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僕だけが蘇生魔法を使える!<旧>  作者: AW
第1章 大陸南東編
20/41

20.虹色の救い

 ねずみ色の天井からは時々明るい光の筋が地上を照らしている。その光も、西から流れてくる仰向けの羊の群れのような雲のせいでいかにもやる気のない様子。でも、数刻もすれば綺麗な虹が架かるかもしれない。多くの仲間に見送られ、希望を胸に抱きながら、僕たちの旅は再開した。


 今回の王都行きは良いタイミングだったのかもしれない。

 世界を巡る決意をしておきながら、ティルスに長居をしすぎた気がするのだ。もちろん、エンジェルウイングの拠点を作ることの意義は大きい。蘇生やヴァンパイアとの戦いから始まった組織だけど、今後は違う。かつてのように、この世界から奴隷制度や貧困をなくすための組織に生まれ変わるんだ。

 僕たち未熟なお子様ではなく、ちゃんとした大人たちに任せよう。副リーダーのアーシアさんや、護衛班のランドルフさん、管理班のフローラさんはとっても信頼できる。人族でも、聖騎士アスランさんだって、エロを度外視すれば頼れる存在だと思う。それに、ギルドのサラさんやマスターのリザさんだって協力してくれるし。崇高すぎる理想かもしれないけど、設立に係わることができただけでも凄いことだと思う。

 だけど、やっぱり寂しいかな……。



 僕が物思いにふけっている間も、馬車は黙々と街道を進んでいく。

 西の空はうっすらと明るさを増していき、それに比例して往来も賑やかさを増していった。


「お兄様どうしたの?」


「ごめん、ちょっと考えごとしてた」


 僕の左腕にはずっとエルフのポーラがくっついている。いつもならヤキモチ焼きのルーミィあたりが引き剥がしにくるんだけど、ポーラの過去を聞かされた彼女はしばらく我慢することにしたみたい。眉間に皺を寄せつつも、僕の正面に座って彼女を眺めている。妖精のミールは青い蝶の姿をして僕の膝の上で羽を休めている。人の姿になると馬に負担がかかるから、道中はなるべく蝶の姿でいるらしい。しかし、妖精王のお仕事はしなくてもいいのだろうか。弟さんに任せているのかな。そして、ラールさんは今回も馬の手綱係をしてくれている。でも、前方からはときどき欠伸が聞こえてくる。

 僕を含めて5人の、長閑な旅路だ。



「ねぇ、ポーラちゃん。本当にいいの?」


 ルーミィが言いたいことは、ポーラを辛い目にあわせた奴らを捕まえて罪を償わせる場にいられなくても良いのかということだろう。過去を忘れようとするよりも乗り越えさせたいらしい。実にルーミィらしい漢の発想。苦渋の選択だとは思うけどね。


「ルミ姉様、これでいいんです。お兄様のお顔を初めて見たときに、もう未来だけを見て生きようって決めましたから!」


 肩にかかる金髪を振り払い、くりくりな青い目の愛くるしい笑顔で力強く宣言する。見かけによらず強い子だと思う。たぶん、僕なんかよりずっと強いんだと思う。守ってあげたいなんて言いにくいけど、一応は兄という立場らしいからね。びしっと言わないと。


「ポーラ、僕たちにたくさん甘えていいんだからね?」


「うんっ!お兄様、大好きっ!!」


「ロト~!そうやって甘やかさない!血の繋がりがないんだから、勘違いしちゃうでしょ!!」


 無い胸を僕に押し付けてくるポーラに、ルーミィのデコピンが炸裂する。僕に助けを求めるように、逆にポーラの締め付けが強くなる。舌をぺろっと出してルーミィを挑発するポーラ。ポーラの空いた脇をこちょこちょ攻撃するルーミィ。馬車の中に明るい笑い声が響く。うん、これがいつもどおりの光景だ。


 窓からちらっと見えた空には、虹の橋が架かっていた。

 そのとき、馬車を繰るラールさんと目が合う。ラールさんは、口に手を当てて「ナイショだよ」という仕草をしている。この綺麗な虹を僕たちだけの秘密にしたいらしい。僕は笑顔でうなずいておく。わいわい騒いでいるルーミィとポーラには悪いけど、たまにはこのくらいの背徳感があってもいいよね。



