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デュラハンごはん

ふと思いついて書いたものです。

気軽に読んでいただければ幸いです。

 魔王城第三区画統括デュラハンの朝は早い。平日ならば。


「ふああああ~……」

 いつもより二時間長く睡眠をとったデュラハンは、あくびをする自分の頭部を小脇に抱え、鎧姿の胴体がカーテンを開いた。

「うむ。今日も良い暗雲である」

 面防を引き上げて空を覆う黒雲を確認し、僅かに入ってくる明かりに目を細める。そして、光に刺激を受けたことに軽く眉間を揉んだ。


 久方ぶりの休日であり、丸一日の休みに予定は何も入れていない。

「ここ最近は敵の攻撃が激しかったからな……」

 数日の間、夜中まで魔王城に詰めた状態で戦闘の連続であった日々を思い出し、デュラハンはうんざりした声を出した。

 この独身寮に戻ってきた昨夜は、何もせずに眠ってしまった。


「よし。顔を洗ったら、まずはご飯にしよう」

 魔王城の独身寮には洗面台など無い。小さな洗面台が部屋の隅にどん、と置かれている。そしてトイレは各室にあるが浴場は共同だ。丁度昼前で大浴場は清掃中である。

 蛇口をひねって冷たい水で顔を洗いながら目を覚ます。

「さて、休日の始まりだ。昼ご飯も兼ねてがっつりいくか」


 デュラハンは冷蔵庫の前に立つ。

 六畳間の部屋には似合わない大きな冷蔵庫は、区画統括に昇進した際に溜めておいたボーナスで買った高級品だ。

 透明な氷や瞬間冷凍、何よりも野菜が瑞々しく長持ちする。

「ふむむ」


 小脇に抱えた首が呻ると、その瞳から青い炎の様な揺らめきが上がる。

「キャベツがあるな。玉子も使ってしまわなくては。ミョウガをどうするか……」

 透視能力を充分に活用し、冷蔵庫を開けずに中身を確認する。

 その脳裏には冷蔵庫と乾き物の棚にある物で作れる料理のメニューが流れていく。食料品を扱うスーパーは昼間でも元気な幽霊ドラウグが経営しているが、朝一に行くのは少し怠い程度に遠い。


