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第十一話  『反乱軍カタストロフ』

 とある高貴な雰囲気をまとわせる白髪のヴァンパイアが、椅子に座る屈強な肉体を誇るケンタウロスにかしずきながら報告をしていた。


 その高貴な雰囲気をまとわせているヴァンパイアこそ、今話題沸騰中の反乱軍カタストロフにおいて戦闘総長兼、参謀総長を任されている魔物ロクスである。


 その雪のように白い緩やかなウェーブがかかっている長髪は、軽やかに左右へと流されている。その身にまとうのは一目でその仕立ての良さを感じさせる漆黒のローブ。


 その一見女性にも見えるような端正な顔立ちは、絶世の美青年のそれだ。


 彼の着ているそのローブの左胸の辺りには、反乱軍カタストロフの一員であることを表すエンブレムが白金のように輝く綺麗な繊維で編みこまれている。


 反乱軍カタストロフとは、昨日のバジュラ村でまさに話題になっていた近頃勢力を増大させている反乱軍である。


 その反乱軍の上から二番目の地位に立つ者こそが、この高貴な雰囲気を漂わせているヴァンパイア、ロクスなのだ。


 そんなロクスのカタストロフ内での地位は、絶対的なものだ。しかし、それも目の前に座する者を除いてである。


 そのために、ロクスは片膝をついて、臣下の礼を取っているのだ。


 ロクスのその真紅の瞳は一切の感情を感じさせないよう、無表情を貫いている。そのため、彼のその胸の内に秘めている思いは決して読めない。


 そして、その場には、そのヴァンパイアを見下ろすかのように椅子に座って話を聞いている魔物がもう一人存在する。


 ロクスを前にして、そのような態度をとれる者は一人しかいない。そう、ロクスの目の前に半ば寝ているような姿勢で椅子にもたれかかっているケンタウロスこそ、反乱軍カタストロフ最強の魔物、頭領ザギュートであった。


 その左手には、頭領の証たる伝説級の武器、ハルバード『カタストロフ』が握られている。


 ザギュートの隅々まで鍛えあげられ、引き締まったその身体は鋼を彷彿とさせる。


 その身を鎧のように覆う筋肉は、ウエイトトレーニングなどによって鍛えられた無駄な筋肉でない。戦闘に関する一切の無駄をそぎ落とした、実践によってのみ鍛え上げられた筋肉なのだ。


 その身体に刻まれている幾つもの傷が歴戦の戦士としての凄みを感じさせる。


 そんなザギュートの表情は絶対的上位者のそれだ。自分が上に立つものだと信じて疑わない、そんな強者のそれである。


 このように、態度においては絶対的な差のある二者だが、その実ロクスとザギュートの力の差はごくわずかである。


 しかし、そんな彼らがこのような態度をとるようになったのは、カタストロフ頭領を決める丸一日に及ぶ死闘の末に、ザギュートがロクスに辛勝を治めたからだった。


 魔物において強さとは絶対なものである。そのために、たとえ僅差であったとしても全力の闘いに敗れたロクスはこのようなへりくだった態度をとっているのだ。


 ロクスは、現在の状況からはじき出された考察をザギュートに述べている。


 彼の頭脳の明晰さはカタストロフにおいて並ぶものはいないのだ。


「…以上の考察より、強行偵察に赴いた副統領ガズルは戦死もしくは何かしらの罠にかかった後に絶命したものかと思われます」


「そんなバカな!!」


 ザギュートは、そんなはずはないと声を荒げる。しかし、それに対応するロクスの対応は冷静そのものだ。


「不謹慎なことを申し上げているのは百も承知です。ですが、この状況から判断するにそうとしか考えられません」


「あり得ないだろう!!!!貴様はガズルがあんなちんけな村相手にやられたといっているのか!!??」


 ザギュートから生物を心の底から慄かせるような気迫がその怒号と共に放たれる。並みの魔物ならば、その迫力のあまり腰を抜かしてしまうだろう。しかし、ロクスは臨戦態勢に入るだけで少しも動じない。


「その通りです」


「そんなバカな話があるか!!あのガズルがだぞ!?私の弟が逃げ帰ることも出来ずにやられるなんてそんなことあるものか!!」


 ビリビリと空気が震えるような怒声が轟く。


「認めたくないかもしれませんが、これが事実です。起きてしまったことは変えられません。それは認め、次にどうしていくかを考えるのが我々の務め。私たちはそれを覚悟していたはずです。あの日に、私たちは夢の実現のために必要な犠牲は受け入れたのではなかったのですか?」