 3時間ほど経った頃、ラールさんが前方で停車している馬車を見つけた。


「なんだか深刻そうな感じですよ」


 ラールさんの言うとおり、馬車からは泣き叫ぶ女性と、右往左往する男性たちが見える。

 僕たちの馬車が近づくにつれ、状況が次第に明らかになっていく……人が、亡くなったみたいだ。

 さすがにルーミィたちも静かにして様子を見ている。ミールは相変わらず蝶の姿だけど、僕の肩に乗って心配そうに羽を開いている。


「どうかなさいましたか?」


 ラールさんが呆然と立ち尽くす男性に近づき、声をかける。

 30代、護衛の冒険者だろうか。白い甲冑に青い髪が映える。その逞しい姿とは裏腹に、表情はとても弱々しい。


『旅の方、ですか。道を塞いでしまって申し訳ない。この方のお子さんが急逝しましてね……』


 男性が視線を向ける先には、小さな布を抱きしめながら泣き崩れている女性がいる。

 この人の……赤ちゃんが死んじゃった?


「ご病気、でしょうか?」


 暗い表情のままルーミィが馬車から降り、会話に参加していた。

 ポーラの腕も気のせいか締め付けが弱々しい。目にうっすらと涙が見える。


『どうでしょう。医者じゃないと何とも言えませんが、咳き込んでいたところを見ると、ミルクが喉に詰まったのかもしれません』


 病気じゃないのならば……。

 同じことを考えていたのだろう、ラールさんとルーミィが僕を見上げてくる。

 ただし、今日は既に蘇生魔法を使用してしまっている。隣にいるポーラに。もしもこの子に蘇生魔法を使うとなると、日付が変わるまで待つしかないけど。当然、優秀な秘書様はそのことも承知みたいだ。その上で、僕に向かって頷いてくる。悪い人たちじゃないことを確認した様子……ならば、もちろん僕も異議なし。力強く頷き返す。


「私は、クラン“エンジェルウイング”のルーミィと申します。多少条件がありますが、その子を蘇生することが可能かもしれません」


 嘆き悲しむ女性にも聞こえるように、ルーミィが慎重に語りかける。

 女性は虚ろな目でルーミィを見ている。この少女は何を言っているんだろうという顔だった。


「世界で唯一の蘇生魔法使いがいます」


 赤子を抱く女性だけでなく、馬車にいた男性たちの表情が驚愕に変わる。

 それでもまだ、半信半疑の域を出ないのだろう。嘘をつくなという憤慨の表情と、藁にもすがりたいという期待の表情が入り乱れた複雑な空気が場を支配する。


「嘘ではありませんっ!私も10日以上前に命を失った身ですが、今朝、生き返りました」


 ポーラが僕から離れて馬車を降りていく。

 僕たちに嘘つきを見るような目を向けた人たちに対する怒りを湛えつつも、慈愛に満ちた優しい瞳が真実であることを語っている。

 その美しいエルフの少女を見て、人々の心は急速に期待へと傾いていく。


『何でも致します!どうか、私の娘を生き返して下さい!!』


 女性の悲痛の叫びが僕の心を強く抉る。

 子を失う親の気持ちは僕には想像することしかできない。

 でも、その深い悲しみは痛いほど伝わる。

 もうニ度と抱くことができない。声を聞くことができない。笑顔を見ることができない……親にとって、それほど辛いことはないだろう。たとえその子がまだ数日しか生きていなかったとしても、それは親の愛の量とは関係がない。小さいけど1つの大切な命……そこには、これから注がれる多くの愛が既に海のように広がって見えていた。


「分かりました。全力を尽くしましょう。ただし、先天性の病気が原因で亡くなった場合は、蘇生しても長くは生きられません。また、蘇生は明日になります。それでもよろしければ……。あと、報酬についてはそちらで決めていただいて結構です」


『ぜひお願いします!報酬はお金でしょうか。いくらお支払いすれば……』


「その子の命の価値は私たちには決められません。いくらでも構いませんし、物でも構いません。少ないからといって依頼をお断りすることはありませんからご安心ください」


 女性は再び泣き崩れてしまった。

 泣きながら全ての所持品を差し出してきた。所持金の全て、生活必需品、父の形見と思われる装飾品……。

 さすがに僕たちは固まる。

 失礼ながら、それほど裕福な母娘には見えない。冒険者を雇っての旅も、深い事情があってのことなのだろう。なけなしの全てを支払ってしまえば、たとえ生き返らせても生きていくことすらできないと思われた。