「近くにコンビニでもあれば良いんだけどなぁ。若い連中が多い寮なんだし」

 独身寮という特性上、デュラハンは寮の中でも年かさの部類に入り、ここに住む者では最も肩書が高い。

 しかし、独り身には充分な広さでもあり、デュラハンは一兵卒時代からずっとこの部屋で過ごしている。


「さて。まずはサラダを用意しますかね」

 素早く開いた冷蔵庫から四分の一のキャベツと半分の玉ねぎを取り出し、ちょっとだけ迷ってから残ったベーコンもチルド室から取り出す。

「古くなる前に使い切ってしまおう」

 軽く水洗いしたキャベツは千切り。玉ねぎは薄くスライスする。辛みを保つため、水にさらすことはしない。


 ベーコンは細かく刻んでから軽く胡椒をして、皿の上にキャベツと玉ねぎを重ねた上にちょこん、と乗せた。

 そのまま冷蔵庫の中へ戻す。サラダは冷たくキリッと冷えたのが好きなのだ。

 冷蔵庫を開けたついでに卵を取り出す。

 耐熱のカップに水を少しだけ入れて、卵を割り入れる。ラップをして楊枝で穴をあけてレンジへ。数十秒で温泉卵の出来上がりだ。


「ふむ。丁度良い硬さになった」

 満足げに水だけを流しに捨てて、テーブルに置いて粗熱を取る。

 お次はドレッシングだ。

 計量カップに手製のめんつゆを入れ、チューブのわさびと少量のごま油を入れてかき混ぜる。

「簡単だけど、美味いんだよねぇ」


「これでサラダの用意はできた。さて、後は……おっと、忘れるところだった」

 米櫃を取り出し、カップ一杯を量って炊飯器の釜に放り込む。

 そこでチャイムが鳴った。

 と、同時に声も聞こえてくる。

「デュラハン先輩、起きてます?」


「君か……」

 玄関の扉を開くと、同じ独身寮で暮らすルー=ガルーがいた。いわゆる人狼だが、フランスで呼ばれているこの名前を好んで使っていた。

「今、良いッスか?」

「まあ、入りなさい。食事は採ったかね?」


 職場の部下であるルー=ガルーは、デュラハンを慕っており数年の間、時折こうして相談に来ることがあった。仕事であったりプライベートであったり、内容は様々だ。

「あ、まだです」

「では、簡単に作ってしまうから待ちなさい」

「なんか、いつもすみません」


 恐縮して頭を提げながらルー=ガルーが部屋の中央にあるちゃぶ台の前に座る。いつも彼が使っている場所だ。

 部屋の一角にあるキッチンスペースへと戻ったデュラハンは頭部を首の上に乗せると、米の量を二合に増やし、手早く洗って炊飯器のスイッチを入れた。

 そして、軽く手を洗ってから次に取り掛かったのは豚肉だ。


 ブロック肉を取り出し、手早く包丁を振るい一口大に切ってフォークで小さな穴をあけた。それを砂糖とみりん、しょうゆで作ったタレに漬け込む。短時間だが、しょうゆ系の味はしっかりと馴染むはずだ。

 次に鯵の切身を取り出す。晩酌用にと知人から貰ったものだが、これを手早くさばいて半身だけを使う。残りは夜に刺身にするつもりだ。


 小さく薄切りにした鯵はボウルに入れ、さらには大葉やミョウガ、生姜を細く切って次々に入れていく。小ねぎは刻んで冷凍した物があるので、それをひとつかみ放り込んだ。

 みじん切りにしないのは、端でつまみやすいようにするためだ。

 香り付け程度に味噌を入れ、軽く揉みこむ。

 冷蔵庫から取り出した豆腐を深めの器に盛り、その上に薬味の方が多い鯵のたたきを盛り付けた。


「おお、美味そうッスね」

「まだ食べるなよ。全て揃ってからにしたまえ」

 あくまでご飯のおかずとして作っている、とデュラハンは卵を四つ取り出し、これで賞味期限前に使い切った、と満足げにボウルへと割り入れてかき混ぜる。

 めんつゆと砂糖で手抜きの味付けをしながら、白身を切るように菜箸を振るう。


「それで、今日はどうしたのかね?」

 デュラハンが手を動かしながら問うと、ルー=ガルーはポツリポツリと話し始めた。

「実は、今度総務のギャラシュとデートに行くことになったんスけど……」

「ほう、彼女か。なかなかの美人だったな。良かったじゃないか」

 ギャラシュというのは女性の人狼のことで、壁抜けができる彼女は雑用も多い総務部では重宝されている、とデュラハンも聞いたことがある。


「でも、話していた流れで、ビレットともデートすることになって……」

「ダブルブッキングは良くないな」

「日程は被ってないッス! ……でも、彼女たちに対して不誠実な気がして、どうしたら良いか……」

 若い迷いだ、とデュラハンは自分の昔を懐かしみながら、ゆっくりと頷いた。


 ビレットは毛皮を被ると人狼に変身できる遺伝子を持った女性で、彼女も城内で働く一人だ。ルー=ガルー同様、デュラハンの部下でもある。

 ボトルに入れておいた出汁を鍋に注いで火にかけたデュラハンは、白葱を取り出し、五ミリほどの幅で切っていく。

「で、どちらが好きなのかね?」


「正直、どっちも同じくらい……って感じッスね。ギャラシュは良く周りを見ていて気も回る優しい人ッス。でも、ビレットも明るくて、なんとなく気が合うんスよ」

「そうか。なら、二人ともデートしてみれば良い」

「そんな……!」

 沸騰直前の出汁に葱を投入し、柔らかくなるまで煮ていく。出汁の香りが飛ばないよう、沸騰しないようにゆっくりとかき混ぜながら。


「不誠実というのは、お互いに恋人や夫婦になってから考えるものだ。少なくとも私はそう考えるし、彼女たちもデートしたからすぐに君と恋人になろうと思っているわけでもないだろう」