 ロクスが今度は、少し声に熱を持たせてザギュートへ呼びかける。


 それに少し感化されたのだろうか。それとも、ロクスの言う『あの日』を思い出したのだろうか。ザギュートは少し呼吸を整える。


 そして、今度は落ち着いた声で答えた。


「そうだったな…。俺たちは、あの日その決意を決めたのだったな。覚悟ができていなかったのは私の方か。しかし…………。やはり、身内というのは応えるものだな」


 彼の瞳から一筋の涙がこぼれおちる。


 それは、自分の夢のためなら仲間の死をもいとわないという決意を固めた男の涙であり、弟の死をただただ悲しむ一人の兄の涙でもあった。


「すまないな、弟の死を認めたくなかったあまりに声を荒げてしまった」


 ザギュートは素直に今の自分の過ちを謝罪する。すると、ロクスは、とんでもないといったように頭を左右に振るとこう答えた。


「統領が気にするようなことはございません。私たちは同じ志のために進む同士なのですから。支えあっていくのは当然のことです」


「ふむ、礼を言うぞロクス。やはり、お前は最高の部下だ」


「滅相もございません」


 ロクスは微笑を浮かべながら答える。それは、部下としては完璧な姿であった。


「それで、ガズルがやられたという話だが…。いや、もう受け入れよう。ガズルはもうこの世にはもういないのだな…。ならば、この世に残る俺たちが奴の分も働かねばならない」


「その通りです」


「しかし、どうやってガズルほどの魔物がやられたというのだ?」


「先ほども述べましたが、可能性として考えられるのは、罠にかかった後にそれなりの力を持つ魔物たちによって袋叩きにあったこと、そして」


 ロクスがその優れた頭脳によってはじき出された推測を述べる。しかし、ザギュートはロクスの話の続きを遮る。


「それに違いない!!あのガズルがやられるなど、それしか考えられんだろうが!!バジュラの奴らめ…。罠にかけた後に袋叩きなど、戦士としての誇りもクソもないというのか。畜生の類だな。バジュラの者たちには目にものを見せてやる」


 ロクスは、一瞬何かを言いたげな顔をするが、即座にその表情をいつもの能面へと変える。ザギュートがそのロクスの表情の変化に気づくことはなかった。


「そうに違いないかと。決行はいつになさいますか?」


 ザギュートは残酷な笑みを浮かべると、当然だと言わんばかりに答える。


「今夜だ」


「承知しました。では、皆にはそのように伝えます。今回も作戦の全指揮は私がいただいても?」


 そう、カタストロフの統領はザギュートだが、その維持運営や襲撃作戦の考案と指揮は全てロクスが担っていた。


 ロクスは、個人としての戦闘能力だけでなく、あらゆる分野に適性を示す、いわば才能の塊ともいえる魔物なのである。


 ただ、唯一戦闘能力だけはザギュートに敵わなかった。


 なので、立場的には彼の下にいることになっているが、実質的には、指揮権を譲渡してもらうという形で総指揮をこのようにしてとっているのだ。


 そのため、今回も総指揮権を譲り受けようとしたのだが、今回のザギュートの返事はいつもと違った。


「ならん。今回だけは、私は独立遊軍として行動させてもらう。弟を罠などという姑息な手で戦士の誇りもなく殺した奴だけはこの俺が敵を討たなければ私の気が済まない!!」


 ザギュートはプルプルとその左手にもったハルバードを震わせながら、殺気を放っている。


「承知いたしました。では、統領を除いた全隊にての襲撃作戦を実行します。決行は今夜。標的はバジュラ村にてよろしいですね?」


「あぁ、そのように頼む。私は、村の裏門から進撃するので、お前たちは正門から攻めに回れ。弟も裏手から偵察に向かったのだから、同じように攻めれば同じ敵に遭遇できるはずだ」


「かしこまりました。くれぐれもお気をつけて。では、準備が整い次第、お迎えに上がります」


 それだけ言い残すと、ロクスはくるりとその身をひるがえし、颯爽とその場から立ち去る。


 しかし、ザギュートと反対の方向を向いた途端に、その顔は先ほどまでの無表情が嘘のようにぐにゃりと歪む。


(あのバカが…。たかだか弟ごときで何を気に病んでいる?この程度の覚悟も出来ていないとは、あきれ果てた。奴が弟の敵を取るために単独行動をとるということだが、これで此方に被害が出たらどう責任を取るつもりなのか。だが、奴のほうが強者…。仕方ない、今できる最善を尽くすしかないか…)


 ロクスは、決して誰にも打ち明けることの出来ない悶々とした思いを抱えながら、バジュラの想定戦力とそれに対抗する此方の戦力を相対的に考え、ベストな作戦を考える。誰一人として、無駄な犠牲者を出さないために。


 そう、ロクスは無駄な犠牲は好まない反乱軍にあるまじき心優しき魔物なのだ。それは、敵にしろ味方にしろ同じこと。そんな彼の性格が、カタストロフの勢力を増大させることに一役買っていることを知る者はほとんどいない。


 そうして今夜、ロクスによって考案されたバジュラ襲撃作戦が実行されることになる。


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