「確かに受け取りました。こ、この先の村に宿泊し、そ、早朝に蘇生をしましょう」


 ルーミィは震える声を喉から絞り出す。

 母親の子に対する愛情を噛みしめながら、自分の家族を思い出しているのかもしれない。実は、僕もそうだったから……。




 ★☆★




 僕たちは夕暮れと共に街道沿いの村を訪れた。

 昼頃までの快活な雰囲気は一変し、みんなが無口になっていた。

 それぞれに自分の家族を思い出していたのだろう。僕たちが子どもだからというのもあるのかもしれないけど、たとえ大人になっても家族を思いやる気持ちは変わらない、いや、子どもができたらいっそう増すのではないかと思われた。



 リリスという女性と、その娘セシリアは僕たちと同じ宿に泊まることになった。

 僕たちはというと、4人で1部屋を借りている。本当はミールを入れると5人だけど、そうすると2部屋借りないといけなくなって無駄な争いが起きてしまうから……。


 簡単に夕食を済ませ、お風呂に入る。狭いお風呂のお陰で、1人ずつ入ることができた。少し残念だったけど、安心したよ。

 2つあるベッド上では激しい争奪戦が繰り広げられている。結局話し合いでは合意に至らず、じゃんけんで決めることになった。


 僕の左側にはちゃんと服を着たミールが、右側にはポーラがいる。もう1つのベッドにはルーミィとラールさんだ。なんだかんだ、新鮮な夜。ポーラ以外とお休みのチューをして眠りにつく。ポーラの顔が赤いけど、“兄と妹はチュー禁止”というルールが今日誕生した。



 その夜、僕は不思議な夢を見た。


 僕は走り続けていた。ひたすら続く上り坂。脚に力が入らず、何度も転んだ。それでもすぐに起き上がって走り続けた。夢の中だからか、不思議と疲労感はなかった。なぜ走っているのだろうとは考えなかった。マラソン大会をしているわけではなかった。何かに追われているわけでもなかった。どんな理由があるのか分からないけど、僕はひたすら一人で走り続けた。


 やがて道は下りになる。脚の運びさえ気をつければ転ばずに走ることができた。スピードにのって順調に流れていく景色。そして、建物が見えてきた。白くて大きな屋敷だ。角度的に斜めから見下ろすかたちだったためか、全容が見える。一見すると教会のような尖塔を持つ造りだけど、窓が一つも見当たらず、見方によっては牢獄のようにも見える。


 僕は、あたかもそこが目的地であるかのように、迷うことなく門扉に進んで行く。扉を開けて中に入った僕を待っている人がいた。白い髪の青年……頭には金色の角が生えている。鬼人族!?一瞬、僕は緊張で固まる。


『よく来てくれたね』


 彼の優しい瞳にほっとする。緊張なんてする必要はなかったんだ。

 建物の中は、窓がない割には明るかった。

 彼に導かれ、僕は殺風景な廊下を抜けて奥へと向かう。途中、何かを話しかけられたが僕の耳には届かなかった。

 廊下の突き当たりにその部屋はあった。彼は、頑丈な鉄の扉を開いて中に進む。僕も一人になるのが不安でついていく。


 祭壇……。

 燃え上がる多数のろうそくは、壁に不気味な影を刻み付ける。テーブルの上には何かの生き物の頭蓋骨が並べられている。その中央には緑色に光を放つ魔法陣が描かれている。僕は、心臓を握られたかのように苦しくなる。一時感じた安心は、今では恐怖に摩り替わっていて、激しく心の警笛を鳴らしている。しかし、身体が思うように動かない。彼の手が僕の腕を掴もうとした瞬間、激しい炎が沸き起こる。