 黙ってしまったルー=ガルーをちらりと見て、落ちかけた頭部を片手でキャッチした。

「現状は、彼女たちの選択肢に君が入っただけに過ぎないのだよ。デートというのはお互いを知り、恋人候補を探すためにやるものだ。もっと気楽に考えられないかね」


 デュラハンの話を真剣に聞きながらも、まだ納得がいかない様子のルー=ガルーから目を離し、鍋を見つめる。白葱が良い具合に煮えたようだ。

 火を止め、素早く味噌を溶く。そして、器に移してから仕上げをする。

「これを飲みながら待ってなさい。もうすぐ全部できるから」

「こりゃあ……海苔ですか!」


 たっぷりの焼きのりが入った味噌汁は、ほぐれた海苔の香りと味噌の香りが相まって、馥郁たる香りが鼻腔をくすぐる。

「……うめぇ」

「それは良かった」

 一口すすり、海苔の絡む白葱をぎゅ、と噛んだルー=ガルーに、デュラハンは抱えている首を揺らして笑った。


 葱が平気なことは知っていたので、デュラハンとしても気兼ねなく料理ができるのだ。

 ちらり、と炊飯器を見ると早炊きのおかげで間もなく炊き上がるのがわかる。

「そろそろか」

 ナイロン袋に片栗粉を少量放り込み、タレに漬け込んでいた豚肉を一つずつ箸で摘まんで袋に放り込む。そして、空気を入れた袋の中で肉を転がして片栗粉をまぶしていくのだ。


「これが手も汚れないし粉も少なくて良いんだ」

 ルー=ガルーに説明しながら、小さなフライパンを火にかけて、少し多めの油で揚げ焼きしていく。火が通りやすい豚肉はあっという間に香ばしく焼き上がった。

「おお、良い匂いッスね!」

 先ほどまで悩んでいたルー=ガルーは、好物の豚肉の匂いに声を上げる。


「まだ完成じゃない」

 丁度炊き上がったご飯を平たいさらに盛ると、デュラハンは軽く洗ったフライパンを再び火にかけ、水分が無くなったところでサラダ油を流し込む。今度は少量だ。

 油が充分に温まったのを見計らって、先ほど溶いて味付けした卵を流し込んだ。

「単純な料理だけれど、しっかり美味い。こういうのが好きなんだ」


 味付け玉子がトロトロの状態で火から離し、皿のご飯を覆うようにかぶせる。そこにまだアツアツの豚を乗せて、小ねぎを散らして完成だ。

 冷蔵庫からサラダを取り出し、温泉卵と手製のわさびドレッシングをかける。

 全ての料理を並べると、ルー=ガルーはそわそわとし始めた。

「まあ、まずは食べよう。空腹だと碌な考えが浮かばないものだ」


・葱と海苔の味噌汁

・たっぷりキャベツと玉ねぎのわさびドレッシングサラダ

・鯵のたたき乗せ冷ややっこ

・とろとろ卵乗せご飯と豚の竜田揚げ


 味噌汁は少し減っていたが、それでも充分なボリュームがある。

 ご飯は二合を二人で分けているが、ルー=ガルーの方を少し多めの盛りにしていた。チャーハンのように盛られたアツアツの白米をとろりと覆った卵。

 ルー=ガルーがスプーンを差し入れると、包まれていた湯気がふわりと立ち昇った。

「……美味いッス」


「それは良かった」

「豚肉も味が染みて、表面がもっちりしている表面に噛みつくと肉汁が溶け出てくるッスよ!」

 興奮したようにがふがふと口へ運び、一気に三分の一程を腹に収めたルー=ガルーは、味噌汁を飲み一息つくと、サラダに手を伸ばした。


 シャキッとした歯ごたえを感じた直後、わさびの刺激が鼻から駆け上る。

「うっ……」

「鼻で息を吸って、口から吐くと良い」

 デュラハンの言うとおりにすると、涙が出るほどの刺激は薄れ、爽やかな香りだけが鼻に残った。


 再び、キャベツと玉ねぎを一気に箸で掴み、温泉卵の黄身が少しだけついた状態で口へと運ぶ。

 再びわさびの刺激が来るが、言われたとおりにすると、卵の甘みとわさびの刺激が絡み合い、噛みしめる野菜のうまみに良く絡む。

 もはや声も出ないルー=ガルーは、すぐに冷ややっこへと箸を伸ばす。


 軽く醤油を垂らした冷ややっこを一口大に切り、たっぷりと薬味が絡んだ鯵のたたきと共に口へと運ぶ。

「おほぉ。これは凄ぇ」

 多すぎるかと思われる薬味は豆腐がまろやかにして、鯵の白身からにじみ出る甘みが、噛むほどに感じられた。


 料理を食べ続けるルー=ガルーを見ながら、デュラハンも自分の頭部を胴体に乗せて、まだ熱い湯気が昇るご飯へとスプーンを差し入れ、豚の竜田揚げと共に大きな口を開けて食べた。

