の重みをこの手に感じる。


 目の前のホブゴブリンは突然俺が取り出した武器に少々驚いたような様子を見せる。だが、銃という存在は知らなかったのだろう。とっさの出来事に何をしたらいいのか分からないバカみたいな顔を浮かべている。


 バカが。もう遅い。


 俺はホブゴブリンに対処する隙を与えることなく、ホブゴブリンに標準を合わせて引き金を引く。


 乾いた銃声が、荒れ果てた家の中で鳴り響く。


 ホブゴブリンは、グゲッという小さな悲鳴を上げて俺の首をつかんでいた手を放す。ホブゴブリンの捕縛から逃れた俺は追撃をかけるようにさらにその引き金を引く。やばい、楽しい。


 銃声が再び小さな小屋の中で鳴り響く。


 俺は発射の衝撃から一瞬閉じてしまった瞳を開けると、そこには俺によって放たれた弾丸が額を通過し、額から一筋の鮮血を流しながら地面に転がっているホブゴブリンの死体がそこにあった。


 そして、それを見たモルガンともう一人のホブゴブリンが驚いたような表情を浮かべてその場に突っ立っている。


「あーはっはっはっはっはっはっはっは!!!!」


 俺は袖口で口元から垂れていたよだれをぬぐいながら狂ったように爆笑した。


 やってやった…。やってやったんだ!!誰にも勝てないと思っていた俺が、シュナちゃんの家に盗みを働くような悪い魔物を殺すことができたんだ!!


 自分のなした偉業に歓喜の気持ちが込みあがってくる。胸のあたりから心地のいい熱い何かが広がる。おもわず顔がにやけてしまうのを止められない。


 いや、それだけではなかった。無上の快感が俺の身体を白波のように広がっていく。


 今まで凍り付いたかのようにガチガチに固まっていた身体が弛緩され、全身の疲労感が解きほぐされていくような感覚がする。心が現れるようだ。まるで生まれ変わったかのような感覚だが、その身に残るものは心地よさしかない。


 こんな気分は初めてだった。


「これは最高だ」


 笑いが止まらない、なんだこの快楽は。今までの生活が冗談みたいだ。


 そして、今の自分のこの身体。今までの自分の身体と同じ身体には思えない。まるで、何ランクも上の魔物の身体に突然乗り移ったかのようだ。そして、全身に残る極上の解放感の残滓がまた気持ち良い。


 鳥籠から解き放たれた鳥というのはこんな心地だろうか。今までいけなかったどんな所までもいけそうだ。


 もっとだ。もっとほしい。


 俺は無意識のうちに、口元に笑みを浮かべていた。俺を見たホブゴブリンの片割れとモルガンが怯えたように一歩あとずさる。


「なにビビってんだよ、当たり前だろ?お前らだって俺を殺そうとしたじゃないか、この悪党がぁぁ!!」


 快楽によって一時とはいえ怒りを忘れていたが、こいつらの態度を目にすると怒りが再びマグマのごとくこみ上げてくる。


 このくそ野郎どもは絶対に許せない。殺さないと。俺は即座に次の行動に移る。


 俺は、戸惑ったような顔をしたもう一匹のホブゴブリンに標準を合わせると、たちどころに引き金を引く。


 ここまでにかかった時間はわずか1秒ほど。動作に一切の無駄がなかった。自分の動作の華麗さに自ら称賛したくなる。


 以前の俺の身体であればこのようなことは不可能だっただろう。だが、今の俺の身体能力を以てすれば容易いことだった。


 銃声が響いたかと思うと、二人目のホブゴブリンも糸が切れた人形のように床へと崩れ落ちた。即死の一撃だ。


 ホブゴブリンの命がこと切れた瞬間に、再び最高の時間がやってくる。


「あははっ、あはははっ、はーはっはっはっはっはっは!!!!」


 あまりの快楽に銃を持たないほうの手で自分の顔を覆いながら歓喜の咆哮を上げしまう。これで叫ばずにいられるか。


 たまらない、たまらなすぎるぞこの感覚。


 俺の体はもうどんな俺の要求にもこたえてくれる、そんな確信を抱くほどさらに進化を遂げていた。長年の運動不足によりたるんでいた体は引き締まり、鋼のごとき筋肉の鎧が全身を覆っている。


 早くこの持てる力を開放したいと、体がうずく。笑いが止まらない。俺は、いま生きている。


 俺は笑いのあまりその場でうずくまってしまっていたが、ようやくひと段落付いた。ふぅと息をつくとモルガンの方を見やる。


 こいつも殺さないとな。


 俺は、モルガンに目がけて標準を合わせる。そして、引き金を―――。


 だが、俺の思い通りに事が運んだのはここまでだった。一人で高笑いを続けた俺に生じた隙を見逃すほどモルガンは甘くなかったのだ。


 モルガンは急にその表情を歴戦の戦士のそれに変化させると、中年で小太りな運動不足のホブゴブリンとは思えないようなスピードで一気に俺に迫る。


 するとすぐさま、俺が引き金を引くよりも早くその手刀で俺が手に握っていた銃を叩き落とした。


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