『妾を見くびるなよ』


 炎は赤い瞳の少女の姿となり、手を振り払うたびに部屋中を焼き尽くす業火を生む。


 青年は……業火の中でも笑っていた。笑いながら何かを話しているように見えた。

 そして、僕も炎に包まれ、恐怖のうちに目が覚めた。



 嫌な夢だった。額から汗が滴り落ちる。

 あの炎はフェニックスかもしれない。僕を守ってくれたのだろうか。いや、明らかに夢の中の出来事だ。忘れよう。


 まだ窓の外は薄暗かった。

 そう言えば、昨日も早起きしたなぁ。まだポーラもミールも寝ている。みんなを起こさないよう用心しつつ、僕はゆっくりと身体を起こし、ベッドから出ようとする。ポーラの手が僕の上着の裾を掴んで離そうとしない……。悩んだ挙句、もう少し眠ることにした。ポーラの髪をなでてあげる。可愛い寝顔に癒されながら、僕は再び目を閉じた。今度は良い夢を見られますように。



「ロト!朝だよ、早く起きなさい!」


 ルーミィの怒鳴り声で目が覚めた。記憶は曖昧だけど、ちょっとエッチな夢を見ていた気がする。

 ポーラと、いつの間にか服を脱いでいるミールに両側から抱きつかれて身動きが取れない……。


「あ、おはよう……動けないんだけど」


 枕が軽快に飛んでいく……。



 数分後、身支度を整えた僕たちは、リリスさんの部屋をノックした。


『おはようございます。どうか……よろしくお願いします』


「おはようございます。ロトと申します。頑張ります」



 挨拶もほどほどに、僕はベッドに横たわる小さな赤ちゃんのそばに寄る。

 待たせてしまってごめんね。今から生き返してあげるからね。


 小さな身体。僕は左手をそっと添える。冷え切った身体は、既に青白く変色して固くなっている。

 生後半年も経っていないのではないだろうか。それなのに、苦しんで死んでしまったんだよね……可哀想に。


 僕は、祈りと共に僕の中にある力を呼び覚ましていく。

 温かく渦巻く聖なる力が、僕の左手から解き放たれていく。


「聖なる光よ。この穢れなき小さな魂に、再び命の炎を灯したまえ。レイジング・スピリット!!」


 部屋を満たす銀色の光は、宿屋全体を包み込む。

 他の宿泊客たちも、その光に奇跡の力を感じたのだろう。誰からともなくこの部屋に集まってきた。


 やがて光は赤ちゃん、セシリアを包み込むように収束していく……。

 そして、僕の左手には彼女の安らかなる鼓動が伝わった。大丈夫、すぐに命の炎を閉じる状況ではない。この子は無事に生きるだろう。僕は、後ろで祈るように見つめるリリスさんに笑いかける。


「ご安心ください。お嬢さん、大丈夫そうです」


 静かな寝息を立てながら寝ているセシリアを、溢れる涙を拭おうともせず、母リリスが抱きかかえる。

 部屋に集まった全員が泣いていた……。


 ルーミィが涙と鼻水を流しながら近づいてきた。


「リリスさん。これは私たちからセシリアちゃんへの贈り物です。絶対に受け取ってくださいね!」


『えっ!?でも……これは……』


「この子が幸せに生きてくれることが、私たちにとっての最高の報酬ですよ。そのためには、これは必要でしょ?」


 ルーミィが精一杯の笑顔で笑いかける。そして、報酬としてもらったはずの全ての物をリリスさんに返していた。ルーミィは僕の方を見ながら、ばつが悪そうに口を動かす。“ごめん”と言っているみたいだった。僕も、同じように口の動きだけで伝える。“見直したよ”と。

 初めて当事者としてではなく蘇生魔法に立ち会ったポーラは、さっきから僕に抱きついて号泣してやまない。命の重み……それを感じてくれたら嬉しい。もう二度と自分で自分の命を絶たないように。



 その後、護衛の冒険者たちに別れを言って、僕たちは馬車に乗り込んだ。

 いまだに宿屋では奇跡を分かち合うように泣き続ける人たちがいる。


 ラールさんが馬車を走らせたとき、後ろからリリスさんの叫ぶ声が聞こえてきた。


『エンジェルウイングのみなさん、ありがとう!この子、セシリアも、いつか必ずエンジェルウイングに入ります!きっと恩返しいたします!本当にありがとう!!』


 正直、その一言は凄く嬉しかった。

 一人ひとりがその優しさをつないでいくことが、きっと世界を平和に変えていくのだろう。今、しっかりと僕たちがやってきたことの意味を実感した気がした。心の中に虹が架かった気がした。

 まだたくさんの人が僕たちを待っているはず。王都へ、そして世界の旅を再開しよう。

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