「うむ。うまい」

 狙い通りの味だ。


「ルー=ガルー。これだけ考えた通りの味を作れるのは、訓練の成果だ。戦闘の訓練と同じだな。失敗を繰り返し、修正し、身体が憶えるまで何度もやり直す」

 手を止めて話を聞こうとするルー=ガルーに、食べながらで良いと苦笑する。変なところで真面目な奴だ、とデュラハンは好ましく感じていた。

「でも恋愛はそうはいかない。恋愛だけじゃないな。人生は繰り返しややり直しなどできないものだ」


「デュラハン先輩も……?」

「ああ。酷い失敗をしたよ。私はドイツの出身だが、森の中で乗馬を楽しんでいるところに、急に人間に見つかってしまってね。こう、思わず自分の頭部を投げつけてしまった!」

 明るく笑いながら、サラダを食べている頭部を掴みふわふわと上下に揺らす。

「確かイカボッドさんと言ったかな? 気絶させてしまって、どうしようも無くて逃げてしまったんだ」


 名は後で知ったらしいが、それ以来森には近づけなくなり、アイルランドへ移住したらしい。

「未だに後悔しているよ。でも、そのおかげで私の名前は有名になって、魔王様にスカウトされたんだ。長く生きているとわかるけれど、世の中はどこでどんな経験が役に立つかわからないものさ」


 だから、とデュラハンはルー=ガルーへとほほ笑む。

「悩むこともあるけれど、それ自体が経験になる。生きていれば沢山の選択肢がある。私は人間と対立するのが嫌で一度は逃げ出したけれど、仲間がいるここではまるで逆だ。意志をしっかり持って選択していけば、自分が変わったり、周りが変わったりしながら、いずれ答えは出てくる」


 デュラハンは箸先で鯵のたたきを摘まんだ。

「私はたたきを選択したけれど、刺身でも良かったとまだ思っている。後悔しない選択なんて無いんだ。でも……」

 ひょい、と口の中に放り込み、しっかりと噛みしめて飲み込むと、喉を通った鯵は魔力でつながっている胴体へと入っていく。

「選択には必ず結果が出てくる。今回は美味い結果が出た。失敗したなら反省する。それで良いじゃないか」


「デュラハン先輩……」

 泣きそうな顔をしているルー=ガルーにデュラハンは払うような手つきをして笑う。

「そんな顔をするな。ほんの数百年長く生きているだけで、説教なんて柄じゃないんだ。恥ずかしいだけさ。さあ、冷める前に食べてしまおう」

「はい!」


 それから三日後、職場で見かけたルー=ガルーはがっくりと肩を落としていた。

「……二人とも、本命の彼氏がいるらしいッス……」

 同僚たちからその情報を知り、二人に話を聞いたら「そんなこと気にするの?」という反応をされたらしい。

 それ以来、すっかり女性不振になったようだ。


「あー……今日は仕事開けに焼肉でも食べに行くか。奢るぞ」

 部屋に呼んで手料理か、と考えたデュラハンだったが、今回は酒を飲んで外で憂さ晴らしをさせた方が良さそうだ、と判断する。

「くぅ、小遣いが……仕方ない。高級炊飯器貯金を崩すか」

 終業時間後、二人の男は魔王城近くにあるミノタウロスの焼肉店でビール片手に深夜まで語り合っていた。

お読みいただきましてありがとうございます。

良かったら、他の短編もよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] お昼時に読ませていただいたので、お腹が空きました。 料理の描写が本格的ですね! 食べている2人を見ているだけでほっこりとさせていただきました。 そして、お粗末様でした。
[良い点] 昼マック中だったのでお腹は空かずにすみました← ファンタジーなのに電子レンジの存在には驚きましたね。 [一言] デュラハンってどうやってごはん食べるんですか? 鋼の錬金術士のアルフォンス…
[良い点] 読みながらだったせいかお昼ご飯を少々食べ過ぎました(о´∀`о) 「単純な料理だけれど、しっかり美味い。こういうのが好きなんだ」 ↑ これに尽きる感じでしたが、本作は一品だけなのでしょう…
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